私の読書日記  2012年11月

10.50代にしておきたい17のこと 本田健 だいわ文庫
 タイトル通り、後悔しない生き方を選択するための一つの指針として著者が考えることを書いた本。残りの人生でやりたいことを決める(第1章)では、好きか嫌いかで決める、不義理をする(第2章)嫌なことは断る、趣味をライフワークに進化させる(第10章)、本音で生きる(第16章)、とことん楽しむ(第17章)というとにかくやりたいことをやって楽しめばという路線と、それに絡む羽目をはずしてみる(第14章)、20代の友人を持つ(第15章)の気を若くする路線がメインストリームになっているように読みました。もうそれほど先はないんだからやりたいことをやれば、といわれているようにも思えますし、ある種読む前から想像できる話という気もしますが、こういう本の読者は、たぶん、そう言って背中を押してもらい、少しイメージがわくような話がついてればいいというところでしょうから、軽い読み物としてはその目的を達しているのかなと思います。愛を育む(第6章)、家族との軋轢を解消する(第7章)、ロマンスを取り戻す(第8章)という愛情路線も1つの柱になっています。誰とのロマンスかによって矛盾する話でもありますが、ドキドキワクワクを忘れないというのは、いずれにしても心においておきたいところですね。

09.「リスク」の食べ方 食の安全・安心を考える 岩田健太郎 ちくま新書
 主として食品の安全性についてリスクを完全にゼロにするということは現実的ではなく、レバ刺しの禁止等に見られる規制は官僚の責任回避が動機と考えられ、リスクの存在を直視しつつ危険を減少させていく科学的な「安全」ではなく非科学的な「安心」を求めることはオカミ依存の思考停止に陥り真のリスクを見る目を失わせることを論じた本。日本では微生物(細菌等)の研究は進んでいるが患者の方はおざなりにされていて感染症の専門家は少ない(21ページ)、牛レバーによる腸管出血性大腸菌感染症は1998年から2010年までの13年間で患者数67人に過ぎず死者はゼロ(57〜58ページ)、ばい菌がいることとそれで健康被害が生じることは違うのに臨床専門家が1人もいない会議で微生物の検出を理由にレバ刺しを禁止までしてしまうのはやり過ぎという、著者の専門領域にはまるレバ刺し禁止をめぐる議論をしている第1章はとても説得力があります。1951年から2009年までに食中毒の死亡者は顕著な減少を示しているのに、食品(餅等)による窒息死者数は9倍に増加している、日本における食品による窒息死亡率はOECD27カ国で2番目に高いが、腸管出血性大腸菌には過敏に反応するのに餅を喉に詰まらせたときの対応は今ひとつ(97ページ)、ビタミンA、C、Eやセレニウムといった抗酸化作用を期待される物質が死亡を減らす(長命になる)というデータはなく、ポリフェノールも癌の予防効果は示されていない(155〜156ページ)という指摘は興味深いところです。本来、常在菌と共生している人間は抗生物質で常在菌も殺してしまうと日頃常在菌が防いでくれている細菌・カビが繁殖して腸炎やカンジダ症になる、抗生物質などの薬も健康によい、悪いの二元論では語れない(87〜88ページ)という話をはじめ、たいていのものにはリスクがあり、その有効性とリスクを検討して判断していくべきで、単純なゼロリスクの追求はよい結果を生まないというのが、著者の基本線です。その応用で各種の細菌等による感染症のリスクを完全にゼロにするなら何も食べられない、外にも出られないと戯画化しながら書き続ける第3章はかなりくどく見えますし、健康本や抗癌剤は効かない論(近藤誠)批判、福島県産食品のリスクやさらには大飯原発再稼働のリスクまで論じてしまう第5章、第6章は、読み物ないし判断の方法論の議論としては興味深いですが、著者の専門領域でないことは頭に置いて読むべきでしょう。福島県産というだけで過剰にリスクを言うことへの疑問は感情レベルではわかりますが、それこそ「福島県産」を一括に議論してよいのか、検査の精度の問題、そもそもトレーサビリティ(産地・生産者の特定)が確保されているのか等を論じないで判断できるかに疑問を感じます。また、人工放射能が天然放射能と同じということを本当に無前提に述べてよいのか、内部被ばくとの関係では天然の放射性物質については生物は長期にわたる進化の過程でそれを取り込まない等の対応能力を獲得していないのかという疑問も、私にはあります。オカミがしっかり規制してくれるから、食べ物は安全に決まっていると国民一人一人が思考停止に陥ってしまえば、手をよく洗う、新鮮なうちに食べ物を食べる、体調が悪いとき、病気を持っているときは危険な生物(なまもの)は食べない、という「知恵」がどんどん劣化していきます(228ページ)という指摘は、その通りと思います。この国の「オカミ」が信用に値するかどうかには、私はかなりの疑問を持っていますが。

08.大尾行 両角長彦 光文社
 超小型無線機・CCDカメラ・GPSの仕込まれたメガネを装着した尾行チームを司令所から指揮して対象者を尾行するシステムで巨大化した探偵事務所に吸収されて働く昔気質の探偵村川昇平35歳独身が、5年前にまったく前兆なく飛び込み自殺した恋人湯浅茜の記憶に苦しみながら、その死の真相を追い求めるミステリー小説。最新鋭のテクノロジーを駆使する巨大組織に対して旧来のアナログ的な技術と勘で闘いを挑む個人を描くことで、テクノロジーや巨大組織に頼りがちな現代の風潮に疑問を呈しあざ笑うというか、そういったものにどうもなじめない読者に爽快感を与える読み物となっています。ミステリーとしてはテクノロジー部分や最終場面で一探偵にそこまでの力があるのかというあたり、ストンと落ちないものもありますが、布石は細かい部分まで周到に回収され、2転3転する展開も巧みで、最後まで楽しく読めました。ただ、ラストはもう少し何かひねって欲しい感じがしました。私と同い年の遅咲きの新人のようですが、この先にも期待したいと思います。

07.うまくいく人がやっている心の持ち方 佳川奈未 マガジンハウス
 基本的には、成功するには自分が気持ちよく乗っていけることに集中し、常に前向きに考えて目標は大きく持ち成功を確信して突き進むというような路線を推奨する自分主義的ポジティブシンキングの本。100の断片的アドバイスで構成され、「時計は見ない」(エジソンの例)「好きなだけ没頭する」(キュリー夫人の例)と「疲れないようにする」「睡眠を大切にする」とか、「背水の陣を敷く」と「予備を確保する」とか、「守りをかためる」と「イチかバチかの賭けに出る」「安全圏外に出る」とか、どうやったら両立できるのか想像しにくいアドバイスもありますが、そんな小さなことにこだわっていたら成功できないんでしょうね。どうせ全部実行できるはずがないんだから、気に入ったところがあったらそこだけ頭に残せばいいって本でしょう。終盤は神がかり・神頼み系になっていきますし、Chapter3までだけなら「願っていれば夢はかなう」の星に願いをディズニー系っぽい統一感があるので、前半だけ読むというのが一番気持ちいいかも。

06.ナメクジの言い分 足立則夫 岩波科学ライブラリー
 ナメクジに魅入られた元新聞記者の著者が、協力者からの目撃情報を収集して作成したナメクジマップによるナメクジ分布や外来種の進出状況、ナメクジについての調査や考察をまとめた本。在来種のフタスジナメクジ、ヤマナメクジに対し、外来種のチャコウラナメクジが分布を拡げている様子や、世界的にはヨーロピアンブラックナメクジ(大きいのだと体長30センチもあるって)が勢力を拡げていることが紹介されていますが、いかんせん元になる目撃情報数が少なすぎるので、客観的な傾向を判断するにはかなり頼りない感じです。産卵時期や孵化時期、産卵から孵化までの日数についても観察結果を紹介していますが、これも事例が少なすぎて怪しげ。ビールの匂いが好きでキャベツが好きとかいうのはおもしろいというか実用情報ともいえそう。恐竜絶滅の際にもナメクジが生き延びたことを、ゆっくりした行動パターンのエネルギー節約型ライフスタイルがえさの少ない時代を生き延びさせたと推測し、上昇志向を持たず競争せず仲間とくっついて湿り気を分かち合う姿勢をナメクジ史観に基づく分かち合い哲学と名付ける著者の主張は、科学的に正しいかどうかは別として、哲学的には興味深いところです。

05.エンプティスター 大崎善生 角川書店
 4年前までエロ本の編集長だった45歳の山崎が、エロ本から足を洗うきっかけとなった19歳年下のコンビニアルバイト七海が出て行ったのを機に失意に暮れ、過去への感傷に浸り続けるうちに、七海とつきあう前に自分のアパートへ逃げ込んできて半年後に姿を消した新宿の風俗女王と呼ばれた可奈が鶯谷の韓国デリヘルにいると聞き及び、可奈を救出する使命に燃え闇の組織と対峙するという観念アドベンチャー風ノスタルジー小説。無節操に過ごした過去の武勇伝ないしせつないエピソードを、中年男が失恋の感傷の中で振り返るというパターンが基調となっているように思えますが、これにその過去の想い出コレクションの女性の一人を現在形で救うために闇の組織と闘うという別の方向性が加えられ冒険・サスペンスの色づけがなされています。語り手の思い出と想念の中にある「空っぽの星」と現在救おうとする可奈の恐怖をエンプティスターというキーワードでつないでいるのが、現在の闘いをも観念的なものにし、サスペンス部分の迫真性を奪っているような気がします。中盤のヤマかと思った敵陣への侵入も具体的には描かれもせずにあっさり成功したのひと言で片付けられたり、ストーリーの核心ともいえる「闇の組織」との交渉もあまりにあっさりとあっけなく成立し、2人殺し損ねた闇の組織がその後アクションを起こさないとか、また殺人2件・殺人未遂2件で刑事事件として展開しない(というか展開したかどうかに触れられもしない)とか、闇の組織との闘いというテーマを設定しながらそれはないだろうと思います。そういうところで、闘い部分は観念的なもので、中心は武勇伝を感傷的に語るところにある中年男のナルシスティックなノスタルジー小説なんだと評価しました。

04.マイケル・ポーターの競争戦略 ジョアン・マグレッタ 早川書房
 アメリカの経営学者マイケル・ポーターの教えについて、弟子にあたる著者(マイケル・ポーターが主導するハーバード・ビジネス・スクール競争戦略研究所のシニア・アソシエート)が解説した本。要するに、経営者が目標としがちな同じ土俵での「最高を目指す競争」は価格競争に収斂しがちで自己破壊的で底辺を目指すゼロサム競争を煽るだけであり、あらゆる顧客のあらゆるニーズを満たそうとすることも同じ道をたどる、企業が求めるべきは売上げ・シェアではなく利益であり、安定的な利益を確保するための戦略は他社とは違う独自の価値(異なる顧客・異なるニーズ)を提案しそのために他社とは違う活動により他社よりも高い価格(魅力的な商品)か他社よりも安いコストを実現することにある。その際に、すべてをやろうとせず一定の顧客やニーズを切り捨て、特定のニーズの実現(顧客満足度の上昇→高価格、または低コスト化)に向けた独自の活動の最適な組み合わせをつくり、長期的な計画でそれに向けて活動していくことで、他社の模倣を困難にし、また部分的に模倣されても優位を保てるということを論じています。この主張へのすぐに生まれる疑問は、特定のニーズにターゲットを絞って特化する戦略でそのニーズへの対応は他社の追随を許さなくなったとして、もしそのニーズが消滅したらどうするということですが、それについては暗黙の賭けであり、そういう不幸が生じたときは仕方がない、諦めろということのようです(230〜237ページ)。シェア争いに目を奪われた価格競争を諫める以外に、商品の魅力を高めるため(高価格を実現するため)や低コストを実現するためのさまざまな領域での独自の活動の組み合わせ(それによってより高度に実現するとともに他社の模倣を困難にする)の重要性を強調して安易なアウトソーシングを批判し、また長期的な目的実現に向けた人材採用を求めるなど、昨今のアメリカ企業のみならず日本の企業でも目につく目先の利益だけを考えたリストラやアウトソーシングが企業利益の観点からも愚かであることを指摘している点が共感できました。基本的には成功例の分析ですし、戦略についての思考方法を説明するもので、具体的な提言があるわけではありませんし、もう少し説明して欲しいなと感じる部分も多いのですが、ふむふむなるほどと思いながら読める本ではあります。

03.その愛の向こう側 小手鞠るい 徳間書店
 結婚直前だった恋人桜木みどりが旅に出ると言ってうちを出たまま帰らず1週間後になって新宿駅のホームで飛び込み自殺をしたと聞かされて自暴自棄となったフリーライターの本宮修平が、ブログで書いた嘆きの記事を読んだ女性からみどりの1年後に新宿駅で飛び込み自殺をした主婦小林雛子の自殺の動機を調べてノンフィクション作品にして欲しいという依頼を受けて調べ出すうちに、みどりにつながる事実が浮かび上がって・・・という恋愛サスペンス小説。ミステリーとしての部分は、確かに予想外の展開で興味をそそられましたが、謎解きとしては詰められていない感じが残り、また明かされた内容も「それはないだろう」と思います。しかし同時に、それはないだろうと思う部分が、本当にあり得ないだろうか、本当にあったらどうだろうかとも考えさせられます。帰らぬ人となる直前のみどりの様子やそれ以前のみどりが平然と修平と過ごせていたのは本当なのか。あり得ないと思いつつ、でもあったら怖いような。同様に当然にあったはずのみどりの悲嘆と動揺を、また当然にあったはずの大きな変化を、修平は見抜けなかったのか。これもまたあり得ないと思いつつ、でも男にはそれも見抜けない、男は簡単に騙されるというのもありそうな気がして怖い。そして、そうだとしたら、みどりは修平と結婚したいだろうか、真実を知ったら修平はみどりと結婚したいだろうか。男と女の間には深くて暗い川がある・・・の世界かも。区切りのところで度々これまでのおさらいをしてくれるのは、連載では親切ですが、単行本ではくどい感じがします。

02.どんまいっ! 椰月美智子 幻冬舎文庫
 煙草のキャメルのパッケージのらくだに似た顔でバイト先で引っかけたヨネちゃんとHしてニコニコのキャメル、彼女が欲しくてたまらず英語の授業の穴埋めで教師にヒントはSから始まるといわれて「セックス」と口走るゲイリー、その友人のマッハの3人組とヨネちゃんこと米川まりあの紹介でトリプルデートした愛と麻衣子、まりあの大学での友人ミューちゃん、マッハの妹ヒカリ、ゲイリーの息子の亮太らの恋愛や仕事に絡む日常生活上のエピソードを綴った短編連作群像小説。基本的に、コミカルでハッピーエンドの軽い読み味で、安心して読める作品です。小説すばるで2008年6月から2年半かけての連載で、17歳高校3年生の3人組の話からその3人が44歳のおじさんトリオになるまでをつまみ食い的に書き綴り、それにおじさんトリオ46歳の書き下ろしを加えて単行本にしています。ミューちゃんやヒカリで1話作ってるのは、たぶんネタに困ってでしょうに、それでも2年半もよく気力が続くものだと感心します。登場するキャラの多くが紆余曲折というか回り道人生を歩む中で、ゲイリー・麻衣子組だけがまっすぐに進むのが目につくというか、救われるというか。高校生にして「ゲイリー」と聞いて「ゲイリー・クーパー」にちなんでかと聞き、「誰が為に鐘は鳴る」「モロッコ」と口走り、DVDで「ローマの休日」を見る麻衣子の設定はあまりにも古過ぎ・渋過ぎで、作者が自己投影して、それで失敗させたくなかったのかもというのはうがち過ぎ?

01.プロファイラー 深層心理の闇を追って パット・ブラウン 講談社
 アメリカで被害者・遺族の依頼で未解決の性犯罪のプロファイリングを行う組織のCEOである著者が、自身が犯罪プロファイリングを始めたきっかけになった事件と他の未解決の性犯罪7件について自己の分析結果を示して犯罪プロファイリングについて語った本。この本で取り上げられている事件はすべて未解決で、警察は著者の意見を採用していない、つまり著者が行ったプロファイリングが正解かどうかは決着がついていないことに注意して読む必要があります。著者紹介でテレビ番組で犯罪プロファイリングのコメンテーターとして10年間で1000件以上の犯罪分析を行ってきたとされているのに採りあげる事例が正しかったかどうかわからない例だけというのはちょっと不思議。結果がわからない故に批判的中立的に読みやすいともいえますが。犯罪プロファイリングについては、結果として外れた事例がどれだけあるのか(さらに言えば当たる確率はどれくらいなのか)、そういうケースはどこで間違ったのかを検証することが重要だと私は考えています。1000件以上もやっているというならそういうことも書いてくれるとうれしいのですが。著者は「はじめに」で「正しい答えを見つけ出すには、直感やすぐれた推測以上のものが必要になる。現場と証拠を、感情にとらわれることなく科学的に調査し、いかなる偏見ももたないことが要求される」と書いています(5ページ)。そのことは実に正しいと思います。しかし、著者が犯罪プロファイリングを始めるきっかけとなり自宅の下宿人だった男を20年以上も犯人だと疑い続けている事件で著者がその人物を犯人と考えたきっかけは下宿直後から変な人だと思っていて不気味だったからですし、図書館で本を読んで「性的暴行を行う男のほとんどが精神病質者だと知った」「すべての連続殺人犯は精神病質者であることも学んだ」(32〜33ページ)という著者が「いかなる偏見ももたない」で犯罪を分析していると信じるのはちょっと無理があるように思います。また著者が個別事件で述べていることは、「深層心理」に関する科学的検討というよりは常識的な判断の積み重ねですから、日本語サブタイトルの「深層心理の闇を追って」は的外れでしょう。その分、著者が述べていることは、著者が言及していない証拠がどれだけあるかによります(警察が著者の意見を採用していない理由にはそういう事情がある可能性もあります)が、著者が述べている証拠関係だけを前提にする限り、荒唐無稽ではないといえますし、同時にその程度ですから警察官の直感による方向付けをそれほど非難できるものでもないように思えます。私自身が、「犯罪プロファイリング」には見込み捜査の一種でそれを科学的な装いをすることで冤罪の温床となりかねないという先入観を持っていますので、うさんくさい目で見ているわけですが、読み物としてはおもしろいものの、私のそういう見方を修正してくれる本ではなかったと思います。

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