たぶん週1エッセイ◆
映画「人生の特等席」
 82歳のクリント・イーストウッド主演で老スカウトの生き様を描いた映画「人生の特等席」を見てきました。
 封切り2日目土曜日、新宿ピカデリースクリーン3(287席)午前11時50分の上映は7〜8割の入り。観客の多数派は中高年層でした。

 アトランタ・ブレーブスの伝説の名スカウトガス・ロベル(クリント・イーストウッド)は、視力が落ちて室内でもローテーブルを蹴飛ばし車はガレージをこすり階段で躓くという始末で、球団でもコンピュータデータの重視を主張するフィリップ(マシュー・リラード)がガスを引退させるよう主張し、ガスの盟友のスカウト部長ピート(ジョン・グッドマン)が擁護するが、契約期限の来る3か月後の再契約は厳しい情勢となっていた。ガスは近づくドラフトで注目されている高校生ボー・ジェントリー(ジョー・マッシンギル:新人)を獲得するかどうかの判断のため、ノースカロライナ州でジェントリーの試合を見て回るが、医師に失明の危険があるといわれ、観客席からジェントリーの姿がよく見えない状態なのにそれを誰にもいえずにいた。13歳から寄宿学校に入れられてその後父親とは会えば言い争いばかりのガスの娘ミッキー(エイミー・アダムス)は、法律事務所で夜も休日もなく働き続け7年目でパートナーへの抜擢を間近に控えていたが、ピートから頼まれてガスのスカウト旅行先を尋ねてきた。球場に現れたミッキーにガスは仕事の邪魔をするな、帰れといいだし、父娘はまたしても言い争いを繰り返すが・・・というお話。

 IT・データ至上主義的な風潮に対し、時代遅れのアナログ頑固爺が老いの一徹で闘い、圧倒的に不利な状況からの逆転勝利という、コンピュータ/デジタル(あるいはその他新しいもの)嫌いの人々には爽快なヒューマン・ドラマです。
 クリント・イーストウッドが、冒頭から前立腺肥大のせいと見られる長小便、トイレから出たらローテーブルに躓いて蹴倒す、車をガレージから出すのにガレージの枠を壊すと、次々と耄碌ぶりを披露します。4年前78歳の「グラン・トリノ」でさえ最後の主演作品と思われていたイーストウッドの老いの進行はあまりにリアルで泣けてきます。自分に引きつけても、親の世代を考えても他人ごとに思えない世代としては、こういう老いの描写にも親近感を感じてしまいますし、この状態にして意気軒昂で頑固な姿には、頼もしさやある種の憧憬さえ感じてしまいました。
 そしてアナログなスカウトたちや、ガスがかつて見いだしたが肩を壊して今はレッドソックスのスカウトを務める「炎のフラナガン」(ジャスティン・ティンバーレイク)、ミッキーら、ガスのまわりの人々の野球への愛情がしみじみと描かれ、オールドスポーツファンのノスタルジーと共感を呼びます。
 目がよく見えなくても音でわかるとか、いかな13歳まではスカウトの父に連れ回されて野球を見続けていたとしてもその後20年も野球の現場にいないミッキーが選手の能力を一目で判断できるとかは(ま、ミッキー、あのへっぴり腰でホームラン打てるかは目をつぶるとしても)、ガス側へのひいき目で見てもちょっとあんまりな気はしますが、細かいところは気にしないで幸せな気分になれればいいじゃないのって映画でしょうね。

 さて弁護士の目には、ミッキーのパートナー昇格戦とそれに嫌気がさしたミッキーの選択が気になります。
 会社側の味方をするのが嫌いな私には、主として大企業に奉仕する巨大事務所のことはわかりませんし、あまり興味もありませんが、寝る間も惜しんで働き最短の7年でパートナー(共同経営者)昇格の審査を受けるミッキーは、女性のパートナーは前例がないといわれて父親が野球のスカウトで下品な酒屋を連れ回され男社会には慣れているとアピールし、ライバルのトッドはアソシエイト(勤務弁護士)にふさわしいと述べ、担当している裁判で勝ったらという条件付きでパートナーにするという回答を取りつけます。巨大事務所は、それ自体会社のようなもののようですが、こういった積極的なアピールと足の引っ張り合いがものをいうのでしょうか。
 スカウト旅行先でも仕事を続け、資料を送り続けてプレゼンまでには帰るというミッキーに対して、事務所ではトッドがミッキーの戦術を批判し、経営者側はミッキーが早く帰ってこないならプレゼンはトッドにやらせるといい出します。最初の予定通りにプレゼンまでに帰るといっているのに、トッドにやらせるからゆっくり休んでから仕事に戻れという事務所に対し、ミッキーはこんなに寝る暇もなく働いてきたのにと逆上します。挙げ句の果てに、トッドがプレゼンに失敗した(プレゼンって、映画の流れからすると依頼者の前で訴訟戦術のプレゼンをするってことなんでしょうけど、「失敗」って誰が判断するの?依頼者の大企業が自分の顧問弁護士を連れてきて判断するってことでしょうか)といってミッキーに戻ってきてくれという事務所に対し、ミッキーは「考えておくわ」( "I 'll think about it"だったと思います)と言い残して電話を切ります。弁護士の場合に限ったことじゃないでしょうけど、一生懸命に仕事をし、疲れ切っているときに、なんでこういう連中のためにここまでやらなきゃならなかったのかってむなしくなる、ばかばかしくなることって、よくある。そこでキレちゃうかどうか、思い直すことの方が多いけど、やっぱりぶちキレることはある。身を置く場所は全然違うんだけど、そういうところでキレたくなる気持ちはよくわかるなと、そこでも共感してしまいました。

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