私の読書日記  2012年1月

05.あやしい統計フィールドガイド ジョエル・ベスト 白揚社
 メディアで報じられる疑わしい統計の評価方法について論じた本。基本的には、人口統計などの基本的な数字を自分の頭に入れておき、あり得ない数字を洗い出す、社会的なことを議論する統計数字を聞いてそんなひどいことになっているとは思ってもみなかったというときは統計数字に嘘がないか疑ってみるべきというような、一種の常識をベースに誤った統計の生まれ方を紹介しています。悪意がなくても小数点の打ち間違いをしているかもしれない、メディアはそういうことをチェックできていないかもしれない。その統計は誰が作成したのか、その数字によって利益を受ける者が作成したのではないか。対象の定義はどうなっているか、広い定義を取れば当然数字は大きくなるし、定義が変更されることによって実態は変わっていなくても急増したことにされる場合もある。ある問題が注目されることでそれまで申告されなかったことが多く申告されることになって急速に蔓延したと扱われることもある。といった基本的な説明が続き、ある意味で当然のことですが、頭の整理にはなります。鳥インフルエンザで初期に東南アジアで治療を受けた人の50%が死亡したという話から死亡率50%という数字が一人歩きしたが、東南アジアの貧困層で病院に入院するのは最後の手段で大部分の人は感染しても入院することなく回復していたという可能性が見過ごされていた(118ページ)とか、1990年から2003年までに主要な医学雑誌に掲載された論文のうち特定の治療法が有効であることを述べ1000回以上他の論文で引用された論文は45本あったが、後の研究により7本は間違いであることがわかり7本は間違いではなくても言い過ぎであることがわかった(146〜147ページ)など、医学・科学領域のものでも驚くべき発見は結局間違いであることも少なくないという指摘は、肝に銘じておきたいところです。

04.おじさんとおばさん 平安寿子 朝日新聞出版
 小学校の担任教師の息子が政治家になるというのでかき集められたパーティーで45年ぶりに再会した小学校の同級生の男女6人が、同窓会の開催準備のために連絡を取り合ううちに好悪の遷ろう感情を抱きながら逢瀬・会合を重ねていく中壮年ノスタルジー恋愛小説。小学生の頃の思い・感情と、その後の変貌への評価と妄想、様々な経験と現在の自己の境遇を通しての価値観の変化などを受けて、小学生の頃の同級生への評価と感情が変わった様子、さらにはそれがまたちょっとした言動で反転・変遷していく様子が、軽妙で、しかし近い年齢のおじさんの目にはリアリティが感じられるタッチで描かれているところが読みどころです。うん、わかる、わかるけど、そういうかなぁ、でもそうかも・・・そんな感じで読める作品です。

03.スリープ 乾くるみ 角川春樹事務所
 科学番組の人気中学生レポーター羽鳥亜里沙が、密かに人工冬眠技術を研究している未来科学研究所に取材に訪れ、この研究所が実はすでに将来医療技術が発達したときに蘇生させる期待の下にセレブの死体の冷凍保存を実施しているという秘密を知り、その後ブラウン管から姿を消したという設定でのSF小説。亜里沙に対して憧れを持ち続けていた同僚レポーターの戸松鋭二が30年後に中学生のまま固定された亜里沙を研究所で蘇らせるという展開で、最初は純愛ドラマとしてある種感動的に進みますが、これが次第にオタクというかストーカーというかおぞましく暗転して行くところが読みどころとなっています。その、あれあれっという進行が売りだとは思うのですが、44歳の戸松君よりさらに年上のおじさんのノスタルジーなんですが、私は戸松君の純愛を信じたかったなぁと思ってしまいます。

02.ポルノ雑誌の昭和史 川本耕次 ちくま新書
 主として自販機本、ビニール本を採りあげてポルノ雑誌の栄枯盛衰をレポートした本。自販機本はつまみを売る自販機を流用していたために、厚手の紙で作って64ページ分の厚さが必要で、それ以上薄いと2冊一緒に出てしまうからという理由で必ずB5判64ページだった(80ページ)って、なるほど。雑誌倫理研究会という自主規制団体があって、ポルノの自主規制をしていたけど、その中には「教育者、宗教家、警察関係者等のスキャンダルは扱わない」というのがあったとか(21〜22ページ)。そういう条項飲むのって情けない。今ではそういう人たちの下半身スキャンダルって全然珍しくもないですし。自販機本を作っていた著者の話で、素人女性を騙して裸にしていた(箱根の山の中でスタッフと大げんかして、一人で歩いて帰るような元気の良いモデルなんかいるわけがない:62ページ)とか、モデルが引退した後にも古いポジをひっくり返して流用して写真集とかが出版されたり(163ページ)とか、ある種自慢げに書かれてるけど、ずいぶん阿漕な話。自分も若い頃にはお世話になったことを考えると複雑な気持ちになるけど。

01.労働法入門 水町勇一郎 岩波新書
 労働法についての入門書。労働法の成り立ちから現在の様々な分野の問題までをヨーロッパ・アメリカとの比較も織り交ぜながら論じていて、労働法を全体的に把握・理解しやすくなっています。他方において、冒頭でフランス・ドイツと日本、そしてアメリカでの労働観の違いを論じ、欧米に比べて異様に強い就業規則の効力や使用者の人事権等を、さらには労働時間規制が弱く事実上無制限の長時間労働が黙認されていることまでも、解雇権濫用法理によって解雇が著しく困難となり長期雇用が前提とされていることと結びつけて説明されていることから、日本の労働者が置かれている状況について雇用維持のためには仕方がないとか、文化的・伝統的なものと諦める方向で読まれかねないリスクを抱えています。著者はそういう読まれ方は不本意だと思うのですが。比較法的な観点が所々入っているので、使用者の人事裁量の広範さとともに、差別の禁止や労働者の人権保障の弱さが日本の労働法の特色であることを痛感させられます。著者の問題意識として長時間労働を強いられ過労死・過労自殺に追い込まれる(正規)労働者と、働きたくてもまともな条件で働けない非正規労働者等の格差が挙げられています。しかし、長時間労働の法的規制を論じる段では「ヨーロッパのように労働時間に法的な歯止めを設定することが法的に緊急の課題といえよう」としつつ、法的な規制をすると解雇回避が困難になるともいい(145ページ)、派遣法については「もしかしたらそのとき、労働法のパンドラの匣が開かれたのかもしれない」(169ページ)とまでいいながら「問題があるから禁止するという方向が今日の複雑な状況のなかで有効に機能するかについては、もうすこし慎重に考えなければならない」(179ページ)と歯切れが悪い。最終的な提言も個人(契約重視:アメリカ的)と国家(労働条件の法規制強化:ヨーロッパ的)と集団(労働者代表)の適切な組み合わせという折衷的というか玉虫色のもので、わかるような気もするけどそれで変革の動きにつながるのか、何となく現状維持に傾くんじゃないの?という気がしてしまいます。

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