私の読書日記  2008年2月

26.27.甘い薬害(上下) ジョン・グリシャム アカデミー出版
 謎のフィクサーの誘いに乗り民事の法廷経験もないのに欠陥薬品の集団訴訟で大儲けし、あっという間に金満弁護士となり、欠陥薬品の集団訴訟に邁進した若手弁護士の欲望と良心の痛み、栄光と末路を描いた小説。短期間の金儲けをもくろんで裁判外の和解で処理するため、法廷シーンはほとんどなく、リーガルサスペンスというよりは弁護士業界ものと位置づけられそう。序盤に少し法廷シーンが出てきて、久しぶりの法廷ものかと期待しましたが、そこは肩すかし。まあ、舞台設定がグリシャムの地元のミシシッピ州ではなくてワシントンですから(アメリカは州毎に法律が違うから)法廷シーンを書き込むのは無理がありますしね。作品の雰囲気としては、「路上の弁護士」と「原告側弁護人(レインメーカー)」を組み合わせた感じでしょうか。集団訴訟弁護士を金儲けの亡者のように描き、他方頑固一徹の有能な被害者側弁護士を性格悪く描いた上で負けさせたりするのは、司法と弁護士業界に失望しているのでしょうか。それともグリシャムが大企業寄りのメンタリティを持つようになったのでしょうか。「自然な日本語をめざして」いると書かれている「超訳」ですが、どうも私には日本語としても引っかかりが多くて内容と字数のわりには時間がかかった感じです。長らくグリシャム作品の翻訳が止まっていてここに来て立て続けに出版された(大統領特赦・最後の陪審員:新潮文庫、甘い薬害:アカデミー出版、無実:ゴマブックス)経緯は知りませんが、様々な社から続けて出るのはグリシャムファンにはうれしいやら混乱するやら・・・

25.少女たちの性はなぜ空虚になったか 高崎真規子 NHK出版生活人新書
 女性の性意識の変化をテーマにしつつ、どちらかといえばそれよりも1970年代以降のメディア、サブカルチャーの傾向を軽くレビューした本。タイトルの疑問については、処女神話自体が日本では近年のもので底が浅い、80年代以降メディアでの性のタブーが減少した(MOREレポート、ananのsexシリーズ等)、バブル崩壊後女の商品価値が下がりセックスの価値も引きづられて下がった、出会い系ツールで垣根が下がったというようなあたりのことなんでしょうけど、回答としてははっきりしません。メディアの流れは書かれているけど、論としてはあんまりスッキリしない感じ。著者が私とほぼ同い年なもので、著者のメディア経験は同時代史的にはよくわかるのですが。

24.東京タワー オカンとボク、時々、オトン リリー・フランキー 扶桑社
 九州の斜陽の街で母親の女手一つで貧しくとも特に不自由することなく育てられながら東京で自堕落な生活を重ねギャンブルや酒に溺れて知人や母親に金を無心する放蕩息子が、癌を患った母親を東京に呼び寄せ看取るまでの小説。苦労しているはずなのに明るい母親と負い目を感じるボク、節目節目に現れるずっと別居の父親の関係と思いを描いた作品です。時折はさまれるコミカルな文章とほろりとさせるエピソードが巧い。ベストセラーとなったのもうなずけます。私の年齢の問題もあり、前半は親の目で読んでこのバカ息子がと思い、主人公の年が自分に近づいてくると主人公の目で読んでしまうのが、少し情けなかったのですが。節目節目で「五月にある人は言った」というフレーズと言葉の引用が置かれ、何度も繰り返されるので、ここまでやればラストかその近辺にそのある人が絡んだ仕組みが用意されているだろうと思って読み進めたのですが、それがないので、特に悪いラストとは思わないのですが、不満足感が残りました。

23.死ぬ前に読め!新宿歌舞伎町で10000人を救った生きるための知恵 玄秀盛 ぶんか社
 歌舞伎町救護センターを開いている著者の5年間の相談経験からの人生論。タイトルもすごいですが、著者の自負もすごい。前書きから「私と直接出会った人間には必ず救いが訪れる。それは、この5年間の相談者10000人が一人も欠けずに救われたことが証明している。」(4頁)ですもんね。こういう発言って宗教団体くらいしかできないですね・・・って著者は僧侶か。なるほど。それはさておき、書かれていることは面白いし含蓄があります。DV夫は、自分自身が弱いからさらに弱い立場の人間に向かう(30頁)、DVを防ぐには最初の暴力を絶対に容認しないことが大切だ(36頁)、喧嘩に強いのは相手に徹底した恐怖を植え付けることができる奴(44頁)、喧嘩を売られそうになったらぶつぶつ独り言をいうかへらへらわけもなく笑えばいい(48頁)、どんなに周りが大騒ぎしても本人に立ち直る意思がない場合は立ち直ることなんかできるわけがない(116頁)とか。どうしても死にたいのなら誰にも迷惑をかけずに死ね、体にダイナマイトを付けてヤクザの事務所で自爆でもすればいい、世の中に迷惑を掛けているヤツを道連れにして死ね(80〜81頁)って・・・さすがに弁護士にはできないアドヴァイスです。

22.日本人はなぜシュートを打たないのか? 湯浅健二 アスキー新書
 著者のドイツでのサッカー経験をベースに論じたサッカー論。攻撃の目的はシュートを打つこと(結果としてのゴールは偶然性が高い)、守備の目的は相手からボールを奪い返すこと(失点を防ぐというのは受け身の結果に過ぎない)という整理は、いわれてみれば当然ですが、納得できます。勝負はボールのないところで決まる、攻撃ではクリエイティブな無駄走り(スペースへの走り込みによりパスを引きだし、ディフェンダーを引きつけ、新たなスペースを作るなど、走り続けることで相手を崩しチャンスを作っていく)、守備ではボールを持つ相手へのチェイス&チェック(プレッシング)と周囲の連動(パスコースを切る、レシーバーへのプレス、インターセプト、カウンターの準備など)などを主体的に考えて実行していくことが大事。全く同感です。日本代表のサッカーを見ていて、タイトルにあるような「どうしてそこでシュートを打たないんだよ!」と思うことが多いのはもちろんですが、私はそれよりも攻撃の時に「どうして2人目、3人目が走り込んでこないんだよ」「誰もこぼれ球を狙いに行かないのはなぜなんだ」と思い、攻撃でも守備でも「何、歩いてんだ」と思うことの方が多いんです。シュートを打たないのは個人主義が根付いていない日本人の心性としても、組織サッカーというなら組織のために献身的にスペースへの走り込みや相手へのプレッシングをやってもよさそうなのに、それもさほどではないのはなぜ?と思っていました。自分こそシュートを決めてやるといういい意味での利己性が出せないのに、確実にパスをもらえるときでないと走り込まない、走り込まなくても自分の足元にパスが欲しいという利己性は出すわけです。でもこの本を読んで、どちらも共通して、失敗を恐れずリスクを取って積極的に主体的にアクションを起こして行こうという心性の欠落によるものと理解しました。

21.もっと知りたいゴッホ 生涯と作品 圀府寺司 東京美術
 ゴッホの解説本。牧師の息子として生まれたお坊ちゃんでありながら学業も仕事も続かず絵も売れず貧しく暮らし弟の仕送りに頼って作画を続けた生涯、なぜか浮世絵で知る日本を理想化して憧れ続け南仏を日本と同視してユートピアを夢見たアルル時代、ゴーガンとの諍いと耳切事件、精神病院への入院などが紹介されています。牧師の息子で伝道師になり損ねたことからくる教会へのアンビバレントな気持ちが、作品の中での教会の描き方にも反映しているようですね。そのあたりは初めて知りました。ゴッホは黄色と青が印象的ですが、そのシンボルとしては私はアルル時代の「夜のカフェテラス」が気に入っています。独特のゴッホのうねりはないのですが。

20.クリムトとウィーン 木島俊介 六耀社
 グスタフ・クリムトの解説本。19世紀末のウィーンの状況や、クリムトが工芸美術学校からスタートしたこと、それが徹底したデッサンと工芸品のような作品の素地となっていること、若くして新ブルグ劇場の天井画や美術史美術館の階段の間の装飾画で名声を得たこと、多数の女性との間で多くの子をなしたことなど、作品そのものよりも人生とその周辺のエピソードの方に重きを置いた感じです。今回の本では、有名な金ぴか模様の肖像画よりも、また幻想的な絵よりも、壁画の方に惹かれました。特に初期の美術史美術館の装飾画の写実性と歴史的なモチーフの巧みさにはビックリ。これで名声を博したのはうなずけます。こっちの方を大写しにした画集も見てみたいなと思いました。でも、私には、クリムトの絵がなぜ19世紀末ウィーンで誕生したかより、なぜ最近受けているのかの方を分析して欲しい気がします。

19.ロッカショ 2万4000年後の地球へのメッセージ STOP−ROKKASHOプロジェクト 講談社
 私たちの世代には元YMOのと紹介すべき坂本龍一の呼びかけに共鳴したアーティストたちが六ヶ所村核燃料再処理工場に反対するメッセージをつづった本。前半はロック・アーティストSUGIZOによるインタビュー構成、後半は様々な人の語り。様々な立場からの反核燃の声を集めている本なのですが、スマートで格好いい。アーティストの声が多いだけに、何気ない語りが印象深い。これまで、ヨーロッパでは人気歌手が反戦歌をヒットさせたりすることがよくあるのに日本ではそういうことがないのを残念に思っていました。そのあたり、電力会社はメディアの大きなクライアントでレコード会社も関わっていたりする(37頁)なんてことも語られています。しかし、「それを超えるのは実は簡単なんだ、というのを見せてあげられればいい」(37頁)「『坂本が平気なんだから、僕も』というふうな流れをね」(38頁)というのがすがすがしい。

18.ナンシー・アンドリアセン 心を探る脳科学 ナンシー・アンドリアセン+吉成真由美 NHK出版
 脳の画像(CTスキャン、MRI等)を用いて統合失調症や脳と心の仕組みを研究する脳科学者を紹介する番組をブックレット化したもの。MRI技術の進展によって生きた人間の脳の活動を観察できるようになり、それを用いて様々な行動時に脳のどの部分が活性化しているかの脳地図(ブレーンマッピング)を作成することでアルツハイマーや統合失調症の治療に役立てて行くというのがその研究です。アルツハイマーも統合失調症も脳の変化/脳組織の一部喪失によるものとされ、化学物質(薬)による治療と予防が語られています。アンドリアセン博士の話で注目されるのは、この種の研究をしていると、特定の細胞や遺伝子や化学物質の働きで全てが決定されるという方向に行きがちなのですが、脳には驚くべき柔軟性があり自らよりよく修正することができる(69頁)、「わたしたちは遺伝子によって決定されているのではなく、常に環境を受けとめ変化している」「健康でより幸せになる選択をすることもできるし、一方で悪い選択をすることもある」(73頁)ことを強調していることです。ただそのことは抽象的に言われているだけで具体例が挙がらないのが残念。そこをもう少し敷衍して欲しかったのですが。

17.やってはいけない!会計・税務50の落とし穴 個人事業者編 林卓也 ソフトバンククリエイティブ
 個人事業者の会計処理、税務申告などについて、やってはいけないことややったら損することを挙げて、各項目について「やってはいけない!」「なぜ、だめなのか?」「こうしよう!」の3段階で解説した本。本の書き方として、各項目を3段階で解説する手法は、考えとしてはメリハリがついてよさそうですが、読んでみると説明がダブることが少なくないのと、各項目の中で数パターン紹介しているので流れが悪い感じ。1パターンずつその中で段階を踏んで説明した方が読みやすいかも。説明項目は、通常の個人事業者からサラリーマンの軽い副業レベル、さらには個人事業と関係なさそうな話までいろいろで、対象業種もあれこれなので、実務用として読むには散漫。他業種の説明で弁護士については「税法以外の法律上のトラブルに巻き込まれたとき」「税理士・弁護士・社長の3者で、じっくりと話し合いをしてトラブルの解決に尽力します」「いざというときだけに相談する存在でありたいと思います」(150頁)って・・・弁護士に対する競争意識がありあり(税法の分野には弁護士は出てくるな、税法以外でも税理士は社長のパートナー、いざというとき以外は弁護士は出てくるな;まぁ私は税法関係やる気ないし、会社の側で仕事する気もないからどうでもいいけど)。それにしても税理士さんって「税法以外の法律上のトラブル」の時にも出てくるんでしょうか。

16.病院に行かない夫 体重計に乗らない妻 齋藤滋監修 幻冬舎
 心臓病のリスクと治療についての一般向け啓蒙書。タイトルの巧さに惹かれて読んでみましたが、心臓病とそのリスクを高めるメタボリックシンドロームについてひたすら不安を煽り、とにかく医師の健康診断を定期的に受けなさいという本でした。この本を読んでいると、太っていればもちろんメタボ、やせていても「隠れ肥満」のおそれがある、運動不足はメタボ、ジムで鍛えていてもメタボのおそれありと、メタボの疑いのない人は世の中に存在しないみたい。1つ該当するだけでも「特別な自覚症状もなく健康診断でもギリギリ再検査といわれないタイプ」と脅される「生活習慣チェッカー」には「休日は外出せず、家でゴロゴロしている」「しばらく運動をしていない」「階段よりエスカレーターを選びがち」「遅い時間に食事をすることが多い」「心配性だ」「プレッシャーに弱い」なんて項目が並んでいます(18〜21頁)。さらには1つでも該当すると「狭心症の可能性大」と書かれている狭心症チェッカーには「胃のあたりが痛む」「背中が痛む」「のどが痛む」という項目も(72〜73頁)。狭心症でこういうケースもあるという指摘ならわかりますが、これで「狭心症の可能性大」って、ちょっと酷くない?心臓神経症は心臓病かも・・・と思うストレスから発症するって書いてあります(88頁)が、この本を読んで心臓病の不安を感じない人はほとんどいないと思います。その場合でも安心するために医師の健康診断をとなるわけですが。

15.モテたい理由 赤坂真理 講談社現代新書
 女性誌のモテ特集の外しっぷりとライフスタイルで売るセレブたちを揶揄する世間話的エッセイ。タイトルで売る本だと思いますが、タイトルに対する回答は読んでもよくわかりません。モテるためとか、ライフスタイルとか言っているのは、他人に認めてもらいたい、よりはっきり言えば他人に羨ましがられたいということで、その相手は現実には男ではなく同性たち・・・ということをたぶん言っているんでしょうが、それは「モテたい理由」に正面から答えている訳じゃないと思います。また、この本全体としてのテーマも流れも読んで釈然としません。前半は女性誌批評。それが男は女はという紋切り型の上に、女については「女の私が言うのだ、嘘ではない」(42頁)、男については「私の周りの男子にリサーチをしてみた」(40頁)という超主観的決めつけ。女性誌を読み尽くしたと言う著者が女性誌を論じるのに定量的な話は全くなくて、1つ2つの特集などをあげつらうだけ。後半は日本のセレブについてのゴシップ的な論評。で、ライフスタイルで売るセレブを揶揄した挙げ句に最後は自分史を書いて終わりって・・・。まぁ、著者の世代が私と近いので論評の対象となっているものが昔読んだり見たりしたものが多くて興味深いし、個別の論評には同感することも多く、サブカルチャー批評の世間話として読む限りは面白いのですが。

14.あねのねちゃん 梶尾真治 新潮社
 主人公の想像上の友人(イマジナリー・コンパニオン)だった「あねのねちゃん」が大人になってから現れ、通常は他人には見えないのに、他人に影響を与えることもでき、主人公の潜在的願望を叶えて復讐を始めるのですが、そういうイマジナリー・コンパニオンを持つのは主人公だけではなく、戦いが始まるというようなストーリーの小説。最初のうちは、消極的で控え目な性格の主人公の隠された願望が、イマジナリー・コンパニオンの手によって満たされるという超能力小説っぽい趣ですが、イマジナリー・コンパニオンが抑制できなくなりさらにはイマジナリー・コンパニオンに支配されるというホラーっぽい展開もあって、その中間的なお話。現実に影響を与えうるイマジナリー・コンパニオンを持つ登場人物が、イマジナリー・コンパニオンに持たせる役割がそれぞれで、そこに人間性が表れています。そういう点では主人公が一番低レベルに思えてしまうのが哀しいですが。

13.星と砂漠と王子さまと サン=テグジュペリ 飯島勉訳 文芸社
 著作権切れで出版ラッシュとなった Le Petit Prince のまた最近出た新訳。別の新訳を読んでいないので、新訳比べはできませんけど、翻訳で論争の的になり続けている、キツネが王子さまに特別な関係になるために必要なこととして伝えたapprivoiserは従来の岩波書店版と同じ「飼いならす」。すったもんだしてもやっぱりこれがベストの選択なんでしょうか。王子さまがヒツジに食べさせたい若木も「小潅木」って・・・今訳するのならもっと読みやすくして欲しいなと思うんですが。タイトルは、岩波書店の主張に配慮して「星の王子さま」にせずに、しかし、星は残してちょっと中途半端。いっそのこと原題通りに「小さな王子さま」の方が潔いと思うんですけど。 Le Petit Prince は高校時代に英語版を授業で読まされて以来。大人の「私」が子どもの心を忘れずに、澄んだ心の目で見ようと述べながら、同時に王子さまの心の成長(一直線の成長でもないけど)が描かれ、それをうれしく思うとともに少し寂しさ/せつなさも感じる(そう感じるとは書いていませんけどね)、そのあたりの微妙な「私」の心理が、親になってみて読んで味わい深く思えました。

12.敗戦国ニッポンの記録 下巻 半藤一利 アーカイブズ出版
 アメリカ国立公文書館所蔵の写真の中から占領時代の日本の写真を選んで掲載した写真集。下巻は復興の過程での民衆の生活に関する写真が集められています。アメリカサイドで撮影した写真ですので、アメリカに好意的な写真が多くなっているとは思いますが、貧しいながらも人々がたくましく生活している様子を写した写真を見ていると、アメリカが占領がうまくいった例としていつも日本占領を引き合いに出す気持ちがわかる気がします。また、メーデーなどで、皇居前広場を埋め尽くす50万人の群衆なんて写真を見ると、隔世の感がありますし、労働者の団結権の意味も今とは違って感じられます。占領政策の転換後の労働運動に関する写真も掲載されていたら、さらにまた違う感慨を感じられたかとも思いますが。人々の生活ぶりを見ても、法や制度の意味合いも、固定したものではなく時代に応じて創造的に考える必要があることを再確認できる気がしました。個人的には、事務所のすぐそばの神田小川町交差点の写真(100頁)に、へ〜っここって戦後すぐから角の店の敷地が斜めに切られてたんだって、感慨深く見ました(そんなマニアックなこと誰も考えないって(^^ゞ)。

11.バブル 田中森一 宝島社
 元特捜検事で弁護士に転身後は暴力団やバブル紳士ら闇社会の人々の代理人として活動していた著者のインタビュー本。「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」の検察官時代を落としてバブル紳士の依頼者関係を少し追加し、バブル時代のエピソードと論評を追加したという感じ。前半は「反転」の要約版という感じで、著者の依頼者関係で新たに出てきたのは武富士と暴力団の関係(65〜69頁)くらいでしょうか。「反転」からふくらませたのは許永中関係を少しと山口組の宅見若頭関係が中心で、後半で貸し手側の問題、銀行の悪辣さやRCC(債権回収機構)の強引さなどが指摘されています。「反転」を読むのが大変と思う人(まぁ分厚いですからね)には手頃ですが、「反転」を読んだ後に読むとディテールが落ちるのでちょっと物足りないと思います。

10.反転 闇社会の守護神と呼ばれて 田中森一 幻冬舎
 特捜部検事時代に多数の疑獄事件を手がけ、弁護士に転身した後は暴力団やバブル紳士たちの弁護を多数引き受けて、手形詐欺容疑で起訴されて実刑判決を受けて上告中(執筆時。2008年2月12日上告棄却)の著者によるノンフィクション。検察時代の疑獄事件への圧力や人間関係も含めた裏話、弁護士になった後の暴力団やバブル紳士と政治家の実名入りの危ない話が多数書かれており、ノンフィクション好きには読みどころに事欠きません。検察官時代にしても弁護士時代にしても、守秘義務大丈夫かなと思ってしまいますが(どうせ辞めることになるんだからということでしょうけどね)。また弁護士になってからの部分は、依頼者層や金銭感覚、弁護方針のほぼ全てに私は違和感を覚えますけどね(別世界の弁護士なんですね)。私にとっては、具体的な疑獄事件での政治家たちの反応や、その事件で調べがここまで進んだのにこういう経過で潰れたという話も大変興味深いですが、それとは別に一般事件も含めて被疑者や弁護士に対してどのように対応していたかの方が驚きでした。民社党の代議士の取調でいきなり怒鳴りつけて灰皿を壁に投げつけた(73頁)なんていうのが最初の方に出てきてビックリしますが、そんなのかわいい方で、机を激しく叩きながらフロア中に響きわたるほどの大声を発して責め立てる(140頁)、被疑者を立たせたまま尋問することもしばしばだった(140頁)とか、検察ではなく警察の話としてですが「府警庁舎の地下にあった取調室では殴る蹴るが日常的におこなわれ、しばしば暴力団員のうめき声が聞こえてきたものだった」「アバラ骨を折るなんかザラだ」(131頁)それで暴力団員が傷害事件で告訴してきても刑事や検事は「何をねむたいことぬかしとるんじゃ。お前らに人権なんぞあるかい」といった調子で突っぱね不起訴にする、そういうことがしょっちゅうあった(132〜133頁)なんてことまで書かれています。最初の勾留期間の10日間は弁護士が被疑者の接見に来ても「大事な調べだから今日は勘弁してください」「今日は現場検証に連れて行くから」などと口実を作って接見させず被疑者を孤独にさせて自白に追い込んだ(140頁)とか、「狭い拘置所の取調室で、被疑者に同じことを毎日教え込むと、相手は教え込まれた事柄と自分自身の本来の記憶が錯綜しはじめる。最後にはこちらが教えてやったことを、さも自分自身の体験や知識のように自慢げに話し出すのである」「そして、多くの被疑者はいざ裁判になって、記憶を取り戻して言う。『それは検事さんに教えてもらったのです』だが、それではあとの祭りである。調書は完璧に作成されているので、裁判官は検事の言い分を信用し、いくら被疑者が本心を訴えても通用しない」(150〜151頁)と、弁護士の接見を妨害し被疑者に嘘の自白をさせていたことまで書かれています。そういう疑いを持つことはままありますが、でもまさかそこまではねと思っていたことが、やっぱりそうだったのかと思ってしまいます。もちろん、これを書いた時点では自分が検察に起訴されて無実を訴えている立場ですから、検察官を悪く言いたい気持ちがあるのは当然でその分割り引くべきでしょうけど、それにしても元検事が自分の経験として書いた検察捜査の実情ですので資料価値は高いと思います。

09.図解 「大人の説明力!」 開米瑞浩 青春出版社
 セールスやプレゼンのための説明のやり方の解説本。説明をするとき、自分の目的(獲得目標)と相手のニーズをまず考え、その上で説明したいテーマについてどう説明するかを考えろという指摘は頷けます。そのためには、最初から説明をするのではなく、相手に質問して相手の関心・ニーズを確認することが大事だとか、相手に考えさせ自分で理解するために敢えて説明しないこと/沈黙することが有効な場合もあるという話もなるほどと思います。なかなか実践できませんが。そして説明で一番大事なのは事前準備で、資料をよく理解し、自分が理解するためにもまず図解し、説明の筋書きを考え、それを相手にあわせて仕上げ、さらにリハーサルしてから説明に臨むべきとか。う〜ん、これって証人尋問の準備と同じですね。私も証人尋問ならそうしますけど、意見陳述とか講演ではそこまではなかなか・・・

08.新しい道徳 藤原和博 ちくまプリマー新書
 単一の価値観で通じた「成長社会」では「正解」を速くはじき出す「情報処理力」が求められたが、変化が激しく複雑な「成熟社会」では「正解」よりも議論した末の「納得解」が重要でありそれを導くための「情報編集力」が必要だとして、思考停止したパターン認識から「それぞれ」の複眼的発想による新しい道徳へと移行することが必要だということを論じた本。学力低下の議論を素材に、必要な学力は何か、これからの日本に必要な学力は(小学校時代に身につけるべき基礎学力は別として)情報編集力で、そのためには総合学習こそ必要ではないか、「ゆとり教育」見直しのきっかけとなった国際テストでも1位のフィンランドは総合学習を増やしているではないかと論じています。いじめ問題では、大人の社会でもいじめはあるのに学校のいじめだけ許せないのは疑問だ、いじめを抑制するためには親や教師でない大人が学校運営に参加して子どもが多様な大人にもまれて成長する機会が必要だと指摘しています。論理的に一貫しているのか、やや疑問も感じますし、テレビが何でも2項対立に単純化することを批判して世の中はもっと複雑と言いながら、2項対立的に印象的な言葉でまとめています。でも、それがわりとうまくて説得力があったりして、一筋縄ではいかないように思えます。最後の章で個性が大事と論じ、全ての人間は障害者でありたまたま障害のない期間があると考えれば生きやすいという発想は目からウロコですね。

07.ワーキングプアの反撃 雨宮処凜、福島瑞穂 七つ森書館
 近年の「規制緩和」「改革」路線で使用者側がやりたい放題に労働者を切り捨ててきた結果生じた働いても貧しいワーキングプア層の悲惨さと怒りを語る対談本。本当は労働法制の規制緩和などで使用者側のやりたい放題を許している仕組みを変えなければ助からないのに、心情右翼→中国人・朝鮮人とか、過労死予備軍の正社員→フリーター→生活保護受給者とか、弱者がより弱者を憎むという構造に絡め取られているということが、お話の1つの軸になっています。フリーター層やネットカフェ難民の悲惨な生活と哀しみと怒りが、読んでいてしみじみと感じられます。内容からはまだ「ワーキングプアの怒り」くらいですが、タイトルの「反撃」は、そうしたいという希望を込めてでしょう。私も反撃に至って欲しいと思うのですが。

06.新版 活動期に入った地震列島 尾池和夫 岩波科学ライブラリー
 地震や地震予知、地震防災についての入門書。何か読んでいて、中越沖地震のことにまで触れているのにどうも基本的に古い感じがしたのは、1995年に阪神大震災後わかったことをまとめて書いた本の補訂版だからなんですね。地震学がその後急速に進んだせいか、読んでいて聞き覚えのある話が多く、新たな発見があまりない感じ。阪神大震災後に基本部分が書かれているのと著者が京都大学教授ということからか、西日本の活断層と東南海地震関係が中心になっています。言われてみれば当たり前ですが、活断層の活動した後の破砕帯はもろいのでV字谷や川筋になりやすく、道ができたり川があったりで人が集まって住みやすい(20頁)というのは、考えさせられます。

05.日本一わかりやすい労働ニュースの読み方 北見昌朗 東洋経済新報社
 労働法、社会保険関係について広く浅く解説した本。書かれていることについてはわかりやすく書けていると思いますが、多くの項目が話の入口の本来簡単なところで止まっていますから、それで「日本一わかりやすい」って言うのはちょっと・・・。賃金の相場の部分については、著者の経営するコンサルタント会社が調査した独自データで詳しめに論じていて、その部分が読みどころでしょうか。その調査の対象についてのサンプルデータがないので調査の信用性の評価が難しく、中小企業の賃金相場、退職金相場を政府統計よりも実際にはずいぶん低いことを強調して中小企業経営者の主張を正当化する方向で使われていることとあわせて、無条件に信頼するのは危険だと思えますが。経営者にコンサルティングするのが著者の仕事ですので、全体的には経営者寄りの立場で書かれているところが多いと感じます。

04.就業不能 「働けないリスク」に企業はどう向き合うか 鳥越慎二 ダイヤモンド社
 心身の傷病によって長期間働けなくなった場合の所得保障保険「GLTD」の導入のメリットを説明した本。保険代理店会社の販促本ですね。現在の日本の社会保障と生命保険が、死亡の場合と短期の入院等には手厚いのに対して長期の労働不能の場合には収入の保証がほとんどなく生活が破綻するリスクがあること、十数年来日本の企業が推進した成果主義の導入やリストラが従業員の忠誠心を失わせるとともに従業員の孤立化と過剰な業務負担を招いてうつ病を中心とする精神疾患の増大を生じていることなどの日本のセイフティネットの貧困と労働環境に関する指摘は頷けます。長期の就業不能に対して保険で所得保障をすることで従業員が安心して働くことができ、従業員の忠誠心を回復し優秀な人材を獲得することができるとか、うつ病でも安心して治療に専念できる環境を作ることで重篤化を防ぎ人材の有効活用を図れるとともに訴訟リスクを減らすことができると、この本は述べていますが、そのあたりはセールストークとして割り引いて読んだ方がいいでしょう。うつ病による人材喪失と訴訟リスクを強調するわりに精神疾患の場合の所得保障期間は2年間に限定されています(108頁)し、保険料は導入する企業の考え次第で労使の負担が変えられ、標準的なケースでも従業員の負担の方が多くなっている上全額従業員負担にもでき(171〜172頁、207〜208頁)、従業員に本当にメリットがあるのかの判断は簡単ではないと思います。

03.ついていったら、だまされる 多田文明 理論社
 キャッチセールス、霊感商法、アポイント商法(デート商法)、出会い系サイト、偽オーディション等の詐欺商法についてのレポート。いずれも著者自身が引っかかった体験として書かれている点がユニーク。ターゲットも若者に設定されていて文章・構成も読みやすくされています。霊感商法は、著者は明言は避けていますが、手口・トークから明らかに統一協会ですし、最初のキャッチセールスから絵画の展示会商法への流れもまずまちがいなくそうでしょう。まだやってるんですね。出会い系サイトの方は、別の機会にたまたま応募したアルバイトが出会い系サイトのサクラで、中年のオヤジが一生懸命女性を装ったメールを送っている姿を目撃したという話(123〜128頁)が笑えます。俳優志望でなかなか芽が出ない著者がオーディション詐欺に引っかかった話(161〜174頁)は、なかなかやるせない。そういう話を受けて著者が忠告するのは、騙されないためには疑問を持ち続けること、疑わしいことは先送りせずにその場で考え続けること(201〜208頁)。提言としては地味ですが、大切なこと。プロのトークにかかったらそれでも引っかかるかも知れませんが。子どもに読ませてみたい1冊です。

02.賢い消費者になるための法 加藤新太郎、岡田ヒロミ、鳥居喜美子編 弘文堂
 消費者センターの相談員が、様々な消費者相談と相談員が行った交渉の事例を紹介した消費者問題の啓発本。同種の本に比べて相談事例が具体的で相談者の話や相談ぶりとかもリアルなところが読ませどころです。仕事柄、こういう相談者いるよねとか、こういう相談者困るんですよねとか、頷きながら読んでしまいました。消費者センターの相談員が要領を得なかったり態度の悪い困った相談者からねばり強く話を聞き出す様子や、たちの悪い業者を交渉で追いつめていく様子に感心します。もちろん、実際にはこうは行かなかったケースの方が多いのだろうとも思いますが。消費者センターの場合、相手方が持つ「お上」意識と行政指導の圧力、業者にとっては裁判より怖いかも知れない業者名公表を武器に裁判外で交渉するので、弁護士が入る場合とは状況や展開が違うなと感じます。最初と最後はちょっと堅い感じですが、全体の半分以上を占める相談事例が読みやすく参考になりました。

01.太陽からの光と風 秋岡眞樹 技術評論社
 太陽のことや太陽が地球や生物に与える影響、太陽の活動が人工衛星やGPSに与える影響などについて解説した本。太陽のことから少し横道にそれた話が勉強になりました。例えば、地球温暖化に関連して、エーロゾル(浮遊粒子)が増加した場合に、それ自体が太陽光を反射して気温を下げる効果に加えて、雲の粒子が小さくなり雲の太陽光反射が多くなって気温を下げる「雲アルベド効果」がまだよくわかっておらず、それによって温暖化の評価がかなり変わること(43〜47頁)とか知りませんでした。生体時計の話でも、時間の経過を予測する生体時計があって、そのために明日は何時に起きようと思っているとその時間に起きれたりするとか、時計を見ずに何秒経ったかを答えさせて実際には60秒の時間を75秒以上と答えた人の5年間での死亡率は45秒未満と答えた人の5倍:せっかちな人ほど早死にする(92〜94頁)とか(^^;。地球上空の電離圏の電子数によって電波の速度が変化しGPSの精度に影響を与える(168〜177頁)とか太陽からの放射線で人工衛星のコンピュータが誤動作したりハングアップする(138〜141頁)とかが説明されていて、興味深いのですが、太陽の活動が活発になったときにどうなるのか、それに対する対策はといったことが、今ひとつ書かれていません。ちょうどこれから太陽の活動が活発になり、特にGPSや衛星通信がその洗礼を受けどうなるかが注目されている時期にとってもタイムリーに出版されたのですから、そのあたりを書き込んで欲しかったなと思いました。

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