◆弁護士の仕事◆
現実の弁護士は、1つの事件に専念していることは、まずあり得ない
ドラマや映画は、アメリカの法廷弁護士をイメージして作られている(と思う)
違うことが多いです。
私は日弁連の広報室の仕事をしていたころ(1989年10月から1993年9月まで)よく弁護士ドラマをチェックしていました(最近はほとんど見てません)。そのころ、感じたことですが、ドラマや映画に出てくる弁護士はアメリカの法廷弁護士のスタイルのものが多く、日本の弁護士の大半はかなり様子が違います。
いちばん大きな違いは、ここです。ドラマや映画に出てくる弁護士は、その時点で1つの事件に専念しているという設定のものがほとんどです。しかし、実際の弁護士は、普通数十件の事件を同時並行で取り扱っています。(私のある週の状況のレポートがこちらにあります)
弁護士は毎日いくつかの事件の法廷に出たり打ち合わせをして、その間に何人かの依頼者や相手方からの電話に対応し、何件かの書類や手紙を書いています。依頼者の方に弁護士は今自分の事件だけをやっていると誤解されて、毎日今どうなっているとかああしてくれこうしてくれと電話されても、とても対応できません。
ありがちなパターンを紹介しますと、事務所で次の裁判のために事務所を出るまでに30分あるので、その間に書けそうな書類(それくらいの時間だと相手方や依頼者への手紙や通知類ですね)を書いていたとしましょう。そこへ依頼者のAさんから今すぐに相手方のところに電話してくれと強く要求されたとします。仕方ないなと思って書きかけの書類をおいて電話帳をとりだして番号を調べているところに、依頼者のBさんから交渉事件の経過の問い合わせの電話があり、電話帳をおいてBさんの記録を開いて答えます。それが終わったところへ依頼者Cさんの相手方の業者から電話が入り、次の提案はまだかと言われて、Cさんの記録を開いて話をします。そうしていると裁判所に出かけなければならない時間が来て、あわてて出かけます。法廷を2件程度こなして弁護士会に寄って弁護士会の仕事もしたりして事務所に帰ってきたときには、Aさんの電話のことは忘れています(後でやろうと考えて手帳にでもメモすれば忘れないのですが、なまじすぐやれといわれてすぐやろうとするとメモしないので、忘れるんですねえ)。で、後日Aさんからおこられることになります。
アメリカとは裁判制度の違いから事件の進み方が違います。アメリカは陪審員が裁判をするために法廷が始まったら毎日開廷して一気に審理します。ですから法廷弁護士はその間1つの事件に専念しなければなりません。
日本では、普通の事件では、法廷は民事事件で約1か月間隔、刑事事件で(裁判員裁判でなければ)2週間間隔くらいで、五月雨的に進みます。そのため弁護士も多数の事件を同時並行で担当できますし、同時並行でないと経済的にやっていけません(1件に専念するとしたらかなり高い弁護士費用をもらわなければやれません)。
こういうとアメリカの裁判制度がいいと思うでしょうが、アメリカでは法廷が開かれる前に何か月も、ときには何年もかけて準備をします(その間はやはり五月雨的です)。日本では訴えが起こされればとにかく1か月後くらいには法廷を開きます。トータルの期間でどちらが早いかはケースバイケースです(マスコミは法廷が開かれる期間だけを見てアメリカは迅速だといいますけど)。
アメリカの民事裁判に比べて日本の民事裁判が「遅い」かについては、モバイル新館の記事で説明しています。
日本の民事裁判は遅い?
もう1つ大きく違うのは法廷でのスタイルです。ドラマや映画では証人尋問などでも「異議」の応酬ですが、日本の普通の法廷では、異議はほとんど出ません。相手の弁護士の尋問があまりにひどいときにはやんわりと釘を刺しますが、普通は、規則上の異議理由があってもあえて黙っています。当事者尋問のときに依頼者が相手方の弁護士の意地悪な尋問で立ち往生しているときなど、依頼者は異議で救ってもらいたいと思っていることがままあります。しかし、そういうときに出す異議は、裁判官に「痛いところを突かれているのだな」という印象を与えかねません。これも制度の違いです。傍聴席に受けのいいやり方も、その気になればできますが、判断をする人の心証を第一に考えるのがプロのやり方です。
もっとも、最近は弁護士自身、そういうドラマを見て育ってきているせいか、私から見るとつまらないことで異議をいう弁護士も増えてきた気がしますけど。(異議について詳しくは「異議あり!」を見てください)
ドラマや映画の弁護士がアメリカのスタイルなのは、日本の弁護士の情報が十分テレビや映画の関係者に伝わっていないことと同時に、日本の法廷の進め方が絵になりにくいということが原因です。そういうこともあってマスコミには不人気ですが、日本の弁護士の仕事のスタイルは、ドラマや映画とは違うことが多いのが現実です。
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