私の読書日記 2011年9月
12.誰も死なない恋愛小説 藤代冥砂 幻冬舎文庫
夏のシーズンを山頂小屋で勤めて海外に貧乏旅行するカップル、大工と交際する施主の娘、男を渡り歩く19歳の学生、恋人の友人と芝生でHしてしまうデザイナー、旅行先のモロッコで置き去りにして出て行った男を追って砂漠に向かう女、海底トンネル内で迷い込んだ幻想的な部屋に住み着く女、別れ話をされて仕事を辞めてタイに長期滞在し太平洋を見たかったというブラジル人男を連れ帰る女、バスルームで男に体を洗われ続ける女、恋人とけんか別れしたが乗馬クラブから逃げた馬を追ううちに恋人との思い出に浸り考え直す女、マンションの4階までフリークライミングで登ってくるストーカーファンを受け入れるグラビアアイドル、一人客に思いを寄せる旅館の仲居らの、ある場面での恋愛の予感・思い・思い直しなどの心情を綴った短編小説集。様々な女のちょっとした非日常ないし現実感の希薄な日常の中で、若干の展開なり流れの後で、それでも自分の行き先を再確認するというあたりが、何となく共通点でしょうか。どの話も、弾むほど浮かれず多少の悲哀・感傷は気に病まず自己肯定感で締めている着実な感じの前向きさ加減がホッとします。短編集にありがちな雑多なまとまりのなさ、中途半端な展開で放り出される感じも残りますが。
11.しあわせ節電 鈴木孝夫 文藝春秋
節約・節電を実践する生活の喜びや心構えを説いた本。84歳の学者で小学生以来の日本野鳥の会会員という著者の立場と経験から、地球にやさしい昔の日本人の生活という方向でのお話が続きます。表紙見返しの「この夏にふさわしい“究極の節電バイブル”です」というキャッチからは、節電の方法論が書かれているのかと予想しますが、それはあまり書かれていません。基本的にはお説教臭い話が多いのですが、地球自体を自分のものと思ってしまえば自分の物だから無駄はできない、きれいにしておきたいと思うという話が「町を歩いている美しい女性も私の所有物です。ニヤリと笑って、『おめえ、知るまいが、おれの女なんだぞ』というふうに思う。『うちのカミさんだけで他までおれの手がまわらないからやむなく泳がしているけれども、ほんとは』というふうに思っていると、楽しみが続々出てくるわけです。しかもお金がかからない」(89〜90ページ)って説明されると、おもしろい人というか、危ない人というか・・・戦前からのトースターや扇風機を今でも使っているとか。私も物持ちがいい方で、修習生のとき(28年前)に使ってた扇風機は今も健在ですが、テレビ番組で古い電気製品は発火の危険があると聞き込んだカミさんから廃棄を迫られています。
10.かたちだけの愛 平野啓一郎 中央公論新社
自分と父を捨てて出て行った淫乱な母親のことがトラウマになっている37歳バツイチの工業デザイナー相良郁哉が、種違いの見知らぬ弟から母親の遺骨を宅配便で送りつけられた日に自宅前で起こった交通事故で左足を轢かれて意識がない状態の恋多き女としてマスコミを賑わす29歳のタレント叶世久美子を救助し、久美子の義足をデザインすることになったことをきっかけに、久美子に惹かれ、身体障害者となった元美脚の女王の再起を図っていく恋愛&ダメージからの復活小説。母親の淫乱のために近所から後ろ指を指され見知らぬ男たちにからかわれてきた屈辱の思い出と、現在の恋人の過去の多くの噂と近い過去ないしは半分現在の傲慢を絵に描いたような男との確執を対比させながら、多情な女を愛すること、過去への嫉妬などの苦悩とそのあしらいを描いています。「愛はなるほど、常識的に考えても、利他の感情と利己の感情とが絡み合ったものだが、相良が理解しそこなっていたのは、人は、利己心が相手の中にまるで見えないときにも、自分が本当に愛されているかどうかを、深刻に思い悩むものなのだということだ。」(327〜328ページ)、「なぜ人は、ある人のことは愛し、別のある人のことは愛さないのか?愛とは、相手の存在が、自らを愛させてくれることではあるまいか?」(410ページ)・・・納得できるような納得できないような、肯定してみたいような否定したいようなアンビバレントな思いを抱かせる提起がされています。前の(半分現在の)男がいやな奴であることが、どうしてこんな奴を好きになったのかと思う反面、それをてこに気持ちが燃え上がるという展開も、そういうものかなともそうなのかなぁとも思います(経験がないもので)。
09.もしもし下北沢 よしもとばなな 毎日新聞社
父親が親族の女性と関係してその女性に睡眠薬を飲まされて車で運ばれて心中させられて茫然自失で悲しみに暮れる娘が、目黒から下北沢に移り住み、押しかけてきた母親とともに暮らしながら、仕事や恋をして行きつ戻りつしつつ次第に立ち直っていく過程を描いた小説。デビュー作「キッチン」からしてそうだったように、私が読む作者の小説はたまたまかもしれませんが、大切な人の死去に伴う喪失感をテーマにしたものという印象が強く、うーん、手を変え品を変えまだこのテーマで書いてるのねと思ってしまいます。でも、十八番ということで、心情の描写は染みるところがあります。恋の訪れを感じながら、「ときめいて、はしゃいだり、うきうきしそうになると、もう一人の自分が、冬の日本海みたいな波の荒い寒いところで冷ややかに見ているのがわかるの。」(121ページ)とか「私が彼を見る目はちょうど、奥さんがいて、でも大好きな見た目の若い彼女を見る男のような、奇妙に切ないものだった。今の自分にはふさわしくない、でも時と場所が合えばどんなにか燃えただろう、そういう感じだ。」(158ページ)とか、恋する気持ちを持ち、そうしたいのに、入れない切なさがつづられています。もっとも、「大好きな見た目の若い」ってあたりが心から好きってわけでもないことを示唆していますけどね。新聞連載を単行本化したものですが、2010年9月11日までの連載で単行本の印刷が2010年9月10日って・・・
08.胸さわぎのクルーズ 矢口敦子 講談社
女子大時代に寮で同室だった3人が還暦を目前にして10日間の船旅をして、アバンチュールを楽しもうとするが・・・という小説。若い頃に高校時代の憧れの先輩だった銀行員と結婚したものの夫が作家になると言って銀行を辞めて結局パチンコ浸りで物にならず3年で離婚して娘を育て続けて出会い系サイトで知り合った会社経営者と再婚して2年目の万智子、病院長の娘として何不自由なく育ち経済評論家と結婚して優雅な生活を送ってきたが夫が10年前に事故死して得た生命保険金で贅沢な暮らしをしてその後預金の残額に気付き現在はつましく暮らす容子、メーカーの経理担当者と見合い結婚し堅実で退屈な生活を続けてきて面白みのない夫との退職後の生活にぞっとしている倫代の3人が、学生時代とは変わった相手との思惑の違いやすれ違いを見せながら、クルーズで一緒になった男たちの品定めをしたり、アプローチをしたりのエピソードで展開させています。それぞれの境遇での不満と、旅の恥はかきすて的な心情やアバンチュールへの期待感からの昂揚・興奮感、現実に引き戻された際の失望感・打算等が読みどころでしょうか。隣の芝生は青いし、旅の高揚感や恋愛への期待が相手を何割増しかに見せるという、ありがちな教訓も含めて。しかし、表紙のイラスト、59歳の3人というにはあんまり・・・
07.ヴァンパイレーツ10 死者の伝言 ジャスティン・ソンパー 岩崎書店
海賊船(海賊アカデミー側)と吸血海賊船ヴァンパイレーツ(ノクターン号)とそれらに命を救われた双子の兄弟コナーとグレースの運命で展開するファンタジー。10巻は原書の4巻(“Black
Heart”)を小分けして翻訳した3冊目で、区切りが付いた感じですから原書4巻の終盤3分の1と思われます。日本語版10巻は、9巻までで母サリーの霊から出生の秘密を聞かされたグレースが母サリーが去った後にモッシュ・ズー、ローカンらヴァンパイレーツからその続きを聞かされる流れ、9巻で海賊アカデミーからヴァンパイレーツ壊滅の任務を課せられたチェン・リーとコナーら海賊船タイガー号グループのヴァンパイレーツ殺害計画の流れ、8巻からの新たな登場人物ローラ・ロックウッドら女性ヴァンパイレーツグループと合流したシドリオの悪役グループでローラとシドリオが結婚しようとしそれによって地位を失う危機感を持ったステュークリーたちが造反する流れの3グループで話が展開します。10巻では、これまでほのめかされてきたグレースとコナーの出生の秘密がついに明かされ、他方これまで冷酷無比に描かれてきたシドリオの感情が表出し、登場人物の関係に微妙な変化を感じさせています。11巻(原書5巻:“Empire
of Night”)以降、10巻の最後で自らの出生の秘密を突然聞かされ、海賊アカデミー以来の親友と三角関係を生じ、ヴァンパイレーツとの戦いや距離の持ち方をめぐってチェン・リーと思惑のズレを生じつつあるコナーの身の処し方が焦点になりそうです。
8巻は2011年1月、9巻は2011年6月に紹介しています。
06.<麻薬>のすべて 船山信次 講談社現代新書
麻薬・覚醒剤その他の禁止薬物について解説した本。抑制剤系の未熟なケシ坊主から取れる阿片とその活性成分のモルヒネ、モルヒネをアセチル化したヘロイン、興奮剤系のコカの葉から取れるコカイン、漢方薬の麻黄の成分のエフェドリンの構造を元に化学合成された覚醒剤、幻覚剤系のLSD、大麻など科学的には一括りにしにくく、「麻薬」の語源である麻酔作用のないものも麻薬を呼ばれている現状に不満を示しつつ法規制されている各種の薬物について説明しています。アヘン戦争がイギリスが中国に阿片の輸出を継続することを認めさせるために起こしたことは有名ですが、阿片を中国で売りさばいた利益が関東軍の戦費に充てられた(73〜74ページ)ことや、麻黄からのエフェドリンの単離(精製)が日本の近代薬学さらには近代有機化学黎明期の大きな研究成果だった(138ページ)こと、覚醒剤が日本で戦時の工員や軍人に大量に使用された(142ページ)ことなどが紹介されています。そういった歴史や民族文化との関係は興味深く読めました。ただ著者の本来の専門分野と思われる、各種薬物の科学的な危険性については、釈然としないものが残ります。大麻は許容されているがアルコールは禁止されている文化(イスラム)の存在や大麻はソフトドラッグとして自己使用と販売を容認するオランダの政策に言及しながら、それでも大麻がアルコールと比べて危険だという趣旨のことを論じていますが、この本を通して読んでいても、大麻とアルコール、ニコチン、さらには薬物の一部の危険性は微妙な関係にあるように思えます。薬物の使用等の禁止は科学的な危険性のみならず現実の利用状況や政策的配慮が入るものです。そのことと科学的な危険性は分けて論じた方がいいと思います。著者の書きぶりには、日本の現行法で禁止されているかどうかと科学的な危険性をあくまでも一致させて説明しようという姿勢が見えて、そのために無理をしている感じがします。そういう姿勢が見えると、科学的な危険性についての記述の信用性にも疑問を感じてしまいます。私は、この分野のことについて特に知識はありませんから、客観的にどうかはわかりませんが。
05.華麗なる欺き 新堂冬樹 角川春樹事務所
伝説的詐欺師「ルパン」の一番弟子を争った「フォックス」と「コヨーテ」の子どもたち、「フォックス」の息子の詐欺師界のアーティスト「スティング」こと水嶋と「コヨーテ」の娘天才女子大生詐欺師「ペガサス」こと翼が、時価190億といわれる「マリー・アントワネットの首飾り」をターゲットに争奪戦を展開するが、その裏には・・・という娯楽小説。それぞれの詐欺師グループのチームワークやリーダーの性格と作戦、中盤以降のめまぐるしい展開、「スティング」と「ペガサス」の恋愛感情の行き着く果てにはお決まりのような話もあってという、多数の読みどころというかサービス精神にあふれた作品です。しかし、無理のある設定と展開から来る非現実感が強く、どんなに無理があろうがおもしろけりゃいいじゃないのって割り切りができるかどうかが分岐点になると思います。
04.原発を終わらせる 石橋克彦編 岩波新書
福島原発震災を受けて、14名の筆者が様々な観点から福島原発震災や原子力発電の科学・技術的な問題点、安全規制行政側の問題点や原発立地自治体の原発依存体質、核兵器転用の危険性、ソフトエネルギーへのシフト、脱原発の国作り等を論じ、脱原発への提言をしている本。前半の福島原発震災関係では、最初の「原発で何が起きたのか」で福島原発震災で地震で配管が破断するとともに圧力抑制機能が喪失したことが論じられ、新書版32ページとしてはかなり踏み込んで論じられています。同じ筆者が同じテーマで雑誌「科学」(岩波書店)2011年9月号でさらに詳論していますので、これで足りない人はそちらをということになるのでしょう。続く「事故はいつまで続くのか」はやや抽象的になりますが、事故で何があり得たのかとこの先を考える上で含蓄のある話が展開されています。「原発は先の見えない技術」では、金属材料学的な見地から原発の圧力容器が使用継続によってもろくなることを特に玄海1号機の最近のデータからの危険性を挙げて指摘し、高レベル放射性廃棄物のオーバーパック(炭素鋼:鉄)の耐久性の問題点を指摘しています。ページ数の関係でもう少し踏み込んで欲しいなと思うところも見られます(全体に5割増しくらいのページ数があったら、という印象を持ちました)が、原発の今を総合的に見るのによい本だなと思います。
03.点線のスリル 軒上泊 中央公論新社
2歳の頃に施設前に捨てられて施設で育ち勉強はできるが同級生からは疎まれている中学3年生の今村文人が、コンテストで最優秀賞をとった文人の作文に興味を示して近寄ってきた謎の高校2年生少女と、文人を好んで同級生から守っている少年の家の近くに住む元ヤクザ早川とともに、文人の過去と早川が面倒を見ている認知症の独居老人沙江の身寄りを捜すルーツ探索小説。スタートは文人と2つ年上の謎の美人女子高生の青春恋愛小説の方向性を見せていますが、次第に文人の出自調査、次いで沙江の身寄り捜しに重点が移っていき、早川との男2人道中が中心になってしまいます。長期連載ではなくて書き下ろしですが、途中で構想が変わったのでしょうか。まぁ青春恋愛小説としては、主人公の文人の心理描写で恋するドキドキ感がほとんどみられないので、それで突っ走るのも無理があるかとは思えますが。そのあたりも含めて終盤のミステリー仕立てというか、ストーリー重視のつくりで、心理描写とか人物造形とかはあっさりした感じがしました。
02.ボーカロイド現象 スタジオ・ハードデラックス編 PHP研究所
歌声合成ソフトVOCALOIDにより作成されネット上に発信された新たな音楽・ビデオ作品群が引き起こしたブームを、音楽ビジネスにつなげる観点から主として音楽産業業界に向けて紹介した本。経過と現状についての解説文と関係者のインタビューで構成されています。初音ミクで有名になったボーカロイド自体は、バーチャルアイドルではなく、特定の人の声を音源としたハードで言えばシンセサイザーのようなものをパソコン上キー打ち込みで歌唱ファイルにするソフトで、2003年にヤマハが発売していました。ボーカロイド(ボカロ)の流行・熱狂は、2007年のヤマハのVOCALOID2発売後これにキャラクターを結びつけた初音ミクの発売、その発表の場として投稿動画に視聴者がコメントをつけられるニコニコ動画のサービス開始が重なり、投稿動画でブームとなったところに、手軽に3DCGを作成できる=初音ミクを歌に合わせて踊らせることができるソフトMikuMikuDance(ミクミクダンス)が無償配布されたことで火が付くという経過をたどりました。これらのソフトと場の組み合わせでユーザーが作詞作曲した歌が歌唱とさらにはダンス付きの動画として発表され、その一部だけが得意な者はその部分を公開して他のユーザーが改良を加えて行き、ネット上の評価・賞賛を受けて作品の質を高め人々に共有されていく、そういう過程を経て作品と才能が認知され評価されてきたわけです。この本は、それをビジネス化することを目的とするものです。こういうケースのように、趣味として労力を惜しみなく注いで作られた作品やソフトを無償で提供するそれこそ「神」のような人格者と、そういった人々の成果を使って儲けようとする人々のせめぎ合いが、特にネットをめぐっては度々見られます。ビジネス化によって、著作権ビジネスで人の労力に乗っかって儲ける人々だけでなく、作者やユーザーにもメリットになることもあるので簡単ではありませんが、いつも複雑な、やや不快な、思いを持ってしまいます。
01.ダブル・ファンタジー 村山由佳 文藝春秋
テレビ局の担当ディレクターだったが辞めて専業主夫となって自分を支えてくれる、他人となかなか折り合えずけんかっ早いが性的には淡泊な夫省吾に飽きたらず、自信家で著名な劇作家志澤に憧れ夫との性生活への不満を相談するうちに肉体関係を持ってしまい、その後夫に生理的嫌悪感を持ち、夫のアドバイスを束縛・創作自立への障害と感じるようになって自宅を出て東京にマンションを借りて一人住まいをするようになった35歳の脚本家高遠奈津が、のめり込んだ志澤に飽きられると、出張ホストを買い、大学時代に一時関係した先輩の既婚者岩井と香港で再会するやセックスのよさに溺れて爛れた性生活を続けるが、岩井の訪問頻度が減るとまた他の男と関係を結びというぐあいに際限ない欲望に身を任せ開き直っていく官能小説。青春純愛小説を書き続けてきた作者が、弾けたように書き連ねたHの嵐。おじさん週刊誌への連載で読者層に媚びたのかとも思いますが、執筆当時43歳で、いつまでも純愛物じゃあ・・・やっぱり本当はこういうの書いてみたいって思い続けてたんでしょうね。主人公の語りで、真ん中あたりまでは、売れる売れないを気にしないで本当に官能的な作品を書いてみたいというのが、恋する心理とセックスの描写と並行したもう一つのテーマとしてあり、むしろその作家の思いなり産みの苦しみなりの方が本当は書きたいのかななんて思って読んでました。でも、後半にはそういう話もアリバイ的に出てきても明らかに中心から外れ終盤では立ち消えて、ひたすらH系の話。夫に悪いという思いや離れて冷静に見ると夫のよさもわかるという話も後半では消えてなくなり、離婚せずにいる夫との関係もどうなるのかわかりません。性格は草食系の先輩岩井とも、要するに自分の快楽のために尽くしてくれて、自分を慕って足繁く通ってくれるから爛れた関係を続けるが、少し来なくなると不満に思い別の男を求め、坊主は下手だったから次はなかったものの肉食系の役者はセックスしてみたらすごく感じたから岩井を振り捨ててそのままマンションに通わせるという主人公は、ただ自分に快楽を与えてくれて毎日通ってくれる男を求め続け、そこに開き直るというだけです。最初は愛情があってこそ感じると言っていたのも、後半ではまったく顧みられません。全体のテーマは「際限なき渇望」でしょうか。そういう主人公でもかまわないんですが、小説としてみたとき、前半でまいたタネの大半が、後半では放り出されて刈り取られず、ラストシーンも開き直りではあるものの自立した力強さも感じさせず、どうにも中途半端な感じがします。単行本で通し読みするには、後半で疲れてきて、作者も書き疲れて終わらせたかなという印象を持ちました。
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