私の読書日記 2008年3月
23.FISH IN THE SKY 岡本蒼 メディアファクトリー
中学生の時に好奇心から団地の7階から飛び降り奇跡的に助かった「フィッシュ」のあだ名で呼ばれた主人公が、それと知らずに中学時代「嘘つきさっちゃん」と呼ばれていた同窓生佐倉とお見合いして再会、昔話に花咲かせながら心惹かれていくラブストーリー。わりとシンプルに佐倉に惹かれていくフィッシュと、フィッシュが知らない(聞きもしない)過去に引きづられ楽しそうにふるまいつつも影のある佐倉の隔たりが次第に露わになりますが、事実を知っても希望を持つフィッシュの姿が爽やかです。2人のつなぎ役になる、フィッシュ宅に居候することになった同窓生野宮のおっとり感というかのほほんとした様子がほどほどの落ち着きを持たせて味わい深くしています。同窓生再会青春グラフィティとも読めますが、野宮はメインストーリーには絡んでこないので、ラブストーリーとして読むべきでしょうね。
22.あなたはそっとやってくる ジャクリーン・ウッドソン あすなろ書房
ニューヨークの私立高校での医者の娘のユダヤ人少女エリーと映画監督と作家の息子の黒人少年マイヤのラブストーリー。ラブストーリーとしては流れはかなり単純で、学校でぶつかった際にお互いに一目惚れして好意を持ち告白してつきあっていく様子がエリーの語りとマイヤの語りを交互に繰り返す形で続いていきます。ラブストーリー自体の展開は最後の悲劇以外はごくシンプルで、ラブストーリーそのものよりも、白人と黒人の交際への周囲の目とそれを自分たちの気持ちの中でどう折り合っていくかというようなところが主要なテーマとされています。作者のポイントは明らかにそこですが、むしろ、かつて家出した母親としっくりいかず複雑な思いを抱くエリーの姿や、別居した両親の間を揺れ動くマイヤの姿、こういった親の諍いと自立過程の微妙な関係を描いたティーンエイジャーものと読んだ方が、私はいいかなと思いました。訳で、母親がこだわり続けるエリーの名前Elishaを「イライシャ」としているのが、最初「依頼者」の抽象概念かと思い、ちょっと混乱しました。Elishaは「イライシャ」とも読みますが「エリシャ」読みも少なくないようですし、日本語訳としてはどうでしょうか。マイヤの語りは「である」調、エリーの語りは「ですます」調に訳されているのも、わかりやすいとは言えますが、差別問題をテーマにした作品だし、エリーがそれなりに自立志向が強く設定されていることからすればどうなんでしょうか。
21.写真が語る地球激変 フレッド・ピアス ゆまに書房
様々な場所のある時期とその後の写真を並べてその変化を語る本。地球温暖化による氷河や南極の棚氷、北極海の氷の減少、開発による自然破壊とともに自然災害や戦争による破壊後の復旧も扱っています。開発では、砂漠緑化運動によるスプリンクラーが届く範囲の正円形の農地がまるでシールでも貼り付けたように並ぶ衛星写真(131頁など)の痛々しさに驚きました。子どもの頃、夢のプロジェクトと教えられた記憶があるのですが。ビニールハウスで真っ白に埋め尽くされた衛星写真(135頁)も、ちょっとショックでした。衛星写真ではダムを造ることの環境への影響もひしひしと感じられました。悪くなる話ばかりじゃなくて、自然の回復や、ソウルで高速道路を撤去して川を復活させたこと(108〜109頁)なんかも紹介されていて、いろいろと考えさせられました。
20.中国労働契約法の実務 萩野敦司、馬場久佳 中央経済社
中国で2008年1月1日施行の労働契約法の解説書。中国は社会主義市場経済とかいっていますが、基本は労働者と農民の国であるはず。それなのに労働者の解雇が簡単と聞いていました。そういう興味で読んでみました。中国では日本で少なくとも以前は主流だった期限の定めのない労働契約は少なく、有期雇用が大部分だそうです。それはかつて終身雇用が完全に保証され労働者の勤労意欲が失われたことへの反動だそうです(2〜3頁)が、そうなると労働者の地位は不安定になります。しかし、新法の労働契約法では、雇用契約書を1年以内に作らない場合期限の定めのない労働契約とみなす(14条3項)とか、有期労働契約を2回連続して締結して更新するときに労働者が希望すれば期限の定めのない労働契約を締結しなければならない(14条2項3号)とか、期限の定めのない契約への誘導を図っています。また、雇い止めをする場合も労働者に賃金の勤続年数ヵ月分(日本の正社員の退職金の相場程度)の経済補償を義務づけています(46条)。整理解雇も日本で認められるより要件が厳しいようですし中高年者や老人・子どもを扶養する大黒柱のリストラは避けるように規定されています(41条)。就業規則も労働組合と協議して決めることとされている上、労働組合が「不適当」と認める場合には協議を通じて修正・完全化する権利があるとされています(4条2項、3項)。労働契約法以外の法制でも休日の時間外賃金は通常賃金の300%(128頁。参考までに日本は135%)、単身赴任の労働者は通常の有給休暇の他に配偶者を訪問するために年1回30日(!)の休暇が取れるそうです(154〜155頁)。法律の規定は中国の方がよさそうですね。この本のスタンスは、従来の中国の労働法を知っていることを前提に新しい労働契約法を解説したもので、各章のはじめの「ポイント」も労働契約法自体の内容をわかりやすくは書いていないので、専門家以外にはかなり読みにくい。後の方を読んだり、最後についている労働契約法の条文を見てようやく内容がわかる部分が多く、労働法制の解説書としては不親切な感じがします。日本の弁護士としては、法律用語や概念の違いがあって、なかなか読み進むのに骨が折れました。渉外事務所の弁護士(国際弁護士)ってこういうの日常的に勉強しているんですよね。大変だなと思いました。
19.労働契約法入門 山川隆一 日経文庫
労働者の採用、人事、退職・解雇、労働条件などの労働関係をめぐる法律の規定について広く浅く解説した本。タイトルは労働契約法入門で、今年3月1日施行の「労働契約法」についての解説書のように見えますが、半分以上は労働基準法など他の法律の話です。「労働契約法」が現実には労働契約のうちごく一部しか規定していないことを実感させます。突っ込んだ説明はほとんどありませんが、かなり広い分野についてコンパクトにまとめていて、全体像を把握するための軽い教科書という感じです。弁護士には読みやすくなっていますが、条文や判例の引用がわりと多いので、法律分野になじんでいない読者には取っつきにくいかも知れません。休日労働についての割増賃金率を5割と書いている(153頁)のは3割5分の間違い(参考までに休日労働は深夜以外は35%増、深夜は60%増です)。
17.18.無実(上下) ジョン・グリシャム ゴマ文庫
オクラホマ州の地方都市で1982年に起こったレイプ殺人事件で4年半後に逮捕され有罪となり死刑判決を受けた2人が、冤罪とわかり釈放されるまでとその後を描いたノンフィクション。実在の事件で実名で書いたもので、2人を訴追した検察官から名誉毀損の裁判を起こされ係争中(訳者あとがき)とのことです。ノンフィクションのため、謎解きもなく、スリリングな展開ともいえず、読み物として見たときには被告人の生い立ちや言動にページを割きすぎの感があり、リーガルサスペンスとしては読みにくい。でも、グリシャムとしては久しぶりの法廷ものと言えます(イメージとしては「処刑室」に近いかも)から、その意味ではグリシャムファンには待望のというべきかも知れません。私としては、メインストーリーとは別の冤罪事件の関係ですが、無実の者が警察からさんざん騙され脅かされて嘘の自白をさせられてそれを繰り返した後に取調の録画をされ(上巻153〜172頁)、物証なしでそのビデオ自白で死刑判決を受けた(上巻196〜199頁、下巻98〜99頁)という話がとても興味深く思えました。日本でも今裁判員裁判の開始を前に取調のビデオ録画が話題となっており、検察庁は全部録画を拒否し一部のみ(検察官が録画したい部分だけ)録画する方針を出しています。捜査側が録画対象を自由に選べるならばこういうことが繰り返されることになるでしょうね。それと、1審の弁護人も批判対象になっていますが、後から見れば(他人事として言うならば)十分でなかったと言えるでしょうけど、弁護士の感覚として言えば、通常期待されるレベル以上に努力しているように見え、これだけやっても批判されるのは可哀想に思えます。
16.印象派[新版] マリナ・フェレッティ 文庫クセジュ
美術史において19世紀後半に起こった絵画の改革運動として位置づけられる印象主義の主だった画家たちについての解説本。印象派は、ルノワール、モネ、セザンヌなどの日本で人気の高い画家たちを代表とし、現代(当時)の生活場面を主な主題として、ほとんどの場合屋外の光の下の構図でその光を意識した明るい色彩を用いた作品で知られます。普通の人が、絵画として思い浮かべるときに最初に想起されるのがこういうタイプの絵というか、ストレートにルノワール作品だったりしますから、改革運動といってもピンと来ないでしょう。当時の絵がサロンを中心として発表され、歴史画、宗教画が主流で当然に荘厳な重々しいタッチで描かれていたからこそ、「印象派」の絵が改革的で既存の画壇から軽蔑されたわけですね。印象派とされる画家たちの絵には、実はそれほどの共通点はありません。著者も「要するに、印象派と呼ばれる画家たちをひとつに結びつけていたのは、因習にはまりこんでいた絵画技法を革新したいという熱望と、世界をまったく新しい目で見たいという強い意志であった。」(13〜14頁)としています。ある意味で改革派であるが故に一緒くたにされた感じ。その改革に意味がなくなった現代からはまとめて扱うこと自体ちょっと苦しい感じです。本としては運動の流れと各画家の動き・去就の解説ですので、超有名な作品を除き絵の解説はほとんどありません。美術史的な興味がないと薄いわりに読むのがつらいかも。
15.ワンダー・ドッグ 竹内真 新潮社
1人の高校生に拾われた捨て犬が高校のワンダーフォーゲル部で飼われることになり、その犬と高校の人たちの10年を描いた小説。「ワンダー・ドッグ」は驚くべき・不思議な犬ではなくて、ワンダーフォーゲル部にちなんで「ワンダー」と名付けられた犬のことなんですね。各章ごとに3年がたって、高校としては3世代登場する形で、犬との関わりで生徒たちが励まされたり悩まされたりしながら成長していく姿が描かれています。最後にワンダーフォーゲル部の同窓会で全世代が集い、思いと想い出が手堅くとりまとめられます。登場人物は、概ねいい人で、悪役もどこか憎めないし最初気にくわないヤツでも結局犬のおかげで角が取れていき、ほんわかした気分で読めます。明るい気分で軽く読みたい気分の時に向いてると思います。
14.エビと日本人U 村井吉敬 岩波新書
バブル華やかなりし頃、日本人がエビを買い漁り、エビ養殖池のために東南アジアのマングローブ林が伐採され、現地の人々の低賃金の過酷な労働で日本のグルメが支えられていることを告発した前著から20年が過ぎ、その後のエビ事情をレポートした本。エビ飽食とマングローブ木炭のためにマングローブの伐採が進み、海岸線を守るマングローブがなくなったところへスマトラ島沖地震津波が襲い被害を大幅に拡大したことを語る書き出しは、迫力を感じますし考えさせられます。ただその後はどうも歯切れが悪い。この20年間に日本人のエビ消費量は減少し、エビ輸入No.1はアメリカになっているし、マングローブ林の伐採も、南アメリカの方がさらに酷くなっているとか。著者も、日本がエビ輸入No.1から転落したことを寂しく思っているようですし。エビ養殖についても悪いと言っているわけでもなくてきちんと考えてやる業者はむしろ持ち上げていますし、安全性についても、危険とも安全とも断言できないって言ってますし。むしろ著者の立場は、スッキリとした論旨で割り切るのではなくて、日本人が食べているエビの背景には東南アジアの人々の低賃金労働やマングローブ林伐採など多くの問題があることを自分で考えてみなさいね、それは簡単には結論が出ませんよということと見えます。
13.佳人の奇遇 島田雅彦 講談社
オペラ「ドン・ジョバンニ」の公演に、出演者として、興行側として、観客として集まる人々のそれぞれの愛の形を描いた小説。様々な人の、放埒だったり純情だったりする恋愛の進行のエピソードが、並行して、細切れだったりしばらく続いて語られたりして進んでいくので、最初のうち戸惑います。特に最初に登場した可南子とおじいちゃんは、主人公かと思ったらその後出て来ないし、序盤で初めて2章にわたって登場する春香と太田も長らく放置されるし。連載で書いているうちに計画が変わったのかなとも思いますけど。群像劇なんだと捉えて読んでいくと、後半の公演に関係者が収斂していって、公演が終わってそこを通り過ぎていく形が危なげなく押さえられているのがわかります。それぞれの行く末も、含みがあっていいなと思いました。
12.ここにいること 地下鉄サリン事件の遺族として 高橋シズヱ 岩波書店
地下鉄サリン事件の遺族で被害者の会代表世話人を務める著者が、遺族としての哀しみ・怒り、被害者の会の活動や犯罪被害者の権利のための活動を通しての経験と思いをつづった本。加害者への怒りは当然ですが、マスコミや司法解剖関係者の配慮のなさ、オウム真理教の宗教法人認証や坂本弁護士一家殺害事件の捜査の不備などで地下鉄サリン事件を防げなかったことに責任を感じるべき立場の行政の冷たさへの怒りが繰り返し語られています。判決時の被害者取材について「求められているのはインパクトのあるひとことで、遺族の複雑な心境まで理解されない」(111頁)というのはマスコミの現実をよく表しています。全体を通して、特にアメリカで目の当たりにした犯罪被害者への手厚い支援活動(144〜151頁)と比較して日本の犯罪被害者がいかに無権利のままに放置されているかが語られています。そのあたりがこの本の一番訴えたいことだと思います。しかし、純粋に本としてみたときには(私がそういう視点で語るべきなのかの問題はありますが)、事件の衝撃や怒り、家族や親族との関係、被害者の会の運営の悩み、周囲の無理解や誤解への悩みなど、様々な段階と場面での著者の心の変化、揺れが読みどころです。運動の前面に立ったポジティブな被害者として、通常の遺族とは違うかも知れませんが、その著者にしてこのような思いを抱え背負っているのだということに、考えさせられます。
11.手を取って君とダイブ 内田春菊 光文社
年齢は書いていないんですが会社経営者の女性と、たぶん年下の漫画家男性、劇団主演女優の悪女と尽くすタイプの小説家男性の2組の男女を軸にした恋愛小説。漫画家と小説家が知人に誘われて劇に出演することになって、劇団の人間関係にはめ込まれながら、三角四角の関係が展開します。内田春菊、「小説宝石」ということから当然に予想されるように主な登場人物はH好きで濡れ場満載ですが、経営者女性と漫画家男性のHが、露骨なんですがほほえましい(うらやましい?)。劇団女優と小説家コンビは、金も出し、料理も作り、女優が他の男に迫っても嫉妬しつつも包み込んでしまう小説家のせつなさとやるせなさとしたたかさを読ませているのだと思います。たぶん、女性経営者の視点で、ハッピーな気分で読むのが一番楽しめるのだと思いますけどね。
10.M.C.エッシャー グラフィック タッシェン
エッシャーの解説付き画集。オリジナルは1959年発行でエッシャー自身による序文と絵の解説が付いているのが売りです。エッシャーといえば、美術(図工)の教科書や数学書(位相関係)でよく紹介される建物内部で水路や階段が循環するだまし絵で有名ですが、平面の分割や平面と立体の関係などへの興味の強さに感心します。遊びの要素が強い絵が多いのですが、「昼と夜」(11:木版)、「トカゲ」(28:リトグラフ)、「魔法の鏡」(31:リトグラフ)など着想、哲学、技術ともすばらしい。同じ情景を上下から見た「上と下」(64:リトグラフ)も、絵としての完成度は有名なだまし絵より高い感じがします。こういう絵の方が本来の意味のキュビズム(立体主義)なんじゃないかなんて思います。そして本人は気に入らないようですが、初期の普通の風景画「カストロヴァルバ」(2:リトグラフ)の描写力もすばらしい。いろいろ新発見のある画集でした。
09.「勝ち組企業」の就業規則 下田直人 PHPビジネス新書
社会保険労務士による中小企業の経営者向けの就業規則の作り方の本。前書きに「社長もハッピーになり、従業員もハッピーになり」とあり、リフレッシュ休暇など休暇関係では従業員のためにもなる提言もありますが、全体としては市販のひな形で作ったら法律上必要なラインよりも損をする(従業員に有利すぎる)、もっと従業員に厳しくしてコストを節約しましょうという話が大部分を占めています。まぁ経営者に対して就業規則をアドヴァイスする人が書く本ですから、経営者側の利益を追求するのは当然でしょうけど、従業員側でこれを読んでハッピーな気分になるのは難しいでしょうね。休暇関係以外では、こういう就業規則を見たらギチギチとした嫌な会社だなあと思うんじゃないでしょうか。分量のわりにいろいろな分野の話をコンパクトにまとめているので、経営者側で労働法を勉強するのにはいいかも知れません。
08.不機嫌な職場 高橋克徳、河合太助、永田稔、渡部幹 講談社現代新書
最近、社員間の会話が少なく自分の仕事だけを抱え込んで困っても協力し合わずギスギスとした職場が増えているということをテーマに、その原因と対策を論じた本。原因の方は、要するに企業が効率化のために導入した成果主義が各社員の業務・責任範囲を明確にしたために自分の業績となる範囲以外は手を出さなくなり、福利厚生の削減で社員旅行その他の機会が失われて社員間の多面的な交流が失われ協力のベースになる人間関係も協力しないと悪評が立つ人間関係も希薄になり、それに加えて派遣やアウトソーシングで社員以外の者が増えてますます人間関係が希薄になり、終身雇用はおろか長期雇用さえ危ないために会社全体のために貢献しようというインセンティブが失われたということ。つまり企業がこの間利益第一のためにやりたい放題のリストラをやり非正規雇用化を進め、福利厚生を削って成果主義で労働者を締め付けたツケが回ってきたという、まあ自業自得の話。でも、著者の多くがコンサルタントですから、対策の方は、企業にそれをやめなさいとはいわずに、目標や価値観の共有化、提案や発言しやすい雰囲気作り、社員が参加する気になる(面白い)社内交流活動、感謝と感動を伝えあうといった、精神論が中心となっています。組織の問題であり社員のせいにしてはいけないと何カ所か書かれてはいるんですが、結局は、本来企業の強欲さが生んだ問題をその根本原因には触らずに社員の気分を変えて(そらせて)解決しようという経営者サイドの都合を重視した本のように私には思えました。
07.日本のお金持ち研究 橘木俊詔、森剛志 日経ビジネス人文庫
2000年、2001年の高額納税者リスト掲載の納税額3000万円以上(推定所得1億以上)のお金持ちへのアンケートとインタビューを元に日本ではどういう人がお金持ちになっているか、お金持ちはどのような生活をしているか、何を考えているか等を分析した本。前半は読みやすく、後半に行くほど経済学・哲学的な色彩が強くなって学者さんの研究っぽくなっていきます。前半が読みやすいのは、医者と弁護士の分析で、私の興味が向いているからかも知れませんが。さて、高額納税者の職業は、企業経営者が30%強、医者が15%強で、この2者で半分近くを占め、世間で医者と並べ称される弁護士は約0.4%(22頁)。そうですよね。弁護士やっていると、弁護士がそんなに儲かると思えないですもんね。ただ、これまで、医者と弁護士の経営上の一番大きな違いは保険制度の有無だと思っていました。医者は健康保険のおかげで高額の料金を取っても患者自身の支払は少ないので客が離れない。弁護士は全額を客からもらうので高いと思われるわけです。白内障の手術が技術が発達して日帰りでできるようになった上保険が利くようになって眼科が大儲けした(51〜56頁)という話は、まさにそれ。でも、敢えて保険が利かない全額自己負担でも需要がある美容外科が有望なんて話(40頁)をみると、それだけでもないようですね。医者も弁護士も高額所得者は特定の専門分野を持っているというのも、まぁそりゃそうでしょうけど、ちょっと考えてしまいます。
06.800 川島誠 角川文庫
男子800m走の選手の2人の高校生の対決と交友を軸に、陸上のトレーニングや家族関係、異性関係の展開を描いた小説。ちょい悪のおちゃらけキャラで陸上でも戦術など考えずにガンガン飛ばしていく中沢クンと優等生で日常生活からトレーニング、本番まで緻密に計画を立て機械のように進めていく広瀬クンという、対照的な2人のライバルを立て、1章ごとに語り手を交代して話が進行していきます。最初は典型的に「陸上小説」なんですが(バスケットボール部は暗かった、陸上は明るいって、最初からかなりハイテンションの陸上への思い入れですし)途中から異性関係の方に話の重点が移ります。中沢クンが惚れた陸上のスター、広瀬クンが知り合った陸上のエリートだった死んだ先輩の恋人、広瀬クンの妹らが絡み、広瀬クンの妹は兄にもキスしたり、広瀬クンは死んだ先輩(男)とも関係があったりと、かなり乱れたというか複雑というかいとも簡単に性関係が結ばれるというか、そういう話が続きます。陸上の話は前半だけで、これは恋愛小説というか青春小説なのねと思ったところで、ラストにまた陸上の試合が来ます。全体としてはやっぱり陸上小説なのでしょうか。性関係を描いているところが、どろどろしてなくて乾いたというか透明感があるのが、読後感を軽くしています。語り手が中沢クンと広瀬クンだけということもあり、喫茶店などで簡単に「寝よう」と誘う女性キャラたちの考えや人柄が今ひとつストンと落ちません。単純に都合のいい女と設定されているのかなと感じます。そういうこと気にしない人がエンタメとしてさらりと読むにはいい作品だと思いますが。
05.鉄道員裏物語 大井良 彩図社
匿名私鉄職員による鉄道の裏話。最初に語られている人身事故(飛び込み自殺)の後処理を経験した話が一番ショッキング。それ以来マグロや白子は食べられないとか(32頁)。その際の賠償請求の話も、仕事柄でもありますが、興味深く読みました。人身事故の場合車両の修理費、対応した職員の人件費、振替輸送・代行輸送費などが請求対象になるんですね(103〜115頁)。新型車両に人が飛び込んだ後先頭部分が人型にくっきりへこんでいたとか(108頁)。人間って頑丈なんですね。もちろん、即死してますが。落とし物の携帯電話はすぐに電源を切られてしまうので、自分の携帯に電話をかけても無駄で特徴もないので発見はかなり難しいとか(37〜38頁)。見つけて欲しければ派手なストラップでも付けておけばって・・・(38頁)。鉄道に関する疑問関係では、駅員が白い手袋をしているのはラッシュ時に乗客を押していて手を扉にはさまれたときにスムーズに抜けやすいため(140頁)というのは初めて知りましたが、あとはおおかた予測できる話でした。夜の駅内での宴会とか、そういう人間くさい話はどの社会でもあることで、私はほほえましく読みました。今は宴会は禁止されているそうですけど、別にいいんじゃないかと思いますけどね。
04.訳せそうで訳せない日本語 小松達也 ソフトバンク新書
主として政治・経済系の国際会議での通訳経験から日本人スピーカーの発言で英訳しにくい表現をピックアップして英訳を検討した本。日本の政治家や官僚のあいまいな表現を、表面的な(本来の)言葉の意味からではなく意訳していくことの難しさがまず語られています。有名な「善処する」を”I will do my best”と訳した、言葉の本来の意味では正しいが発言者の真意に反する英訳も紹介されています(160〜161頁)。政治家の発言に限らず、日本語自身があいまいで1つの言葉が多義的(逆にいえば1つの事柄に対する語彙が少ない)ということが、翻訳例を見ているとよくわかります。英語の辞書を見ていると逆に思えていたのですが。「がんばって!」は”Hang in there!”(89頁)とか、「金太郎飴」が”cookie−cutter”(219頁)とか、豆知識としても楽しく読めました。
03.フラミンゴの家 伊藤たかみ 文藝春秋
中年になっても暴走族風で喧嘩っ早いスナック経営者が、離婚した元妻が癌で入院することになって、小6の娘を預かり、田舎町の商店街や不良たちをめぐる騒動の中で6年間離ればなれだった娘との関係を深めていく小説。登場人物の多くが不良・ヤンキー系で、喧嘩っ早く、娘は最初はそこに嫌悪感を持つのですが、次第になじんでいき、嫌っていた父親にも共感を示していきます。基本的には父親の視点からの文章と、娘の視点からの文章が交互に進行していきます。そのあたりの父と娘の思いで読ませるお話です。どこかぎこちない、とげとげした思いから、照れながらも素直な情愛へと移って行く気持ちの変化が味わい深く読めました。個人的には同じ年頃の娘を持つだけに少女の自立心、不安、素直さなどの表現に感じ入りました。芥川賞受賞後第1作ですが、あまり芥川賞っぽくなく、そこそこコミカルで読みやすい、落ち着きのいい作品だと思います。
02.派手な砂漠と地味な宮殿 岩井志麻子 祥伝社
岡山出身の元ヤンキーで今はニューヨーク在住の化粧品会社社長のセレブで売る水絵ギルバートと地味な漫画家田中さゆりの2人の41歳女が、テレビ番組で共演したのを機に反発と共感を感じつつ交差する小説。ツッパリ続けながら焦燥感を持ち続ける水絵ギルバートと、頼まれると断れないために悪質なマネージャーにピンハネされながらテレビ出演をし続けるのだけど冷静な田中さゆりが、正反対に思いつつ悩みを話せる相手として接近していき、しかしすれ違います。前半は自己主張の強さとスッパリした言動で水絵ギルバートの方が目立つのですが、私はむしろ地味で人に逆らえず受動的に動いているように見えながら意外にしたたかな田中さゆりの方の人物造形に興味を持ちました。ストーリーの流れは、それなりにはあるのですが、ストーリーよりも性格設定と心理描写の方が読みどころと思います。
01.手にとるように地球温暖化がわかる本 村沢義久 かんき出版
地球温暖化についてその影響と対策を論じた本。地球温暖化の原因やメカニズムには深入りせず、どちらかといえば対策の技術関係の方に重点を置いています。温暖化の影響関係では、実は寒冷化した場合の方が深刻だとか、地球温暖化のメリットもあり得ることなどにも触れているのがユニークです。私が子どもの頃は、地球は今後寒冷化する、氷河期が近づいているとかいう話をよく聞かされました。それをみんな忘れたように温暖化、温暖化というのを、私は科学者というのが当てにならないという気持ちで聞いています。この本では、少しではありますが、そのことにも触れてエアロゾルの影響による寒冷化の可能性やその影響も指摘している(70〜75頁)ので、少し納得しました。温暖化の議論も、火山の大規模噴火があったりすると吹っ飛んでしまいかねない訳ですが、起こるかどうかわからない大噴火を当てにして対策を取らないわけにはいかないですしね。対策の方では、バイオ・エネルギー、太陽光発電、水素利用(燃料電池)、ハイブリッドカー、二酸化炭素回収・貯留技術が紹介されています。著者の評価としては、現実性で太陽光発電とハイブリッドカー、排出源工場での二酸化炭素回収が優位であり(バイオ・エネルギーと水素利用は現実的でなく)、夢としては大気中の二酸化炭素回収が優れているとされています。太陽光発電については行政の補助が十分にあれば一般家庭への普及が十分可能な水準に来ているとのことです。原子力偏重の予算配分を早く転換して欲しいところです(この本の著者は原子力はクリーンだという立場:184頁ですからこう思うかどうかはわかりませんが)。太陽光発電の「投資効果」の説明で利回り5%は目前として株式投資と比較している下り(156頁)はミスリーディング。利回りを議論するのは元本と別に入ってくることを想定しているわけで、太陽光発電の場合20〜30年たったら装置は使い物にならず設置費用は返ってこないのですから、利回りではなくて費用の回収のはず。
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