◆弁護士の仕事◆
証拠集め(刑事事件)
別に説明したように、起訴前は捜査側が集めた証拠は一切見せてもらえません。
そして起訴前の段階で弁護人が独自にできる証拠集めは、現実にはあまり多くありません。
弁護士には強制的な手段は使えない
捜査側と違って、弁護士には強制的な手段がないことと情報がない場合が多いからです。
例えば、犯罪の現場に行きたいとします。現場が野外ならば、場所がわかれば行くことができます。しかし、室内だと入れるとは限りません。
被害者や目撃証人に会いたいとします。その人が被疑者と知り合いならいいですが、そうでなければ、たいてい連絡先もわかりません。検察官に聞いてもすんなり教えてくれるとは限りません。連絡先がわかっても弁護士に会ってくれるとは限りません。捜査側は呼び出せばいいだけですが、こちらはお願いして会ってもらうわけです。
さらに言えば、情状証人候補の親族でさえ会うのをいやがるケースも珍しくはありません。被疑者はそれまでに親族にさんざん迷惑をかけていることが少なくないからです。ちなみに被疑者が、この人なら自分の弁護士費用を出してくれるから連絡してくれと言って同居していない親族の連絡先を告げた場合、大半は、「冗談じゃない」と断られます(そういうことで貴重な日数をムダにしたくないので、私はそういう言葉は無視して被疑者援助制度を勧めていました)。
「証拠保全」はあるけれど・・・
起訴前の段階で弁護側も使える強制手段として、刑事訴訟法は「証拠保全」という手続を定めています。これは起訴後まで待っていたら証拠がなくなってしまうという緊急性があることが要件となっていますので、ほとんどの場合、使えません。私は1度だけやったことがあります。私自身、学生時代は刑事訴訟法のゼミを取っていましたので、存在は知っていましたが、弁護士になってからはそれまで意識に上ったこともありませんでした。そのケースは犯行時間とされているときに携帯電話で知人と話をしていたという一種のアリバイを被疑者が主張していたので、その携帯電話の名義人の委任状で通信記録を出してもらうように電話会社に要請しました。しかし、電話会社は、本人が窓口まで来るなら見せるが委任状では見せないし、文書回答はしないというのです。その上、通信記録は2ヵ月で破棄すると言われました。電話で、何とかならないか聞いても裁判所の令状がない限り出しませんと冷たく言われたので、こちらも売り言葉に買い言葉で、じゃあ裁判所の令状を持っていきますと言って電話を切りました。それで初めての証拠保全手続をやりました。令状部(東京地裁刑事第14部)で裁判官と面接し、今やらないと通信記録が破棄されることを訴えると裁判官は押収令状を出してくれました。どうもこれは弁護士にとって珍しいだけでなく裁判所にとってもかなり珍しい経験のようです。後日、大学のゼミの総会で刑事の証拠保全(なお、民事の証拠保全は珍しくありません)をやったことを報告したら、その裁判官ではありませんでしたが、東京地裁側の出席者から「弁護人も初めての経験だったかも知れませんが、その申立を受けた裁判所はもっとてんやわんやだったんですよ」という話がありました。
なお、アメリカ映画では弁護士が探偵を使って証拠集めをする話がよく出てきますが、日本で現実にはちょっと考えられないですね。特に庶民の依頼者だと費用から見ても縁のない話でしょう。
【弁護士の仕事の刑事事件関係の記事をお読みいただく上での注意】
私は2007年5月以降基本的には刑事事件を受けていません。その後のことについても若干のフォローをしている場合もありますが、基本的には2007年5月までの私の経験に基づいて当時の実務を書いたものです。現在の刑事裁判実務で重要な事件で行われている裁判員裁判や、そのための公判前整理手続、また被害者参加制度などは、私自身まったく経験していないのでまったく触れていません。
また、2007年5月以前の刑事裁判実務としても、地方によって実務の実情が異なることもありますし、もちろん、刑事事件や弁護のあり方は事件ごとに異なる事情に応じて変わりますし、私が担当した事件についても私の対応がベストであったとは限りません。
そういう限界のあるものとしてお読みください。
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