庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

    ◆弁護士の仕事
  名もない強盗致傷事件から

 この原稿は第二東京弁護士会の刑事弁護ニュースに1999年に掲載された私の当番弁護士報告に若干の加筆訂正をしたものです。1つの事件の最初の面会から弁護の終了までの流れをつかんでもらうために掲載します。

  当番弁護士出動

 世間では3連休の中日という3月21日、私は午前中が日弁連の委員会の合宿、午後は(本当は午後だけじゃないけど)委員会派遣の当番弁護士という、ありがちな日程をこなしていた。普段はビルが閉鎖されている日曜日に特別にビルを開けてもらって午後事務所に戻ると、もう出動を求めるFAXが、A新聞のベタ記事とともにきていた。罪名は強盗、被疑者は外国人で日本語は話せないとのこと。うーん・・・Y新聞ならともかく、警察ネタに弱いA新聞がどうして今日に限ってこんなの独自ネタで書くんだよ、と思いつつ、通訳の手配を頼む。実は私は日本語の話せない外国人の弁護をするのは初めてだ。これまで様々な場面で「外国語だけは勘弁して」と逃げ続けてきたんだけどなあ。
 通訳氏と連絡を取ってとりあえず警察に電話する。今取調中だと言うので、当番弁護士が行くからすぐ会わせるように言うと、取り調べ担当の刑事が電話に出てきて、「取り調べはもう終わるけど、被疑者が逮捕されるときに荷物を野外に置いてきたと言っている。それの回収も兼ねてすぐ引きあたりに出る。雨が降りそうだから早く行かないと荷物が濡れて被疑者が困る。」と言う。一人だったら「とにかくすぐ行くから」で押し掛けるところだけど、通訳氏まで警察で待たせる羽目になると悪いかなという思いがあり、つい引いてしまう。結局5時には確実にいるということで5時に警察で待ち合わせた。

  第1回接見(面会)

 とりあえず当番弁護士の説明をして、逮捕事実を確認する。こちらが一言聞くとその数十倍くらいの量の答えが返って来る。いや、来ているように見える。速射砲のように口をついて出てくる言葉は、私には全くわからない。通訳氏がなにやら確認し、また被疑者が答えている。私はただ被疑者の顔を見つめているしかない。長いやりとりの末通訳氏から出てくる日本語はあっさりと短い。えっ、本当にそれだけなの、と思いつつ一つ一つ確認する作業が続いた。
 被疑者の話によれば、事件の経過はこのようなものだった。一時滞在のビザで入国してオーバーステイの状態で働いているが、お金が足りなくて故郷の親から送金をしてもらった。現在失業中で送金の受け取りが難しいので、日本に定住して店をやっている同郷の人宛に送金してもらったが、その人がその送金をやはり自分と同じ境遇の兄に渡してしまった。それでその日お金がなく野宿していた被疑者は送金を受け取れずに途方に暮れて、せめて金を貸してくれと言ったが断られた。帰りに公園でやけ酒をあおっているうちに悔しくなって、相手の店に戻り、酒の勢いもあって金を出せと大声で言った。30代の女性である被害者が「強盗」と大声で叫んだのでやめさせようとして殴った。2回殴ったら「わかった」と言ってレジから金を出したので、貸してくれたものと思い、外に出たら、後ろから大声で「強盗」と叫ばれ、駆けつけた警察官につかまった。
 順番に事実を確認しているうち、私が「あなたはどういうつもりで相手を殴ったのか。お金が欲しくて、お金を出させようとして殴ったのか」と聞くと、被疑者はひときわ勢いよくしゃべりはじめた。「そうじゃない。自分は相手の態度が頭にきて殴ったんだ。」と彼は繰り返した(らしかった)。言葉を少しずつ変えてその点を何度か確認した後、私が「あなたは強盗じゃないかもしれない。お金を盗ろうとして殴ったら強盗だけども、怒って殴ったのなら、もっと軽いほかの罪になるかもしれない。とにかくそれが一番重要な点だから、取調で特にその点は徹底的に貫いた方がいい。」と言うと、彼は「我が意を得たり」という様子でさらに勢いよくしゃべりはじめた。私は彼の顔を見ながら、言葉は全くわからないけど、少なくともこの点は本音なんだろうなと感じた。と、突然彼が思い出したようにシュンとした。どうしたんですか?私が聞くと、取調でもう強盗だと認めてしまったという。認めたっていうのは金を出させようとして殴ったと言ったのかい?いや、刑事が「おまえのしたことは強盗だ」と言うから「そうですね」と言ったのだという。「心配しなくていい。強盗にあたる『事実』をしゃべったかどうかが重要なんだ。あなたが強盗だと『評価』しても関係ない。評価は裁判所がするんだ。」私がそう断言すると、彼はうんうんうんとうなずいた。「いいですか。これからが大事なんです。あなたは金を出させるために殴ったんじゃない。怒ったから殴った。それが本当ならここはてこでも動くんじゃないですよ。」この論法で強盗を落とせるか自信があったわけではない。でも、被疑者が一番言いたい点なんだ。あれこれ難しいことを言うより一点に絞った方がいい。そう思って論点を整理した。
 案の定、警察は私の電話の後、取り調べを続けていた。引きあたりなんて行っていない。「やっぱりそうかあ。警察はうそつきだなあ。」刑事のせこいやり口も、まあ、被疑者との関係固めに役立った。

  兄の勤務先への連絡

 さて、最初の接見の宿題は兄との連絡だった。兄が被害者と顔見知りだから兄を通じて示談して欲しいという。「で、お兄さんは日本語は?」おそるおそる聞く私に答は冷たかった。日本語のしゃべれない兄とどうやって電話で話すんだよ・・・そう思いつつ警察を後にした。帰り道、通訳氏は兄の電話は自分に回してくれと言ってくれる。そして通訳氏はあの青年は田舎で育った純朴な人だと思うと言っていた。
 兄がまだ勤めているかもしれないと言われた相手は、私の予想通り、兄はもう辞めてどこへ行ったかわからないと答えた。弟がつかまった新聞を見ていなくなったという。日本語がしゃべれない兄がA新聞を読めるかよ。白々しい嘘つくんじゃないと思ったが、しらを切ると決めている人間を追及しても無駄だ。ところで、と兄と同郷という被害者について知っていますかと私は話を変えた。そちらは知っているという。その場で電話番号まで教えてくれた。意外な収穫だった。

  第2回接見

 なかなかお忙しい通訳氏と都合をあわせ26日に2度目の接見。兄と連絡は取れないが被害者の電話番号はわかったと伝えた。被疑者は会って示談して欲しいという。示談って言ってもねえ、普通示談というのはある程度お金払って話しつけるってことだよ。所持金なしでどうするの。次の接見日を通訳氏と手帳をめくり、一勾留満期前の検事の調べ時期を外して4月1日の朝にした。

  被害者との面談

 通訳氏と別れて担当刑事と面談する。被害者が殴られて口の中が腫れて全治2週間の診断書が出て罪名が強盗致傷になったという。
 勘弁して欲しいなと思いつつ、被害者に電話した。幸いなことに被害者は日本語が話せた。自己紹介をした上で被疑者が申し訳ないことをしたということを伝えたいのと弁護人として事実関係で確認したいことがあるので一度お会いしたいと話した。電話の終わりに「彼はどうなるんでしょう」と聞かれた。強盗致傷ですから、法律上は7年以上の懲役ですからね。被害者の方の立場からは当然だということになると思いますが、このまま起訴されればかなり長い間刑務所に行くことになりますね。「そうですか」といって電話は切れた。最初は店の方に来てくれという話だったが、後で電話が来て駅前の喫茶店に場所が変更された。警戒しているのかな。「そうですか」の感触と場所の変更をどう読んでいいか測りきれずに、私は嘆願書が書けるように白紙を数枚ファイルに挟んで待ち合わせ場所に向かった。

 指定された喫茶店で待っているとカップルが現れた。夫を連れてきたか・・・私はこの時点でほぼ嘆願書は諦めた。若い男が外に誰もいないところで女性を殴って怪我をさせたという事案である。さしたる理由もなく許すなんて夫が納得しないだろうし、夫の前で妻がそう言ったら夫は妻にも不審を感じるだろう。
 怪我の方はまだ痛みますか。まずはそこから。いえ、もう治りました。それはよかったですね。と、これは本心でそう思いながらも、今日は事件から10日目だから「全治2週間」は崩せるなと頭の隅で計算してしまう。弁護士の性だ。被疑者に代わって謝罪し、被疑者からの伝言を伝え、当番弁護士の仕組みを説明する。委員会派遣の制度を説明することで、被疑者が自分で弁護人を要求したのではなく、弁護士会が勝手に弁護士を付けているのだとさりげなくアピールする。それから、電話で聞かれたので、と断って強盗致傷の刑について説明する。このまま起訴されれば、かなり長期間刑務所に行くことになります。もし、起訴されない場合、実際には〇〇さんが許してくれなければそんなことはあり得ないし、さらに言えば〇〇さんが許してくれてもなかなかそう簡単には不起訴にはなりませんが、もし万一不起訴になった場合でも、彼はオーバーステイですからそのまま入管に引き渡されて強制的に出国させられます。被害者が確認してきた。そうすると彼が日本で自由になることはないのですね。そうですよ。
 私は、話を事件の事実関係の確認へ持って行った。大声をあげられて怖かったでしょう。いいえ、怖くはありませんでした。気丈な人だ。そうでなければ店をやっていけないのかも知れないし、被疑者との年齢差も気持ちに余裕を与えたのだろうか。いくつかの事実を確認して、被害感情に話を持って行ったとき、被害者は彼を処罰して欲しいとは思いません、刑務所に行かないで済むように何かできることはありますかと言った。本当ですか。今あなたが言われたことを紙に書いて検察官に出してもいいですか。私ははやる心を抑えつつファイルから白紙を取り出した。被害者は、被疑者がそのまま釈放されたらお礼参りに来るかも知れないのでいやだが、日本で釈放されることがないのなら長い間刑務所にまで行かせるのはかわいそうだという。どういうふうに書けばいいですかというので、もう一度お気持ちを聞かせてくださいと、私は確認していく。事件の時はやはり処罰して欲しいと思ったのではないですか。今はどういう気持ちなのですか。どうして気持ちが変わったのですか。今の気持ちは刑務所に行かないで済むようにして欲しいということでいいんですね。一通り確認して私は「私は事件直後は**さんを処罰して欲しいと思っていましたが、今では気持ちも落ち着いて、けがもなおりました。今は、**さんを処罰して欲しくありません。**さんが刑務所に行かなくて済むようにしてください。」という例文をつくり、今のお話からするとこういうことだと思いますけど、もし〇〇さんがこういうお気持ちでしたらこういうふうに書いてくださいと言った。被害者は、白紙に私の例文を写しながら、**さんが刑務所に行かなくて済むように頑張ってくださいと言った。被害者がまた自分に取調があるのでしょうかと聞く。こういう嘆願書を出すのだから、きっと、「弁護人に強要されて書いたんだろう」って取調がありますよと言うと被害者は笑った。
 ほとんど実害がないケースでも、嫌みを言われ、嘆願書などとんでもないということが多いのに。同郷のよしみ・・・かなあ。心洗われる気分で喫茶店を出た。今や「被害者のためにも」認定落ちか起訴猶予を勝ち取らねばならない。また重荷を負ったわけだが、足取りは軽かった。

  検察官との交渉

 さっそく、検事との面会を入れる。「被害者の嘆願書を持って伺います」「えっ嘆願書?」嘆願書という言葉に検事の力が抜けるのが感じ取れた。
 検事面会では、嘆願書以前に弁護人は被害者からもう怪我は治ったと聞いている、全治2週間はないし、この程度なら「致傷」はのめるのではないか、被害者は怖くなかったと言っている、反抗を抑圧する程度でないからせいぜい恐喝ではないかと認定落ちの線を強調した。その上で嘆願書を出して「被害者は宥恕している上に刑務所に行かないで済むようにしてくださいとまで言っている。お金も返っていることだし、これは起訴猶予で処理していただけませんか」と言った。検事は「起訴猶予ですか。これまで考えたことなかったですね。まあ弁護人がそうおっしゃるのなら検討はしてみますがね。」と答えた。

 検事面会の後、検事面会での検事の問題意識をもとに認定落ちと起訴猶予を説得する意見書を書いた。こちらの言ったことに検事が反論した部分は、それも一理あるとして、でもこういうこともありますよと書き連ねる。原則的な弁護をしている先生方からはしかられるかも知れないが、起訴不起訴の段階では検事は論争の相手ではなく説得の相手なのだ。意見書を書きながら、理屈を貫くと強盗にも恐喝にもならずにただの暴行だけという方向に筆が走るのを抑え、実務的には恐喝で処理するのが妥当ではないかと書いた。相手に宇宙人と話をしているような感想を与えては話にならない。勾留満期が9日、そうすると検事調べが7日、検事が処分を検討するのが7日から8日にかけてと睨み、意見書は6日に出した。

  起訴猶予

 7日夕方、4度目の接見に向かう途中、検察庁に電話を入れた。処分はもう決まりましたか。検事は離席中ということで事務官が被疑者は9日に入管に引き渡す予定だと答えた。ということは起訴猶予ですね。私は声を大きくして確認した。そういうことですね。決裁はこれからですが。
 最初は通訳氏にも起訴猶予を伝えずに検事面会から後のことを淡々と伝えた。そして、私は被疑者の顔を見つめ、一気に言った。今来るときに検察庁に電話を入れた。もし、検事の判断が決裁で覆されなければだが、あなたはあさって入管に引き渡される。起訴されないということだ。それが通訳されると被疑者は立ち上がってなにやら叫んだ。私も立ち上がり握手をする仕草をしながら、もし決裁で覆されて起訴されたらまた会いに来る。もう会わずに済むことを祈ろうと言った。被疑者がお礼の言葉を連ね、故国に帰ったらお礼の手紙を書きたいから名刺を置いていってくれと言うので、私は少し冷静になって言った。あなたはまず、私よりも被害者に感謝しなければならない。そして何よりも被害者に直接謝るべきだ。私のところよりも被害者に手紙を書きなさい。そう言って、お互いに立ち上がって手を振りながら別れた。それでも手紙は書くからというので、読めないだろうと思ってこれまで入れなかった名刺を差し入れた。
 警察に9日夜確認したところ、身柄は昼間に入管に移されたということであった。検察庁の最終処理は実に4月22日、罪名は強盗致傷のままで起訴猶予だった。
 そして、やはり、被疑者からの手紙は届かないでいる。

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