私の読書日記 2009年9月
10.天国の郵便ポスト 折原みと 講談社
妻に先立たれたシングルファーザー真人が、妻の知人(元彼)たちに囲まれながら妻の残した赤ちゃんとカフェを守って立ち直り成長するというストーリーの小説。美人で有能で決断力のある広告代理店クリエイティヴディレクターが、フィギュア趣味の犬好きで涙もろく人づきあいの苦手なオタクイラストレイターを見初めて結婚したという、作者が男ならオタクの妄想としかいいようのない設定ですが、その甘い恋愛・新婚生活の描写はなく、臨月の妻が妊娠中毒症+脳内出血で男児を残して死んだところからお話が始まり、泣き虫オタクが立ち直り成長する姿の方を描いたところに斬新さがあるというところですね。タイトルは真人のカフェのポスト型郵便受けを、客の子どもが飼い犬の死に打ちひしがれる姿を見て天国に手紙を届けられるポストと偽ったために、噂が広がり死んだ人宛の手紙を入れる住民が出てきたというストーリー上の小道具にちなんだもの。ストーリーの基本線はそこよりも真人と妻の知人たちの掛け合いで進んでいくので、ちょっとタイトルには取って付けたような感が残りました。
09.メガロマニア 恩田陸 NHK出版
マヤ文明とインカ文明を扱うNHKスペシャルの企画に合わせた出版のために遺跡めぐりをして書いた紀行文。マヤ文明やインカ文明についての蘊蓄や遺跡のガイド的な説明はあまりなく、どちらかというとあまり詳しくない素人の立場で、行ってみて感じたことを個人的な感性で書いた旅行エッセイという感じです。写真はそれなりに挿入されていますが、観光ガイド的ないかにもの写真はほとんどなく、文章を読んでいてここは写真が欲しいというところを写真で押さえているわけでもなく、やはり著者の趣味的な入れ方だと思います。私は、マヤ文明とかインカ文明とかわりと興味を持ってるので、もう少しガイド的な写真を写実的な説明文が欲しかったのですが。遺跡めぐりのハイライトのマチュピチュを訪れた著者が、「神秘の場所、深遠な謎に満ちた古代文明を実感しなければ」と焦りながら、「写真通り。本で見た通り。そんな感想しか頭に浮かばなかった。」「古代遺跡の中にいるというよりも、やはりよくできたテーマパークの中で、スタンプラリーに参加しているという気分になってくる」(223ページ)というあたりの率直さというか投げやりさ加減はちょっと微笑ましく思えましたけどね。いくつか挟まれている「プロローグ」と題するファンタジーは、幻想的な雰囲気を漂わせるものの、本の性格をより中途半端にしてしまうように感じました。
08.ルポ産科医療崩壊 軸丸靖子 ちくま新書
産科の医師が減少し続け、妊娠初期に予約しないと産院も確保できない「お産難民」や救急医療の受け容れ拒否などが目についてきた産科と妊婦の置かれた現状のレポート。産科の医師の減少には、当直が多い、救急搬送が多いという勤務自体の厳しさと、訴訟が多いという要因から若い医師が産科を選ばなくなり、産科医の減少が残る産科医の業務量をさらに増やして疲弊させていくという悪循環が指摘されています。勤務条件の悪さから、本来産科に特に必要な女性の産科医が結婚や出産を機に産科を離れていく、子持ちでは分娩(産科)を続けられないという実情は、悲しい。昔なら助からなかった命を助けるほど集中治療室での治療を要する新生児が増えるなど仕事がどんどん増えていく事実も。訴訟リスクでは、刑事事件として起訴された大野病院の事件が産科医師の減少に拍車をかけたとされていますが、民事裁判の増加も影響しているでしょう。私自身は医療過誤訴訟はやっていませんが、そのあたりはなかなか複雑な心境です。
07.野菜畑で見る夢は 小手鞠るい 日経BP社
大企業を辞めて故郷に帰って小学校教師をするという彼(川口)のプロポーズを断り東京のコンピュータ関連企業の広報部に勤め続けていたが同窓会で再会して遠距離恋愛を続けるまゆみ、まゆみの妹で個性的なために彼ができなかったがお見合いでパンクの商社マンと知り合い恋愛中の内装アーティストこのみ、川口先生の教え子の小学5年生花憐と死んだ夫に手紙を書き続けるその母の3組を絡ませながら、野菜を登場させて恋愛エピソードを綴る短編連作。深刻な話、暗い話はオフ・リミットで、一途に純真に1人の人を思い続けることの尊さと幸せが語られています。今は天国にいる夫の台詞「幸せっていうのはね。実に単純明快で、わかりやすくて、誰の手にもすぐ届くところにあるんだよ。近過ぎて、かえって見えにくくなっているのかもしれないくらい。」(31ページ)が全体を象徴している感じです。明るくほんわりしたいときに読むにはいい本です。作者名を隠して読まされたら野中柊の本かとも思ってしまいますが。
06.渇いた夏 柴田哲孝 祥伝社
伯父が死んでその遺産を相続した興信所調査員神山健介が、スナックのホステスに頼まれて迷宮入りしている6年前の妹の殺人事件の真相と犯人と目される20年前に失踪した友人の所在を調査するうちに、14年前の別の殺人事件、さらには伯父の死の真相をめぐる謎に行き当たるというストーリーのミステリー。ミステリーとしては、謎がすぐ解けたかのように書かれて、拍子抜けさせてその後にどんでん返しを用意する意図が見え、そのどんでん返しがちょっとした違和感にこだわって読んでいるとだいたい見えてしまうのが残念。一連の事件のほぼ起点となる/小説としても最初に登場する8歳の少女のレイプ事件の被害者真由子が外側から得体の知れない存在と描かれ続け、結局その心情が描き切れていない感じがする点に不満が残ります。もっともそれを描ききったら娯楽小説として読めなくなるでしょうけど。謎解き自体よりは展開の高揚感を娯楽として楽しむ読み物だと思います。月刊誌連載のせいでしょうか、年号表記が西暦と元号が入り交じっています。加筆訂正するときはこういうの統一しておいて欲しいなと思います。
05.新版 劔岳 点の記 山本甲士 文藝春秋
新田次郎作「劔岳 点の記」のリメイク版。明治40年、前人未踏の山とされていた越中劔岳に登頂し一帯の三角点を整備することを命じられた陸地測量部測量官柴崎芳太郎が、部下や現地の案内人らとともに苦心惨憺しながら初登頂を果たすまでを描いた小説。メインストーリーは難関の劔岳をどう攻略するかの登山ものなのですが、読み物としては柴崎と上司・部下の関係、民間人の山岳会に初登頂をされては恥という陸地測量部の意地、行政官としての柴崎のプランニング、役人根性丸出しの富山県庁土木課のさや当て、遥か昔に修験者が登頂していたことを知って途端に無関心となる上司、山頂の物理的制約から三等三角点がおけず公式記録が残せないことへの落胆など、「役所」を描いた部分が多くあり、そちらの方が印象的です。登山の苦労がさんざん描かれた後だけに、他人がどんなに苦労しても役所の前には・・・という感じです。役所が認めてくれなくても、役人に意地悪をされても、自分たちは自分たち、胸を張って生きよう、そう思わないと・・・そういう読後感です。
04.Hは人のためならず 後藤みわこ 講談社
名古屋の私立高校桜通高校の「奉仕活動部」に入部した3人の1年生、奉仕活動に燃える木津鞠子、自力で何もできないことにコンプレックスを持つお坊ちゃまの堀川航、何故か人を呼び寄せてしまう部活嫌いの五条宙志が、与えられた奉仕活動の中で事件に遭遇する学園青春小説。小振りの事件と小振りの謎解きはあるもののミステリーと呼ぶのは辛い。タイトルは思わせぶりですが、色艶は全然なし。むしろ名古屋弁と味噌カツに満ちたご当地コメディの色彩の方が強い感じ。私の年のせいですが、登場人物で色っぽいのは生徒たちのおばあちゃん世代の独身理事長(139ページイラスト)くらい。イラストの話ついでに言うと、陰の主役の「ミロのヴィーナナちゃん」。裏表紙では3歳児くらいの体型なのに本編では高校生っぽい(55ページ)。その辺はきちんと作って欲しいんですが。
03.ヴァンパイレーツ4 剣の重み ジャスティン・ソンパー 岩崎書店
海賊船と吸血海賊船ヴァンパイレーツとそれらに命を救われた双子の兄弟コナーとグレースの運命で展開するファンタジー。4巻では海賊としての才能を見出されたコナーが、命を救われた恩のあるディアブロ号のモロッコ・レイス船長への想いと、グレースに連れられてやってきた「海賊アカデミー」での勉学と校長のクオ提督への敬愛に挟まれて揺れる様子、コナーの将来の安全を願って海賊アカデミーへ来たものの自らはヴァンパイレーツで命を救ってくれた青年ローカンへの思いを断ち切れずヴァンパイレーツに戻る方法を模索するグレース、吸血鬼の本能に従い人を襲い続けるヴァンパイレーツ造反派の動きの3つの柱で物語が展開します。3巻で展開したレイス船長への不信、ヴァンパイレーツとローカンの危機、造反派シドリオの動きに一応の決着が図られます。日本語版3巻と4巻が原作では1冊で、要するに原作ではきちんとまとめてあったお話を日本語版であえて分けて出版したから3巻が中途半端になっていたというだけですね。原作で1冊のものを分冊にするにしても、せめて同時に出すべきだと私は思うのですが。
1巻〜3巻は2009年6月に紹介
02.P・K 青葉奈々 講談社
教師夫婦の両親と教師の義兄、義兄の友人教師らに囲まれ愛情いっぱいに育てられた名門サッカー部マネージャーの奈美が、大地主の娘として何不自由なく育てられたが父親に反発して自分の意志を貫きたい先輩マネージャー由佳に激励されながら、女子サッカー部の設立に向けて奔走するというストーリー立ての青春小説。サッカーはずぶの素人の奈美が、母子家庭に育ち身を売ってきた母親に反発して盛り場をさすらう女嫌いの天才キーパー香織と女子サッカー部入部を賭けた勝負のためにシュートの特訓をして上達し、PK勝負に挑むというのがメインストーリーとなっています。キャラ設定は捻ってはあるのですが今ひとつ深みがない感じで、香織が徹底した女嫌いという設定もあまり説得力を感じないしそういう設定にした意味もあまり感じられません。私は貧しい過程で不幸な環境に育ったキャラには同情なり共感を持ちやすいので、やや香織びいきの目で見ることになるからかと思いますが、香織についてそういう設定にするならもう少し香織をめぐる展開を考えた方がいいでしょうし、こう単純に何不自由なく育ったキャラに和んでいくならどうして不幸な境遇に育ったというキャラ設定をしているのかもしっくりきません。奈美のおとぼけ家族と義兄の友人教師らの会話のほのぼのさの方に合わせて作った方が読み物としてはよかったかも知れません。
01.会社が消えた日 水木楊 日本経済新聞出版社
東証一部上場企業の役員目前のエリートサラリーマン木沢涼介が、ある日出社すると会社が跡形もなく消えていた、しばらくして会社は復活していたが自分自身が在籍した痕跡がなくライバルたちが自分の代わりにポストを占め上司も同僚も部下も自分のことを見知らぬ人物として扱い警察に突き出す、職を失った木沢はホームレス寸前からタクシー運転手、パチンコ店員を経験するが、ある日突然会社との関係が元に戻り・・・というストーリーでサラリーマンが会社の後ろ盾を失ったときの惨めさと会社という組織の醜さ、会社に身を捧げる人生のむなしさを描いた企業SF小説。なぜ突然会社が痕跡もなく消えたり、会社の記録から木沢だけが抹消されたり、突然元に戻ったりするかについては、パラレルワールドを示唆する言葉が若干出てきはしますが、全然説明されないというか、作者に説明する気がないことが明らか。どちらにしても荒唐無稽な設定ですが、意に反して別世界を経験することについて、童話のナルニア国物語あたりのナルニアが必要としたから呼ばれたレベルの説明さえないのは、あまりに不親切というか、説明を完全にあきらめた潔さというか。企業社会の裏側なり出世競争の醜さ・むなしさなり従業員を切り捨てる際の会社の冷酷さなり会社の後ろ盾を失ったサラリーマンの惨めさなり、この小説が描こうとしているテーマは、別にこんな荒唐無稽な設定をするまでもなく、現実の会社の中での出世競争やリストラを題材にドキュメンタリーとしてでも小説としてでもいくらでも描けるはずです。会社に対してこの小説の主人公の木沢と同じような思い・経験をした人は現実社会に山ほどいると思います。それを、現実の話としてではなく、およそ荒唐無稽な設定のフィクションとしてしか描けない/描きたくなかったというところが、作者が日経新聞記者ということのあらわれなんでしょうか。読み終えたときに、小説の内容や設定の荒唐無稽さそのものよりも、そこに一番の不思議・違和感を感じました。
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