◆たぶん週1エッセイ◆
映画「関心領域」
残虐・悪辣な行為をした者の家族に焦点を当てるのがいいのか、私には疑問に思える
ヘンゼルとグレーテルの使い方にちょっとドキッとした
アウシュビッツ強制収容所の隣で安穏と暮らす収容所長一家の様子を描いた映画「関心領域」を見てきました。
公開3日目日曜日、新宿ピカデリーシアター2(301席)午前11時20分の上映はほぼ満席。
このテーマの地味な作品にこの混み具合は、驚きました。日本の観衆、割と意識高いかも…
基本的にアウシュビッツ強制収容所の隣の邸宅に住む所長のルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)と、妻のヘートヴィヒ・ヘス(ザンドラ・ヒュラー)、子どもたちと家政婦らの家族が近くの湖で水浴をしたり散歩をしたり庭のプールで遊んだりといった日常生活、ユダヤ人から略奪した衣服や宝石を品定めし着服するなどする様子が描かれ、展開としては、ルドルフ・ヘスが異動になり妻がそれに反対して自分たちはアウシュビッツに残るなどがある程度という作品です。
残虐・悪辣な行為をする者にも、通常は家族がいるわけで、その点に関心を向けさせることを意図した作品に思えます。
強制収容所長のルドルフ・ヘスが幼い娘たちを寝かしつけながら「ヘンゼルとグレーテル」を読み聞かせるシーンと、妻がアウシュビッツからの転勤に反対し私はここで子どもたちの教育に最高の環境を作り上げたと論じるシーン、どちらが怖いでしょうか。
ルドルフ・ヘスの悪行も描いてはいますが、ユダヤ人からの略奪品に喜びアウシュビッツに居続けたいという妻の方により悪い印象を与えるように感じました。
残虐・悪辣な行為により利益を得、またそれを支えている家族が存在することはそのとおりなのでしょうけれども、そいつらも同罪だと非難することは適切・公平なのでしょうか。だとすれば、パレスチナ・ガザの人々を虐殺するイスラエル軍の将校の家族も、24時間・365日死ぬまで働け的な労働者の酷使で財をなした経営者の家族も、武器商人の家族も同様に非難されるべきでしょうか。武器メーカーの社長の息子の大冒険活劇アニメを賞賛している日本の観衆のメンタリティにはそぐわないかも知れません。
制作者は、妻は非難しても、子どもも同罪とすることには躊躇しているように見えます。趣旨や意図が私にはわからない描写もいくつかありその辺は言いきれませんが、象徴的には、2度目に「ヘンゼルとグレーテル」が登場する場面。グレーテルが魔女を竈に閉じ込めて焼き殺し、ヘンゼルに褒められるシーン、ちょっとドキッとして、そうかそのための「ヘンゼルとグレーテル」だったのかと合点しましたが、ここでは子どもは登場しません。ここでそれを聞いた子どもに何か言わせれば、言わせなくても反応を描写すれば、より印象的なシーンを作れたと思いますが、制作者はそこは自制したのだと思います(実在の人物でしょうし、そこは、子どもには罪はないということで)。
テーマも意図も理解できますが、私には、どうかなぁという印象の作品です。
(2024.5.26記)
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