庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2006年10月

32.宇宙イチわかりやすいネット起業の鉄則 作野裕樹 ソフトバンククリエイティブ
 ネット起業というよりは、現に開業している小規模商品販売事業者がネットを利用して販売促進するためにどうするかという本。検索エンジン対策よりもHPの内容自体を充実しろという指摘は、今時当たり前ですが、その通り。でも、使用しているお客さんの声を本名付きで掲載しろとかマスコミに掲載された履歴を目立つところに書いておけとかいうのは・・・物を売るためには羞恥心を捨てろということなんでしょうけど・・・。HP関連は、書き込んであって参考になることもありましたが、終わりの方の新しいツール関係は、詳しい説明抜きでこのHPを見ればってなことでぶん投げてあって、「超初心者〜初心者のための」というサブタイトルにはそぐわなくなっていました。
 このHPにも当てはまりそうな話・・・ドメインに記号を使うな。ハイフンだって入力方法を知らない人は意外にいる(44頁)。;でもね・・・例えば shominnobengoshi よりは shomin-law の方が覚えやすくないですか?全ページにサイトマップへのリンクを入れろ(76頁)。はい、そうさせていただきます。

31.ミネハハ フランク・ヴェデキント リトルモア
 閉ざされた場所で劇団のためのダンサーとして教育された少女の生活を84歳になって振り返って書いた原稿を隣人が譲り受けたという設定の小説。文章は幻想的で美しいのですが、少女(と少年)をどこから集めてきたのか(孤児院か?)密室で集団生活させてダンサー専門に養成するというテーマ自体に無理があり、耽美的な少女時代の描写から劇団の現実の描写に移行したところで生じる違和感を結末をつけきれずにそこまででぶん投げてしまっていて、お話としても中途半端というか未完成。それを自殺した老女が書きかけだったということにするため、また男性作者がこういう犯罪的なテーマを書くことへの非難を緩和するために女性が自らの過去を振り返ったということにするため、技巧的で言い訳めいた設定が最初になされていますが、それはストーリーにはつながらず、まさに言い訳だけのためと、最後まで読めば否応なく感じます。こういうテーマをどうしても書きたいのなら、前半の部分だけを幻想的な童話仕立てにするか詩的な形態にすればよかったと思います。でも、今時こういう設定を読むと少女拉致・監禁の犯罪行為、それも組織的なものという思いが先行し、それを美しい文章で描かれても、嫌らしさを感じるばかりです。原作は1903年ということですから、作者の時代にはそういう感性はあまりなかったのかも知れませんが(前書きには「昨今盛んに取りざたされる女性運動」という表現もありますから時代の感性としては既に言い訳が必要だったことが明らかで、作者はその女性運動を嫌っていたのでしょうね)、それを今日本語現代訳して出版するセンスには私はかなり疑問を感じます。

30.きみを想う瞬間 ジャクリーン・ミチャード 主婦の友社
 結婚記念日の12月23日のデートの帰りに脳内出血し、あと12時間の命と宣告された妻とその家族のクリスマス・イブの話。意識は鮮明で痛みもないけど12時間後には死ぬということがわかっているという希有の(小説としてとても都合のいい)状況ではありますが、自分のこととして突きつけられれば、考えさせられるシチュエーションではあります。ただこの小説では、主人公のローラがあまりにてきぱきとやるべき事を進めていくので、う〜ん、まあそういうこともあるかなとは思いますが、私は今ひとつ感情的に入れませんでした。娘がひねくれているところとそのために妻の死後夫が苦労したと思われる(具体的な描写はあまりありませんが)ところは、かえって現実感があるように思えましたけど。訳者あとがきでは「究極の夫婦愛、せつない純愛の物語」と書いていますが、作者は、涙と感動の物語にはあえてせずに、ドライに進めていくことで考えさせたかったのだろうと思います。

29.水曜日のうそ クリスチャン・グルニエ 講談社
 教師夫婦と娘の家族が、父親が大学の助教授のオファーを受け新たに子どもも生まれることを機会にパリ郊外からリヨンに引っ越すことになったが、近くに住み毎週水曜に尋ねてくる祖父が反対することが予想されるので祖父に黙って引っ越して水曜日には戻ってくることにしたという設定の家族ドラマ。なんとか祖父に知られるまいと芝居を続ける父親、同級生との遠距離恋愛を続ける娘、娘の同級生と祖父との交流を軸にストーリーが展開します。お話は娘の語りで進められ、従って娘と同級生との話に焦点が当てられがちなのですが、メインテーマは素直に愛情表現をできずにいらだちを見せながらしかし強い絆を持つ父子(祖父と父親)関係の葛藤と、私は読みました。祖父が死んだ後の父親の苦悶・後悔が描かれてはいますが、同時に嘘をつかずに最初から話していればという収め方でもなく、人間関係の綾というか難しさの余韻を残して終わっているところにこの作品の味わい深さを感じました。

28.ダリ シュルレアリズムを超えて ジャン=ルイ・ガイユマン 創元社
 ダリの画集付き解説書。タッシェン・ジャパンのものよりさらにコンパクトで図版のサイズが小さくなり字数が少し多い。解説は、歴史的事実やダリの自伝的著作からの引用はほぼ同じですが、絵に対する評価はやはり著者の個性が出ていてちょっと違います。だまし絵的な作品には「ただの視覚遊び」「行きづまり」(92頁)とはっきり書いているのは好感が持てました。ダリの絵に頻出する「大自慰者」のモチーフの読み方にも違いがあったりして、続けて読むのも意味があるかなと思いました(もう1冊読もうとまでは思いませんが)。

27.ほかに誰がいる 朝倉かすみ 幻冬舎
 同級生の女性「天鵞絨」に思いを寄せる少女えりの幸福・挫折・逸脱・破滅を描いた小説。どこか現実感のない幻想的な文章で、最初の5分の1、天鵞絨に彼ができるまでのところは幻想的な・詩的な物語として、結構美しい仕上がりでした。しかし、天鵞絨に彼ができてからの主人公えりの一方的な思いこみ、自己破壊から幻想よりも妄想的になり、天鵞絨の父親と考える中年男性と肉体関係を持って天鵞絨の分身を孕もうとするに至り、どろどろとした情念・執念の物語に変わります。この主人公の勝手な思いと行動のために、同級生の男性も中年男性も命を奪われますが、この主人公にはそれについての責任感も罪悪感もほとんど感じられません。ジコチュウ女が他人を巻き込んで勝手に滅びるという、主人公の破滅をシニカルに笑うことはできるでしょうけど、巻き込まれた人々が救われない感じで、読後感の悪い小説でした。

26.パパとムスメの7日間 五十嵐貴久 朝日新聞社
 家庭内で断絶状態にある47歳の事なかれ主義のサラリーマンの父親と16歳高1の娘が、交通事故の衝撃で入れ替わるという、現実にはあり得ないけどSFとしてはある種平凡な着想の小説。娘の小梅がいかなる事態になってもどこまでもジコチュウで(作者としては普通の女子高生として書いているのでしょうけど)、父親は娘の言いたい放題にも理解を示してしまうのが、中年男の読者にはやりきれない思いを持たせます。父親と入れ替わって会社に行っても娘が父親の苦労を理解する話ではなくて(瞬間的には理解を示す場面もありますが)、結局元に戻っても娘は基本的に前のままというのが、作者としてはありふれた安易なお話にしたくなかったからでしょうけど、やはり中年男の読者としては、読後感もよくありません。中年の父親の悲哀感ばかりが、最初から最後まで感じられます。日本のお父さんてこんなもの・・・ということなんでしょうけど、なんか救われないなあって感じでした。

25.水彩画 これ一冊でぼかしとにじみがわかる 青木美和 日貿出版社
 水彩画でのぼかしとにじみのテクニックの解説書。ぼかしは水を塗った上に絵の具を塗る、薄い絵の具から濃い絵の具へと順番に置いていく、にじみは濃い絵の具を塗ってから水か薄い絵の具を置く。真ん中が濃くてまわりが薄いのがぼかし、真ん中が薄くて縁が濃いのがにじみ。筆者も、にじみについては「好み」でと断っていますが、どうもにじみが入っているところは(雲の一部として横長に入れたもの以外は)私は何か失敗のように感じます。全部ぼかしで仕上げた方がよさそう。ぼかしの切れというかコントラストのあるぼかしはどうやるのかと思っていたら、ドライヤーで乾かしちゃうんですね。なるほどと思いました。

24.スケッチ入門コツのコツ 大場再生 NHK出版
 水彩の静物画と風景画のビジュアル入門書。絵を見ているとこういう本読みたくなるんですね。描き方はあまり詳しく説明されていないんですが、水の動きとガラスの質感が上手ですね、この人。プロに向かってこういうのナンですが・・・。

23.サルヴァドール・ダリ ジル・ネレ タッシェン・ジャパン
 ダリの解説付き画集。ルーベンスのを見て、タッシェン・ジャパンの画集って値段も手頃でコンパクトでいいなと思ってダリを買ってきました。置いている書店少ないですけどね。ヒトラーを礼賛するかのような言動を含めた政治センスのなさ、強烈な金持ち志向など、人間としてのダリには、私は好感を持てませんが、絵画のセンスと技術には学生の頃からあこがれを感じていました。解説で度々引用されるダリ自身の言葉は、改めてダリの強烈な自負・うぬぼれ、周囲への過剰なまでの挑発を否応なく感じさせます(自分の周囲にこういう人がいたらしんどいでしょうね)し、作品の解説もダリの性欲や性的嗜好に結びつけすぎる嫌いがありますが、久しぶりにダリの作品をじっくりと見られたことに満足しました。改めてまとめて見ると、ダリの作品のキーワードはむしろ、浮遊感・立体感かなとも思いました。

22.新時代の法人税調査の着眼点 宮下裕行 大蔵財務協会
 元国税調査官による会社に対する税務調査についての本。事例編ということで項目別の解説がわかりやすく書かれています。課税当局の立場で書かれているので、税は常識的な判断を尊重していると何度か書かれているのですが、読んでいると実態に合わせた柔軟な処理と思えるのは最初の事例の売上の計上時期を取引先との契約に応じて各別にできる(21〜23頁)ことと最後の事例の社葬の場合にも香典は会葬者が遺族宛に出せば遺族のものとしてよい(203頁)ことくらいで、あとはせこいというか重箱の隅をつつくような感じの話が多いように感じました。税務調査ってこんなことをあげつらって経理担当者をいじめて少しでも税金を多く取ってやれって姿勢でやってるのでしょうか。私は会社の側の代理はほとんどやらないし税金問題にはタッチしないので、あくまでも一般的な興味として読みましたけど、こういうの仕事にしているとむなしいでしょうね。

21.クラゲのふしぎ ジェーフィッシュ 技術評論社
 クラゲ愛好家のグループの手によるクラゲの生態等についての本。ベニクラゲは傷つけると若返る、分化を終えた細胞がさらに分裂した上別の組織の細胞に変わる(72〜75頁)という話にはビックリしました。生物の神秘ですね。他にもミズクラゲにも毒があるし弱毒のクラゲもアナフィキラシー反応(2回目以降に生じる急性アレルギー反応)の危険があるから油断できない(156〜157頁)とか、クラゲが傘から分泌する粘液が海水中のゴミを固めてマリンスノーにして沈め海水を浄化し海底の生物の餌を供給している(200〜203頁)とか、クラゲのコラーゲンは保湿力・吸湿力に優れ免疫物質を促進する効果があるようでその供給源としてエチゼンクラゲが注目されている(204〜207頁)とか、知らないことがいろいろ書かれていて勉強になりました。海でミズクラゲなんて平気でつかんでましたけど、危ないことだったんですね。カラー写真も多くてわかりやすく書かれています。全ページカラー版だともっとうれしいのですが。

20.ドキュメント検察官 読売新聞社会部 中公新書
 検察官の近況について広く浅く書かれた記事をまとめた本です。「はじめに」の「私たちは、これだけの取材を積み上げた検察連載は初めてのものだと自負している。」との言葉に、少し期待しましたが、私にはガッカリ感ばかりが残りました。少なくとも調査報道で新たな事実を発掘したと思われる点はなく、検察の自慢話や聞けば教えてくれるだろうという話ばかり。幅広く書かれているとは思いますが、明らかに突っ込み不足。新聞連載をまとめたためエピソードがぶつ切りで、通し読みには今ひとつです。「ドキュメント弁護士」では懲戒処分を受けた「悪徳弁護士」にページを割いていたのに検察官の問題事例にはほとんど触れていません。触れるときももちろん、既に明らかになっていることを及び腰で書くだけ。検察の裏金問題(調査活動費疑惑)について、「あとがき」で「これらの詳しい経緯は本書で紹介したとおりだ」(185頁)なんて書いてあるけど、それに触れているのは141〜144頁だけで、事実としては裁判で明らかになったことだけで後はあくまでもあいまいに語られ、裏金疑惑を告発した三井元大阪高検公安部長については異端だとか人事上の不満があったのではないかと、そのすぐ後で別の話としつつけなすことを忘れていません(147〜148頁)。東京高検検事長の女性スキャンダルでの辞職については、人事問題の1つのエピソードとして触れただけで匿名(146頁)。その人物が国会議員の逮捕許諾請求を語る自慢話では実名なのに(98頁)。マスコミ、特にタカ派マスコミにはいつものことですが、検察・警察の権限拡張、厳罰化には拍手喝采。1つ1つ指摘する気にもなれませんが、最後の方で裁判員制度に向けて偽証罪摘発に検察が積極的に動くということを手放しで評価していますけれど、刑事訴追を検察が独占している中でこの動きは検察側証人が偽証しても立件される可能性はないに等しいけど弁護側に有利な証言をした証人は偽証を疑われ追及される、つまり検察側証人はウソを言っても怖くないが弁護側証人は検察に不利なことを言うのには勇気がいるという、証人がそういう気分になることにつながるリスクがあると思います。マスコミがそういう指摘をするのを見たことはありませんが。

19.ぼくと1ルピーの神様 ヴィカス・スワラップ ランダムハウス講談社
 教育を受けていないインド人ウェイターがクイズ番組で13問連続正解して不正を疑われ、その13問の答が偶然にも彼の人生と深く関わっていたことを解き明かすという構造で、貧しい生まれのインド人から見たインド社会をコミカルに描いた小説です。クイズと絡めて人生のある時期を切り出していて、前後関係がバラバラなので、ストーリーのつながりを押さえるのにその都度章の最初の年齢を確認しなきゃならないのが、ちょっと読みにくくて、その分減点。でも、インドの庶民・貧民の生き様が描かれているのが、私には心地よく読めました。ハイテクバブルに踊る富裕層や、ジュンパ・ラヒリの描くような在外インド人もインドの現状の1側面ではありましょうが、この小説で描かれているような庶民の生き様、悲哀、たくましさこそ、やっぱりインドと私は思うんです。思いこみが強すぎかも知れませんが。厳しく悲しい人生が、基本的にはコミカルに書かれていますが、友人の少年シャンカールが狂犬病で死にかけるシーン(333〜335頁)は涙ぐみました。「号泣」を売りにする日本のお気楽な青少年の小説なんかとは比較したくないくらい。ただ、この小説、インドの外交官が片手間に書いたという訳者あとがきにはビックリ。テーマが私にはエキゾチックなインドだから評価が甘いかも知れませんし、インド人が読んだらしょせん上流階級の作り事と読むのかも知れません。それでも、やっぱり読んでみて損はないと思いましたけどね。

18.あなたに逢えてよかった 新堂冬樹 角川書店
 角川書店のキャッチコピーによれば「純恋小説3部作、完結編!」「衝撃のラスト12頁にあなたは号泣せずにいられるだろうか。」だそうです。ラスト12頁というよりも、プロローグの21頁を読んだだけで、明るいのが取り柄の少女が理想的な男性に好かれて「私でいいの?」とか言って進むまるっきり田渕由美子ワールドの乙女チック漫画の路線が明示され、プロローグの終わりで彼がいないことが示されていますのでこのパターンからするとセカチュウ路線か、しかしアルツハイマーと取り組む心理療法士という設定から行くと「私の頭の中の消しゴム」路線かと想像がつきます。途中純也が夏陽との約束を忘れるシーンが出てきて(144頁)「消しゴム」路線が確定。あとはラスト12頁まではだいたい予想できる展開がそのまま続きます。主人公の夏陽が、嫉妬深くてすぐ泣くし、なんか私には感情移入できないもので、見え見えのストーリーを夏陽の主観につきあいながら400頁も読まされるのは結構苦痛でした。売り文句のラスト12頁(エピローグ)は、内容は予測はしませんでしたが、でも夏陽に感情移入できない読者には、だからどうしたのって感じ。ええ、号泣はおろか目頭が熱くなることもありませんでした。私は、結構この手の話弱いはずで、恥ずかしくも思いますが、セカチュウも私の頭の中の消しゴムも泣きました。それなのにこの本で全然泣けないのは、やっぱり夏陽に感情移入できないからでしょうね。こういう田渕由美子路線の少女主人公を40歳くらいの男性作家が書いてるのって不思議に思いましたが。田渕由美子ワールドの支持者なら楽しめる作品だろうと思いますけど。

17.風に舞いあがるビニールシート 森絵都 文藝春秋
 短編集を読まなくなって久しいのですが、子どもと読んでなじみの森絵都の直木賞受賞作なものですから、読んでみました。直木賞受賞後に予約を入れると順番が来るまでに結構かかりました。児童文学の方でなじんでいるので、性的なことや仕事の愚痴が書かれているのを見ると、そうか、児童文学を書いてるとこういうこと書けないから欲求不満がたまるのかなとか、文藝春秋の読者層に媚びてるのかなとか、ついうがった見方をしてしまいます。表題作は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の専門職アメリカ人男性と一般職日本人女性の夫婦のすれ違い・葛藤、離婚、男性のアフガニスタンでの殉職と女性の悲嘆→復活を描いたもの。公共心というか使命感を、照れからかどこか突っ走らせずに戯画的にあるいは性格的な欠陥を感じさせるように描いているような感じがします。エドと里佳の関係も体の相性がとんでもなくよかったから一緒になったみたいな描き方だし、いくら難民支援に燃えるUNHCR職員だからって、難民の不幸をあげつらった上で「自分の子どもを育てる時間や労力があるのなら、すでに生まれた彼らのためにそれを捧げるべきだって。それが、富める者ばかりがますます富んでいくこの世界のシステムに加担してる僕らの責任だって」(290頁)なんて言います?そのことは「犬の散歩」で捨て犬の里親探しの間の仮親のボランティアをする主人公の主婦がその費用のためにホステスをしたりするところにも現れていると思います。テーマには共感するのですが、そのあたりもう少しストレートでもよかったと、私は感じます。大人の小説読みのためにひねりが必要と感じたのでしょうけど。

16.戦争大統領 CIAとブッシュ政権の秘密 ジェームズ・ライゼン 毎日新聞社
 ニューヨーク・タイムズ記者によるブッシュ政権の内幕レポート。匿名の情報源によるものでどこまで信頼してよいかという問題は残りますが、この本に書かれているレポートの一部はピュリツァー賞受賞してますし、たぶん信じていいんでしょうね。この本を読んでいるとブッシュ政権というのはヤクザの親分のような感じを受けます。ブッシュが意向を示すと子分たちがあうんの呼吸で親分の意向をくみ取って事を進め親分に詳しいことは言わせず詳しいことも聞かせず、いざとなったら親分は指示もしていないし知らなかったと言えるよう累が及ばないようにする、子分は親分の聞きたい情報だけを知らせ聞きたくないようなことは知らせない、法律は無視して正規の手続は踏まずに側近だけで決断して勧める・・・。捕まえたアル・カイダ幹部はジュネーブ条約やアメリカの法律に反してCIAが国外で秘密の場所に令状もなく無期限に拘束し続け同盟国の情報部を使って拷問する、NSA(国家安全保障局)の国内盗聴活動はFISAの令状が必要だが9.11以降は令状なしで電気通信事業者やIT企業の積極的な協力を得て国内の交換設備にアクセスして電子メールや電話を第三者の監視なく好き放題に傍受している(著者はこの報道でピュリツァー賞受賞)など。捕虜の拷問についてブッシュは知らないことになっているが、アル・カイダ幹部のアブグレイブ・ズバイダの尋問についてCIA長官のテネットの報告に対してブッシュが「だれが鎮痛剤の投与を許可した?」と言ったとか(30頁。ただし、これについては疑問視する声も紹介して、事実かどうかはさておきとしている)。CIAはイラクについての調査能力はほとんどなかったが、イラク戦争開始の数ヶ月前には、イラクが以前マンハッタン計画に沿った古い方法で独自にウラン濃縮を進め「ニジェールからの買い付け」など必要なくウランを所持していたが1991年初頭にアメリカ空軍パイロットが気まぐれに落とした爆弾がたまたまその施設に当たりそれに対するイラク側の反応から重要施設と判断したアメリカ側からさらに空爆を受けて完全に破壊されその後核開発プロジェクトはストップしたままになっていたことを突き止めていたが、CIA幹部は無視した(112〜127頁)。「生物兵器移動研究所」があるというパウエルの国連での演説の元情報は国外追放イラク人の1人がドイツ情報機関に話したことのまた聞きでドイツの情報機関はCIAのヨーロッパ工作部長に事実とは思えないし情報提供者は精神状態に問題があり神経衰弱を起こしてからは全く信頼できなくなったと伝えていた(136〜141頁)。他にもアメリカの後押しする新政権樹立後アフガニスタンはケシの栽培面積20万6000ヘクタール、世界のアヘン供給量の87%を占める麻薬国家になった、アル・カイダとサウジアラビア要人の関係は調査されないなど興味深い話が色々ありますが、この本に書かれている事実で最も衝撃的だったのはイランの話です。CIAが担当者のミスでイランの諜報員の1人にイラン国内のCIAスパイ網の全貌の情報を送信してしまいその相手が2重スパイだったためにイランの治安当局がCIAのイラン国内のスパイ網を一網打尽にしてCIAのイラン国内のスパイ網が壊滅した(227〜228頁)、それ以前からイランの核開発について断片的な情報しか得られなかったCIAはイランの核開発の状況を探るためにロシアの科学者を使ってロシアの核爆弾の起爆装置の設計図を一部誤った情報を入れてイラン側に渡したがその後設計図がどう使われたか全くフォローできなかった(228頁〜)。1990年代、アメリカは裏チャンネルでイランと対話しようとしイランのテロ関与疑惑をもみ消してきた(250〜251頁)。ありそうな話ではありますが、ディテールの情報がいろいろとあって大変楽しい本でした。

15.みんな誰かを殺したい 射逆裕二 角川書店
 よくも悪しくも表題通りのミステリー。次々と登場する人物がそれぞれに事情を抱えて殺人を犯す、それが込み入ってきて、ちょっと読んでいて後半バタバタする感じがします。交換殺人のミステリーで進んでいたのが真ん中ぐらいであっさり犯人が逮捕されちゃって、どうなるんだろうと思ったら後は次から次と殺人事件が並んで忙しい。どんでん返しと展開重視で、味わいとか人物描写が二の次になっているようで、余裕とか深みを感じにくい作りです。淡々とカラッとしたミステリーというのもありとは思いますが、それならそれでもっと滑稽味があってもとも思いますし。まあ、デビュー作ですからそこまでの余裕がなかったんでしょうね。著者は、今年になって、短期間に次々と次回作を出す予告をしていますが、狐久保朝志シリーズも、もう少し溜めて書くといいんじゃないかと思うんですが・・・

13.14.ケッヘル 上下 中山可穂 文藝春秋
 あぁ、もったいない・・・というのが正直な読後感です。極限的な設定、物語そのものがいつ破綻するかとハラハラさせられながらの緊迫感ある展開、登場人物の運命への切ない思い。こんなにも美しく幻想的に紡がれた文章とストーリーなのに・・・。連続殺人のミステリー仕立てにせずに、(辰巳直道くらいはストーリーの必然として死んでもらうとしても)遠松鍵人と藤谷美津子の、安藤アンナと木村伽椰の愛憎ドラマ・悲恋物語として最後まで語ってくれたらきっと何倍も感動的な物語になったでしょうに。作品としては、はっきりと、30年前のある事件に関わった者に対する連続殺人事件を軸としたミステリーとして構成されています。しかし、ミステリーにありがちな陥穽ではありますが、どんでん返しを作ろうと無理をしてストーリーが不自然になっています。どんでん返しとしてもとても中途半端ですし。最終的に主犯とされた犯人を前提に考えると連続殺人の動機はあまり説得力がないですし、殺人がモーツァルトの作品番号(ケッヘル番号)にこだわって実行されている理由も理解できなくなります。読んでる途中はさほど気にならなかったのですが、犯人が犯行とモーツァルトを結びつける動機が説得力がなくなると、その設定も「ダ・ビンチ・コード」の2匹目のドジョウでも狙ったのなんて思えてきます。安藤アンナがヘロイン中毒になるいきさつが書かれてないのも、ミステリーとしても人間ドラマとしても欲求不満が残りますし。読者の視点からは殺すまでの必然性を感じない者が3人も殺されているのにその犯人を許すことに何の説明もないし。そのあたりの葛藤を自分の中でどう処理したかの叙述さえないことが語り手の伽椰の人物像をさらにあいまいにしている感じがしますし。連続殺人事件が前に出てこないところは、エキゾチックな、趣味のいい、切ない読み物なんです。遠松鍵人の数奇な生い立ち、鍵人と藤谷美和子の異常にストイックな愛と破滅的な性格(性癖)故に成就しない悲恋、張りつめた獣のような安藤アンナを思いつめる伽椰・・・。このあたりの人間模様を、連続殺人事件をなくして、代わりに例えば30年前の忌まわしい事件後の葛藤、辰巳直道とアンナのヘロイン中毒の関係、篤之と千秋の逃避行、辰巳直道の死とそれをめぐる関係者の思いと行動なんかを書き込んでいって、悲恋物として完結していたらなあ・・・そういうの読みたかったなあ、惜しいなあと思ってしまいました。「これはミステリーじゃないんだ!」と割り切って読めば、そこそこ美しい物語ではあります。

12.燃える!会議術 プレジデント編集部編 プレジデント社
 「プレジデント」の特集を何本かまとめた、「会議を意味のあるものに変え、早く終わらせるための本」だそうです。趣旨そのものには大賛成です。どうも会議をすること自体に意味があるとか長くすることに意味があると考える人がいるみたいで、この会議に出なければこれだけ仕事ができたはずという思いばかり持つことになりがち。「時間泥棒」なんて言いたくなります。もっとも、この本を読んで会議を意味のあるものに変え早く終わらせることができるかは疑問です。プレジデント社ですから、大企業のトップのお話はごもっともで聞いてもちろん批判はなし。企業トップの方で会議を変えようとすれば変えられるという話と、部下の方からのスタンスとしてはダメ上司がくだらない提案をしたときのやり過ごし方のような話が混在していて、結局トップの決断待ちって話になりそう。専門家を集めた「プロ集団」の会議が楽観的なものになりがちで空理空論で現実にそぐわないことが多いという指摘(189〜190頁)はおもしろいですけどね。

11.情けは人の死を招く 射逆裕二 角川書店
 「殺してしまえば判らない」に続く女装マニアの元検事狐久保朝志シリーズのミステリー。そこそこの水準はいっていますので暇つぶしにはよいと思います。事件の舞台が豪華リゾートマンションなものでそうならざるを得ないのでしょうけど、語り手のボク(斎藤和樹)を含め登場人物の大半が大金持ちという設定は、私は好きになれません。ボクが親の遺産で豪華マンションを買ってさらに無職でブラブラしていても生活に困らないし、ラブストーリーの展開もこんなのあり?と思うような都合のいい展開なのも私には今ひとつです。なんとか読者の読みを外そうという意図が過剰に感じられて、ちょっとそのあたりが読んでいて流れの不自然さというかぎこちなさを感じます。タイトルもストーリーとはあわない感じがしますし。犯行に用いた目出し帽に他人の毛髪を付着させて発見させた犯人が犯行に用いた軍手を一緒に置いておくというのもちぐはぐ。警察が関係者にこんなに捜査情報を開かすかねえとも思いますが、毛髪が被疑者と一致した、軍手に付いていた血が被害者と一致したといいながら軍手の汗等のDNA鑑定の話がずっと出てこなくてそっちはどうなってんのとずっと思いつつ読んでたら、最後になって軍手の内側から取った皮膚組織が決めてですもの。完全犯罪のトリックを考え抜いて犯行を偽装するのに他人の毛髪をつけようって犯人が今時そんなミスする?まあ、そういうぎこちなさが残りますが、本格ミステリーというよりは「名探偵コナン」のノリで楽しめばいいでしょう。

10.図書館のプロが教える<調べるコツ> 浅野高史+かながわレファレンス探検隊 柏書房
 図書館でのレファレンス(利用者の調査依頼に対する調査)の実情についての解説本です。表題にあるプロが教える調査方法については、今時インターネットを使って調査をしていれば「そんなの常識」レベルの話が大半ですが、辞典類の話はいくらかは参考になりました。それよりは、日頃お世話になっている図書館の職員の方の日常業務について大変なんですねとわかりました。至急調査とか、言う側は簡単だけど言われた側は大変なことを簡単に言う依頼者が少なくないことは、仕事柄実感していますが・・・。私ら自営業者は、いざとなったらそういう高ビーな依頼者は断ればいいけど、公務員はそうはいかないですもんね。レファレンスでは最初のインタビューで依頼者の目的を絞ることが大切というお話も、仕事柄実感しています。相談者から簡単にこういうことを相談したいとかいうのを確認しないで相談入れたらほとんどは最初の言葉から感じるのとは違う内容ですから。そういうこともあって、私は、HP見ました相談したいとかいう電話には5分か10分くらい聞き取ってから予約入れることにしています。

09.マネーロンダリング 門倉貴史 青春出版社
 マネーロンダリング(資金洗浄)についての読み物。事例を挙げながら広く浅く軽いタッチで説明しているので軽い読み物として楽しめます。マネーロンダリングという言葉が、本来の資金洗浄という意味で使われている部分と地下経済全般を指して使われる部分(後半)があり、「地下」の度合いも様々なものを一緒くたにしているのと、事例の挙げ方や論調が規制当局サイドからのあおり的な感じがすることもあり、緻密さは感じられず娯楽的な読み方をしておくのが無難です。地下経済について様々な数字を推計していますが、例えば、地下銀行からの不法就労外国人による海外送金額をミャンマー人不法就労者へのアンケート調査で月平均4万5010円であったことを用いて、出身国の所得・生活レベルに応じて母国への送金額は変わると推測されるとして他国籍の者については母国の1人あたりGDPの比を掛けて推計し不法就労外国人の平均的な1人あたり年間海外送金額は213万2743円(90〜91頁)というのはかなり無理があると思います。日本での不法就労者の海外送金は母国での経済じゃなくて自分がいくら稼げて生活費にいくらかかるかで決まるはずです。母国のGDPが大きい国の人が日本でたくさん稼げるという関係にあるわけではありませんし、そもそも平均的な不法就労外国人が日本で生活費を除いて年間213万円も余裕資金が稼げるなんて私にはとても考えられません。こういう推計を見せられると、挙げられている数字全般が眉唾物に思えます。地下銀行が利用される理由として国内金融機関の海外送金サービスより手数料が圧倒的に安いこと(87頁)、違法カジノが利用される理由として公営ギャンブルの還元率の低さ(胴元の取り分の高さ)(98頁)が挙げられているのは、なんとなく納得してしまいますけど。

08.対馬からみた日朝関係 鶴田啓 山川出版社
 対馬藩の立場からみた鎌倉時代〜江戸時代の日朝外交・貿易の歴史の本です。山がちで平地の少ない対馬が、朝鮮との交易を通じてあるいは潤い、主な輸出品の銀(銀貨)の品位が落ちたり外交上の事情で貿易が途絶えると経済的に行き詰まり幕府の補助を求めて奔走したりする様子が、紹介されています。和冦対策や女真族の動きなどの対外事情や交易のために日本との関係を安定させたい朝鮮側の事情、対朝外交を対馬を通じて維持したい幕府の事情の中で対馬藩がうまく立ち回っていったこと(幕府と朝鮮の間で書状を偽造したり書き替えたり、それがばれてもうまくすり抜けたり)などは興味深く読みました。ページ数が少ないので(ブックレットですから)無理もありませんが、そのあたりの事情はちょっと抽象的で、もっとエピソードがあると読み物としてよかったと思います。

07.世界の国旗 国章・州旗・国際機関旗 フラッグ・インスティチュート 新樹社
 文字通り、世界の国旗図鑑。各国や州の旗とその由来について説明しています。絵柄のない旗では他の国との区別が難しくなってきます。昔子どもと国旗カードのカルタをしていてわかりましたが、マリとギニアは逆さにすると同じだし、コートジボワールとアイルランドも逆さにするとほぼ同じ。ポーランドとインドネシアも逆さにするとほぼ同じだし、モナコとインドネシアなんて逆さにしなくてもほぼ同じ。違いは縦横比だけ。国旗の縦横比は2:3が多くて、たいていの場合、そうでない国旗も2:3でイメージしていますが、この本では縦横比が書いてあってその通りに図示されています。意外に1:2の、普通イメージするよりも横長の旗が多いのに驚きました。一番横長はカタールの11:28、次がルワンダの6:13のようです。縦長はネパールだけ(四角形じゃないですが、4:3だそうです)、正方形がスイスとバチカン。日の丸の7:10というのもユニークで、同じ縦横比はブラジルだけのようです。中央アメリカ諸国にはわりと凝った絵柄の旗があります。ドミニカとかエルサルバドルの旗なんてデザインとしてはかっこいいですね。メキシコのアステカの(都市国家ティノチティトランの)建国神話に由来する絵も味わい深いですが。ブラジルの真ん中の丸は共和政府成立の日のリオデジャネイロの夜空だそうです。知りませんでした。たいていは絵柄はかなり単純化されていて説明を読んでもしっくり来ません。むしろ同時に説明されている国章の方が細部が描かれていておもしろい。ただスペースの関係か国章の方は図が省略されているのが結構あるのが残念。色についての由来も様々ですが、赤については、ヨーロッパや一部のアジアでの王家の伝統色というケースを除くと、独立のために流された血、革命、勇気など戦争をイメージする説明が大部分です。太陽を中心的なモチーフとしている国旗は、日の丸の他にはウルグアイ、アルゼンチン、ルワンダ、ニジェール、マラウイ、アンティグア・バーブーダ、ナミビア、マケドニア、カザフスタン、キルギスがありますが、太陽を丸だけで表しているのはニジェールだけです。日の丸と同じデザインの無地に丸の旗は他にバングラディシュ(緑地に赤い丸)とパラオ(青地に黄色い丸)がありますが、バングラディシュの赤い丸は独立戦争を象徴し、パラオの黄色い丸は満月だそうです。そうすると、日の丸は歴史の問題をおいてデザインとして考えたときにも、太陽を象徴するという前提でも色とデザインを変えた方がいいかなと思います。

06.大腸がん・潰瘍性大腸炎・過敏性腸症候群 佐原力三郎監修 主婦の友社
 近年増加している大腸の病気の代表的なもの、大腸癌・潰瘍性大腸炎・過敏性腸症候群についての家庭向け(主婦の友社ですし)医学書です。日本では少なかった大腸の病気が、食生活の変化のためか近年増加し、大腸癌は、癌死者の中での部位別死亡率は既に女性では1位、男性で4位だそうです。反原発の市民科学者高木仁三郎さんの死因も大腸癌でした。それもあって図書館で見つけてすぐ借りてしまいました。最近の検査方法の発達や手術方法の発達で固有筋層までの癌なら開腹手術をしないで内視鏡や腹腔鏡手術ですむこと、肛門温存が可能なケースが増えていることが説明されています。逆に以前の検査が結構いい加減だったこと(便潜血検査ではかつてはヘモグロビンではなく鉄で調べていたので食事の影響でほとんどの人が擬陽性になっていた:35頁)、内視鏡検査で腸壁に穴を開けてしまうことも(まれに)ある(47頁)とか先端技術ほど技術の差が出て内視鏡手術が不得手な医師もいる(83頁)とかいうこともさらりと書かれています。医者に行く前の予防の話も4頁ほど。こういうあたりを詳しく知りたい気がしますが、医者が書く本にそれを要求するのは無理でしょうか。人工肛門のケアの話とかは結構詳しく書かれていて興味深く読みました。

05.ドイツ病に学べ 熊谷徹 新潮選書
 リベラルな立場の人々からスウェーデンと並んで望ましい社会のモデルにあげられることの多いドイツ。そのドイツを経済成長率の鈍化や主要企業の弱体化、失業率の高さ、労働コストの高さ、社会保障の行き詰まりといった観点から、「ドイツ病」と評価し批判する本です。著者はドイツの現状に理解を示す表現もしていますが、裏表紙のキャッチでは「断末魔」とまで書いています。さすが新潮選書といったところでしょうか。ところどころ「労働者にとっては」という言葉もはさんでいますが、書かれていることは、労働者の権利の強さと福祉コストの高さに対する企業経営者サイドの視点からの苦言です。著者の「評価」をおいて、書かれている「事実」を見ると、労働者・市民に住みよい社会を築いてきたドイツが、グローバリズムとEU統合により低賃金労働や企業優遇税制をとる近隣諸国に苦しめられ、よいシステムの継続が難しくなりつつあること、その中でアメリカ(と最近の日本の傾向)流の弱肉強食・むき出しの競争社会にはするまいと努力を続けていることが読み取れ、ドイツの政治家に共感さえ感じてしまいます。経済成長率の鈍化・財政の悪化(それでも日本ほどじゃないですが)の中でも、公的健康保険で入院は2人部屋か1人部屋が原則、病室には患者1人1人の枕元に電話があり転地療養も健康保険でカヴァーされる(111頁)とか、監査役会には労働者の代表が参加し取締役の承認権も持っている(94頁)、有給休暇は年30日(130頁)、解雇は厳しく制限されている(143頁)というようなシステムが、なお守られているというドイツは、市民を守ろうという志を持った国だと思います。著者は、それをことごとく企業活動への足かせとして論じているわけですが。この著者は、しかし、不思議なことに、著者の主張に沿った社会保障制度の切り下げをシュレーダー政権が断行したことに対しては「弱者を切り捨てたシュレーダーの改革」(188頁)と非難しています。読んでいてここは驚きます。ところが、その同じ路線をメルケルにはもっとやれと言っています(204頁)。同じことでも社民党政権がやると評価せず保守政党がやるなら支持するのでしょうか。私は、著者の姿勢には共感できず、むしろグローバリズムの荒波の中で福祉国家の維持に向けて努力しているドイツの姿勢にこそ学びたいと感じました。

04.「小さな政府」を問いなおす 岩田規久男 ちくま新書
 表題や、本書ではこうした「小さな政府」の光と影を歴史的かつ経済学的に問い直してみたいという「はじめに」の書きぶりから見れば、小泉構造改革批判の本かと錯覚します。しかし、実際には、スウェーデン型福祉国家は生き残っていると評価している(しかし日本はスウェーデンを目指せとはいわない)第6章を除き、全体に「結果の平等」を目指す「大きな政府」を批判し「機会の平等」を目指す「小さな政府」と(新)自由主義経済学を礼賛しています。著者は規制緩和小委員会のメンバーですから、まあそういう意見になるのは当然でしょうね。私は、弱肉強食・金持ちのやりたい放題を促進する新自由主義経済学と「構造改革」には賛成しませんが、著者の立場からも以下のような指摘があることは勉強になりました。サッチャー・ブレア政権下のイギリスでも資力調査を重視して受給者の選別は強めたが社会保障制度自体はそれほど縮小していない。「機会の平等」を保障するためにも職業訓練の機会の確保・援助は重要である。小泉改革では非正規社員や失業者が再挑戦する機会の創造は2003年の「若者自立・挑戦プラン」が発表されたがほとんど手がつけられていない。

03.実践的クレーム対応 武田哲男 産業能率大学出版部
 サブタイトルが「クレームは顧客からの好意的なエールだ!」とされていて、前半はクレームの「処理」という消極的な対応ではなく、クレーム(顧客不満足)が商品(サービス)改善・開発の機会ということで積極的に対応すべきということがずっと書かれています。後半はクレームへの具体的な対応方法が書かれていますが、クレームをこじらせないためにもいやな客だなどと最初から思わないことが大切と書かれているのに、その後の顧客のタイプ別対応とか相手の態度別対応で書かれているのがいやなタイプばかりというのは、やはり本音はこっちかなとも感じます。顔相学的な記述もいかにも先入観を持たせるだけだと思いますが。メールでの対応は誤解・行き違いを生じやすくトラブルの元という指摘(104頁から50項目も列挙されています)は、う〜ん、そうかと思いました。

02.悪魔のささやき 加賀乙彦 集英社新書
 元東京拘置所医務技官(知らなかった・・・)で精神科医、心理学者の著者が、人が悪事に走るときの心理に本人の意志では説明できない悪魔のささやきのようなものが後押しすることが相当数あるということを、経験にもとづいて論じた本です。この本のメインテーマは、いわく論証しがたい性質のもので、読んでいて、なるほどと思う面もそうかなあと思う面もあります。それよりも、鬼畜米英からわずか2週間でアメリカをたたえて民主主義は尊いと言いだした大人たちを目の当たりにし、声高にスターリンを礼賛していた知識人がフルシチョフ報告以後沈黙する姿を見た著者の経験から、和を優先し個がない、そして宗教への免疫がない日本人の流されやすさ、それがオウム真理教や拝金主義からの犯罪につながるという指摘の方が納得します。また、インターネットの発達で情報の収集は容易になったけれど、それによって自分が見たくない情報は遮断し自分の望む情報を探しているのではないか、それは個人内情報操作ではないかという指摘(71頁)は考えさせられます。最近の青少年や大人のキレやすさは社会の刑務所化によるストレスの増大のためではないかという指摘(165頁〜)もハッとします。弁護士としては、元医務技官であり精神鑑定を多数行っている著者が、殺害の決意の瞬間なんて特定できるわけがない、最後まで明確な殺意がないケースも多い、動機についても「その人がなぜ殺人をおかしたかを突きつめて考えていくと、しばしば理由のわからないケースが出てくる」「200人もの殺人者に会ってきた私ですが、いくら面接を重ねても、家族や関係者に話を聞き、ときには犯行現場に出向いて調べても、その殺人を了解しえたと思ったことは一度としてありません」(24〜25頁)と言い切っているところが大変興味深く参考になりました。

01.未完成の友情 佐藤洋二郎 講談社
 建築会社を経営しながら夢を断ちがたく小説を書き続けている「わたし」と苦難の末に成功した事業家となった元在日朝鮮人(中学か高校の時に帰化した)月坂との友情を描いた小説。炭坑町から父親の死亡後母親の親戚を頼って松江に移り疎外される中で、新聞配達をする中学生の月坂と出会ったわたしは、クラスでのいじめを月坂に救われたことから、月坂と一緒に行動するようになります。早くに片親を亡くし、親の苦労を知る共通の境遇、その中で立派に働き続ける月坂の姿にわたしは惹かれていきます。新聞店の経営者とわたしの伯父の交友関係(実はどちらも共産党員)と伯父の市会議員選挙立候補で生じた親族の諍い、同級生の美少女有美子をめぐる三角関係、月坂の不倫などで心をかき乱されながら、しかし、わたしは月坂との友情を優先していきます。その中で月坂の死を迎え、わたしが持つ複雑な思いが読みどころです。物語は、月坂の死から始まり、子どもの頃と現在の間を行きつ戻りつしながら語られます。その時間の行き来が様々な上に、いつということわりなく(例えば、「中学何年の時」とかいう時期を特定する説明はほとんどありません)語られるので、ちょっと読みにくいと感じました。

**_****_**

私の読書日記に戻る   読書が好き!に戻る

トップページに戻る  サイトマップ