私の読書日記 2010年11月
15.いつまでもここでキミを待つ ひろのみずえ ポプラ社
美大附属高校受験のために美術スクールに通う毎日に疲れてきた中学3年生の清水奏が、帰宅途中の横浜駅からとっさに夜行列車に乗ってしまい、車中で見かけたヤンキー少年一馬を慌てて倉敷で降りるときに巻き込んで降ろしてしまったことから、2人で旅をするハメになる家出青春小説。芸術の道に進みたかったが親に反対されたことから娘には好きな絵をやらせたいという母親の姿勢を圧迫と感じ、スクールでも他の生徒の巧さに劣等感を持って、絵が好きなのかどうかもわからなくなった奏の親への反発、自分探しのストーリーと、片親家庭で育ち高校に行かずに家業を継ぐように求める父親の姿勢に反発を感じつつ父親の愛に飢えた一馬の親子愛と自分の再発見ストーリーが、組み合わされています。世間知らずで一人では何もできない奏のちょっとした冒険心と、世慣れしているけどカッとしやすく強面の一馬の意外な純情さという組み合わせが、ほほえましくも、しかしありがちな男女のステレオタイプであることに、巧みさとあざとさと何だかなぁという思いを感じてしまいます。
14.労働法 [第3版] 水町勇一郎 有斐閣
法学部学生向けの労働法の教科書。第3版では、2009年の判決も相当数引用されていて勉強になりました。タイミング的には、民主党が通すはずだった法案を、当然に通るだろうと思って書いているのが、民主党が腰砕けになって立ち往生している現状からみると陳腐になってしまって、そこがちょっとかわいそうな感じがしますけど。項目ごとに、多くは裁判になったケースに即した事例が冒頭に置かれ、現実的な問題の所在がイメージしやすくなっており、著述の内容も裁判所の判決を基本的に尊重したもので、実務的な感覚に近いものになっています。著者の指摘は、多くの部分で個別の労働契約等の具体的な解釈によるというものが多く、理念よりも具体的場面の妥当性の方に配慮した感じです。しかし、労働法が、当事者の対等を理念的前提とする市民法的な自由、契約自由の原則では不利な立場にある労働者を保護する必要性から発生・進展してきたことを考えれば明らかなように、個別労働契約を尊重してその解釈をするという姿勢は、予測可能性を低くするとともに労働者に不利に(使用者に有利に)働く危険の大きいものです。日本の裁判所が形成してきた解雇規制が諸外国に比較して厳格だという指摘と、就業規則の不利益変更が必要性と合理性で認められることなど他の領域での使用者の裁量の広さはこの解雇規制の厳格さの下で使用者が対応する必要性から信義則の観点で位置づけられるという姿勢というか問題提起も、どちらの方向へも行きうるものですが、どちらかといえば解雇規制を掘り崩し使用者の権限は維持という方向の使用者有利に働く感じがします。差別取り扱い等の分野で使用者に厳しい方向の意見が見られますし、多くの分野で「考えてみよう」という形で意見を保留していることから、一概には言えませんけど。改めてこういう労働法の教科書を通し読みすると、弁護士が裁判で扱っている領域は労働法のうち一部に集中していることを再認識します。著者の認識としても、裁判で解決されるのは労働紛争のごく一部で、企業内での予防的な解決の重要性を指摘しています。こういう指摘が、労働分野に本質的なものなのか、企業内解決がおそらくは使用者側に有利に働くことからして裁判所や弁護士がもっとがんばって克服すべきことなのか、噛みしめていきたいと思います。
13.ハーフ・ザ・スカイ ニコラス・D・クリストフ、シェリル・ウーダン 英治出版
人身売買と強制売春、未婚で性交をした(と疑われた)少女を家族が殺害する「名誉殺人」、部族・民族紛争の戦術となった集団強姦、暴力による女性支配、女性の命が軽んじられるために減少しない妊産婦死亡や放置による少女の病死など、女性に対する暴力と虐待を指摘し、その解決方法として女性に対する教育と(小規模の)融資を提唱する本。女性の人権を声高に主張する左派・人権派と生命の尊重と人道主義を掲げる右派・宗教団体がともに法律の制定や施設の建設といった対策に終始し、それが結局現実の被害防止や被害者へのサポートにつながっていないことを主張し、従来の対策ではなく、草の根からの教育の実践等の意義を説き、そういった草の根のNGOへの寄付とその現場への参加を呼びかけるというのが著者の基本的な姿勢です。制度や施設を作るための善意の活動に対してシニカルな姿勢が目に付きますし、また低賃金であれ女性の工場での労働が女性の自立と地域での女性の地位を高め虐待を減らしていくという指摘には、原始的な暴力よりも女工哀史の方がましと言われているようで、それはそうでしょうけど原始的な工場主と多国籍企業の労働者搾取を正当化する主張ですし、納得しにくいものが残ります。しかし、前半で紹介されている東南アジア・南アジア、アフリカでの女性に対する凄まじい暴力事例を読まされ、また国際的な非難の下で禁止する法律が作られながら文化だと主張され一向に減らなかったアフリカでの女性器切除が地元女性の立ち上げた草の根教育プログラムにより急速に減少し例えばセネガルでは2002年から2007年の間に2600の村で性器切除の廃止宣言がなされた(324ページ)という事例を挙げられると、著者の主張に説得力を感じます。女子教育についても、学校を作ることよりも、現実の就学率を上げるために効果が出ているのは寄生虫の駆除やヨード塩の提供(健康の維持と学習への集中)、月経管理の援助(生理用品の提供等:高校生レベルでは月経期間中の欠席が多い)、子どもを学校へ通わせている家庭への低額の奨学金付与、給食プログラムの実施であると、より現場レベルでの実践的な指摘がなされています。様々な点で心動かされ目を開かされる本です。著者の1人が中国出身ということが影響しているのか、中国では意に反する売春が存在せず、中国が女性の自立にとって天国であるかのような記述が見られるのには本当かねと疑問に思いますし、アメリカや日本でも女性に対する虐待の問題がないかのような書きぶりには疑問を感じます。その点は、日本語版の解説で、アジア諸国から人身売買等により日本に連れてこられた女性の強制売春等が指摘されて補われています。
12.武士道シックスティーン 誉田哲也 文藝春秋
3歳の時から剣道一筋で全中準優勝の剣道エリート磯山香織と、中学から剣道を始めて中三の時に市民大会で磯山に勝ってしまった西荻早苗の2人が入学した剣豪の強豪校での高校1年生ライフを描いた剣道青春小説。宮本武蔵の五輪書を座右の銘に強くなること、勝つことを切望し、勝つためには手段を選ばず剛一筋で突っ走るおやじキャラの磯山と、父親の事業での敗北を見て勝負にこだわることをきらい普通の高校生というかのんきで人がいい西荻の対照的なキャラ設定が、漫才コンビの突っ込みとぼけのようにツボにはまっています。日本舞踊の足捌きと人より長く構えることという言葉に啓発されて相手の全体を見ることに集中することで次第に強くなっていく西荻のキャラと成長が、スポーツ根性ものと一風違った味わいを持たせています。唯一の味方と慕っている兄を倒した岡巧を倒すことを目標として来た磯山が、道半ばにして、強くなり続けてその先どうするのか、どこまで続くのかという迷いに襲われてスランプに陥り、宮本武蔵だって剣術が好きだ好きでしょうがなかったから五輪書を書いたんじゃないかと思い吹っ切る流れも根性ものよりも青春ものっぽくていい。対照的に思えた磯山と西荻の剣道への姿勢も家庭の事情も、次第に交差してきてほどよいところに収まっています。本に紅白2本のしおりが付いているのが、しゃれています(小説だから2人で読むのでない限りしおり2本使うことはないでしょうけどね)。
11.税務調査の奥の奥 清家裕、竹内克謹 西日本出版社
税務調査に対して正面から闘うことを想定して税務調査の実情と対応の仕方についての一般論を解説した本。税務署の言いなりにならず、資料の提出については理由を確認して必要最小限のみ見せ、コピーは拒否し、調査に直接関係ない質問には回答せず、税務署が言えば何でも必要で何でも聞けるという姿勢を取る調査官には上司に電話で抗議し、国税庁のHPに苦情を書き込むというような姿勢を正攻法として提唱しています。もちろん、意図的に不正な申告をしていないということが前提ですが。著者の説明、アドバイス部分は、そういう著者の主張を前提に読むべきものですが、一貫していてわかりやすい。現実に実行できるかについては難しそうに思えますけど。それはそれとして、この本では、著者が税理士として立ち会った税務調査事例と、元調査官のインタビューが、非常におもしろい。ひどい例をピックアップしているのでしょうけど、税務署ってこういうやり方するの?って驚きます。自営業者や会社の経営者・経理担当者でないと、前提となる税金や経費の仕組みになじみがなくて読みにくいかも知れませんが、興味のある人にはおもしろい本です。
10.幕末のお江戸を時代考証! 山田順子 KKベストセラーズ
著者が時代考証を担当したTBSドラマ「JIN−仁−」の舞台となった地域を題材に幕末の江戸の風俗を紹介した本。私は、ドラマは見ていないので、ドラマとの関係はまったくわかりませんが、いろいろ知らなかったことが書かれていて勉強になりました。江戸時代には「藩」という名称は一般には使われておらず明治時代になって正式に採用された(20ページ)とか、医者と産婆は大名行列を横切ることが許された(65ページ)とか、従来の認識が覆されます。もっと驚くのが江戸時代の物価の話。江戸−大阪間の飛脚の料金が7両2分(60万円)、吉原で花魁と遊ぶには10両(80万円)から15両(120万円)(144ページ)。人気絶頂の歌舞伎役者中村歌右衛門の年収は1400両でこれが文字通りの千両役者(176ページ)、江戸の庶民の成人男性の稼ぎが1日500文(1万円)(78ページ)ということですが。1両を8万円で換算しているところと10万円で換算しているところがあったり、誤植が目に付いたり、そういうところにつくりの雑さを感じてしまうのが残念です。
09.プロメテウス・トラップ 福田和代 早川書房
かつてMIT在籍中にFBIの盗聴システムに侵入して懲役3年の刑となった経歴を持つ天才ハッカー「プロメテウス」こと能條良明が、FBIから過去の犯歴抹消を報酬に、テロリストの一味で官公庁のシステムに侵入を続けるクラッカーを捕捉することを依頼されるという設定のサイバーミステリー小説。コンピュータシステムのセキュリティとハッキングに関する部分は、読み手が素人なもので現実的なんだか荒唐無稽なんだかはよくわかりませんが、印象としてはこんなに素早くあっけなく侵入できるんだろうかという驚きの方が強い。それぞれの章の展開や描写は惹きつけられますが、章のつながりが今ひとつすっと流れなくてちょっとつっかえます。初出は表示されていませんが、短編連作のようです。サイバーテロリストの正体と動機については、ちょっとすっきりしないものが残ります。ミステリーとしての意外性の方が重視された結果というところでしょう。
08.おたまじゃくしの降る町で 八束澄子 講談社
田舎町に住む幼なじみの中学生ハルとリュウセイの不器用で純情な恋愛を軸にした青春小説。元気なばあちゃんと陽気な母と平凡な公務員の父に囲まれて育ったハルは明るくのびのびと育ち、ソフトボール部のキャッチャーをしているが、親友だったのに複雑な家庭環境から拗ねたピッチャーとうまく行かず悩んでいる。たくましい母親の下育ったリュウセイは、父親がおらず幼い頃からそれをからかわれて悲しい思いをしてきたが、今ではたくましく成長し、ラグビーに打ち込んでいる。この2人がお互いに思いあいながら、それをうまく表現できず、といってすれ違いから悲劇に至るということでもなく、純情でほほえましい関係を続けていくというところが読みどころだと思います。それぞれの瞬間、シチュエーションでの思いの切り取り方は巧みなのですが、ストーリーとしては切れ切れ感が強く、問題は解明・解決されないままに、感情レベルでは思い直して進んでいく感じです。まぁ、現実の人生は、むしろそういうものなので、そう読めばいいんでしょうけど、小説としてはすっきりしない感じも残ります。
07.絶滅危機生物の世界地図 リチャード・マッケイ 丸善
絶滅危惧種の分布や現状について、各種の項目ごとに見開き2ページで地図をつけて解説した本。様々な問題点から多数の生物が絶滅寸前となっていることが、直感的に理解できます。今月初めに読んだ小説「スキャット」で登場したフロリダパンサーが絶滅寸前で、物語の舞台のフロリダのエバーグレーズ国立公園が最後の砦になっていることも紹介されています(52ページ)。ただ、多数の生物が次々と絶滅寸前となっていることを並べられると、どこか感覚がマヒしてしまうように思えます。また、項目ごとに世界地図が入っていることでビジュアル感がありますが、地図の作り方が国ごとに絶滅危惧種の数で色分けされているのは、まじめに調査している国ほど絶滅危惧種が多くなって実態と違うイメージになると思いますし、絶滅危惧種の数よりも数種の絶滅危惧種の分布か生存する個体数で地図を作った方が理解しやすいと思いました。この分野の人にありがちな表現ですが、「1990年代末には、希少なヒガシローランドゴリラ150頭以上がルワンダの紛争で犠牲になったと報告された」(51ページ)というたぐいの表現には、趣旨はわかりますが、反感も持ちます。その「紛争」では100万人近いツチ族の人々が犠牲になったといわれているわけで、それを置いてゴリラのことだけを取り出して痛ましい例とするのはやはり無神経に思えます。
06.鳩とクラウジウスの原理 松尾佑一 角川書店
危機管理のために国交省が組織し伝書鳩郵便の営業をする鳩航空事業団と、事業団にスカウトされたワーキングプア青年磯野、職を失って磯野のアパートに転がり込んできた大学時代にもてない男どもで集まりカップルを見ると爆竹を投げるなどしてからかっていた「クラウジウス原理主義者の会」のメンバーのロンメルと犬塚栗ら、仕事にも恋愛にも不器用な若者が繰り広げる恋愛青春小説。タイトルのクラウジウスの原理は、「熱を低温の物体から高温の物体へ移動させ、それ以外に何の変化も起こさないような過程は実現不可能である」という熱力学の原理(第2法則)の1つですが、主人公らはこれを女たちは易きに流れることと曲解して、反恋愛主義者が集合してクラウジウス原理主義者を名乗っています。この読み方だったら、クラウジウス原理主義は易きに流れる恋愛をする者になるはずで、彼らは反クラウジウス原理主義者を名乗るべきだと思うのですが。ストーリーは磯野が密かに勤める鳩航空事業団と、その鳩が運ぶ恋文を粉砕しようとするクラウジウス団のロンメル、そしてロンメルが慕う犬塚、しかもクラウジウス団の伝説の創始者とされているのは磯野という半径数メートルの中で展開していきます。このあたりの狭苦しさ、不自然さを乗り切れるかが、評価のポイントになりそうです。ともあれワーキングプアの広がりと、現代の若者の意外な恋愛への不器用さを感じてしまう作品でした。
05.英国式事件報道 なぜ実名にこだわるのか 澤康臣 文藝春秋
共同通信の記者の著者が1年間休職してロイター・ジャーナリズム研究所の客員研究員としてイギリスで暮らした際に見聞したイギリスの事件報道を紹介検討した本。日本のマスメディアの事件報道の多くが匿名報道化している現状に対して、イギリスでは徹底して実名でサイドストーリーも含めて詳細に報じられていることを紹介して、匿名報道の安易さを批判しています。この本で紹介されている記者らの声を読むと、イギリスでもマスコミに対する批判は強く、記者は軽蔑され、警察は殺人事件被害者の名前は公表するが生存する被害者の名前は公表しないことが多く、マスコミ報道の規制立法も検討されたがそれを抑制するためもあって自主規制機関が作られて仲裁をし、名誉毀損の裁判も多数行われて高額の損害賠償が命じられることも少なくないようです。そうすると、実は、記者をめぐる環境は大して変わらない、むしろ日本より広範にかつ早く警察官が被害者の元を訪れてガードし、被害者がマスコミの取材を拒否するときは警察がマスコミにそれを伝えるなど、記者にとってよりやりにくい面もあるようです。それでも記者は粘り強く脚で情報を集め、相手を説得し、警察情報のみに頼らず被疑者や弁護側にも取材してその言い分や事情も相当なスペースを使って報道していることも書かれています。警察発表に依存し、警察側の情報を取ることにきゅうきゅうとして、被疑者側の言い分を聞こうともしないか聞いてもほとんど報じない日本のメディアが、そういった努力を尽くさずに、実名報道への批判を封じようということならそれもまた安易な道だと思います。イギリスでも記者は批判にさらされていて、それでもそれが仕事だと思い、苦悩と試行錯誤を続けながらやっているわけで、同じことを実現したいのなら批判は甘んじてやるべきという方が、本筋じゃないでしょうか。そのあたり、誰に読ませるために書いてる本なのかなという気もします。
04.恐竜再生 ジャック・ホーナー、ジェームズ・ゴーマン 日経ナショナルジオグラフィック社
これまでの研究の結果恐竜の子孫と位置づけられている鳥類の中でもっとも研究されているニワトリの胚の成長過程に干渉して長い尾や歯やかぎ爪のある前肢を発生させ、生きた恐竜を発生させようという恐竜学者のプロジェクトをジャーナリストが聞き書きして編集した本。生物の発生過程は進化の過程をたどるという説には疑問があるが、ニワトリの胚の成長過程ではある段階まで長い尾が形成され、途中でそれがストップして破壊される。そのストップさせるシグナルを人工的な干渉でスルーすることで恐竜様の尾が形成できるのではないか、それができれば同様な干渉で歯やかぎ爪のある前肢も形成できるのではないかというのが著者の主張になります。この着想に興味を持って読みましたが、本の大部分は、恐竜の化石の発掘の話と発掘されたティラノザウルスの大腿骨の中に赤血球やコラーゲンとしか考えられないタンパク質を発見したことと恐竜の歴史と鳥類のつながりの話です。それも、ノンフィクションにしては、例えば恐竜の化石の発掘の話なら発見現場のヘル・クリークについて地域の歴史や由来、現在の周辺の状況とかで膨らませすぎの感があります。大腿骨の化石を切断したら化石の中に6800万年前のタンパク質が石化しないで残存していたという話は興味をそそられましたが、本題の恐竜再生の実験はまだ尾の消失停止段階で四苦八苦しているということでアイディアのおもしろさのレベルでとどまっていることもあり、自然科学系のノンフィクションとしては水増しの多い本だなという感じがします。終わりの方が研究の成果ではなく実験実行についての言い訳が続いていることも読後感の悪さにつながっていると思います。
03.ここ一番の集中力 児玉光雄 西東社
スポーツ選手のパフォーマンスを向上させるに当たってのメンタルトレーニングの重要性について説明した本。高い自己イメージと達成可能な目標(実績の10%増し、6割程度達成可能なラインが望ましい)によるモチベーションの維持、自己暗示、イメージトレーニングの重視などが語られています。イメージトレーニングだけをしたグループと実際に練習をしたグループでスキルアップの程度がほぼ同じだった例などを示されると、引き込まれてしまいます。他方で、感情は身体にコントロールされているという主張もあり、悲しいから涙が出るのではなく涙が出るから悲しい、無理にでも笑顔を作ると心の中から悪感情が消えていく(97ページ)ように身体をコントロールできれば感情もコントロールできるとして、大声を上げたり頭をぶつけたりして精神を高揚させるサイキングアップを紹介したり、視線を安定させることで集中力を高められる(94ページ)としています。あれこれ書いてあって、たぶんスポーツ選手にとっても全部が当てはまるわけじゃないと思いますが、スポーツ選手以外でも、つまみ食い的には参考になりそうなアイディア集という位置づけで読めばいいかなと思いました。
02.つやのよる 井上荒野 新潮社
欲望のままに男を誘惑し関係を結んできた松生艶が移り住んだ離島で癌に罹患して死にかけている/死んだということを軸に、艶と関わった人物の状況を描いた短編連作集。それぞれの話が艶との関わりで緩やかに結びつけられ、エピソードが交錯してはいるものの、ほとんどバラバラの短編に近い。語り手を、娘時代に艶をレイプした従兄の妻、艶の最初の夫の後日の愛人、艶の愛人だったかも知れない自殺した男の妻、艶がストーカーしていた男の恋人、艶に父親を奪われた娘、艶を看取った看護師、艶の最後の夫と、艶の遠い過去に絡んだほとんど艶への関心もない者から現在の艶に近い者へとシフトさせて行って次第に艶の像が結ばれるようにしつつ、最後まで艶自身に語らせないことで、謎を残し読者の想像力に委ねているあたりが巧みなところかと思います。艶を欲望のままに生きた女性を位置づけているのですが、他の登場人物も奔放な性生活をしていて、似たような感じじゃないかとも思えます。そういうことも含めて、艶を語りつつ、艶が中心ではない群像劇のような読後感を持ちました。
01.スキャット カール・ハイアセン 理論社
フロリダの私立中学に通う少年ニックがガールフレンドのマータとともに、校外学習の日からいなくなった厳しい生物の教師バニー・スターチとクラスの問題児のドゥエーン・スクロッド・ジュニアを探すうちに、湿地で州の土地を勝手に掘削している石油会社の陰謀と絶滅寸前のフロリダパンサーを追う自然保護運動家の青年の動きに巻き込まれていく軽めのアドベンチャー・ミステリー小説。主人公のニックの父親への思い、ガールフレンドのマータとのほほえましい友情など、素直で愛情に満ちた行動と人間関係に暖かみを感じ、ほのぼのした思いで読み続けられます。奇人変人の登場人物もいますし、冷酷でジコチュウな敵も登場しますが、どこか憎めない感じで、暗い感じにはなりません。そういうシニカルさもコミカルに変え、爽やかほのぼの感を持ち続けられるところが、この人の読み味なのだと思います。
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