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短くわかる民事裁判◆
契約書・約款上の裁判管轄条項
 契約書では、この契約に関連して紛争が起きたときは○○裁判所を1審の管轄裁判所とするというような条項が定められることが多いです。事業者が定めている会員規約とか約款などと題している定型の(たいていは多数の条項が小さな文字で書き連ねられていてほとんどの人が渡されても読まない)文書類にはほぼ間違いなくそういった条項が入っています。その場合、定められている裁判所は、その事業者に都合がいい、ふつうはその事業者の本店の住所地の裁判所です。
 民事訴訟法上、法律が定める専属管轄(せんぞくかんかつ)に反しない限り、原告と被告が合意すれば、1審については自由に定めることができます。そうすると、その事業者に対する裁判は、契約書上定められた裁判所(通常はその事業者の本店所在地の裁判所)にしか起こせないのでしょうか。

 原告が、契約上の裁判管轄条項を無視して、義務履行地(民事訴訟法第5条第1号)などの主張で原告住所地の裁判所に訴えを提起した場合どうなるかを考えてみましょう。
 裁判所が訴状と書証を見て管轄がないと言ってきた場合には、契約書で定める(遠方の)裁判所で裁判をすることが困難な事情等を説明し、移送(いそう)しないように求めるという対応が必要です。裁判所は職権で(当事者が申し立てなくても裁判所の判断で)移送することもできます(民事訴訟法第16条第1項)が、通常は原告がそれでは困る事情を言えば、まずは被告に訴状を送達して被告の応答を見ましょうということになると思います。
 被告が、管轄違いだ、移送しろという主張をしないで、訴えの内容についての主張・反論をする(請求の原因に対する認否・反論をする)と、応訴管轄を生じます(民事訴訟法第12条)ので、そのままその裁判所(原告住所地の裁判所)で審理・判決されることになります。
 被告から契約書の裁判管轄条項に定める裁判所に移送するように主張された場合は、民事訴訟法にそのものの規定はないのですが、訴訟の著しい遅滞を避けるためまたは当事者の衡平(こうへい)を図るため必要があると認めるときは管轄のある裁判所から別の管轄裁判所へ移送できるという規定(民事訴訟法第17条)と、その移送が当事者が専属管轄の合意をしているときにも可能であるとする規定(民事訴訟法第20条第1項括弧書き)の趣旨から、そのような事情があるときは裁判所は裁判管轄条項の定める裁判所への移送をしないことができる、つまり移送申立を却下することができると解されています。民事訴訟法の規定上は、当事者の住所や予想される証人の住所等を考慮してということですが、他にも原告が裁判管轄条項で定める裁判所での訴訟活動がどの程度困難か、逆に被告が原告住所地の裁判所での訴訟活動がどの程度困難か、契約締結の経緯等の事情も考慮されると思われます。訴訟活動の困難さについては、近時は代理人(弁護士)は証人尋問時以外は基本的にWeb会議システム(Teams)で対応できることから遠方だから困難という主張が認められにくい傾向にあります。ただし、弁護士が付いていない本人の場合でも、現状ではWeb会議は認められていませんが、電話会議は法的には可能なので(本人訴訟の本人に電話会議を利用させているかについて、実際のところは私にはわかりませんが、裁判官によるようです)、そのことも遠方だからというだけで訴訟活動が困難とは認めてもらいにくいことがあります。
 なお、約款の専属管轄条項が消費者の利益を一方的に害する不当条項であり消費者契約法第10条により無効という主張は、消費者団体が度々チャレンジしていますが容易には認められません。

 現実問題として、契約書上の裁判管轄条項で定められた裁判所での裁判が困難なときは、とりあえず原告住所地で提訴して、上のような主張をしてみるということになるかと思います。裁判所の判断は事案の状況によると思いますので、確実とはいえませんが、その裁判を起こすことが必要であれば、チャレンジする価値はあると思います。

 管轄についてはモバイル新館のもばいる 「どの裁判所に訴えるか」でも説明しています。
  

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