◆たぶん週1エッセイ◆
映画「時の航路」
非正規労働者の悲惨はよく描かれているが、裁判の描き方には違和感がある。希望を持てる場面がもう少し欲しかった
洋介と夏美との夫婦愛が、むしろ印象に残る
いすゞ自動車雇止め事件での派遣切りと労働者の闘い、裁判を描いた映画「時の航路」を見てきました。
公開2日目コロナ自粛延長中の日曜日、池袋シネマ・ロサ1(193席)12時10分の上映は、2割くらいの入り。
大手自動車メーカー「ミカド自動車」で旋盤工として働く五味洋介(石黒賢)は、派遣労働者ながら古株で新人の正社員の指導も任され、人望を集めていた。妻夏美(中山忍)と子ども2人を青森の夏美の実家に残して静岡の工場で働く洋介は、正社員登用をほのめかされて、息子の大学進学も決まり、家族を呼び寄せての生活を期待していたが、リーマンショックで事情は一変し、会社から契約打ち切りを告げられ、いちばんのベテランの洋介が承諾しないと収まらないからと派遣会社の担当者に次の働き口のあっせんを努力するからと言われて、差し出された書面に署名してしまう。派遣会社から、努力はしたが次の仕事はないと言われた唖然とした洋介は、労働組合の活動家、弁護士らの話を聞いているうちに会社との闘いを決意する。夏美と家族は洋介の組合活動に反対し、青森に帰ってきてくれと洋介に伝えるが…というお話。
大企業と派遣会社の傲慢さ、狡猾さ、非正規労働者に対する非情さ、残酷さ、非正規労働者がいかに弱い立場かということが実感されます。
現実の事件(いすゞ自動車雇止め事件)に基づいて作られているので、しかたないのですが、見ていて希望が持てないのが哀しいところです。不遇の者同士が助け合い、また夏美の闘病を聞いた同志たちが連帯する姿に暖かさは感じられ、そのレベルでは闘うモチベーションが与えられるのですが、映画を見終わったところで、洋介は、最愛の妻夏美を失い、裁判を優先してその死に目にも駆けつけることができず、家族に詰られながら、闘っていったい何を得たのかを思うと、暗澹たる気持ちになります。
闘争とは別に、離ればなれの洋介と夏美が久しぶりに再会するシーンでの思いを寄せ合い表現する場面が、夫婦愛を感じさせて印象的でした。
私は、いすゞ自動車事件にはまったく関与していませんから裁判の具体的な経過は知りませんが、この作品での裁判の描き方には疑問を持ちました。裁判の場面で(東京地裁の法廷の傍聴席が2階建てなのは、もう論外として)会社側の証人(常務)に対して、労働者側の弁護士がその場で取締役会議事録を書証として提出して突きつけてその前の証言(生産減少とその回復の見込みがなかったこと)と矛盾すると迫り、証人からそれは正式の議事録ではない、自分は見たことがないと突っぱねられると常務の尋問を打ち切った挙げ句にその場でそれでは社長の尋問を申請すると言い出し、裁判所が必要性がないと却下すると裁判官を忌避するというシーンがありました。証人に示す書証は原則として相当期間前に提出しなければなりませんし、しらを切られたくらいで動揺して尋問をやめて(2の矢、3の矢を用意しておくのが尋問準備だと思います)社長を呼べと言い出す、人証調べ開始後の法廷でいきなり人証申請ということ自体ふつうあり得ない(人証調べ開始前にひととおり申請して誰を採用するか決めてから人証調べを始めるのがふつう)し、社長を呼べというのにその理由が用意されていない、そういう展開なら社長の人証採用などあり得ないことはふつうに予想されるのに採用しないと言われると動揺して認められることはほとんど考えられない「忌避」をしてしまうというバタバタぶりでは、弁護士の能力を疑ってしまいます。映画だから派手な展開を作ったのでしょうけれども、どちらかというと地道に展開してきた作品でこういうシーンを作る必要があったのでしょうか。制作側は、裁判所と被告側の冷たさ、悪辣さをイメージさせたいのでしょうけど、裁判実務をある程度知っている者の目には、いくら正義は自分の方にあると言ったって、そんなやり方じゃ勝てるものも勝てなくなるだろと、労働者側のやり方のまずさの方に目が行ってしまうのではないでしょうか。
いすゞ自動車事件の判決を見ると、裁判シーンでこだわった景気回復の予想とその関連書類の問題よりも、その後の回復の見込みがどうあれ現実に生産台数が減少すれば期間工(有期契約労働者)は雇止めにしてもかまわない(ただし期間中の解雇はダメだし期間中の賃金は全額払え)、派遣をしばらく続けたら期間工にしてその後また派遣に戻すことを繰り返して派遣期間制限を潜脱するやり方をしてもかまわないという裁判所の姿勢が問題の根本にあり、そこが変わらないと結局リストラされた非正規労働者の救済は困難に思えます。その部分は、この事件の判決だけじゃなくて、裁判所の趨勢となっています。私の感覚では、この事件での裁判所が悪かったという位置づけではなく、非正規労働者が法的に極めて弱い立場に置かれていることを正面から描いて、それでいいのかをもっとストレートに問うた方がいいように思えます。
(2020.3.28記)
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