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短くわかる民事裁判◆
訴えの一部取下げと訴え提起手数料
 訴えを提起後に訴えを一部取り下げた場合(訴えの取下げについては「訴えの取下げ」で説明しています)、訴え提起手数料はどうなるでしょうか。
 このことは、訴え提起時にその際の訴額(訴訟物の価額)に応じた訴え提起手数料を納付した(訴状に適切な額の印紙を貼った)場合に、その後の一部取下げによって訴え提起手数料が払い戻されるか(還付されるか)という問題と、訴え提起時にその訴額に見合った訴え提起手数料を納付しなかった場合に、その後訴えを一部取り下げることによって納付すべき訴え提起手数料が減額されて不納付の問題(放置すれば補正命令訴状却下等につながります。それについては「訴状に印紙を貼らなかったら:手数料不納付」で説明しています)が解消できるかという問題があります。

 前者については、最初にすべき口頭弁論の期日終了前に訴えを取り下げた場合には訴え提起手数料の一部の還付を受けることができます。それについては「手数料還付」で説明しています。
 後者の問題について、最高裁1972年12月26日第三小法廷判決(判例時報722号62ページ)は、「訴額の算定は、訴提起の時を基準とすべきであるから、上告人がその後に請求の減縮をしたとしても、所論のように当初に貼用すべき印紙額がそれに応じて減額されるものではない。」と判示しています。
※今ではこのことは、民事訴訟費用法第9条第3項第1号が最初にすべき口頭弁論の期日終了前に訴えを取り下げた場合に訴え提起手数料の一部について還付をなし得ることを定めていて、取下げに相当する分のうち一部の還付を受け得るに止まることから、取下げに応じた当然減額が予定されていないことは明らかとした方がいいと思いますが、民事訴訟費用法制定前の事件でもあり、最高裁は訴額算定の基準時の問題と扱っています。

 この最高裁判決の事案は、原告が複数の被告に対して訴訟提起し、裁判所の見解よりも少ない額の印紙が貼られ、第1審裁判所が印紙追貼命令を出しても原告がこれに応じないため、第1審で手数料不足を理由に訴えを却下する判決が言い渡され、控訴人(原告)は控訴状にやはり裁判所の見解よりも少ない額の印紙を貼り、控訴審で1名の被控訴人以外への控訴を取り下げましたが、控訴審も控訴人の控訴を棄却し、控訴人(原告)が控訴を取り下げなかった被告1名に対して上告をし、上告状には裁判所の見解よりも多額の印紙を貼っていたというもので(実際には、もっと複雑な問題もあるのですが、必要な限度で単純化しました)、上告審での過納付を考慮して1名の被上告人との関係で手数料が全体として納付されたと考えられるかが争点となりました。
 そこで最高裁は、請求の減縮をしても納付すべき訴え提起手数料の額は減額されないということを判示した上で、複数被告に対する訴えの場合、特定の被告との関係で納付すべき手数料も、実際に納付した訴え提起手数料のうち特定の被告との関係で納付された額も、訴額に応じて按分されるという判断を示しました。(その結果、1名の被上告人との関係での訴え提起手数料、控訴手数料、上告手数料の合計には足りないとして上告を棄却しました)
※最高裁は、手数料不足で訴状却下命令が出されてもその確定前に不足手数料が納付されれば最初から手数料が納付されたのと同じ扱いになるという立場を取っています最高裁2015年12月17日第一小法廷決定等)ので、この件では手数料不足を理由とする却下の判決が確定する前である上告審で納付された手数料で第1審、第2審の不足分が解消されるなら第1審の却下判決は取り消されるべきことになりますので、以上のような判断をしたわけです。

 最高裁1972年12月26日第三小法廷判決では、複数被告のうち1名以外への控訴が取り下げられ、上告審ではその被告(被上告人)との関係だけが対象となる(他の被告との関係は既に確定)ので、他の被告との関係での訴えと控訴の手数料不足が残り、原告(上告人)にはその支払い義務は残っているとしても、却下判決の適否の判断は上告審に係属した(移審した)被上告人1名との関係でしか判断できないため、その特定の1名の被上告人との関係での手数料不足がなお残っているかが論じられたものです。
 そうすると、同じ一部取下げであっても、同一の被告に対する複数の請求(例えば貸金と立替金)のうちの一部が取り下げられたり、1つの請求の請求額を減額した(請求の減縮:せいきゅうのげんしゅく)場合には、それによって納付すべき手数料額が減額されるということはなく、残っている請求との関係で手数料不足があるかという議論にはならないと思われます。

 訴え提起とともに訴訟救助の申立てを行い、一部だけ救助が認められた後に、その救助を認められた範囲に応じて請求の減縮(訴えの一部取下げ)をした場合の扱いについては「訴訟救助の一部認容と請求の減縮」で説明しています。

 訴え提起手数料については「裁判所に納める費用(民事裁判)」でも説明しています。
 モバイル新館のもばいる 「裁判所に納める費用(民事裁判)」でも説明しています。
  

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