私の読書日記 2011年5月
23.「どこでもオフィス」仕事術 中谷健一 ダイヤモンド社
モバイルツールを用いて会社や自宅以外の場所でノマド(遊牧民)ワーキングをすることを勧め、そのテクニックを解説する本。ノートパソコンをネットにつなげて仕事をするために、ノートパソコンの選択(バッテリーを重視)やデータ通信の選択を説明し、補助的なツールとしてネット情報を手軽に閲覧するためのスマートホン、直ちに立ち上がるデジタルメモツールなどを推奨し、外で活用できるようにデータをデジタル入力・キャプチャーした上でクラウドにアップしておくことが不可欠としています。そしてルノワールやマクドナルド、さらには駅のベンチや公園ででも仕事はできるとしつつ、電源の確保やネット接続環境の点から行う仕事別に場所を選択すべきとしています。モバイルツールをめぐる環境の情報やツールの使い方が参考になります。ただ、やろうと思えばできるとは思いますが、著者のような仕事の仕方はフリーランスのプレゼン型で共同作業になじむ仕事向きかなという気がします。自分を省みていうと、著者が言うように家に仕事を持ち帰ることで子どもが起きているうちに帰って子どもを寝かしつけてから深夜に仕事をするというパターンは子どもが小さい頃経験しましたけど、事務所でも自宅でもない場所でというのは、守秘義務が強い仕事柄と基本的に自分で仕事を完成させないと気が済まないし完成度を求める性格からなじまないかなぁと思います。「今以上に仕事をする時間が増えるのではないかと、心配される方がいるかもしれませんが、それは杞憂です。」(9ページ)というのですが、著者の「ある一日」の連続写真(2〜3ページ)の表情がみんなしかめ面で全然楽しそうじゃなくて、そう言われても説得力がないように思えました。
22.増補版 地震から子どもを守る50の方法 国崎信江 ブロンズ新社
地震の時に生き残り子どもを守るために日頃から注意しておくポイントを解説した本。2005年に出版した本を防災グッズ関係の情報等をアップトゥデートして東日本大震災を機に緊急出版したもの。まず自宅で大地震にあったときに飛んでくる家具や落下してくる天井等から身を守るために危険な家具の固定とか物をできるだけ置かないとか、テーブルの下などを補強した逃げ場と避難通路を確保することなどを指摘し、家族の安否確認方法を日頃から決めておく、防災グッズや水の準備、避難生活の準備などを説明しています。家選びの段階から日頃電車に乗るときの姿勢まで、防災重視でいるのは難しいと思いますが、いろいろふだん考えないことを考えさせられて、勉強になります。東日本大震災について触れた綴じ込み付録では、今回の東京はむしろラッキーだった、東京で大震災にあったときは避難民の数の桁違いの多さや思いもよらない危険物があり得ることを考えれば無理な帰宅はしない方がいいとか、子どもにも迎えに行けない(引取ができない)ことがあることをよく言い聞かせておいた方がいいなどの指摘をしていて、なるほどと思いました。
21.獄中からの手紙 ローザ・ルクセンブルク みすず書房
20世紀初頭のドイツで革命運動家とした活躍したローザ・ルクセンブルクが第一次世界大戦期のほとんどを演説を理由とする投獄と予防拘禁で獄中に囚われていた期間に、同士のカール・リープクネヒトの妻ゾフィーに宛てて書き送った手紙をまとめた書簡集。ドイツで出版されている「全書簡」から日本語版用に独自編集したものだとか。虐げられ滅ぼされる者への共感と加害者への怒り、同士への言及やロシア革命をめぐる部分にわずかに革命運動家としての匂いを感じさせますが、大半は同士の妻との友情と気遣い、獄中でわずかに感じ取れる自然への思いに関するものです。文学、音楽、絵画への興味も旺盛で、出版の意図もそういったローザの人間味を再認識させるというあたりにありそうです。当時の監獄の、厳しさ、劣悪な環境と共に、植物や鳥を観察できる比較的広い庭の散歩ができたり、仕切りのない部屋で面会でき看守の目を盗んでバッグを交換して手紙や原稿を持ち出せたりと、現在の日本の監獄より寛容な面も垣間見えます。キャリア・ウーマンとは対極の弱々しいヒロインへの共感を示す下り(34ページ)は、手紙の相手が置かれている立場とも絡むかも知れませんが、女の敵は女という構図に嵌らないローザの柔軟性も感じさせますし、「いつでも愛それ自体が、それを惹きおこした対象よりももっと重要で神聖だったのです。なぜなら愛は、世界を光きらめくおとぎ話として見ることを許してくれるから、」(125〜126ページ)というところも感じるものがありました。
20.「交渉力」を強くする 藤沢晃治 講談社ブルーバックス
日常生活での様々な交渉ごとでのポイントを解説した本。言われていることはある意味で当たり前のことが多いですが、一般人があまり理解していないことも多いように感じます。例えば、交渉を成立させなくてもいい側が交渉の強者で、交渉を成立させなくては困る側が交渉の弱者、交渉の過程で妥結を急いでいることを示すのは自ら交渉の弱者だと宣言するに等しく、そういう態度を取れば交渉で負けるのが当然ということは、日常的に交渉をしている人間には考えるまでもない交渉ごとのイロハに属することですが、そういうことを理解しない人がどれだけ多いか、時々いやになるほど実感します。この本でも書かれていることが常に当てはまるわけではなく、やり過ぎると失敗するとか、見え見えだと失敗する、下手にやると失敗するということも指摘されているように、本を読んだら交渉がうまくいくというわけではないですが、いろいろな交渉のポイントを下手な交渉の例と上手な交渉の例を挙げて説明しているのでわかりやすくなっていると思います。
19.情報から真実をすくい取る力 黒岩祐治 青志社
元ニュースキャスター(現神奈川県知事)の著者がテレビ・新聞の報道やネット上の情報について論じた本。著者の報道記者、ニュースキャスターとしての経験に基づくエピソードがちりばめられ、興味深く読めますし、書かれていることの一つ一つはなるほどと思うことが多いのですが、例えばネット上のライブ中継のような未編集の情報は発言者への追及もなく言いたい放題だし他の視点の提供もなく公平が図られないという指摘と、結論先にありきで結論に見合う情報だけが取捨選択されることは少なくないという指摘(これはむしろ意図的な編集に当てはまります。この本ではマスコミについてはそういう指摘はしていませんが)、真実を知るには現場に足を運ぶことが大事といってみたり、現場ではわからないことが多く情報は報道センターに集まる、挙げ句の果てはそのニュースを他局も含めて見比べられる視聴者が一番情報を持っているとまでいったり、全体としては論旨は一貫しないというか不明だと思います。ある意味では、一つ一つはそれなりに正しいと思える情報に対する見方が、同じ著者が言っているのに正反対のことも含め多数あって両立しうるということを読んで実感することが、情報を鵜呑みにしてはいけないことはもちろん、その評価も一面的では足りず、一筋縄ではいかないということを認識させて、読者のメディアリテラシーを高めることにつながるかなとも思います。
18.朝イチでメールは読むな! 酒巻久 朝日新書
サブタイトルの「仕事ができる人に変わる41の習慣」に象徴されるようなビジネスの効率をよくするための心がけ集。もっぱら組織の一員として仕事をする人に向けて、組織の中で評価されるようにどんな仕事を与えられても不平を言わずポジティブに考えて退屈な仕事や退屈な会議からも積極的に学び続け、通勤時間も仕事の段取りと反省に使って業務時間外も仕事のために生き(ただし息抜きは上手に時間を作る)、手柄は他人に譲って良い人間と評価され、人間関係とコミュニケーションに意を用い、そうして勝ち得た人脈・相手方評価の情報を仕事で活かしていくというようなことを説いています。そこまで仕事第一に生きようという人にはいいかもしれないけど、多くの人にはそんなこと言われてもねというところじゃないでしょうか。タイトルに使われた朝イチでメールを読むなというのは、私もふだんそうなっていますが、出勤してまずパソコンを起動しメールをチェックするとそれへの対応の雑事ですぐ午前中が過ぎてしまう、朝の頭が冴えている時間はそれよりも大事なというか頭を使ってすべき仕事に充てろ(そのためには出勤前にその日の仕事の段取りを考えておけ)ということで、その指摘はなるほどと思います。メールなどしばらく放っておいてもいい、本当に急ぎなら電話が来ると・・・「本当に急ぎ」じゃない電話が次々かかってくる人には当てはまらないかなという気もしますけど。上司や役員の決裁をもらうには、相手をよく観察して機嫌のいいときにもらいに行け、そのためには社長の秘書に日頃から外出や出張の度にお土産を持って行き「近いうちに報告に行きたいんで、機嫌のよさそうなときを教えて」と頼んでおく(75ページ)って、なるほどとは思うけど、同時にそこまでしてというか、会社人間の哀れも感じます。
17.労働法の世界[第9版] 中窪裕也、野田進、和田肇 有斐閣
労働法の教科書。1994年の初版以来ほぼ2年毎に改訂を続けているのは立派。労働事件を扱う弁護士として制度変更や新判例を含めた現状をおさらいするのに助かりますが、4百数十ページぎっちり書かれた法律書の通し読みは、慣れている分野でもけっこう疲れます。大学での授業で使うことを前提に、一人の労働者が企業社会に身を置いて経験するようにということで、総論的な「労働法の世界へ」のあとは、「企業」との遭遇、「団体」との遭遇、「労働条件」の諸相、「紛争」との遭遇、「企業」との訣別という章立てを取っているところが特徴と、自ら述べています。アイディアとしてはわかるんですが、従来の教科書のように個別的労働関係と集団的労働関係といったような分け方をしたくないと言いながら集団的労働関係に関するものは「団体」との遭遇の10〜12節と「紛争」との遭遇の24〜26節(前半)にまとめて置かれていて、ただ2つに分けられただけで、これだったら集団的労働関係でまとめてもらった方が読みやすい。平等原則なんかは普通の感覚では労働条件だと思うんですが「企業」との遭遇の6節に置かれていて、特にセクシャル・ハラスメントがその「企業」との遭遇の6節に書かれていてパワー・ハラスメントが「紛争」との遭遇の22節という遠く離れたところに書かれているのもしっくり来ない。解雇についても「紛争としての解雇」が21節、懲戒解雇の実体的な争点となる懲戒事由が23節、解雇の手続が27節とバラバラに書かれているのも、労働者にとっては実質一体ないしは密接に関連する普通解雇・懲戒解雇の解雇理由と手続がまとめて書かれていなくて不親切に思えます。
16.ベッドの下のNADA 井上荒野 文藝春秋
持ちビルの地下で隠れ家的な喫茶店「NADA」を経営する39歳夫と35歳妻が2人の場では会話のないさめた関係から、夫の不倫、妻と常連客との微妙な関係、過去への思いなどを経て、思い直すような変わらないようなあんばいで続ける夫婦関係を描いた連作小説。夫の不倫に気がつきながら素知らぬ顔の妻、妻が常連客と「できている」(実際はキスしたところで止まっている)と聞いて心中穏やかならず常連客に微妙な当てこすりをしたり不自然に振る舞ってしまう夫。夫の方は2人の愛人と不倫を続けていて、妻の方は冒険してもキスまでというあたり、ダブルスタンダードが肯定されている感じですけど、同時に妻の方がよほどしたたか。やっぱりそういう組み合わせの方が多数派なんでしょうね。温泉旅行で半年ぶりにセックスして、それから毎日全裸で寝ることにした夫婦。「セックスしないときの、裸の肌と肌が触れ合う感触は、セックスするときとは違う。湿り気のない温かさと、匂いのないなめらかさがある。」(164ページ)って・・・最初はそうでも、しばらくすると汗でべたべたになるんじゃないかなぁ。
15.低線量内部被曝の脅威 ジェイ・マーティン・グールド 緑風出版
主として乳癌死亡率の推移によって低線量放射線被曝の危険性を論じた本。統計学者である著者の立場から、主としてアメリカの国立癌研究所(NCI)が保有する1950年以降の郡単位の年齢調整乳癌死亡率を原子力施設から50マイル(80km)または100マイル(160km)内で集計して、1950年代前半と1980年代前半・後半で比較することにより、その増加率が原子力施設周辺以外の郡、州全体、アメリカ全体と比較して大きいことを論証することにより、放射性物質の吸入・水や食物からの摂取による内部被曝による長期低線量被曝の危険性を論じています。著者が指摘する数値は、一見して明らかに差異があることも、一見しては差異がわかりにくいこともありますが、統計上の有意性についての検定で説明されていきます。著者の主張では、低線量内部被曝による影響は発癌の開始要因のみならず化学物質等による発癌の促進要因ともなり、乳幼児の被曝は免疫に影響を与え、また乳幼児では死亡・低体重という形で直ちに影響が現れるとされ、原子力施設の運転直後や事故直後から乳癌発生率や新生児死亡率、低出生体重児の増加が統計で示されています。さらにはエイズ等の免疫異常による疾患が1945年から1963年までの大気圏核実験により乳幼児期に低線量内部被曝した世代に多いことも示されています。他方、核実験場が多いニューメキシコやネバダでは核実験期に乳癌死亡率が増加した後、原子力発電所がないので核実験の影響がなくなった後は乳癌死亡率が減少しているとか、ニューヨーク市の乳癌死亡率は水道の水源をインディアンポイント原発の風下のクロトン貯水池から別のところに移した後上昇が止まり下降し始めた等の指摘もなされています。原子力施設周辺の郡においても風下の郡と風上の郡、降水量の多い郡と乾燥した郡で乳癌死亡率が違うことも指摘されています。これらの指摘はかなりショッキングなものです。同じ統計を用いた国立癌研究所の報告書との差異は、国立癌研究所が原子力施設周辺郡として近接したごく少数の郡のみを選定しているために死亡者数が少なく統計的に意味がある死亡率となっていないこと、対照群として選定した郡が結局原子力施設から50マイル以内にあることにあるとされています。50マイルやさらには100マイル離れた地域も原子力施設周辺と見るかどうかによる差異ですが、50マイル内や100マイル内の郡をまとめることで統計学上有意な乳癌死亡率(の増加)の差が出るのならば、50マイルや100マイル離れていても原子力施設周辺であり、低線量内部被曝の影響が現にあると考えざるを得ないということになります。ただ、著者が多彩な統計を取り上げてする指摘が、ある場合は乳癌死亡率そのものの大きさ(平均値からの乖離)であり、多くの場合はその増加率であり、あるときは過去のトレンドからの乖離でありという形で着目点が異なること、そして国立癌研究所が著者の指摘を受けて原子力施設から50マイル以内の郡を機械的に全部集計して出した年齢調整乳癌死亡率の変化が著者の主張を必ずしも支持しておらずその差は著者が50マイル内の郡でも都会部分は除外していることにあること(352〜359ページ)は、反対者(原子力推進派)からの批判の余地を残しています。著者は、低線量被曝の影響が直線ではなく上に凸な対数グラフとなり、累積被曝量が少ない農村部では原子力施設の放射性物質放出で乳癌死亡率が顕著に増加するが、すでに累積被曝量が大きい都市部では影響が飽和してあまり上昇しないという主張で説明していて、低線量被爆の影響のカーブの点はそれ自体またショッキングな話ですが、これで十分に説得力があると言えるか、また累積被曝量が大きいと影響が飽和するという主張は原子力推進派に一種の開き直りの材料を与えないかなど、なお検討すべき課題があるように思えます。
14.イヴ・サンローランへの手紙 ピエール・ベルジェ 中央公論新社
イヴ・サンローランの事業上のパートナーであるとともに私生活上のパートナーであったピエール・ベルジェによるイヴ・サンローランの回想をつづった本。イヴ・サンローランの死後に、イヴ・サンローランにあてて書いた手紙の形式なので、記述は断片的で、時系列に沿っておらず、イヴ・サンローランの半生記のようなものと期待して読むと不満がたまります。ゲイのパートナーだったピエール・ベルジェが死んだ恋人を感傷的に回顧する姿に素直に共感できる人には、愛と感動のエッセイと読めるでしょうし、そういう読み方でないと満足しにくい本かなと思います。私には、イヴ・サンローランの死後半年を経て断片的に書き始めている(冒頭に葬儀の際の弔辞と思われるものを配していますが、その次はもう半年後)ことには、ピエール・ベルジェがイヴ・サンローランの死後に、イヴ・サンローランが生きていれば反対するであろう733点に及ぶ高価な美術品のオークションでの売却を控えて、それを正当化する目的が感じられます。その他の内容としても、イヴ・サンローランへの愛を語りながら、そこかしこでイヴ・サンローランの人格的な欠陥や、アルコールと薬物にまみれた日々、そして若い愛人との浮気を指摘し、自分は清く正しく耐え続けイヴ・サンローランを支え続けたという書きぶりには、故人への愛よりも自己の正当化の方が主眼なんじゃないかと鼻についてしまいます。
13.人を動かす文章術 齋藤孝 講談社現代新書
読んだ人の心を動かすための文章術について論じた本。凡庸な文章は読む気を起こさせないし、相手を動かさない。読む気にさせる文章のコツは、まずゴール(最後の一文)を決め、その際にも凡庸な結論は避け、次にタイトルを決め、その際には意外性を狙い(つかみ)、通過点を3つ決めて三段論法で1で「えー!」2で「へぇ」3で「ほぅ」と思わせることにある。テーマは異質なものと思われているものの間に共通点を見つけるか、似ていると思われているものの間の相違点を見つけることで、発見、独自の視点・着眼点を示す。正反合の弁証法で書くとさらに検討していると思われるし筆者の思考の柔軟性を印象づけられる。おもしろいものが書けなければ、普通の人が読んでいないものを出典を示して引用することで、高級感とお得感を出す。こういうあたりがこの本のメインストリームの主張になります。これは、学生の論文や試験の小論文、就活の自己アピールなどを想定しています。こういう文章では、まずは読者の関心を惹かないといけないし、筆者の能力というか魅力がアピールできないといけないわけです。だから著者は、論理の運びは無理があっていいし、むしろ無理があるくらいの方が(凡庸なものより)好感が持てるとまでいっています。しかし、この本でも、ビジネス関係の文書ではフォーマットに沿って必要なことを落とさず簡潔にまとめ、ビジネス上のポイントにきちんと目配りすることを強調していて、独自性一本槍ではありません。やはり、人を説得する文章は、読者が誰かによって変わってくるわけです。意外性狙いで強引な論旨という著者のお勧めの文章で、裁判官を説得するのは無理でしょうからね。
12.歌謡曲 時代を彩った歌たち 高護 岩波新書
1960年代から80年代の歌謡曲についての解説書。どちらかというと歌手よりも作詞家、作曲家、編曲者、レコード会社の方から紹介して、ヒット曲についても音楽技術的な側面からの検討が多くなっています。歌手についてはある程度知っていても、作詞家や作曲家、ましてや編曲者の経歴とか知りませんし、この曲はこの半音の使い方が斬新だとか、ビートの速さ・その変化が特徴的だとか、構成やコード進行がどうとか、技術的な用語を駆使して説明されても、私にはちんぷんかんぷん。有名でよく知っているはずの曲について、聞いたり歌ったりしていても、気にもしていなかったことがあれこれ書かれていて、新しい視点を提供してくれます。時期的にはよく知っているはずの時代の歌謡曲というテーマで、新書ですから、簡単に読めると思いましたが、予想外に歯ごたえがありました。
11.交渉の達人 ディーパック・マルホトラ、マックス・H・ベイザーマン 日本経済新聞出版社
ハーバード・ビジネススクールの教授による交渉学のテキスト。著者らの主張の主眼は交渉のために十分に準備をし、事前及び交渉中の情報収集を重視し、複数の論点に目を配りながら、冷静に交渉を進めること。嘘をつくことは、少なくとも長い目では割に合わず、嘘を見破ってもそれをあからさまに指摘したり非難することは(多くの場合嘘ではないと信じ込んでいる)相手を不機嫌にし、また相手の面目をつぶし、関係を損なう。書かれていることは大筋納得できることですが、経験上、そこまでの情報収集のコストや手間をかけられることは少なく、現実にはなかなか冷静でいられないものだと思います。指摘されて、そこまで分析していなかったなと思うのは、交渉に当たっては交渉がうまくいかなかったときに他のどういう道を取れるのか(BATNA=best alternative to a negotiated agreement)を分析し、どういう条件で交渉を離れるのかを、自分についてと、相手について必ず検討すべきということ。自分についても、そういう検討はしていませんでしたが、相手についてまでそれを考えろ(その前提として可能な限り相手の状況について情報を収集しろ)というのはハッとさせられます。現実には難しいでしょうけれど、指摘自体はなるほどと思いました。そういうことも含めて、仕事柄、興味深い話が満載でした。こういう本を読んだからそれで交渉に強くなれるというほど甘くはないと思いますけど。
10.呼んでみただけ 安東みきえ 新潮社
でたらめなお話を作るのが好きな家事苦手ママと、お話作りが苦手なパパが、幼稚園児の息子遊太にお話を聞かせるという設定の短編童話集。お話部分だけじゃなくて、ママと遊太のやりとり部分がほほえましい。後半では次第に遊太が素直じゃなくなり、お話を聞きたがらないようになり、遊太の成長が描写されますが、幼稚園でもうお話を聞くのを卒業するのは親としてはちょっと寂しい気分。私はお話を作り出す才能ないから本の読み聞かせだけど、うちの子たちは、小学校4年とか5年くらいまで喜んでくれたけどなぁ。童話部分は特につながりはなく独立したもので、「星に伝えて」(第1章)、「ストロベリーショートケーキ」(第3章)、「冬の花咲いた」(第5章)、「へそまがりの魔女」(第10章)あたりが私には好み。大切な人に読み聞かせたいなぁというほんわかした気持ちをそそられます。相手が素直に聞いてくれるかという問題は感じますけど。
09.私の神様 小手鞠るい 朝日新聞出版
アメリカ在住の50代の日本人小説家上條聖が、日本で学生時代に結ばれた妻奈津子には年下の医学生と不倫されて去られ、その後知り合ったキャロルと結ばれるがキャロルは発達障害のある娘を産む際に死亡して悲嘆に暮れ、なつかぬ娘に憎悪を持ち、来日した際にそのまま帰国せずに捨てようかと思うが1万円札を拾ったことを契機に思い直して娘へのお土産とし、その後また日本から帰国する際に機中で手にした機内誌の詩を読んでいるうちに成田エクスプレスの駅であった乞食を実は神様だったと感謝して、亡き妻と娘に思いをはせるという第1話のエピソードを軸にした短編連作。第2話以降は、奈津子に捨てられた娘、機内誌に掲載されていた詩の翻訳者、上條が拾った1万円札を捨てた女、駅で出会った乞食が主人公となり、第1話と絡んで展開していきます。多くの場面で、少なくとも上條がらみではすべて、女性の方が積極的に関係を求めています。そして奈津子は「恋とは、触れ合った肌と肌のあいだに、生まれるものなのだな、と。愛とは、抱き合った『あと』に、芽生えるものなのだな、と。」思い(94ページ)、上條は「キャロルに対する気持ちにあえて名前を付けるとするならば、それは『友情』だったと思う。」(23ページ)「僕は彼女の情熱の有り様に感動し、その情熱に応えて彼女を抱き、抱いたあとで初めて、彼女のことを好きになったのだと思う。」(24ページ)と、いずれもセックス先行の愛を語っています。このあたり、女性が女性には貞節を求める性のダブルスタンダードを打ち破り強くなったと読むべきか、上條の年齢設定が50代で作者も50代ということを考えれば、昔からそうだった/そうあるべきだったと読むべきでしょうか。第3話だけ話者を第三者にして上條を「なんの因果か、運良く目の前に現れたうら若き女性から『抱いてください』と迫られ、妻を思って必死で自制したものの、結局、己の性欲に負けて、あるいは、久しぶりに日本の女を抱けるという高揚感に駆られて、うす汚れた欲望に身を任せた、悲しいほど人間臭い、愚かな哀れな人間。」(148ページ)と叩いているのは、それでも不倫男は許せないということなんでしょう。
08.竜の木の約束 濱野京子 あかね書房
離婚した母と2人暮らしで母の仕事の都合で転校してきた中2の少女守口桂は、クラスメイトとも距離を置いていたが、河原沿いに立つ天翔る竜を連想させる椎の木の下にたたずむ不思議な少年マコトに惹かれ、その後クラスメイトの引っ込み思案の優等生江坂真琴から誘われるようになり、真琴の秘密を打ち明けられ・・・というストーリーの青春小説。両親の離婚と母親の放任を疎ましく感じていた桂の母親の考えへの理解と、父親の母親への暴力を目の当たりにして母親の弱さ・不幸を感じ「女は損だ」と思うとともにその母親から自分の将来の夢を否定されて悲嘆し揺れ惑う真琴の自主性の回復という2つのテーマでの少女の成長を描いています。女子同士の友情と淡い恋心を、「あの時のときめきとせつなさと、そして真琴と二人だけでわかちあった思い。私は、一生、忘れないと思う。」(191ページ)と心の中で表現する桂の心情がしみじみといいなぁと思いました。
07.財界の正体 川北隆雄 講談社現代新書
財界の活動について、財界団体としての日本経団連、経済同友会、日本商工会議所等の歴史と人事などの組織、政治献金、諮問機関等を通じての政策決定への関与、民間外交等に分けて解説した本。小泉政権下で諮問機関から実質的な政策決定機関に昇格し注目を集めた経済財政諮問会議には10人の委員のうち2人が財界から選出され、学者委員2人と竹中経済財政担当相に小泉首相を加えると過半数を握り、事前にマスコミに公表される「民間議員ペーパー」に他の委員である閣僚が反論すれば抵抗勢力と報道されるという手法で政策決定をリードしていたが、そこでの財界の主要な要求は法人税減税と社会保険料の企業負担分の減額、その財源としての消費税増税であった(107〜122ページ)。つまり企業の負担を大衆の犠牲によって減らせというものだった。また規制緩和では、労働者派遣の緩和によって日雇い派遣や製造業派遣が認められ、現在の非正規雇用の拡大・格差社会を招いたが、その決定に当たって重要な役割を果たした総合規制改革会議のメンバーには、人材派遣業者の社長が2人も入っており、座長の宮内義彦が経営するオリックスもその2つの業者の第2位の株主と取引先だった(145〜150ページ)。マスコミは政治主導・民間活力・規制緩和を肯定的に評価し続けているけれども、大衆の犠牲の下に大企業の利益を図る政策をそれによって利益を受ける者の主導で決定するという悪辣なことがなされるのなら官僚支配よりもさらにたちが悪いといえるでしょう。そういった財界の活動の、民主党政権下で変わるところと変わらないところ、民主党と財界の関係の微妙さの今後に注目したいところです。
06.過激派で読む世界地図 宮田律 ちくま新書
世界各地で活動する少数民族の独立運動、宗教的な原理主義、移民排除を唱える極右、極左の武装集団の歴史と現状を解説した本。各地のグループ間でも、少数民族の独立を目指す武装グループを共産主義グループが支援したり、イスラムとマルキシズムを折衷したイランの反政府武装グループをアメリカのネオコンの一部が支持していたりと、様々な政治力学が、これらの活動を支え、また複雑にしていることも見て取れます。右傾化を強めていくアメリカでも、イスラエルの国益を守ることでパレスチナにユダヤ人が居住できるようになってそれがキリストの復活を早めるとしてイスラエル支持を強く打ち出すキリスト教右派と、白人至上主義の立場からユダヤ人も含めた非白人の排除を主張する極右が錯綜している様子も、ちょっと頭の整理になります。ソマリアの海賊は、ソマリア内戦が始まった1990年代から外国の漁船がソマリア沖の漁業資源、特にロブスターを乱獲してソマリアの漁業を壊滅させたために、生活の糧を失った漁民が行っているという話や、アメリカが撤退すればすぐにもアフガニスタンを実効支配しそうなほど民衆の支持を得ているタリバンを過激派と位置づけるだけでいいのかという話も、考えさせられました。
05.春狂い 宮木あや子 幻冬舎
美しく生まれたために保育園時代から男子に性的な嫌がらせを受け続け、父親からも性的な関心を持って触られ覗かれ、女子中学で教師から強姦されかけて転校し、転校先で女子から徹底的ないじめを受け担任の教師からは変態性欲の矛先を向けられてきた少女が、同様に美しさ故に男子からいじめられ兄に犯され続けてきた少年と知り合い、恋に落ちるが少年は兄に陰茎を切り落とされて死に、残された少女は少年を思いながらついに自らの体で教師を籠絡して意のままに操りながら復讐を誓うというストーリーを軸とした小説。壱から六までの六部に分かれ、話の中心が少女の中学の担任、その担任がかつて憧れていた女性、少女と少女の高校の担任、少女、少女の高校の担任と微妙にずれながら、少女を中心に少女を蹂躙しまた少女が好感を持った人物が絡み合っていきます。美しい少女への男たちの視線と仕打ち、言い換えればむき出しの性欲と、それによって少女が受けた心の傷と不幸を思うにつけ、ここのところ読書でも映画でもそういうテーマが続いたこともあり、男って何だろうと思い、やりきれないものを感じてしまいました。
04.仕事と人生が同時に上手くいく人の習慣 久米信行 青春出版社
仕事と家庭と自分の趣味のバランスを取りながら時間を上手く使ってこなしていくためのコツを解説した本。過去の失敗は思い悩んでも仕方ないから気にしない、未来の不安はどうなるかわからないから気にしないで、「今」「ここ」に集中する、迷いや悩みは考え続けずにいったん忘れる、細切れ時間に仕事を割り付けてこなす、退屈な会議中も自分ならどう改善するかを考える時間にするなどの気持ちの切替や心得的なことが中心になっています。過去の経験から学ぶことも大切ですし、未来に向けて目標を持ちそこに向けて計画を立てることも大事だと思えますが、迷いや悩みはいったん忘れろというのと同じようにマイナス思考でぐずぐず考えるのは無駄というアドバイスと受け止めておけばいいでしょう。自分の仕事に不満を持つよりも、仕事は、嫌いな仕事をお金のためと割り切りつつクールに打ち込む方が結果的に上手くいく、好きなことはお金を払ってでもやるものと割り切って、無駄になることはない、いやなことでも何か自分の役に立つと思って先送りしないで手をつけようというようなこともいわれています。あれこれ不満を持たずに働けといわれている気もしますが、これもポジティブ・シンキングで受け止めておきましょう。目からウロコというほどではありませんが、気持ちの切り替えようで前向きになれそうな感じがして、少しすっきりしました。
03.純恋 新堂冬樹 徳間書店
13歳の時から義父に犯され続け男性不信の娼婦マリと最愛の妻に先立たれて自暴自棄になりまったく書けなくなった薬物依存症の元ベストセラー作家栗崎昭司が自虐的な思いに押しつぶされそうになりながら惹かれ合うブラック恋愛小説。「男は、精液を出させさえすれば満足する低俗な生き物だということを十三歳の頃に学習した」(4ページ)というマリの境遇は、あんまりだし、ただセックス目的でなく人間扱いされたというだけで惚れてしまうというのは純情すぎ。その心情には泣けてきます。そのマリをさらに輪姦させて殴る蹴るでボロボロにしたり、作者は鬼かと思ってしまいます。リタリン(中枢神経刺激薬)依存症の二重人格の作家にはあまり同情する気になれませんし、マリが惚れる価値があるようにも思えなくて、そのあたりが今ひとつ純愛小説と読みにくい。そういう男に惚れてしまうマリの悲劇という形で純愛小説なのかも知れませんが。男に対するマリの絶望と軽蔑を表す表現で「どんなに正義感に満ちた弁護士でも、若く魅力的な女性に迫られて抗える者はいない。紳士的であろうが、獣的であろうが、変質的であろうが、結局、男という生き物は精子を出すことしか考えていない。」(41ページ)って・・・
02.今日から日雇い労働者になった 増田明利 彩図社
著者がアルバイトと登録型派遣で日払いの労働を1か月間続けたルポルタージュ。古紙回収、ビルメンテナンス(清掃)、袋詰め、チラシポスティング、ティッシュ配り等の日雇い仕事を行いながら、その労働内容の単調さや採用のいい加減さ、集まった労働者の無気力さと底辺生活への慣れと諦めなどを描写しています。毎日の収入と支出を記録して(本文ではチキンカツ定食と冷や奴を注文して800円でおつりが来たと書かれているのに「本日の収支」欄でそれが830円だったりしてるから正確とは言えないけど:103ページ)、節約生活を試みて、ワーキング・プアの実感をつづっています。ネットカフェでは姿勢の関係で体が休まらないし、熟睡も難しく、ネットカフェで過ごした後で山谷の簡易宿泊所に泊まると急に自分が富裕層の人間に思える(57ページ)とか、ネットカフェ難民よりさらに悲惨なマクドナルド難民(マクドナルドで100円の飲み物1つで朝まで過ごす人々:95〜96ページ)、野宿者や山谷のトイレの床で眠る人々の様子も描かれています。日雇い6回目で班長にするビルメンテナンス会社(109ページ)とか、低賃金労働者の現場のいい加減さもわかります。こういうやりかたの格安アウトソーシングを続けていると秘密管理とかさらにはテロの危険も含めて大企業もかなり脆弱性を抱えることになると思うんですが。
01.欲情の作法 渡辺淳一 幻冬舎
基本的には男性向けに女性を口説くための心得を説き、一部は女性に対して男性への理解を求めるという「恋愛の作法」についての解説本。恋愛の目的を肉体関係に求め、男性が女性をそれに向けて口説くために、振られることをおそれず同時進行で多数に声をかけ、焦らず下心を悟られないように軽い気持ちでほめて行けと説き、女性に対しては派手な下着や厚化粧はやめて欲しい、好きならためらわずに肉体関係を持ってもいいとアピールしています。男性がセックスに積極的で多情で、女性がセックスに慎重で一人の男性しか受け入れないということを、生物学的な宿命として示し、古い道徳観というか、男性側に都合のいいありようを不動のものとして描いています。著者は元々医者ですし、そういうふうにいわれるとそういうものかなと考えてしまいがちですが、男性の性欲が強くなければその種は滅亡するとか言ってるのだって、逆に女性の性欲が強くても種は繁栄するわけですし、それほど説得力があるとは言えません。「二兎しか追わぬもの一兎も得ず」とか「巧言令色ときめく愛」とかのキャッチフレーズはおもしろいのですが。
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