私の読書日記  2007年6月

37.中等部超能力戦争 藤野千夜 双葉社
 気に入らないことがあると遠くの壁を揺すったり電球を割ったりするちょっとせこい超能力のある少女をめぐる学校内などでの人間関係を描いた小説。超能力は、小道具にはなっているのですが、友人間での恐れや不快感、村八分を引き起こすきっかけの位置づけで、それで何かが解決されるような展開にはなりません。でありながら、人間関係を左右する部分になっているので、友人間の機微が描かれていても、現実へのフィードバックがちょっと希薄。そのあたりの中途半端な感じと、最後にちょっとしたひねりがあるけどだからそれでこれまでのストーリーがうまく説明できるわけでもない不完全燃焼感から、今ひとつ読み終わってスッキリした感じにはなれませんでした。小清水しずえのジコチュウぶりと、はるか・トモキ・戸部の友好関係はわかるので、そういう青春小説としては読めます。むしろ「超能力」をダシにしない方がよかったかも。

36.解決!いじめ撃退マニュアル ホセ・ボルトン、スタン・グリーブ編 徳間書店
 児童虐待等の問題に取り組むNPO「少女と少年の町」のグループが書いた、いじめ対策本。執筆者により温度差がありますが、基本的には教師向けのもので、タイトルから期待されるようないじめの被害者側からのアプローチは少なく、むしろ教師サイドの意識改革によりいじめを根絶しようという感じの本。割れ窓理論的な早期の介入と厳罰(信賞必罰だと言っていますが)を強調する部分が多く、実行したらかなり厳しい管理教育になりそう。自分がして欲しいと思うことを相手にもしなさいという黄金律は何度も強調されていますし、親が言行一致を実践し自分の子どもの未来像として描いている誠実な人間にあなた自身がなることだという指摘(190頁)も正しいと思いますし、叱った回数の4倍ほめよう(174頁)というのも言ってはいます(いずれも実践は難しいですが)が、全体のトーンは違うような気がします。152頁からの被害者の子どもや傍観者の子どもの側からのアプローチが少し読ませどころでしょうか。「撃退マニュアル」の日本語タイトルに沿うのはここくらいですし。これもなかなか実践は厳しそうに感じますけどね。

35.営業ですぐ結果を出す人の話し方 吉野真由美 かんき出版
 訪問販売のセールストークのテクニックの本。著者のテクニックを要約すると、まず最初に会話の主導権を取る。そのためには相手より先に話し始める、口数多く話す。最初に相手を3つ褒め、その後は相手に話させて相手の情報を収集する。商品説明ではその商品を使うことで得られる客のメリットと未来像に重点を置き、客が感じるであろう不安は先回りして取り除く。クロージングでは100%契約が取れると信じ切ってクロージングする、今でなければならない理由・この成果を出すためなら他の方法でもこれだけの金額がかかることを説明する。やった場合のすばらしい未来とやらなかった場合の悲惨な未来を語る。客のネガへの対応では、その通り、私も最初はそう思いましたなどの相手が予想していない答から切り返して主導権を握る。口数多く話すことで、この営業にうっかり何か言ったら5倍10倍言い返されるに違いないという印象を植え付けておくと、客がクレームを言ってこないなど・・・。私は商品を売りつける側ではないから、営業の参考にはなりませんが、売りつけられる側で訪問販売の販売員のトークを予測するには参考になります。でも15分で情報収集、20分で商品説明、15分でクロージングがもっとも短時間で納得していただける商談(37頁)って、セールスに50分もつきあう気になる人ってそんなにいるのかね。私はとても無理。やっぱり関心を示さないことと、それ以前に会わないことでしょうね。

34.となりのクレーマー 関根眞一 中公新書ラクレ
 元西武百貨店のお客様相談室長が書いたクレーマーとの交渉についての本。クレーム対応については、非があるときは真摯に謝罪する、客の話は感情を抑え素直に聞く、対応は迅速にする、しかし筋は曲げずできないことはできないと言う、特に金を払って解決しないというようなことで、さほど目新しくはありません。具体例で著者が対応している様子を読んでいても、そこまでがまんできないし、そんなに時間をかけて対応してられないと感じてしまいます(まあ、クレーム対応が仕事で給料で働いてるから時間をかけられるんでしょうし)。むしろ、紹介されているクレーマーの実例が読みどころでしょう。著者が最後のコラムで「だいたい『誠意を見せろ』とは、本来ヤクザが使う言い方です。このごろは素人も平気で使います。いやな時代になりましたね。」と嘆いています(193頁)が、全く同感。

33.毒草師 高田祟史 幻冬舎
 謎の毒草師御名形史紋(みなかたしもん)が薬と歴史の知識と推理で、東京の下町の旧家の豪邸を舞台に度々起こった1つ目のオニを見たという証言と離れの密室での失踪事件を解決するミステリー。語り手役は別の雑誌編集者で、そのライトノベルっぽい語り口と、御名形のキャラ設定のキワモノっぽさがどうもアニメイメージで、終盤で御名形が関係者を集めて謎を解いていく設定もあわせ、「名探偵コナン」を思い起こしました。布石の打ち方、最後の展開はよくできていて、推理系のエンタメとしてはかなりいい線行っているかと思います。私としては、3件も離れでの閉じこもり・密室失踪事件が続いているのに離れの戸が外から開けられない構造のままにしておく訳ないだろというのと、柊也のダイイング・メッセージ(104頁)が書きかけの文字でも手で書いた以上どっちからどっちに書いたかわかるだろという点は、突っ込みを入れたくなりますが。伊勢物語の解釈と業平の歌の解釈に独自の主張があり、「世の中に絶えてサクラのなかりせば」のサクラは藤原の良房の娘(文徳天皇妃)をさす(199〜206頁)とか、妥当かどうかはおいても博識ぶりに感心しました。

32.擬態 カムフラージュ ジョー・ホールドマン 早川書房
 異星生命体とのコンタクトと愛を描いたSF小説。2019年にトンガ海溝海底で発見された小型トラック程度の大きさで5000tもの重量がある(プルトニウムの3倍以上の密度がある)謎の物体を引き上げてサモアで分析の試みを続ける科学者たちとそれに介入しようとするCIA、1931年にアメリカに上陸して人間の姿になりさまよい続ける変身可能な不死の異星生命体<変わり子>(チェンジリング)、古代から様々な人間の姿で戦闘・虐殺を続ける変身可能な異星生命体<カメレオン>の3者で場面切り替えをしながらストーリーが進んでいきます。謎の物体の正体と、<変わり子>の変転とその過程での人間への態度の変化が中心となっていきます。謎の物体の正体の解明は遅々として進まず、また<変わり子>も中盤まで比較的残忍というか人の命に冷淡です(前半でバターンの死の行進が取りあげられ日本軍の残忍さがわりと長く語られているのが印象的です)。終盤になって急展開し、最後はある意味でわかりやすいパターンに落ちついていますが、謎の物体の正体の解明としては、あれだけ引っ張った挙げ句のものとしてはちょっと欲求不満が残るかも。<変わり子>という訳語も含め翻訳文には私は今ひとつなじみにくく感じました。

31.警察の表と裏99の謎 北芝健 二見文庫
 元警察官による警察関係の世間話。1項目2ページ程度ですから、ディープな話はほとんどなく、タイトル倒れの感あり。ディープな話としては、中国の反体制活動家グループが日本で北京政府批判の映画の上映会をするときに外務省に保護を求めて断られ、公安警察がそれを受けて反体制活動家を尾行する諜報員を排除して安全を守り、判明した中国政府の諜報員のリストと反体制活動家のリストを手に入れ、それをアメリカに渡したとか、中国の諜報員に実力行使して険悪になったのをCIAが仲介して手打ち式をした(95〜99頁)というのが興味を引きました。捜査2課長は政界への影響力を持つ(65頁)という話も。当然著者の視点は警察側からのもので、弁護士や被疑者・被告人、さらには検察官に対する見方には、私の目からは疑問に思えるところが多々ありますが、警察官はこういう見方をしてるんだなあということを知る意味でいいかなあと思います。

30.なぎさの媚薬4 きみが最後に出会ったひとは 重松清 小学館
 渋谷をさまよう謎の娼婦なぎさと出会った男は過去に戻って自分が過去に関わって不幸になった女を救うことができるという枠組みで、50代の週刊誌ライターが5歳の時に手放しその後AV女優となって自殺した娘と再会する話と、なぎさ自身の物語の2編が入ったシリーズ完結編。1〜3は読んでませんでしたし「週刊ポスト」連載なので不安には思いましたが、「重松清」のネームバリューで子どもに読ませるかと思って借りました。念のため子どもが読む前にチェックしたら、まるっきりポルノ小説でした。なぎさが娼婦で、過去に戻るために必要な媚薬が男自身の精液となぎさの愛液の混合物で、4巻第1話で娘がAV女優というのは、別段必然ではなくて、週刊誌連載で毎週濡れ場を作るための苦心の設定なんでしょう。過去に戻れるけど自分の人生は全く変えられない、1人の女性を救える(かも知れない)だけという設定は、小説の設定として秀逸だと思います。そこから導かれる、自分自身も忘れていた過去への悔い、それを目の当たりにしながら自分の自由には動けないもどかしさ、愛した女性をいくらか救える喜び、相変わらずではあるものの少し希望を見いだしている自分といったあたりの描かれ方が読ませます。ただ、露骨に東電OL殺人事件をモデルにしたなぎさの設定や鬼畜のAV監督ソドム中西とかアイドル「ユッキー」の自殺とか実在の人物・事件を借りてテキトーに粉飾するやり方は、いかにも安っぽくて下品でダーティーな感じがしてなじめません。アイディアはいい線で、もっと別の書き方をしたらいい作品になったんじゃないかと思います。

29.「朝がつらい」がなくなる本 梶村尚史 三笠書房(知的生きかた文庫)
 寝起きが悪い人のための、寝付きをよくしてぐっすり眠り朝スッキリ起きるための方法を解説した本。私は、仕事をするようになって朝は自然に起きられるようになりました(やっぱり責任感ですね)から自分はもう必要ないんですが、子どもが朝苦手なもんで手にしました。1時間くらいで読めるお手軽本です。基本的には深い眠り(ノンレム睡眠、除波睡眠)は90分サイクルの2〜3回だけという話と、それでも必要な睡眠時間は個人差が大きいという話は、よく聞きますが、大切。ノンレム睡眠では体は起きているけど脳は眠っているのに対しレム睡眠では脳は活動しているけど筋肉の緊張はほとんどなくなり脱力した状態(116頁)で、レム睡眠からいきなり覚醒すると筋肉が急には動けず金縛りになる(132頁)というのは初めて知りました。それにしても馬や牛の睡眠時間は2〜3時間、イルカの睡眠時間は0時間(110〜112頁)って本当?

28.核爆発災害 高田純 中公新書
 広島、ビキニ、セミパラチンスクでの核爆弾使用・核実験の事例を元に被害の範囲を特定し、現在東京に核攻撃があった場合をシミュレーションして被害を減少させる対策を論じた本。著者は、科学的な検討ということを何度も言っていますが、元にしている広島やチェルノブイリでの被害者調査の限界(対象の漏れ・偏りや病状・疾病の原因把握の限界)や放射線の確定的影響(急性症状)のしきい値(それ以下の線量では症状が生じないとされる被曝線量)が元々一定確率の例外を想定していること(従ってしきい値未満の線量でも症状が出る場合があること)への言及が全くありません。それで広島の原爆投下では爆心地(グランドゼロ)から3km以遠では放射線量は無視できるほど小さい(152頁)とか放射線災害は概して半径2km以内(112頁)とか、1シーベルト未満では急性症状は出ない(164〜167頁等)とか、症状からの線量推定を断定的に述べたり(12〜13頁、26〜27頁、70〜71頁等)、第5福竜丸船員の健康被害は放射線の影響ではない(77頁等)とか言っています。原爆症認定で被害者を切り捨てる厚労省や事故の度に放射線による影響はないと言いたがる原発推進派と同じ姿勢に読めます。原爆症の裁判では、そういう爆心地からの距離と被曝線量の関係、しきい値を絶対視する考え方の誤りが明らかにされてきているのですが。この本で新たに認識したのは、広島・長崎のケースのような空中爆発の場合は、核爆発による核分裂生成物は大部分高温・高熱のため遥か上空に吹き上げられて拡散し地上に降下する割合が少ないのに対して、地表での核爆発の場合は核分裂生成物(「死の灰」。著者はこの言葉を嫌って「核の灰」と記載していますが)が地表の粉塵(爆発による破砕物)と混合して大量に地表に降下するため放射能汚染・被曝量がかなり多くなり風下にはかなり遠方まで致死量の被曝があることです。このこともこの本の全体の書き方からすると、広島での被害が相対的に小さかった、爆心地から離れたところでの被爆者の健康被害は放射線によるものではないと言いたいがためのようにも読めてしまいますが。

27.昆虫雑学事典 阿達直樹 日本実業出版社
 昆虫の器官や生態の解説本。電子顕微鏡写真で見る昆虫の細部が興味深い。テントウムシやハエの足先の吸盤状の毛(52頁)とか、飛ぶときに前羽の後縁にフックがあって後羽を留めている様子(46頁)とか。スズメバチの針に抜けないように逆向きの反りがある(44頁)とか蝉の産卵管はとても丈夫で光ファイバーも貫く(62頁)とかは、あまり見たくない気がしますが。鈴虫の音は電話では聞こえない(38頁)とか雄カマキリは雌に頭を喰われても頭を失ったまま交尾できる(139頁)とか、知りませんでした。

26.新しい薬をどう創るか 京都大学大学院薬学研究科編 講談社ブルーバックス
 新薬の開発研究(創造と製造)の現状を解説した本。生体内のタンパク質の構造はX線結晶構造解析の分解能の向上でかなりわかってきたが細胞膜などの膜タンパク質の構造はごく一部しかわかっていない(99〜107頁)とか、「正確にいうと、現在使われている薬の中で、なぜ効くのか、あるいはなぜ副作用が起こるのかが完全に解明された薬は意外と多くありません」(151頁)とか、わかっていないことの話の方がなんとなく私は納得したりします。カエルの皮膚で作られる抗菌性ペプチドが強い殺菌力がある(213頁〜:カエル以外の生物にもあるそうですけど)とかいう話は興味ありますし。アルツハイマーの治療薬の効果があるという証拠として示されているグラフ(208頁)を見ると、確かに投薬中は効果があるけど、投薬をやめて6週間たつと最初から投薬しなかったときと同じところまで認知機能が落ちるのはちょっとショック。まだ「治療」じゃなくて症状緩和のレベルなんですね。

25.うつつ・うつら 赤染晶子 文藝春秋
 表題作はほとんど客のいない場末の寄席で下の映画館の映画の音声や九官鳥に邪魔されながら漫才・漫談を続けながら壊れていく売れない芸人の人間模様を描いた作品ですが、ちょっと情念がこもりつつ観念的になっていき、わかりにくい。セットの「初子さん」の方が、京都の古びた商店街で貧しいながらに苦労しながら生きていく人々や夫に先立たれて苦労しながらもたくましく生きぬく母親の姿が描かれていて好感が持てました。「初子さん」の方が文体や文章の運びも新人(といっても当時30歳)にしてはこなれていて、読み応えがあります。後から書かれた表題作の方が、ちょっと小難しくなっているのが気がかりですが、今後に期待したい気もします。それにしても「文學界」2004年12月号と2005年10月号掲載作品が今頃単行本化されるのは何故?

24.うつくしい私のからだ 筒井ともみ 集英社
 体の部分を表題にした雑誌連載短編作品集。どこかしらコンプレックスを持った20代終わり間際の女性が主人公のお話が続きます。年齢設定が20代終わりに集中しているのは雑誌の読者層がその辺なんでしょうか。主人公のコンプレックスが、解消されたり、それでいいやって開き直ったり、やっぱりだめだったり、話の持って行きようは様々です。それなりのウィットなり味は感じますが1つ十数ページですから、掘り下げはありません。作品間につながりがあるわけでもない十数ページの短編は、雑誌の中でさらっと読むにはいいでしょうけど、まとめて通し読みするのには辛いなあと改めて思いました。

23.グスタフ・クリムト ドローイング・水彩画作品集 ライナー・メッツガー 新潮社
 19世紀末−20世紀初頭のウィーンの画家クリムトのデッサンを中心とした解説付き画集。学生の頃、クリムトの金ぴかで装飾的・2次元的でしかし退廃的な絵を見て、要するに成金趣味で寓意としても悪趣味でしかも見て元気になれない絵を好きになれませんでした。そのクリムトの典型的なというか有名な絵の1つ「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像T」が2006年6月には史上最高値で落札されたとかで、今ではクリムトは人気画家の1人だそうです。バブル期ならともかく何で今頃っていう気がしますけど。画壇で反体制グループの代表となりつつ金持ちのための婦人の肖像画ばかり描いていた生涯も解説されていますが、やっぱりあまり好きになれないですね。エピソードとして、ウィーン大学の講堂の壁画の一部を依頼されて、学問の進歩という概念に反する絵を書いてけんか別れになったところはおもしろいですが。この作品集では、ほとんどが婦人画の裸体画のデッサンで、クリムトが作品を仕上げる前に構想段階で何度も練り直しをしていたことはよくわかります。でもデッサン自体が作品として高く評価すべきと言われても、あまりピンと来ません。また私がこれまで見ていなかった絵でベートーヴェン・フリーズ(壁画)は、ちょっとゆっくり見てみたいなと興味を引かれました。2次元的・装飾はマチスの影響とされていますが、意外に浮世絵の影響もあるのかもと感じました。史実としての根拠はありませんが。

22.守護天使 上村祐 宝島社
 鬼嫁の尻に敷かれてくたびれた生活を送る50歳おじさんが通勤電車でよく会う女子高生に恋して、その女子高生を陥れようとするブログと荒らし、襲撃者たちから女子高生を救うというストーリーの小説。ちょっと設定を大仰にしてしまい取材や経験が付いていけずにディテールが書き込めない結果浮き気味なところが残念ですが、新人の作品としてはかなりいけてると思います。まあ過剰な設定と過剰な表現はコメディなんだギャグなんだと思って読み飛ばせばいいでしょう。でも、ネットやブログ、掲示板が舞台回しに使われているもののやっぱり想定読者層は作者と同年代の中年男性でしょうね。うちの業界的には、最後で主人公が下半身裸で登場したのを「猥褻物陳列罪」(240頁)はやめて欲しかった。あちこちで言われて周知のことと思っていましたが、これは「公然猥褻罪」(人間自身は「物」ではない)。まあ猥褻物陳列罪の方が一般受けするからかも知れませんけど。

21.ゲリラ流最強の仕事術 ジェイ・C・レビンソン フォレスト出版
 大組織で仕事中毒になって働くよりも小組織で短時間働いて利益を得ようと提唱するビジネス書。著者はいろいろなことを言ってはいるのですが、この種のビジネス書にありがちなように抽象的スローガン的なものが大部分を占めています。印象に残ったこととしては、著者が商品よりも人を重視する姿勢。自分しかできないこと以外は人に任せろ、そのためにも従業員の採用を重視しろという点。新規顧客の開拓よりも既存の顧客の情報収集と綿密なフォローアップで感動させようという点。著者の言うとおりにすれば、著者が言うような週3日の労働で家族と過ごす時間や趣味の時間を十分取って利益を上げて暮らせるかどうかは疑問があります。今時の視点からはそれほど珍しいことをいっているのではないのに「ゲリラ」と強調し続けるのも違和感があります。原書が書かれた10年前はまだ珍しかったのかもしれませんが。

19.20.大統領特赦(上下) ジョン・グリシャム 新潮文庫
 某国が秘密裏に築き挙げた軍事衛星システムを意のままに操るソフトを書き上げた天才ハッカーたちの依頼でそのソフトを巨額の金で売りつけようとして20年の刑に処せられたロビイストの弁護士ジョエル・バックマンを主人公に、大統領に特赦をさせて誰がバックマンを殺害するかを監視して軍事衛星問題の真相を見極めようとするCIA、大統領特赦をめぐる収賄を捜査するFBI、中国・イスラエル・サウジアラビアの諜報機関のせめぎ合いを描いた小説。主人公が刺客との追いかけっこをする組立は、「法律事務所」「ペリカン文書」などでおなじみとも言え、グリシャムの得意技なのでしょう。CIAがトップの首のすげ替えで情報能力が緩み計画がガタガタにあるあたりは、イラク戦争のときの醜態でグリシャムの評価が下がったんでしょうね。初期の頃の作品に比べて主人公が金持ちで傲慢で強欲な人物にシフトしているのは、グリシャム自身の変化でしょうか。それはさておき、久しぶりの白石訳のグリシャムが読めたのはリーガル・サスペンスファンとしてはうれしい限り。この作品自体は、主人公が弁護士だというだけで法廷シーンもなく、リーガル・サスペンスとは言いにくいのですが。解説でそのあたりを「グリシャムの新作がこの新潮文庫で紹介されるのは久々のことだが、この本来あるべき形での翻訳紹介を待ち望んだ読者は少なくなかったに違いない」(下巻352頁)と書かせるのはあまりに大人げない。私も繰り返し言うように白石訳のグリシャムを待ち望んだ1人ですし、超訳のグリシャムには違和感がありましたけど、新潮文庫が「本来あるべき形」というのはバックマン並みの傲慢さじゃないでしょうか。

18.夕暮れのマグノリア 安藤みきえ 講談社
 中1の少女灯子と同級生や親戚のおばさんとの関わりにちょっと霊的な体験が混じる短編連作の小説。日常の中で生じるちょっと困った、解決困難な状況が、実際にあったか幻覚なのか微妙な霊的体験を機に収まっていく設定で、そのあたりで好みが別れるでしょう。読み物としてはホワンとした(キョトンとしたかも)読み口ですが、私には解決に向けた地道な努力が見えなくて今イチです。タイトルはおばさんの家にある「マグノリア」(もくれん科の樹の総称だそうです)の古木がジコチュウな隣人の要求で切り倒されそうになる最終話にちなんだものです。「マグノリア」といわれると私はついハリー・ポッターがらみかと思ってしまいました(ダーズリー家のそばの通りが「マグノリア・クレッセント」;そんなこと連想する奴いないって・・・)が、ハリー・ポッターは全然関係ありませんでした。

17.プロポーズはいらない 中村うさぎ 中央公論新社
 弱小広告プロダクション勤務の三十路寸前女性コピーライターが、恋人が他の女とできちゃった婚して振られてから紆余曲折を経て新しい恋人ができて前向きになるまでを描いた小説。元恋人の相手、会社の後輩、妹、母・・・の生き様に反発を覚えていたけど、どこかなりたくてもなれなかったもうひとりの自分を見いだし、連帯感につなげていく流れは、ちょっといい感じ。「愛って感情じゃなくて概念なんじゃないかしら。つまりね、感情のように明快な生理的現象ではなく、頭の中で創り上げた抽象概念だからこそ、人によって定義が違ったり、言葉で説明しなくちゃコンセンサスが取れなかったり、肉体レベルで共有できなかったりするんじゃないのかな。でも、あたしたちは愛を、概念じゃなくて感情だと思いこんでいるから、ついつい相手に説明しなくても通じてるものだと錯覚してしまう」(113頁)という下りも言い得て妙。HP連載からの小説のせいか、少しぶつ切り感があるのと、結局のところキャリアウーマンの主人公には自分を出さずに徹底的に相手にあわせる年下ハンサム男をあてがってハッピーエンドというあたりの安直というか都合よすぎ加減が、ちょっとね。

16.コテコテ論序説 上田賢一 新潮新書
 大阪、特にミナミ(なんば)の文化の歴史の本。タイトルや前書きからは大阪の現代文化を中心に議論するものかと思いましたが、中身は近代史=明治・大正と戦後復興期の話が中心。それも南海電鉄と吉本興業の社史かと思う話が中心。大阪の近代史の勉強と思って読む分にはいいですが、文化論として読むには焦点や論証の軸が絞れず散漫な印象を持ちました。

15.大阪のおばちゃん力5+1 前垣和義 すばる舎
 大阪のおばちゃんの特徴を、きちんと意思表示できる「きっぱり力」、相手の心をつかむ「人心わしづかみ力」、固定観念に縛られない「超・常識力」、買い物などで楽しむ「駆け引き力」、マイペースを貫く「どこでもじぶん力」に加えて「面白力」と捉え、肯定的に論じた本。みんなが大阪のおばちゃんのようになれば昔ながらの温かい人間関係の明るく楽しい社会になるとして、「大阪のおばちゃんになるための3ステップ改造講座」(108頁〜)まで論じています。「おじさんを」改造するのではなく「おばちゃんに」改造するんですよ!転んでもそれをギャグのネタにできると喜ぶとか(53頁)、ちょっと言い過ぎの感じもするけど、いつも飴ちゃんを持って人にあげるとか、道を聞かれたら最後まで案内するとか、サービスを受けたらありがとうというとか・・・やっぱりいいなあと思います。私も最近風邪が長引いたこともあって、わりと日常的に飴ちゃん持って歩いてますけど。第V章のビジネス応用編は、大阪のおばちゃん力がビジネスにも役立つというのをちょっとこじつけ気味に感じました。最後の「大阪のおばちゃん力検定」、私は25問中14問で「中級レベル」でした。あぁ・・・

14.美男の国へ 岩井志麻子 新潮社
 ホーチミン市在住ベトナム人、ソウル在住韓国人(多数)、歌舞伎町在住中国人の愛人を渡り歩く生活を綴ったエッセイ。「新潮45」に3年近く連載したものの単行本化だそうです。う〜ん、こういうことをあっけらかんと書いて商売できるセンスにただビックリ。ベトナムでは愛人男の妻も含めた親族郎党にたかられ、在日中国人青年には店からの連れ出し料も入れて1晩に10万円貢ぎ、ソウルにはアパートも借りて韓国人ホテルマンと同棲し、それを書いて金に換えてはまた貢いでいくという金の循環が美しいというか何というか。日本人の男は「頼むから書かないでください」「書いたら訴える」というから書いてないだけだそうです(197頁)。う〜んう〜ん・・・ただうなるだけのイトウでした。

13.視聴率の正しい使い方 藤平芳紀 朝日新書
 日本ではビデオ・リサーチ1社が独占して調査提供しているTVの視聴率についての解説。冒頭で視聴率に対する神話の間違いを指摘していますが、少なくともサンプルが少なすぎることと「数」はわかっても「質」はわからないということは正しい批判のはず。それをサンプルを増やすとコストがかかりすぎるとか、本来「質」がわかる調査ではないと言って批判の方が間違っているというのは(34〜39頁)、ビデオ・リサーチの商売としてはそうかもしれないけど理屈として反論になっていません。ずいぶんと偏った書き方をと思ったら、著者は元ビデオ・リサーチ社員。そのあたりで読む意欲半減・・・同じく冒頭でサンプル数から見て視聴率10%は95%信頼値で±2.4%の誤差付きの数字と説明していて(22〜23頁)、それはなるほどと思うのですが、自分が視聴率を使って議論するときは平気でその誤差の範囲内のことを差があるかのように書いていたり(例えば111頁で大阪国際女子マラソン14%が別府大分毎日マラソン12.2%を上回ったと言ってみたりとか)しているのはちょっとねえ。今の調査方法が世帯視聴率なのでテレビが複数ある世帯で別々の番組を見ていると両方の番組でそれぞれ1世帯見ているとカウントされる(だから絶対視聴率を合計して総世帯視聴率を超えることもあり得る:視聴率って複数回答の統計と同じだったんですね)というのは(56〜61頁)初めて知りました。

12.受験勉強は役に立つ 和田秀樹 朝日新書
 受験勉強は、自己の学力を客観的に評価し、志望校の試験システムと傾向に応じて対応策を考え、必要なレベルの能力をいかにつけていくかという工夫が要求され、そのような思考と訓練こそ社会で役に立つというのが著者の主張の基本線。受験勉強がなければそのような能力が身に付かないし、逆に内申書重視の推薦入学は自分で工夫することなく教師の言うことだけを聞く使えない秀才を作るとも。受験秀才への批判はまとはずれで、むしろ数学的思考なしでは解けない問題や多くの読書をしなければ解けない問題を入試で出せば数学的思考ができ読書量の多い学生ができるのにそれをしない大学側にこそ問題がある、現に英語だけは社会の変化にあわせて入試にリスニングを入れたから学生の英語力はアップしたではないかという指摘は考えさせられます。弁護士の業界も、経済界と大学の圧力の下、「厳しい」司法試験一発選考からロー・スクール(法科大学院)+ゆるい試験に移していくことになりましたが、同じような批判が当てはまりますでしょうか・・・

11.「労基署調査」これが実際だ!対応策だ! セルバ出版編集部 セルバ出版
 労働基準監督署の制度上のしくみと労働基準法、労働安全衛生法の解説書。タイトルからは労基署の立会調査の実情が書かれていると期待されますが、書かれているのは制度のしくみと統計、抽象的なことばかりで実務が書かれているとは読めません。「違反例と違法かどうかの判断ポイント」と題しているところも、単純に労働基準法と労働安全衛生法について説明しているだけで、実務的に役に立つ感じはしません。一番実務的と思われる送検事例も、事例の出所はほとんどが新聞報道。もちろん、特に中小企業の経営者に労働法を知ってもらうことはとても大切だと思いますが、それなら別のタイトルを付けるべきでしょう。

10.テロリストのパラソル 藤原伊織 角川文庫
 22年前爆弾事件で指名手配され都会の片隅でひっそりとバーテンとして生きる島村圭介こと菊池俊彦が、爆弾テロに巻き込まれ、その死者にはかつての恋人や友人がいたことから真相解明に奔走するというストーリーのハードボイルドミステリー。ミステリーとしては、最後の犯人の人物設定や動機に情けなさが漂いスッキリしませんが、主人公菊池、元警察官の経済ヤクザ浅井、菊池の元恋人の娘塔子の人物設定で読ませています。全共闘世代の作者が全共闘世代としての生き様を問うた作品と私には読めました。巻き込まれた過去の事件での指名手配のため強いられたとはいえ、帝大解体を叫んだ全共闘世代が観念的にはそうあれかしと思う、東大を中退して高卒の資格で肉体系の労働を続ける菊池に対して、その後も「闘争」を続けながら敵を見失い何でもありの心境に至るある意味で全共闘世代の悪い見本の1パターンとなった桑野くんに「これが宿命なんだよ、きっと。これがあの闘争を闘ったぼくらの世代の宿命だったんだ」と語らせ、菊池に「私たちは世代で生きてきたんじゃない。個人で生きてきたんだ。それはお前の方がよく知っているだろう」と語らせるエンディング(369頁)は、含蓄があり、また切ない。いつの間にか元通産官僚に「団塊の世代」などという名称を与えられ、その大半が企業戦士になりきって自分に対する言い訳さえ必要としなくなって久しい今、黙って生き様を示す菊池の「きょう、友だちをひとりなくした」という寂しさは、身に染みました。江戸川乱歩賞と直木賞のダブル受賞は妥当でしょう。1995年の作品で講談社文庫から出ていたものが最近角川文庫になったのを機会に読みましたが、この5月に作者が亡くなったのは残念。

09.水底の仮面 ヴェヌスの秘録1 タニス・リー 産業編集センター
 裕福な生家を捨てて無頼人として生きるフリアンと生まれながらに顔面の筋肉が動かないデスマスクの女で仮面ギルドの陰謀の手先の高級娼婦として生きるエウリュディケのロマンスと冒険を描いた小説。海の都ヴェヌス(ヴェニス)を舞台に、謝肉祭期間中は仮面を付けなければならない(素顔で人前に出ることは犯罪とされている)という設定で物語が進められています。その必需品となる仮面を作る職人組合が、呪術を用いて人々を支配し殺害するという陰謀を企み、その陰謀に用いられた呪いの仮面をフリアンが拾ったところから、フリアンが陰謀に巻き込まれていくといったストーリーです。淫蕩などこか邪教っぽい呪術の世界が、キリスト教圏では独特の意味があって読者を惹きつけるのでしょうけど、そういう文化的背景のない読者には後半の魔術・呪術の世界が嘘っぽくて付いていけない感じ。原文のせいか翻訳のせいかわかりませんが、今時の文章にしてはまわりくどくて不親切ですし。

08.行政訴訟の実務 行政事件訴訟実務研究会 ぎょうせい
 行政訴訟について、被告となる行政庁側で訴訟を担当する役人のための解説書。前書きには「法律実務家だけでなく、行政訴訟に関心のある方々」も対象にしているように書かれていますが、はっきり言って法律の逐条解説書の類を読むのが苦でない業界関係者以外が読み通すのはとても無理。中身も、匿名の「研究会」で構成員も執筆者も全く書かれていませんが、内容が明らかに行政側寄りで、法務省の訟務局(行政訴訟で国の代理をする部局)とその他の役人で書いていることはほぼ確実。ふつうこの種の実務解説書では、学説が別れているところではそれを並べて書いて、単に裁判例ではこの見解が取られているという事実を指摘するものですが、この本では、行政側に不利な見解を批判して誤っていると言い切ったり(原告適格について77頁、当事者訴訟による違法確認訴訟について114頁など)、かなり異例。裁判例も最高裁判決でも意に沿わないものは紹介されていなかったり(判断過程統制方式は取り得ないと主張する202頁で、「調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤欠落がある」ときには違法とした伊方原発訴訟最高裁判決に触れなかったり、文書提出命令で文書の取調の必要性なしとして却下されたときに申立人が抗告できないことを指摘する246頁で、文書提出命令が出されたときに所持人も取調の必要性がないことを理由に抗告できないとする最高裁判例には触れないなど)、中立性にはかなり疑問あり。行政訴訟を担当する役人と、この本が行政側の視点で書かれていることを前提に役所がそういう考えで行政訴訟を見ていることを勉強しようとする弁護士には、役に立つかなという本です。

07.ピアニシモ・ピアニシモ 辻仁成 文藝春秋
 中学校での生徒の失踪・殺人事件を背景に、子どもの頃から他人には見えない友人ヒカルと過ごしてきた少年トオルの揺れ動く心と、少年の心と少女の体を持つ性同一性障害のシラトへの想いを描いた小説。失踪・殺人事件から幽霊の登場、異次元と思われる地下の中学の登場と、オカルトっぽい舞台が用意されていて、ミステリー風に展開しますが、ミステリーとして読むと、最後まで解決も謎解きもなく歯がゆい思いで終わります。最後まで読んでもどこまでが客観的事実でどこからがトオルの空想なのか判然としませんし。むしろこの作品のメインテーマは、思春期の揺れ動く心、自分の中に潜む悪意・破壊衝動や募る恋心と相手の気持ちを読み切れぬ(思いやる余裕のない)焦りにあると思います。すべてが結局は自分の頭の中の悪意の問題で、希望を持ち続ければいい、その希望の源は愛ということに収斂していく感じなのは、いろいろ難しく問題と舞台を設定した割りにはちょっとあっけない気がしますけどね。その愛も、性同一性障害でひねってはありますが、キスして抱き合うことでエネルギーをもらえるって位置づけは、予想外に純情。でも、中学生時代の揺れる思いや不器用な恋愛感情を割りと上品に描いていて、私たちの世代にはちょっと甘酸っぱくもほほえましいノスタルジーに浸れる作品ですね。

06.ミノタウロス 佐藤亜紀 講談社
 ロシア革命前後の混乱の中を地主の息子から盗賊になりはてた主人公が略奪と殺戮を繰り返す小説。前半は主人公が地主の息子としてやりたい放題のことをしながら、まわりの貧乏人たちが革命への道を歩むのを軽蔑しながら描いています。革命戦士も志が低く盗賊同然だと、作者も言いたいように見えます。まあ、地主連中も、白軍も軍閥も同じように描かれていますが。後半は、主人公自身、親と兄を失い親代わりの地主・共同経営者を殺して放浪し盗賊となって略奪と殺戮を繰り返します。最後の最後までひたすら無意味な暴力が繰り返されます。むき出しの暴力でやりたい放題の快感を書きたかったのでしょうか、権力の空白・無秩序がいかに悲惨な暴力を呼ぶか(弱者がいかに悲惨な目に遭うか)を書きたかったのでしょうか。最後に主人公は、人間を人間たらしめているものは何かと自問し、屋敷や故郷、近親者を挙げています。人間は自分の信念やプライドでは人間たり得ないのでしょうか。この内容からすれば、別に舞台は革命期のロシアでなくても、日本の戦国時代でもよかったのではないでしょうか。日本人作家にしてはどこか翻訳調に感じる文章も含めて、重苦しく、違和感を持ち続けました。

05.元法制局キャリアが教える法律を読む技術・学ぶ技術[第2版] 吉田利宏 ダイヤモンド社
 これから法律を勉強したい人のために、法律を読んだり理解するための初歩的なテクニックや考え方を解説した入門書。かなり噛み砕いて説明していますし、素人をターゲットにやさしくしようと心がけていることはよくわかります。法律家の目からは、うん、素人向けによく書けていると感心します。私も、こういうサイトを運営していますので、参考になることしきりです。ただ、そこはやはり元衆議院法制局職員の感性なのか、最初の方に法律の構造とか、言葉の技術(又は・若しくは、及び・並びにの関係とか)から入るのが、たぶん素人には取っつきにくいのではないかと危惧します。終盤の民法・憲法・行政法の話も、書かれていることそのものは法の考え方としていい線行っていると思うところが多いですが、説明している部分がかなりつまみ食いですので法律全体の感覚をつかむのは無理。そこのところはもう少し強調しておいた方がいいかなと思います。こういうサイトをやっていると、法律の勉強には何を読めばいいですかって質問をされることが、よくあります。素人の方が最初に読むには、この本も有力な選択肢かなと思いました。

04.出会いの国の「アリス」 楠本君恵 未知谷
 出会い系サイトでサクラのバイトをする少女アリスの手記、ではありません。不思議の国のアリスの作者ルイス・キャロルと挿絵画家ジョン・テニエルやアリスの劇化など作品の生成過程と作品の解説をした研究書。研究書っぽくないタイトルは、「不思議の国のアリス」の成功が、ルイス・キャロルとモデルのアリス・リデル、風刺雑誌で人気のあった画家ジョン・テニエル、勢いのあったマクミラン社などの幸運な出会いに恵まれていたということからでしょう。たぶん。サブタイトルが「ルイス・キャロル論・作品論」なんですが、ほとんどがルイス・キャロルとジョン・テニエル、劇化の話で、作品論は最後の方で少しだけ。作品の生成過程でも、当然もっとも興味を持つルイス・キャロルとアリス・リデルの関係はかなりあっさり気味で、ちょっと肩すかし。アリス・リデルは栗色の髪でショートカット(4頁)とか、写真(22頁)があるのは読んでてラッキーな感じがしましたけど。作品論では、不思議の国のアリスは、階級社会の枠組みを前提にしつつ上流階級に入り込めないルイス・キャロルが、人のアイデンティティを決めるのは第三者だということ(生まれながらに決まっているのではない)を中心に据え、そのためにアリスは執拗にアイデンティティを問われ、度々屈辱感を持つというのが著者の読み方。「鏡の国のアリス」では、近づけなくなったアリス・リデルに、ルイス・キャロルは記憶の中のアリスからこうあって欲しいアリスを描いているので自分の意思で行動するアリスを描けていない、鏡の国のアリスで倒される怪物ジャバウォッキーは時間の象徴でルイス・キャロルはアリスの成長を止めたかった、アリスを赤の王様の見る夢の中の存在としているのはルイスが赤の王様だからと、著者は読んでいます。作品論の部分は、ルイス・キャロルの置かれた状況からの分析が勝ちすぎて、また部分から全体を読み過ぎる感じがします。ルイス・キャロルの動機なり主観はそうだったかもしれませんが、作品そのものの読み方としては、私はもう少し引いて読みたい気がしました。

03.六月の海を泳いで 広谷鏡子 小学館
 妻の里帰り出産中に不倫の関係になった40歳TV局ディレクターが癌で死に、うちひしがれた35歳TV局職員が彼の想い出をまさぐり立ち直るまでを描いた小説。不倫相手の死からストーリーが始まり、1章ごとに時間を遡って行き、出会いまで行った後に現在に戻るという構成。ありがちなパターンですが、出会いから回想するのではなく順次遡っていくところが少し新鮮。しかし、この主人公、死んだ不倫相手の妻子のところに押しかけて、彼の部屋を見せろと言い募り通い続ける第1章で、印象最悪。自分が悲しいからって、遺族の心情をここまで逆なでにして、夫を奪われた妻の心の傷に塩をすり込むような真似がどうして35歳にもなった社会人にできる?生前に修羅場を演じるならまだしも、哀しみ・悔しさに沈む遺族の家に土足で踏み込む?そこまでやっておいて、何かそれを正当化するように主人公の心情を遡って綴られても、どうにも共感しようがありません。出会いに至る第6章では、主人公は恋に落ちてから妻の存在や妊娠中であることを知ったと設定されていますが、その上で「あなたと生きてみたい」なんて言ってそれから関係を結ぶわけですし、それにこの主人公、以前にも別のプロデューサーにアタックして不倫の関係を結んでいますし。不倫自体はともかく、第1章の行動が最後まで後味悪くて、35にもなって身勝手な女の自己満足物語と読みました。

02.ヤモリの指 ピーター・フォーブズ 早川書房
 ハスの葉がなぜいつもきれいなのか、ヤモリはなぜ壁や天井を歩けるのかなど、生物の持つ構造にヒントを得てその謎を解明し実用化・商品化しようと試みる科学者・事業者の様子をレポートした本。ハスの葉には超微細な突起があるために水滴が濡れることなく転がり落ち表面の汚れを水滴が持ち去るので自浄作用があるとか、ヤモリの指にはナノレベルの微細な剛毛が密集していてどのような表面にも密着できるとか、ミクロの世界の話がいろいろ勉強になりました。でも、解明されていないことが多く、ヤモリの剛毛が壁面と密着する力は現在はファンデルワールス力(分子間力)と説明されていて、2ナノメートル以内まで相手と接近すると働くということですが、離れるときはどうしてうまくできるんだろうとか疑問ができますし、水が介在する力(毛管引力/表面張力)という反論もあるようです。昆虫が飛べるわけは飛行機の飛行理論では説明できないし、クモの糸も技術者には憧れの的だけど同等のものを作るのはまだ難しい。生命の神秘とも科学の夢とも言える、科学の最前線のある局面を覗けて感心できました。

01.キノの旅 時雨沢恵一 電撃文庫
 しゃべるモトラド(二輪車)「エルメス」を駆って旅を続ける少年/少女キノの旅を描いた物語。アニメ化もされたシリーズのスタートの短編連作集6話分。キノはこの本(1巻)の第5話で入れ替わっていて、最初のキノだった少年が殺され、少年キノに助けられた少女が次のキノになっています。他のお話のキノがどっちのキノなのかは、読み切り連作で前後関係が示されていないのではっきりはしませんが。いずれのお話もキノが変な国に行ってその国の人々と話し、あるいは戦い、去っていくという構成です。「変な国」を仕立ててパロディ化し、人の性を嗤い哀しむ手法は、私たちの年代の読者には「ガリヴァー旅行記」を、あるいは Le Petit Prince (日本語題はなぜか「星の王子様」)を想起させます。この作品がターゲットにする年代(中高生でしょうね)には単にRPGの感覚でしょうけど。第5話まではシニカルでも、まあわかりますが、第6話で虐殺される一方のタタタ人がキノにも殺されて悪者扱いになるエンディングには、作者が何を言いたかったのか違和感ばかりが残りました。一挙にHP掲載してから単行本化したという解説のわりには、毎回冒頭で「モトラド」などの説明が繰り返されるのは、ちょっと閉口しましたし。

 ブログの方に6月15日に「ちゃんと小説よんでんの? 間違えだらけなんだけど よくこんなのかけたね。 こっちが閉口だ(上手 」というコメント(途中で切れてるんでしょうね)をいただきましたので追伸。
 こういう具体的事実の指摘なしの批判って一番めんどうなんですが、たぶん言いたいのは第5話以外ではキノが女だとほのめかしている、キノが1つの国に3日と決めているのは昔会った旅人がそう言ってたからというのだから第5話の後と示されているというようなことなんでしょう。それについては私はそうは読みませんでした。むしろ作者はできるだけそのあたりをぼかしてどちらとも読めるように書いていると読みました。プロローグの「少年のような、そして少し高い声」(11頁)は女だけどとも読めますが、年のわりに幼いとも読めます。第1話のエルメスの問いかけで男の人と「ラブラブだったのかい?」「あの男の人と結婚するんじゃないかとハラハラだったよ」(44頁)は冗談ですから、少年にそう言ってもアリだと思います。第4話でキノが老人に「嬢ちゃん」と呼ばれたのに「嬢ちゃん」は照れくさいのでやめてくださいねと答えている(126頁)のもどちらとも読めます。同じく第4話でキノから「知らない男の人にほいほいついていかないように言われていますしね」と言われたシズが犬の陸と話して驚いた顔をして納得する(164頁)ところはかなりキノが女であることを示唆していますが、そうでない読み方もできます。第5話以外でキノの性別を明言しているのは第6話で「キノと呼ばれた少女」(228頁)とあるところだけだと思います。そしてキノは1つの国は3日と決めているということが何度か出てきて、それを第2話でエルメスに「昔会った旅人が言ってた・・・それくらいがちょうどいいんだってさ」と説明しています(58頁)。この昔会った旅人が第5話の男のキノであれば、第1話、第2話、少しはっきりしないけど第4話も、第5話の後と言えることになります。そして第5話の男のキノは「1つの国は3日だけってボクは決めているんだ」と言っています(186頁)。しかし、第5話の男のキノのこの台詞はモトラドのエルメスがすっかり治されてからです(183〜184、186頁参照)。そうすると少女のキノと旅をしているエルメス(このエルメスも2代目)は男のキノのこの台詞を聞いているわけですから、第2話で少女のキノが2代目のエルメスに語りかけているという前提なら、「昔会った旅人が言ってた」ではなくて「昔のキノが言ってた」となるはずです。またそのキノの言葉に対するエルメスの反応も「そんなもんかね」(58頁)ではなく「そうだったね」というようなものになるはずです。その意味では、第1話、第2話のキノが以前から別の旅人の心情に共鳴して1つの国は3日までと決めていてそのキノが第5話で「大人の国」に訪れたと読むことも可能です。私は、むしろ、この第1巻を読む限りでは、最初のうちは作者はキノの性別をぼかして(第4話あたりから少女の方向にハンドルを切り)第5話で男→女の入れ替わりをはっきりさせた、その後の第6話では少女と明言したということじゃないかと思います。
 第6話のタタタ人については、もちろん、「平和の国」で一方的に虐殺されてきたタタタ人がキノに復讐すると言ってキノに襲いかかったからキノが殺したわけです(229〜231頁)。私が言っているのはキノの行為の問題ではなく、作者がなぜ敢えて虐殺されているタタタ人に八つ当たり的にキノを襲わせて殺されることが正当となるような位置づけに持っていったかが、理解できないということです。
 第1巻分がHPに一挙掲載されたものの単行本化であることはあとがき(238頁)参照。モトラドについて毎回「(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す)」と書かれていることは第1話16頁、第2話48頁、第3話83頁、第4話100頁、第5話170頁、第6話202頁参照。

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