庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2015年8月

04.05.楽園 上下 宮部みゆき 文春文庫
 「模倣犯」で事件に深く関わりすぎその後書けなくなっていたノンフィクションライター前畑滋子が、交通事故で亡くなった少年が、火災に遭った家の地下に親に殺されて埋められていた少女のことを予知していたという母親の依頼で、少年と殺人事件について調査するという筋立てのミステリー小説。
 宮部みゆき、久しぶりに読みましたが、これだけの長さをスイスイ読ませる筆力はやはりさすがと思います。新聞連載で細かく区切って書きながら破綻しないことにも。まぁそれができてのプロなのでしょうけど。それでも依頼者である母・萩谷家の来歴のあたりは冗長に感じましたが。
 主人公の前畑滋子が、「模倣犯」の事件を引きずり続けているように、作者自身も「模倣犯」の影を引きずっているように感じられます。大作で大きな話題になると、そこから簡単には抜けられないということでしょうか。単純に、それをネタに1作稼いだということなのかもしれませんが。

03.婚外恋愛に似たもの 宮木あや子 光文社文庫
 男性アイドルユニット「スノーホワイツ」の熱狂的ファンの35歳、常に上から3番目の人生を送ってきたテレビ局勤めの夫を持つ専業主婦桜井美佐代、常に下から3番目の人生を送ってきたスーパーのレジ担当の益子、常に1番の人生を歩んできた投資顧問隅谷雅、普通が1番と言われて生きてきた商社マンをやめてエッセイストとなった夫を持つ専業主婦山田、常に一番下の人生を送ってきた小説家片岡真弓の5人の日常生活とアイドル追っかけ人生を綴った短編連作小説。
 容姿も境遇も違う5人の同い年女性が、同じアイドルユニットのそれぞれ別のアイドルを追いかけて絡み合うという現実にはありそうにないが読ませるには巧みな設定と、短編連作で後のエピソードにつなげる布石を打っているところに感心します。特に、常に上から3番目の人生を送ってきた女の悩みを第1話に持ってきたあたりが秀逸です。上から3番目の悩みなんて、たぶん誰も共感しないだろうけれど、でもその人にはその人なりの悩みはある、考えてみればそうなのだろうけど普通にはまず考えないテーマを出され、ちょっと唸りました。
 35歳の女をテーマにしつつ「目を疑うような、ジャバ・ザ・ハット(スターウォーズの)そっくりな女」(15ページ)、「まさに未知との遭遇」(17ページ)って、年代が違うくない?(そう思ってるからわざわざ「スターウォーズの」って解説付けてるんでしょうけど…)

02.若年性アルツハイマーの母と生きる 岩佐まり KADOKAWA
 若年性アルツハイマーを発症した母を引き取り、働きながら母と2人暮らしするフリーアナウンサーの手記。
 朝は不穏(不機嫌)になって口論になることが多く、夜中はトイレに頻繁に起きるのでそのトイレ介護のために睡眠不足になり、というようなことで悩まされながら、病気の合間にも母親の愛が見え、「大好きな母。私の隣でいつも笑っていてください」と言えるところが、きれいごとにも見えますが、ホッとさせてくれる本です。
 食事は、少しずつしか食べられない上に考え事をして箸が止まったり、つまようじをおかずに刺して遊んでいたり、野菜に向かって「なんでここにいるんや?」と話しかけたりで、たっぷり1時間かかり、途中で著者が席を立つと母親も席を立って食べるのをやめてしまうので、気長につきあわないといけない(142ページ)。そういうことを、めんどうだと(だけ)思うか、それを楽しめるか。介護を楽しめる気持ちを(少しでも)持てると、違ってくるよということを、著者は伝えたいのだと思うし、そこを読み取りたい。
 認知症になると、自分で歯磨きができず、痛みもうまく伝えられなくなって、歯がぐちゃぐちゃになっていた(126ページ)。これも、ありそうな話で、気をつけないとねと思う。
 国民年金の障害基礎年金1級の年金額が月約8万円(109ページ)。自営業者向けの国民年金の貧弱さに、改めて泣けてきます。

01.老後破産で住む家がなくなる! あなたは大丈夫? 高橋愛子 日興企画
 住宅ローンが払えなくなった高齢者の相談に対して、不動産コンサルタントの著者が、競売や自己破産を避けるために不動産の任意売却等を勧める本。
 表紙の下半分に「『終の棲家』を失わないために!」「競売、自己破産を回避するプロのテクニックをお教えします!」と書かれています。しかし、この本で著者が勧めるのは基本的に、不動産の任意売却です。任意売却すれば、競売や自己破産は避けられても自宅を手放すことになります。この本で紹介されている事例で自宅に住み続けられたケースは、親族が買い取った場合と、セール&リースバックで投資家が買い取りそれでも残る借金2000万円をサービサーが50万円に負けてくれた(137~142ページ)という超レアケース1件だけです。つまりいずれのケースも自宅を手放し、住み続けられるのもごく一部のケースだけです。それで、「『終の棲家』を失わないために!」というキャッチは、羊頭狗肉だと私には思えます。
 この本で勧められている任意売却は、債務者(借り主・不動産の持ち主)にとって、そんなにいいことでしょうか。自己破産をどうしても避けるということが前提の場合、競売よりは任意売却の方が通常は高く売れますから、自宅を手放してもなお残る借金の額が任意売却の方が減るのが通常です。しかし、どちらにせよ自宅を手放すのであれば、自己破産なら借金が基本的にすべて(税金とか社会保険料の未払などは別として)なくなるのですから、自己破産しないで任意売却を選択することで数百万円とか一千数百万円の借金を残して不安な状態が続くよりも、自己破産をした方がいいと、弁護士としては思います。高齢者の場合、自宅の売却後の残債務は事実上請求されないこともありますが、貸金業者によってはうるさく請求してくることもありますし、子どもなどが相続放棄をし忘れたら借金まみれになりかねません。任意売却で確実に利益を得るのは貸金業者(銀行・保証会社)と不動産屋・不動産コンサルタントです。貸金業者は任意売却によって競売よりも回収額が増えますし、不動産屋は競売ではまったく得られない仲介手数料(売却額の3%あまり、例えば3000万円で売れれば103万6800円にもなります)を得ることができるというわけです。この本でさえ、任意売却で借り主が具体的に得られるメリットは(うまく行けば)引っ越し代が出ることくらいしか書いていません。自宅を手放してもなお多くの場合多額の借金が残ることを考えれば、30万円とか20万円とかの引っ越し代をもらってどれだけの意味があるでしょう。そしてこの本では、著者が、不動産仲介手数料の他にコンサルタント料としていくら取るのかはまったく触れられていません。引っ越し代よりコンサルタント料の方がかかるかも知れません。仮にコンサルタント料を取らなかったとしても、不動産仲介手数料だけを考えても弁護士費用よりよっぽど高い。住宅ローンが払えず、自宅を手放すことが避けられないのであれば、自宅を手放してもなお多額の借金が残り、貸金業者と不動産屋・不動産コンサルタントだけが儲ける「任意売却」よりも、借金が基本的にすべてなくなる自己破産の方がよほどいいと、このことだけは、繰り返し、言っておきたいところです。

**_**区切り線**_**

私の読書日記に戻る私の読書日記へ   読書が好き!に戻る読書が好き!へ

トップページに戻るトップページへ  サイトマップサイトマップへ