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短くわかる民事裁判◆
控訴提起に伴う執行停止決定の担保と原告の権利
 原告勝訴の仮執行宣言付きの第1審判決に対して執行停止決定が出される場合、通常は、被告は担保を提供します。実務上は、第1審判決が仮執行宣言付きで被告に支払を命じた額の7〜8割程度の担保を積むのがふつうです。
 その担保は、執行停止決定に記載されます。例えば、法務局への供託の場合「○○地方法務局令和○年度金第○○号」などと記載されます。

 この執行停止のために被告が積んだ(供託などした)担保は、何を担保しているのでしょうか。
 一般の方が想定するのと異なり、この担保は、勝訴した判決が支払を命じている債権やその利息を担保するものではありません。あくまでも執行の停止によって(新たに)生じた損害賠償請求権を担保するものです(例えば東京高裁1952年2月5日決定は、「おもうに仮執行の宣言を附した判決に対し上訴を提起したとき保証を立てさせて仮執行の停止を命じた場合右保証によつて担保せられる債権は、右仮執行の停止によつて生じた損害賠償請求権であつて本案訴訟事件に於で生じた訴訟費用の請求権はこれに該当しないものと解するを相当とする。」と判示しています)。
 具体的にはどんな債権が担保されていると考えられるかについては、執行の遅延による遅延損害金、決定存続期間中の執行対象物の価値の下落による利益の減少、申立人が目的物を処分ないし隠匿することによる執行不能による損害が挙げられます(1999年度書記官実務研究報告書「民事上訴審の手続と書記官事務の研究」2019年補訂版442ページ)。

 この担保の実行については、担保提供を受けた者(この場合原告)は、「他の債権者に先立ち弁済を受ける権利を有する。」(民事訴訟法第77条)と定められており、これについて最高裁2013年4月26日第二小法廷決定は、「これは、被供託者が供託金につき還付請求権を有すること、すなわち、被供託者が、供託所に対し供託金の還付請求権を行使して、独占的、排他的に供託金の払渡しを受け、被担保債権につき優先的に弁済を受ける権利を有することを意味するものと解するのが相当」として、担保提供者(被告)が倒産した場合でも破産財団等に組み入れられず他の債権者や破産管財人に優先されることなく優先的に供託所に対して直接に還付請求して支払いを受けることができるとしています。
 現実的には、供託所から還付を受けるためには、被担保債権である損害賠償請求権について勝訴判決か和解調書を得る必要があります。

 執行停止決定の担保から原告が支払を受けるには、執行が遅延したこと自体による損害が生じたこと、その損害について賠償請求の訴訟をすることが必要で、現実には執行停止自体で多額の、また金額を算定できる損害が生じることやその立証は困難なことが多く、現実にそれを請求できると考えられることは稀です。私の経験上は、被告が執行停止決定を取った事件で損害賠償請求をしたことはないですし、できる事案と思ったこともありません。
 他方で、担保権利者は(実際には行使できない権利を)非常に手厚く保護されていて、その結果、担保提供者は、逆転勝訴判決を得るか、和解の際に相手方の担保取消同意を得ない限り、担保取消(取り戻し)に手間取る(相手方への権利行使催告と期間経過で取り戻す)ことになります。

 率直に言えば、ムダの多いしくみだなぁと感じます。

 控訴については「控訴の話(民事裁判)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「控訴(民事裁判)」でも説明しています。

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