◆短くわかる民事裁判◆
控訴理由書の作成:実質面
控訴の理由は法律上制限されていませんから、何でもいいのですが(もちろん、裁判官を説得できる内容でなければ話になりませんが)、控訴理由書は、まず何よりも、裁判官に対して原判決を変更すべきことを説得する文書なのですから、原判決のどこに誤りがあるのかを論じないと、実務的には意味がありません。
本人訴訟をして敗訴した方が私に相談に来られて(弁護士のサイトで控訴・上告等について詳しく書いているサイトが少ないため、私のところには、控訴・上告の相談がよく来ます)、控訴理由書の案を書いたから見て欲しいといってくる場合、原判決のどこが間違っているかを特定しないで自分の主張を書いて、その主張を採用しなかった原判決は誤りであるみたいなことが書かれていることがよくありますが、そういう控訴理由書で勝てることはまず考えられません。素人だけでなく、弁護士でも、負けた1審の最終準備書面の主張をほぼそのまま書いた控訴理由書を出してくることも、ままあります(私が勝って被控訴人側のときに、そういう控訴理由書を受け取ることが、稀ではなく、あります)。実質的に、控訴理由を思いつかず、ただ惰性で、あるいは依頼者の手前仕方なく控訴理由書を作成しているということなんでしょうけど。
控訴理由書について、東京高裁で約6年裁判長(部総括)を務めた加藤新太郎さんが、現役の東京高裁第22民事部の裁判長時代に次のように述べているのを見つけました。
「当事者としても、控訴理由で、どこを突くかを明確にすることが求められますが、そこがきちんとされれば、普通は裁判官も見落とすことはないだろうと思います。ところが、現実には、控訴理由書において、1審判決のどこを突けば結論が変わるかをあまり考えず、最終準備書面をコピー・アンド・ペーストしたようなもの、1審と同じく総花的主張を繰り返すものが少なくありません。肝心な的を射た主張が一つでもされていれば、見直し方向に効くのですが、総花的主張をして、それを埋没させてしまうのは控訴理由書としては避けたいところです。1審判決の内在的な論理をきちんと理解して、どこを突けば結論が変わるかを見て、証拠弁論的な弁論を展開して控訴理由に組み立てることが必要なのです。それが説得的であれば、被控訴人も反論しにくいし、裁判所も『この点は、どうですか』と、相手方に尋ねやすい。昔ながらのやり方ではなく、争点中心審理に変わったわけですから相応する控訴理由の書き方をすべきであると思います。」(実務民事訴訟法講座[第3期]第6巻:上訴・再審・少額訴訟と国際民事訴訟10〜11ページ)
証拠弁論(提出済みの書証に基づき、それを評価して、どのような事実が認定されるかを論証する)的な主張(原判決の法解釈について誤りを指摘せず、さらにいえば控訴審で新たに有力な証拠も提出しないで原審の証拠だけで「証拠弁論」にとどめた場合)で関心を持ってくれるケースがどれだけあるかはちょっと疑問に思いますが(もちろん、私の経験でも、高裁の裁判官がそれで逆転勝訴の心証を示して有利な和解をしたことも何度かありますが)、原判決の論理構造を把握した上でどこを突けば結論が変わるかを考えそこを前に出すべきという指摘は、肝に銘じておきたいところです。
「ジュリスト」の座談会で、大段亨裁判官(座談会当時東京高裁第10民事部部総括、民事長官代行)は、「非常に長大な控訴理由書が提出されることがあります。」「裁判官に対して不服の点を明確にするためには、適切な長さがあるはずであり、あまりに長大だと不服の点が曖昧になりますし、効果としてもいかがかと思われます。やはり、原判決の事実認定や法的判断の問題点を、請求の当否との関係で、簡潔に指摘するものが望ましいと思います。」(1審の)「最終準備書面のような控訴理由書は要らないと思います。」と述べています(「ジュリスト」2019年3月号49ページ)。中西茂裁判官(座談会当時東京高裁第21民事部部総括)も、「基本的に控訴理由書ですから、1審判決のここが誤りであると指摘すればいいのです。裁判官も原審の判決を読んで、ここはどうかとか、少し論理展開がおかしいけれども大丈夫かなどと思うことがあります。そこを鋭く控訴理由書で指摘してあると、やはり指摘されているなとか、原判決より控訴理由書に書いてある論理展開のほうが優れているなと思ったりもします。それが良い控訴理由書です。一報、我々裁判官が原審の判決を見て、ここはおかしいと思うのに控訴理由書ではほとんど触れていなくて、こちらは全く大丈夫だと思っているところを集中的に触れていると、この控訴理由書は何だろうということになります。」と述べています(同50ページ)。
このように、高裁の裁判官が述べているところでは、原審の最終準備書面と同じような控訴理由書、総花的で長大な控訴理由書は、まず控訴裁判所の裁判官の心に刺さりません。むしろ控訴理由がないという印象を与えるだけです。
そういったことを念頭に置いて、第1審判決の問題点は何か、どの点をどう突けば裁判官の心を動かすことができるかを考えることが大切だろうと、私は思います。
控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
モバイル新館の「控訴(民事裁判)」でも説明しています。
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