◆弁護士の仕事◆
弁護士は、受任している依頼者や相談者と利害が対立するために、法律や弁護士職務基本規定によって、事件を受けられない場合がある。
法律や規程上は受けられる場合でも、信義の問題があるので受けないということも、弁護士の考えとしてある
形式上は利害が対立するが実質的には利害の対立がないということも少なくない
力の大きな相手方に対してまとまって行動する必要がある場合や庶民の事件や被疑者段階の刑事事件など別の弁護士を探すのが現実的でない場合には、利益相反の問題は緩やかに考えた方がいい
事件の関係者が多数いるとき、弁護士は、原則として、利害が対立する複数の人を代理することはできません。弁護士は、依頼者の利益になるように仕事をするわけで、ある依頼者の利益になることが同時に他の依頼者の利益に反するということになると困るからです。
弁護士法も「相手方の協議を受けて賛助し、またはその依頼を承諾した事件」「相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの」については、事件受任を禁止しています。
事件が2当事者間の争いの場合、同じ弁護士がその両方から事件を受任してはいけないのは、当然です。しかし、当事者の双方と信頼関係があるときに片方から事件を受任できるかとか、当事者が多数いるときにそのうち2人以上から事件を受任できるかとか、けっこう難しい問題です。
ある事件での相手方から、別の事件についてやってくれないかと言われることがあります。弁護士をやっていると意外にそういうことがあります。自分が相手方にされている事件での仕事ぶりを見て気に入ったということですね。弁護士法は、現に継続中の事件の相手方からの他の事件の依頼については、その継続中の事件の依頼者がOKした場合は受任してよい(そうでなければ受任禁止)と定めています。でも、一方の事件で相手方で、同時に他の事件で依頼者というのは、気持ち悪いので、私はお断りしています。
自分の依頼者や顧問先を相手方とする別の事件を受任できるかということについては、弁護士法には規定がありませんが、弁護士職務基本規程で原則禁止・双方がOKしたときは受任してよいと定めています。この場合、相手方とされる側になる依頼者や顧問先がOKすることはまずないでしょうね。こういう事態は、顧問会社の従業員の相談に乗って事件を受任した後にその顧問会社と従業員の間で紛争が起こった場合に生じがちです。ですから、慎重な弁護士は、顧問会社から従業員の個人的な問題について相談に乗ってやってくれと言われても、別の弁護士に相談した方がいいと答えることになります。そうしないと顧問会社の味方に徹することができないからです。でも、中小・零細企業の側からすると、それじゃあ顧問弁護士の意味があまりないと感じることにもなりかねません。さらに、顧問先の会社が幹部間で仲間割れして乗っ取り合戦になると大変です。通常、それまでの間に、顧問弁護士は双方の幹部から相談を受けることになりますから、形式論で言えばどちらの側にも付けないことになりかねません。それこそ社長側からすれば、何のための顧問弁護士かということになります。この問題は、弁護士会の倫理研修でも度々取りあげられ、弁護士の間で議論を呼んでいます。
「かつての」依頼者、つまり依頼を受けた事件が終了した後に元依頼者を相手方とする事件を受任できるかについては、弁護士法にも弁護士職務基本規程にも、禁止する規定はありません。私は、信義の問題を感じるので、お断りしています。
依頼者ではないけど知人間の紛争の場合、弁護士法などには何も規定はありませんが、私は原則として相談には乗るし一般論としてこういう解決が多いとかの意見は言ってもいいけど、事件受任は勘弁してねと言っています。
弁護士として仕事をしていると、形式的・潜在的には利益相反があるけど実質的・現実的には利益相反がないというケースにしょっちゅう直面します。
例えば、遺産分割の場合、相続人の間では、1人の取り分が増えれば他の人の取り分が減る関係にありますから、全員の間で利害が対立することになります。しかし、多くの事件では相続人全員が互いに対立しあっているのではなく、意見の一致しているグループがあります。その場合に形式上利害が対立する(しうる)からといって全員に別の弁護士が付かなければならないとすれば費用もかかり非効率ですし、弁護士の少ない地域だったらそもそも不可能ということさえあります。こういう場合は、意見の一致するグループには、利益相反の説明をしてOKをもらって、1人の弁護士が付くのが普通です。
例えば、詐欺商法の被害者が多数いるとき、詐欺商法の会社が倒産(または偽装倒産)しそうなとき被害弁償の原資が限られていることから、理屈としてはある被害者が多くの賠償を得れば他の被害者の得られる賠償額が減るという場面が生じることもあり得ます。でもそれで被害者ごとに別の弁護士が付くべきだということになると、弁護士費用も割高になるでしょうし実際にはほとんどの被害者は弁護士に依頼できないことになります。こういう事件では、被害者がまとまって被害者の会を作り弁護団を作って行動することで、交渉でも裁判でも有利に進められるのです。
例えば、債務整理や破産をするとき、借り主と保証人の間では、保証人が借り主に代わって返済した場合には保証人が借り主にその分を返せという権利(求償権)がありますので、理屈としては利害が対立しうることになります。しかし、貸し主に対して返済額を減らすように交渉したり、借り主と保証人のどちらも破産させて支払義務をなくすことでは借り主と保証人の利害は対立しません。保証人にとっては、弁護士費用まで別に負担するのはかなわないということが多いですし、別の弁護士を探すのも手間ですから、借り主と保証人に同じ弁護士が付くことは少なくありません。この場合、少なくとも貸し主との関係では、借り主と保証人の利害対立はありません。貸し主側から借り主と保証人に同じ弁護士が付くのは利益相反で許されないなどと言ってくる場合もあるようですが、全くのお門違いです。
このように形式的・潜在的には利益相反がある場合でも、相手方との関係では利害が一致するときには、むしろまとまって行動した方が交渉や裁判で有利に運ぶことが少なくありません。形式的・潜在的な利益相反を強調する考え方は、場合によっては、依頼者の実質的な利益にならないこともありえます。
さて、さらに大きな問題は刑事事件の共犯事件で、1人の弁護士が複数の被疑者・被告人の弁護をできるかという問題です。
私が弁護士になった頃の1980年代には、このようなことが話題にされること自体、ありませんでした。
被疑者国選弁護制度をめぐる法務省との協議を受けて、日弁連刑事弁護センターが2000年に作成した刑事弁護ガイドライン試案で被疑者間に利害対立が生じた場合には全員について弁護人を辞任すべきだということが打ち出されたのが、この議論の始まりだと、私は認識しています。
法務省が「利益相反」そのものに強い関心を持っているとは思えません。法務省サイドは利益相反を口実に共犯者間の「口裏合わせ」を封じたいのでしょう。もちろん、弁護人が介在して真実に反する口裏合わせをすることは許されないと思います。しかし、弁護人が複数の共犯者から話を聞いて真実がどこにあるのかを確認することは、何の問題もない、むしろあるべき姿でしょう。捜査側は同じ捜査官が共犯者の供述の矛盾を指摘しながら、1つのストーリーに供述調書をまとめていくのです。そのとき、捜査官側は、どうしても被疑者らに不利な方向にまとめがちです。弁護人が被疑者側に有利な事実を被疑者から聞き出して、それを反映した正しいストーリーを構築していくことは、弁護側として必要なことです。捜査段階では、捜査官側のストーリーと弁護側のストーリーをぶつけあい、どちらがより説得力があるかの勝負となる場合が出てきます。1人の被疑者からだけでなく複数の被疑者から話を聞けることは、弁護の有力な武器となるはずです。それを、弁護士会がそうあっさりと放棄してよいのでしょうか。
刑事弁護ガイドラインは、議論の末、放棄され、弁護士職務基本規程でも刑事弁護の章には利益相反の規定は入らないことになりました。しかし、弁護士職務基本規程の総論的な規定には利益相反の規定がありますから、刑事弁護でも同じ問題は残されています。
弁護士会では毎年弁護士倫理研修を行っていて、弁護士3年目、11年目、21年目等の区切りの年の弁護士は必修です。私は、2005年に21年目研修を受けましたが、その時、刑事弁護でも利益相反が研修テーマとされ、ビックリしました。弁護士会側の講師は、ほとんどの問題について、被疑者間の利害が対立しうるので弁護人を辞任すべきという方向の「回答」をしていました(あまり自信がなさそうにですが)。2016年に31年目(すでに満31年で32年目なんですが)研修を受けたときには、弁護人辞任の話はありませんでした(設問中に同じ弁護士が複数の被疑者の弁護人になる例自体がありませんでしたから、むしろ複数の共犯者を同じ弁護士が弁護しないことは大前提になっているのかも)が、振り込め詐欺グループの関係者から弁護士報酬をもらって弁護することの利益相反性や面会での話を他の被疑者の弁護人に話すことの守秘義務違反が指摘されていました(振り込め詐欺グル−プとか弁護士報酬1000万円とかいう説例なので問答無用で悪いという印象ですが、例えば建設会社の従業員が談合疑惑で逮捕されたとか、さらに言えば労災があった工場の工場長が労働安全衛生法違反で逮捕されたような場合、会社から弁護士報酬は会社が負担するからといわれて弁護の依頼を受けたら、理論的には同じことになるはずですが、そういう場合、倫理研修の講師陣は同じ答えをするのでしょうか。興味深いところです)。2022年1月に受けた(視聴した)36年目(2021年5月から満36年で37年目の研修を受けろという連絡はあったのですが、コロナ禍でビデオ研修ということもあり2022年1月末が期限だったので、先送りしてたんですが…)研修では、やはり共犯者に「弁護人となろうとする者」として面会に行ったり弁護人となることには批判的な話がなされていました。弁護側で情報収集をするのは被疑者ごとに別の弁護人がついた上で連絡を取るようにすべきだとか。前に言っていた面会での話を他の被疑者の弁護人に話すことの守秘義務違反はどうなるんでしょうねぇ。
被疑者弁護(捜査段階での弁護)では、共犯者間の利害対立よりも、対捜査官(対国)という遥かに巨大な相手方があり、しかも被疑者(依頼者)はその相手方に逮捕されているのです。対捜査官よりも共犯者間の利害対立を重視して被疑者を放り出すのがあるべき弁護とはとても思えません。被疑者段階の弁護はわずか20日程度しかありません。次の弁護士が選任されるまでにすぐ数日はたってしまいます。被疑者弁護は時間の勝負、弁護士会で次の弁護人を選任するのは簡単ではない実情を見てきた身としては、被疑者間の利害対立を重視して辞任しろという考えが現実的なものとは、とても思えません。
私は、会社の内部分裂とか、ある意味で依頼できる(受任してもいいと手を挙げる)弁護士が相当数いる分野では、利益相反の問題を厳しめに考えていいけど、力の大きな相手方に対してまとまって行動する必要がある場合や庶民の事件や被疑者段階の刑事事件など別の弁護士を探すのが現実的でない場合には利益相反の問題は緩やかに考えた方がいいと思っています。
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