私の読書日記  2007年5月

24.温室デイズ 瀬尾まいこ 角川書店
 小学校の時いじめる側だったことに引っかかりを持ち中学でまっすぐに行動していじめの標的になる中森みちると、小学校の時いじめられた経験から中学で友人がいじめられるのをかばえずそれが引っかかって教室に行けなくなり別室登校する前川優子の2人の視点から描いた学級崩壊といじめをテーマにした小説。どこか不本意な思いを持ちながら行動する2人の視点が章ごとに入れ替わり、少しずつ変わっていくお互いの姿を映し出しています。見て見ぬふりをする担任の先生、不良になめられているスクールサポーター、頼りにならない学校。その中で積極的にパシリになることでネットワークを拡げていく斉藤君、厳格な父親の涙と柔軟な姿勢を見て学校に通い続けようと決意するみちる、自分に告白した不良少年のリーダーにカウンセリングを試みる優子。劇的な解決はなく、それぞれの少しずつ前向きな動きが卒業を前に少しの希望につながる。でも、そう変わるわけでもない。そんな現実的で、でも希望がないわけでもないしみじみとした思いでラストシーンを迎えます。明るくはないけど、負けないでってメッセージが伝わる作品ですね。

23.ひとりぼっちのジョージ ヘンリー・ニコルズ 早川書房
 島ごと(島によってはさらに地域ごと)に亜種の異なるガラパゴスゾウガメの中で、ガラパゴス諸島の北の果てピンタ島に残った最後の(と思われる)ピンタゾウガメの保護をめぐるお話。ひとりぼっちのジョージ(Lonesome George)と呼ばれるこのゾウガメの発見と保護、繁殖の試みと仲間捜しなどの話題に、ガラパゴス諸島の環境保護、絶滅危惧種の保護のあり方、近隣種と交配させることは是か?クローンは?といった話が交差します。ガラパゴスゾウガメの分布自体ゾウガメを食用に捕獲していた海賊等による移動の跡が見られるとか、ゾウガメの餌を横取りする外来種の山羊を掃討して(絶滅させて)ゾウガメを島に放す計画とか、ゾウガメを食用にする人々や、高く売れるナマコの漁を認めさせるために研究所を占拠してゾウガメを人質にしようとした地元民やその背後にいる資本家たち・・・。あるべき野生生物の保護とは何か、いろいろ考えさせられます。日本語サブタイトルの「最後のガラパゴスゾウガメからの伝言」はちょっとミスリーディング。最後のと書きたいなら「最後のピンタゾウガメ」と書くべきでしょう。タイトルの Lonesome Georgeは、この本とは関係ないけど、Incurious Georgeなんて呼ばれているホワイトハウスの住人の次のニックネームかと、つい思ってしまいました。

22.アヴァロン メグ・キャボット 理論社
 中世研究家の両親にアーサー王伝説の登場人物ユリの乙女にちなんで名付けられた女子高生エレインが転校先のアヴァロン高校で巻き込まれた恋と陰謀を描いたラブコメ。主要な登場人物がみんなアーサー王伝説の生まれ変わりで、アーサー王伝説の展開にこだわってストーリーが展開します。そのあたり、アーサー王伝説が頭に入っていない日本の読者にはちょっとつらいし、例えばアーサー王伝説の故事と違ったからってそれがどうしたっていうのという気分になります。でも生まれ変わりながら善と悪が闘い続けるって、なんか輪廻転生って感じで、アメリカでもそういう感覚があるのかって、少し不思議。単純なラブコメとして主人公のエレインから流し読む分には、まあそこそこでしょう。でも、登場人物の造形をまじめに考えると、マルコの行動・殺意も、いい人に描こうとしていることだけはわかるウィルの人物像・考えも、そこここに違和感を残したまま。なんかしっくり来ないまま、ラブコメとしての落ちよりもアーサー王伝説にこだわっていることもあり、切れが悪いままで終わり、読後感は今ひとつ。

21.一瞬の風になれ3 ドン 佐藤多佳子 講談社
 3巻は新二たちが春野台高校陸上部の最高学年になって高校総体(インターハイ)への道を、地区予選、県大会、南関東大会と勝ち上がっていく過程を描いた完結編。3巻では、厚さは一番厚くなっていますが、最後のチャンスということもあり、わりとスムーズに勝ち上がっていき、新二ファンには安心・気持ちいい展開です。ただこのお話が部長になった新二の視点で語られているので、勝ち上がっていく新二たちと別に、黙々と辛い練習を続けていた仲間たちが頑張ってもわずかに届かなかったり力不足だったり故障したりで負けていく悔しさ・哀しさも同時に書かれています。読んでいてどちらかというとそちらの切なさの方が共感できたりもします。それがあるから、できすぎって感じの最後の新二たちの活躍も、素直に気持ちよく読めるのでしょうね。(1巻、2巻は2007年3月分に掲載)

20.地球進化学 指田勝男他編 古今書院
 大学の地質学の教科書。タイトルに惹かれて読んでみましたが、地球の変動の歴史について書かれているのは最初の数ページだけで、大半はひたすら普通の地質学。前書きには「高校の地学を履修していないものにも、地球進化学の基礎を学べる教科書をめざして編集された」とありますが、この種の学者さんが「入門書」と題して書いた本、特に分担執筆の本の大半がそうであるように、その趣旨が徹底されているとは到底思えないできで、素人が読み流すのはとても辛い。地質学の、特に岩石の分類に興味がある人なら楽しく読めるかもしれないですが、そうでなければ手を出さない方が無難でしょうね。地球物理学の大局的な説明部分では勉強になりましたけど。

19.ドルチェには恋を添えて アンソニー・カペラ ヴィレッジブックス
 内気で口べただけど料理の腕は天才的なブルーノの、天性の味覚と美術センスを持つ尻軽の美人学生ローラとの恋を描いたロマンティック(舞台がローマだし・・・)グルメ小説。ブルーノが親友トマーゾの頼みでローラを口説くためにトマーゾの代わりに料理を作りそれをトマーゾの腕とセンスと信じたローラがトマーゾに溺れていくのをアンビバレントな気持ちで眺める前半、ブルーノはまるで聖人のよう。自分にはこんなことはできないなと思わせます。トマーゾとの友情とローラへの募る思いに悩み、嘘がばれてローラに嫌われ、トマーゾともけんかして傷心して都落ちするあたりから、たぶんほとんどの読者はブルーノファンになって読むと思います。そして、ブルーノが田舎で出会った天才料理人ベネデッタのかっこいいこと。知恵としたたかさとそして気っぷのよさに惚れ込んでしまいます。ここまでくると、お話としては行き先が見え、そうしないとストーリーとして成り立たないのはわかるんですが、ブルーノの立場に共感する読者からは、自信を与えてくれたベネデッタと別れるのは間違いだと強く思います。私ならローマになんか帰らない。どう見たってローラなんぞよりベネデッタの方が魅力的だと思うんです。まあ、ストーリーは読んでれば誰でも予想できるエンディングに突き進みますが、分厚さと意外性のない展開のわりには最後まで飽きずに読めました。

18.窓のあちら側 新井素子 出版芸術社
 新井素子の80年代初期の中編を中心にしたSF短編集。読書日記をつけるようになってから短編集はほとんど読んでいないのですが(感想が書きにくいから・・・)、一世を風靡したサラサラ読める文体を今読んだらどう感じるかという興味が先に立って読んでみました。今では、軽い流れるような文体がエンタメ系小説のスタンダードですから、それになれた読者にはもちろん違和感はありません。でも。文が短い。今の標準で見ても。どうやったらこんなに短くできるの。ってくらい。小説としてのできはやっぱり「グリーン・レクイエム」ですが、「ネプチューン」の23世紀のまがまがしい茶色の海という設定がノスタルジーを感じさせました。私と同い年の作者は、小中学生時代を4大公害裁判や田子の浦のヘドロの報道を見ながら過ごしたはず。子どもの頃、科学が明るい未来を保証してくれるなんて思えませんでしたものね。別にその頃の延長で原発裁判やってる訳じゃないですが。それにしても、80年代初期ですから、学生時代にこんなの書いたんですね。近年の芥川賞の低年齢受賞よりすごい気がします。

17.ジダン ルーカ・カイオーリ ゴマブックス
 ジダンのワールドカップと引退に至る経緯を2006年ワールドカップ決勝の進行の中に過去や関係者のインタビューを織り交ぜながら書いた本。絶妙なトラッピングとボールが脚に吸い付いているようなドリブル、人間業とは思えぬフェイント、測ったようなパス、そして時としてどうしてそこにいるのかわからない絶妙のポジショニングで現れて決めるボレーシュート・・・。華麗なプレイで数々の伝説を残した、記憶に残るプレイヤージダン。アルジェリア移民の子でフランスの低所得者用団地で育ち、トッププレイヤーになった後も派手な社交生活をせずに比較的堅実・謙虚に過ごす姿勢が多くの人の共感を得てきたこともその伝説を強めてきました。2006年ワールドカップ決勝をストーリーの軸とした以上、当然に最後に待ち受けている頭突き事件については、特段の新しい解明はなくあいまいなままで、頭突き事件がジダンのイメージダウンにつながらず新たな伝説になったことを指摘して終わっています。そのあたり、読者としては不満は残りますが、サッカーファンがジダンと2006年ワールドカップを思い起こしてノスタルジーに浸るにはほどほどの本です。

16.ギュスターブ・モロー[自作を語る画文集]夢を集める人 藤田尊潮訳編 八坂書房
 19世紀の画家ギュスターブ・モローが生前耳の聞こえない母に自分の絵を説明するために作った筆談メモが1984年になって初めてフランスで出版されたものを元にモローの他の文章を配置して編集した画文集。元になるテキストはすべてモロー自身が書いたということですが、他の文章をどの絵に配置するかは著者が独自に判断しているので、著者はモローではないと扱います。モローの絵はキリスト教とギリシャ神話に題材を得た宗教画・物語絵がほとんどですが、独特の設定で装飾的・幻想的です。私が学生の頃、美術界での評価は高くなかったと記憶していますが、私はわりと好きでした。久しぶりにまとめて見ると、人物が少なくとも現代の基準では無表情(せいぜいちょっと不機嫌かちょっと驚きくらい)なこと、人物の体の中性的表現が目につきます。画風は違いますが、どこか寂しげな無表情の横顔はシャガールにも影響を与えたかとも感じます。そして画家自身が自分の絵に付した解説を読むと、改めてモローの詩人ぶり、哲学者ぶりを感じます。画家が期待していたイメージを先に読むと、どうしてもそれを描くことに成功しているかに関心が行って素直に見れません。私は単純に先に絵を見た方がいいかなと思いましたけど。きちんと読もうとするとけっこう難解な文章だったりしますし。

15.プロ講師になる方法 安宅仁、石田一廣 PHP研究所
 ビジネス系の講演会のプロ講師になるための、主催者受けのする営業やスピーチのテクニックなどをまとめた本。ビジネス系講演会のテーマは結局変革・革新だからその視点を必ず入れるとか、共感を得るためには成功例より失敗例が重要だとか、最初の5分が勝負とか、最初からまじめに聞こうとしている人は受講者の2割くらいとか・・・。わかっていても厳しい。どんなにいい話をしても寝る人は寝るとかの割り切りが必要って話もありますが。レジュメは詳しくしない、読み物資料は配らない(話を聞かないで読むことに集中してしまうから)、2時間くらいなら休憩は取らない(休憩後のモチベーション回復がしんどいから)とかは、やっぱりなあと思います。ビジネス系講演会を前提に書いているので弁護士の同業者向け講演会には当てはまらないかもしれないけど・・・。プロとしてやっていくことに主眼があるので、目が最終的には受講者よりも主催者に向いているところが、そりゃあそうなんでしょうけど、読んでいて寂しい。

14.これでアメリカのビジネス法務の実際がわかる 鈴木淳司 日本評論社
 アメリカで事業を行う際に関係する法律問題の解説書。基本的なことは同じように思えますが、改めてアメリカのルールが関係者を対等とみなして自己責任で交渉決定することに重きを置いていて社会的弱者の救済という視点が乏しいことを実感します。特に労働分野を見ると、差別については日本より厳しい制裁がありますが、差別に当たらなければ経営側はやり放題という感じです。契約の決め方次第で解雇はやり放題、経営者は労働者に有給休暇を与える義務もないし、残業規制もない(但し時間外の割増賃金率は日本より高い)、健康保険に加入させる義務もないという具合。規制は少なく、その代わり規制している分野では刑事罰は極端に重い。最近の日本の政治はこのアメリカ型を目指しているわけですが、アメリカ型の公平性・透明性は徹底されずに自己責任と厳罰化だけが進むと、かなり生きにくい社会になるでしょうね。この本は基本的には経営者側の観点で、わりと淡々と書いていますが、コラム部分で著者の心情が現れていてホッとします。そちらの方が読ませどころかも。

13.14歳 千原ジュニア 講談社
 人と同じはいやで正直なだけという14歳の引きこもり少年だった著者の少年時代・お笑いを目指すまでの手記。「僕が今しなければならないこと。それは本当に僕が出るべきレース場を探すこと。」(28頁)「学校に通ってたんじゃ時間がたりない。学校に通ってたらスピードが落ちる。」(52頁)なんて言いながら、やっていることは学校に行かず、家族とも接触せず部屋でたばこを吸ってテレビを見続けるだけ。それでただ苛立ち、時々キレて暴れて壁に穴を開けるだけ。結果として高校中退で吉本からデビューしたから学校に通ってたらスピードが落ちるなんて後付で言ってるだけで、当時からそう思ってたとは感じにくい。自分のやりたいことはこの学校(進学校)に行くことじゃないと言い続けるだけで、じゃあ何をしたいのか、何が自分のレースなのか、自分のリングなのか、見つけようとする行動は全然取っていません。お笑いの世界を目指したのだって、結局は兄からそう決められて付いていっただけだし。親や先生から提示された道は、全てそれだけで否定しているのに。その全否定していた進学校にだって、より厳しい全寮制の高校を見に行くや、突然自由を感じたりするし(122頁)。まあ、そのあたりが14歳なんでしょうけど。初出は月刊誌への1998年から1999年の連載だそうです。どうして今頃になって単行本化したんでしょうね。

12.「最後の社会主義国」日本の苦闘 レナード・ショッパ 毎日新聞社
 日本の高度経済成長を支えた護送船団式資本主義が社会経済環境の変化により機能不全に至った後、日本における改革がなぜ遅々として進まないかについて考察した本。著者の主張は、日本のシステムは、政府が負担すべき社会保障の負担を低額にとどめ企業が従業員の首を切れない終身雇用制や効率の悪い高額のサービス(電力や金融サービス、公共事業)を維持することにより成人男子の生活を保障し、女性に無償で(キャリア・自己の収入を犠牲にして)育児・介護等を負担させることで成り立ってきた。政府の社会保障支出は年金と医療保険に集中し、雇用保険、職業(再)訓練、児童手当などの分野では極めて低く(85〜95頁)その負担は企業と女性に強いられてきた。しかし、これらの犠牲を負担してきた企業(特に輸出産業)と女性は、そのシステムの変更を政治に迫る(声を出す)のではなく、海外への移転や就職または結婚・出産の断念という形で降りていった(退出する)。著者の独自の主張は、この退出が、不可能であれば(出口がなければ)企業や女性が否応なく改革を求めることになり改革が進み、また退出が極めて容易で大量であれば政府・官僚がそれを阻止するために改革をせざるを得なくなり改革が進むが、退出にコストがかかり一部の者だけが退出できるときには本来改革運動の核となるべき有力な者(企業で言えばソニーとかトヨタとか)が改革の意欲を失って改革運動の力をそぎ残された改革反対派が相対的に力を持って改革が進まないというもの。日本の改革で大規模社会保障では介護保険だけが実現したのは女性に退出の余地がなかった(子を持たないことは選択できても親を持たないことは選択できない)ため、サービス改革で迅速に実現したのが(外圧が強かった通信改革を除けば)金融サービス改革だけなのは外国市場への流出が極めて容易で大量だったことによるとされています。考察としてはおもしろく、社会保障や労働問題に関心があれば、厚さのわりに読み通しやすい本です。ただ著者の主張は、労働市場では解雇を容易にして終身雇用を解体しそれにより中途採用も容易にするという方向で、政府による雇用保険や再訓練、労働条件の確保が伴わなければ企業側の好き放題になる話で、(社会保障の充実を言っているはずなのに)新自由主義的な匂いも感じます。訳文で、文脈からは労働法制、労働のルールというべきところが「就業規則」と訳されていたり(330頁、344頁等)するのはかなり興ざめでした。

11.実録詐欺電話 私はこうしてだまされた 日向野利治 すばる舎
 有料サイト料金名目の架空請求振り込め詐欺に2度引っかかった経済評論家のノンフィクション。普通の感覚で言えば振り込め詐欺になんかひっかかりそうにない、経済評論家でしかも元新聞記者の著者が、現実に電話がかかってくると冷静な判断も他人への相談も相手への切り返しもできないまま、むざむざとATMから2回も現金を振り込んでしまった様子とその時の心理が書き込まれています。私たち弁護士は(あるいは消費者センターは、警察は・・・)電話で振り込めなんて言われても一切相手にするな、毅然と対応するようにって必ず言いますが、そう言われても現場では対応できないことが強調されています。う〜ん、そう言われてもこちらも困るんですが・・・。著者も言っているように、せめて債権回収会社を名乗りながら振込指定口座が個人名義なんてお粗末なことには、詐欺だと気づいて欲しいものですが(もちろん、きちんと会社名義の口座を作っている詐欺師もいますけど)。冷静に対応できなかった事情として、氏名をきちんと特定され、社会的地位がありながら出会い系サイトにアクセスしていてそれがばれると困るという思いがあったことが挙げられています(54〜56頁)。「それまでの評価が逆転するときの怖さは、よく知っている。私の頭に、痴漢容疑で逮捕された某大学教授が浮かんだ。この国は、いわゆる落ち目の人間に冷たい。ちやほやしていた新聞記者も掌を返すだろうか。」(56〜57頁)元新聞記者が書いているだけに説得力があったりします。そうするとむしろ知識人は詐欺に引っかかりやすいと言えるかも。困ったものですね。基本的には自分の詐欺被害体験だけで書いているので、後半ちょっと間延びしているのが残念です(最初のペースで最後まで書ききってたら、かなり久しぶりに「お薦め本」入りしたかも)が、実におもしろく読めました。

10.法律学講座双書 会社法(第9版) 神田秀樹 弘文堂
 会社法の教科書。典型的な「法律の教科書」の体裁で、注釈が多い、場合分けした上でほとんど同じことが繰り返し書かれている、詳細は条文や別の文献を見ろということが多いなどのため、読み通すのはかなりの苦労を要します。弁護士が仕事に使うときは、(決して全部を読み通さずに)関係する場所だけ拾い読みするし、必要なものは別の文献でもどこにあるかだけわかれば助かるので、こういう形式でいいのですけど。今回、仕事上の必要からではなく、めまぐるしく改正されている会社法をお勉強してみようと思って通し読みしてみて、改めて法律の教科書って通し読みしにくいと感じました。会社法の分野は特に改正が頻繁なので、以前とどう変わったという注釈がやたらと多いのも通し読みには苦痛を増しています。これまた仕事上読むときは必要な注釈なんですが。法律関係者以外で読み通せる人がいたら、感心しますね。それにしても学生の頃はこういうの何冊も並行して読んでいたんだなあと(当時も平気じゃなかったけど)ちょっと感慨深く思いました。

09.サラ金崩壊 井手壮平 早川書房
 2006年の貸金業規制法改正・グレーゾーン金利撤廃の過程を取材したノンフィクション。当時の報道などからある程度は推測していましたが、裏側で消費者金融側・消費者金融寄りの国会議員らの暗躍・抵抗があり、むしろ刑罰ライン(出資法の上限金利)を利息制限法の金利あたりまで下げられたのは様々な人の努力と幸運があったからだとわかります。金融担当大臣が消費者金融に厳しい与謝野馨だったとか政務官に後藤田正純がいたとか金融庁の参事官室課長補佐に二弁の消費者委員だった森雅子弁護士が任期付公務員で行っていたとか、たまたま人の配置の妙もあったんですね。ただ官僚と自民党政治家が永田町の感覚で見通していた落としどころが様々な事情と力学で消えていった経過は興味深く読めました。レイク(GE)が金融庁の貸金業懇談会でドイツやフランスでは実質金利が日本より高くなったケースとして出した「ケース」がGEが勝手にシミュレーションしたもので実例ではなかったとか、自社で作成しどこにも発表していない意見書を「米国の論文」と称して出していた(113〜114頁)とか、さすが裁判所でも「10年たった取引履歴はコンピュータ上自動消去された」なんて誰も信じない主張をし続けているレイクらしいでたらめぶり。経過で聞いてはいましたけど、改めて読むと、やはり外資系(消費者金融でいうとレイクとCFJ)は庶民の敵ですね。

08.日本の地誌 立正大学地理学教室 古今書院
 日本地理の本。著者と趣旨からして大学の教科書と思って読んだのですが、パートごとに執筆者の関心で記述項目にかなりムラがあります。日本地理の概要を把握するというニーズにはあまり応えていない感じ。北九州地方(福岡、大分、佐賀、長崎)では福岡県のことしか書いてないし。町おこしの観点での記述が多く、新しい情報が書かれているのが売りでしょう。倉敷の産業観光とか吉野川流域の農業とか、東海地方の水道事情とか新潟の定期市とか麻布や行田の近代史なんかの記述は薄い本のわりに書き込まれています。東海村の農業とか六ヶ所村の変容とかは原子力問題について無批判な書き方に私は疑問を感じますが。図版が相当数入っていますが、わかりにくい図が多くて残念でした。

07.スイスの使用説明書 トーマス・キュング、ペーター・シュナイダー 新評論
 スイスの政治・文化等についての解説書。高い物価、よそ者には理解できない交通ルールの実情やゴミ出しのルールなど、著者自身の怨嗟の念が生々しく感じられる話や独特のカードゲーム「ヤス」とか独特の格闘技「シュヴィンゲット」の話は興味深く読めました。しかし、著者のうち1人がドイツ出身で、基本的にはスイスのことをよく知っている人たち、特にドイツ人向けに、皮肉とパロディで読ませるタイプの本になっています。スイスのことを元々知らない人には、著者の話がまじめに書いているのか皮肉・ジョークなのかの判別にちょっと苦労します。真に受けて読んでいると文脈がおかしく感じ、それでああ皮肉かとわかるところが少なくありませんでした。

06.スワヒリ語のしくみ 竹村景子 白水社
 スワヒリ語の入門書。スワヒリ語って文字はローマ字、母音は日本語と概ね同じ、読み方の規則ははっきりしていて(ほぼローマ字読み、アクセントは原則として後から2つめの母音)部外者にそれらしく聞こえるように読み上げるのは簡単そうですね。そのあたりフランス語と同じ(私は大学時代法学部では異端のフランス語選択)。もちろん、ネイティブにスワヒリ語だと思わせるのは難しいでしょうけどね。疑問文は語尾を上げるだけとか、否定疑問文への答え方とかは日本語と同じパターンだそうで、最初は、あっ意外に難しくないかもなんて思いました。でも単数・複数で名詞だけじゃなくて修飾語にも接頭語が付き、その接頭語とか「こそあど」が名詞のグループ(果物グループとか道具グループとか人間グループとか樹木グループとか板グループとかその他グループとか)によって変わるそうで、そのあたりでもう挫折。元々語学は苦手な方ですから。例によってご挨拶(Hujambo!:フジャンボ こんにちは)と愛してます(Ninakupenda:ニナクペンダ)だけ頭に入れておくことにしました。

05.オリュンポス 下 ダン・シモンズ 早川書房
 前作の「イリアム」が長大な挙げ句に読み終わってもほとんどの謎が解決されずに、続巻の「オリュンポス」に委ねられていることを、「イリアム」を読んだとき(2006年9月)に嘆きましたが、この「オリュンポス」を読み終わっても、人類とヴォイニックス・キャリバニの戦いやトロイア戦争・オリュンポスの神々の戦いにはけりがつけられるものの、上位神のプロスペロー、エアリアル、キャリバン、セテボスらについてはほとんどわからないし決着もないまま。特にシコラックスとセテボスと「静寂」の関係が何の説明もないのはあんまり。謎解きの類も、量子宇宙論の用語を並べてごまかしているだけでほとんど説明になっていないように思えます。話の設定が矛盾だらけなのは訳者自身があとがきと註解で指摘しています。壮大な物語の設定を楽しめればいいという読み手には楽しめると思いますが、緻密なタイプの人はやめた方がよさそうです。私も「イリアム」を読んでしまったから結末を知りたいと思って、さらに長い「オリュンポス」も読みましたが、まだこの続編が出るとしたら、今度はパスします。訳者の指摘とは別に、「イリアム」であれほど人間のファックスや再生院に嫌悪感を示していたハーマンたちが、何の抵抗もなくファックスし再生院の復活を望んでいるのも違和感を持ちました。そして何と言ってもオリュンポスの下巻で地球に暗黒時代をもたらした災厄をユダヤ人の受難とイスラム狂信者のテロ(ルビコン・ウィルスと潜水艦「アッラーの剣」に登載されたブラックホール爆弾)、「ハーン帝国」の支配と書かれたあたりから、もうまじめに読む気失せました。「文明の衝突」とか「悪の枢軸」とか言っている人達のための慰みだったんですね。下巻だけで休日まるまる2日かかったんだけどなあ・・・。これを読む前に「英詩のわかり方」を読んでいたんで助かりましたが、ギリシャ神話+プルースト+イギリス文学、特に詩とシェークスピアの引用に満ちた衒学趣味的作品です(上巻では少し少なかったんですが下巻ではまた大量に出てきます)。未来の地球においてさえラストでシェークスピアが最高の天才と位置づけていますし。その意味ではスペース・オペラではなくてイギリス文学SFという新しい(たぶん読みたい人は稀な)ジャンルを開拓しているというべきかもしれません。

04.英詩のわかり方 阿部公彦 研究社
 英米の詩の読み方についての本。内容的には、大学の英文学の教科書という感じ。イギリスのファンタジーとか小説を読んでいるとよく出てくる詩人、ワーズワースとかホイットマンとかイエイツとかエリオットの詩が紹介されているのがちょっとお得感がありました。シェークスピアのソネットが3つ出てくるのも、ダン・シモンズ(オリュンポス)をこれから読む身にはよさそう。どちらかというと詩の解説よりも、冒頭の「いま読んでぴんと来ないものはあとに回せ」(5頁)というアドヴァイスが納得したりして。そこで語られている日本語と英語の違い、そのために翻訳で失われるニュアンスの説明がおもしろく読めました。例えば日本語が繰り返しを避け、語尾を言い換えていく(小林秀雄の文章を例に語尾をいじるだけで文章の説得力が大きく変わると指摘する9〜11頁は注目)のに対して英語は繰り返しが多用されるので、日本語で敢えて繰り返しを多用して独特のニュアンスを出している詩が英訳されると平凡になり、英語の詩を日本語訳するとくどく過剰なニュアンスになるということが指摘されています。また1人称が日本語では様々なニュアンスの言葉があり省略されがちなのに、英語では中性的な「I」だけで省略されないので、翻訳で詩のニュアンスがかなり変わるということも指摘されています。だから英語の詩の原典を読もうという気にはとてもなれませんでしたが、少し勉強した感じにはなれます。

03.さよならを言うことは ミーガン・アボット 早川書房
 エリート警察官の兄の妻となった女性のふるまいに不審を感じた妹が、兄嫁の素性を調査するうちにハリウッドの裏側やそれに絡む売春グループなどにたどり着き、その中で起こった殺人事件や兄嫁に唆されて道を踏み外そうとする兄に迫るという構想のミステリー。ミステリーとしては、あまり劇的な展開とは言えず、誰が悪いのかもおおかた見えますし、最後の方では主人公がどうやって兄を救うかぐらいしか興味を持てませんでした。主人公が裏社会に潜入して行く場面もあまり危険がなくてハラハラドキドキ感が少ないのが残念。私の感じ方が鈍感なのかもしれませんけど。そういう意味でアクションもののミステリーではなくて心理ドラマという位置づけでしょうか。古き良き時代のハリウッドが背景にあるようですが、そのあたりの知識のない私には今ひとつ読みづらい感じがしました。

01.02.恋空(上下) 美嘉 スターツ出版
 ケータイ小説サイト連載の恋愛小説。「実話をもとにしたフィクション」だそうですが、そういう作品にありがちなように、フィクションにしては構成が練れてない、実話にしてはディテールに現実味がない。読者の立場からすると集中してイッキ読みするにはちょっと辛いと思いました。元々ケータイ小説サイトの作品だし、ちょっとずつ気が向いたときに断片的に読むべきなんでしょうね。初期に主人公が、恋人の元彼女のさしがねで4人組にボコボコにされてレイプされる設定ですが、これがその後一応許せないとか書かれてはいるものの、その後にほとんど後も引かずあっさり流されているのが、実話だとしたら(あまり詳しく書きたくないということでしょうけど)ちょっとカルチャーショックですし、フィクションだとしたらこういうテーマを主人公の敵役を悪く見せるための材料だけに安直に使えるっていうのもやっぱりちょっとショック。家族の存在も、両親が別れるっていう話になるまではほとんど出てこないし、この世代には家族って存在感ほとんどないんだなって感じます。最後は恋人が癌だって、ありがちな設定になるのですが、病状についての描写がほとんどなし。ただ「癌」、もうすぐ死ぬって設定だけが強調されている感じ。病人と河原でHするってのもねえ(ってかそれなら病院でやらね?あっ文体うつった)。

**_****_**

私の読書日記に戻る   読書が好き!に戻る

トップページに戻る  サイトマップ