◆活動報告◆
名誉毀損・プライヴァシー問題
私が担当した事件で公刊された判例集に掲載された判決を紹介します。
被疑者の家族等についての報道が許される範囲
東京高裁1995年10月17日判決
(1審は東京地裁1995年4月14日判決で判決全文が判例時報1547号88頁〜94頁に掲載されています。主要部分は高裁判決と同内容です)
ある著名企業の従業員が性犯罪の容疑で逮捕された事件(刑事事件としては勾留延長もつかずに10日間の勾留で釈放され不起訴となっています。もともと無理な逮捕でした)について、週刊新潮が被疑者だけでなく容疑事実と関係のない被疑者の妻についてまで私生活に関する事実を記事にし、あまつさえ被疑者の妻の勤務先が別の著名企業であったために、記事のタイトルを「逮捕された〇〇の妻は××社員」というタイトルを付け、新聞広告や電車の中吊り広告でそのタイトルを広告するということがありました。さすが週刊新潮ですね。
東京高裁判決は、「控訴提起前(捜査中)の犯罪行為に関する事実の報道は、一般に公共の利害に関するものとされるが(刑法230条の2第2項参照)、その趣旨は、その報道が捜査機関に犯罪捜査の端緒を与えあるいは捜査機関に協力するとともに、これを一般公衆に覚知させて世論の監視下に置き、世論の協力と鞭撻に資するなどという公共の利益に適うものであることによると考えられ、この趣旨とプライバシーの保護の必要とを合わせ考えると、公共の利害に関する事実であるとされるのは、控訴提起前の犯罪事実それ自体及びこれに密接に関連する事項に限られるものと解するのが相当である。そうすると控訴提起前の犯罪事実に関連する被疑者の家族に関する事実についても、それが公共の利害に関するものであるとされるのは、当該事実が犯罪行為を特定するために必要である場合又は犯罪行為の動機、原因を解明するために特に必要である場合など、犯罪事実それ自体及びこれと密接に関連する場合に限られるものといわなければならない。」と判示しました。もちろん、妻の勤務先、学歴、職歴、年齢等は被疑事実に密接に関連する事実であるとは到底考えられないとされ、損害賠償が認められました。
この判決は、犯罪事件の関係者についての報道が許される範囲についてのリーディングケースになっています。
「連合赤軍『あさま山荘』事件」(月刊文藝春秋及び単行本)による名誉毀損事件
東京高裁1998年5月28日判決(判決全文が判例時報1681号104頁〜107頁に掲載されています)(1審判決は東京地裁1997年10月31日判決で判決全文が判例時報1681号107頁〜111頁に掲載されています)
この事件は月刊文藝春秋に連載されその後単行本として出版された佐々淳行氏の「連合赤軍『あさま山荘』事件」が、別人の犯行であることが裁判等で明らかになっている多数の爆弾事件を全て連合赤軍(京浜安保共闘)の犯行であるかのようなでたらめを書いたことが名誉毀損に当たること、短歌を引用する際に勝手に2カ所も点をうったことが著作権(同一性保持権)侵害に当たることを主張して提訴しました。
文藝春秋側は、事実としてではなく当時の見方を書いたに過ぎないとか、京浜安保共闘の犯行だと書いてもその幹部である個人の名誉毀損にはならないなどと主張しました。
1審判決、2審判決ともに、文藝春秋側の主張を退け、名誉毀損の成立と著作権侵害の成立を認めました。
短歌を引用する際に勝手に点をうつことが著作権侵害になることは初めての判断でした。
インターネットのサイトでの名誉毀損
東京地裁1999年9月24日判決(判決全文は判例時報1707号139頁〜146頁に掲載されています)
大学の学生自治会グループと新聞会グループの対立が続いていた中で、学生自治会のホームページに新聞会グループが傷害事件を起こしたかのような記載をしたことが名誉毀損に当たること、サーバーの管理者である大学に削除義務があることを主張して提訴しました。
この事件は、インターネットのホームページによる名誉毀損について、公刊された判例集に載った初めての判決となっています(それ以前にはパソコン通信の場合についてニフティの事件の判決があっただけでした)。今でもインターネットのホームページによる名誉毀損を論じるときには、リーディングケースとして引用されます。
被告側はいろいろ主張しましたが、その中には本件ホームページに到達するにはアドレスを知っている必要があり、大学関係者以外見る可能性はないから公然性がないという主張もありました。なんとこの時期、被告側は検索サイトの利用を知らなかったんですね。
東京地裁判決は、名誉毀損の成立を認めホームページの責任者に損害賠償支払を命じました。しかし、サーバー管理者の責任については「ネットワークの管理者が名誉毀損文書が発信されていることを現実に発生した事実であると認識した場合においても、右発信を妨げる義務を被害者に対する関係においても負うのは、名誉毀損文書に該当すること、加害行為の態様が甚だしく悪質であること及び被害の程度も甚大であることなどが一見して明白であるような極めて例外的な場合に限られるものというべきである」としてサーバー管理者の責任を認めませんでした。
控訴審の東京高裁では、口頭弁論期日に裁判長からサーバー管理者側に主張の補充を求める発言があり、その内容からして判決に至った場合にはサーバー管理者の責任については1審とは異なる基準(より責任が認められやすい基準)が示される気配でした。しかし、当事者の学生双方が卒業し争いを引きずりたくないという意向で1審の損害賠償額で和解するということになりましたので、判決には至りませんでした。
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