庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2015年10月

05.オードリー・ヘップバーン 世界に愛された銀幕のスター 筑摩書房編集部 ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>
 ティーンエイジャー向けの伝記本「ちくま評伝シリーズ<ポルトレ>」のオードリー・ヘップバーンの巻。
 オランダの男爵家の娘を母に持ち、再婚同士でイギリスに渡りファシズム運動の熱狂的な支持者だった夫婦の下に生まれ、6歳で父が失踪した後バレエに傾倒した少女時代、オランダに戻りナチスに財産を没収された上に親族を殺害されて反ナチスとなった母とともにレジスタンス運動に協力した戦中、イギリスに渡りバレエを極めながら師からセカンドバレリーナとしてやっていくことはできてもプリマにはなれないと言い渡されて生活のためにミュージカルに出演していたらブロードウェイミュージカル「ジジ」の主役に抜擢され、映画「ローマの休日」でスターダムにのし上がり、映画出演を繰り返した栄光の日々、ユニセフ親善大使として世界各地をまわった引退後、そして結腸癌による63歳での死亡するまでを綴っています。
 2度の離婚をはじめ、5人の男性との関係が語られ、過食症と極端なダイエットを繰り返す様が書かれていますが、そういうこともマイナスにならない時代となったということか、評価が確立されているのでその程度のことは問題視されないというところでしょうか。
 華奢で胸が薄い(グラマーでない)オードリーに、「豊満な欧米の女性が現実的な憧れの対象とならない日本女性にとって、新しい理想像となったのでしょう」(105〜106ページ)、歯並びの悪さをカバーするために前歯にキャップをしてはどうかという撮影所の提案を拒み、濃すぎる眉毛を抜くことも承知しなかった(107ページ)オードリーはコンプレックスを逆手に取り、男性に媚びるような造られた美しさではなく持って生まれた自然な美しさを追求したと位置づけています。
 美しさ、ちゃんとした主婦などの概念/価値観が強調されているのが鼻につく感じもしますが、運命と人間関係に翻弄されながらも、自分の個性を見据えてそれを活かしていこうとする姿に希望を見出せる、そういうところで読後感のいい本になっていると思います。

04.直感を裏切るデザイン・パズル 馬場雄二 講談社ブルーバックス
 錯視などの視覚現象を説明しつつ、視覚や空間認識等に関するパズルのクイズを集めた本。
 錯視について説明する第1章では、割と素直な驚きを感じることができます。私は、2つの傾いたものの写真を並べると左側に傾いている塔の写真なら左側にある塔の方がより傾いて見えるという斜塔錯視(22ページ)や、縞模様を直線で切断(横断)して横にずらすとその境界線の直線が傾斜して見えるというミュンスターバーグの錯視図(44〜46ページ。表紙にも採用されている)、同一の円弧(半円等)を等間隔で並べる(「)))))))」こんな感じ)と円弧の出っ張り側の端(←の例では右側)がより大きく見えるというヴントの錯視図(49〜50ページ)に感心しました。
 第2章以降は、図形や空間認識、数字を使ったクイズですが、だいたい私が子どもの頃に流行った「頭の体操」(多湖輝)のレベルとセンスで、著者は、難しいだろうというような書きぶりで解説しているのですが、ほとんど歯ごたえがなく、正解しても何か満足感を得られるレベルには思えません。円を分割して楕円を作れるかという問題(157ページ)は私はお手上げでしたが、これは楕円の定義の問題で、弧成楕円(円弧をつなげて作る楕円:4心楕円)を楕円と考えるかだけの問題です。線1本で100分の1にという問題(179ページ)に至っては、1%(0.01)は100の100分の1じゃなくて1万分の1ですから解答になっていませんし。
 後半に読み進むにつれてだれていきます。第2章以降はやめて、第1章の内容で1冊書いてくれるととてもよかったのですが。

03.ひとり上手な結婚 山本文緒、伊藤理佐 講談社文庫
 作家と漫画家の著者2人が、読者からの結婚に関する悩みの相談に答えるという形で、自分の結婚生活を紹介し、論評する本。
 一応、相談の形にはなっていますが、大半は、自分の結婚生活の経験談をネタにしつつ、惚気ている風情です。2人とも、同じ業界の住人で仕事に理解のある者同士の結婚で、共働きでほどよい距離感を保っている点で共通し、深刻な対立は感じられず、その意味で読者からは、自分のところとは違うという感じを持たれる場合も多そうです。悩みについて直接の答えを期待するよりは、自分と違う夫婦の結婚生活の様子を読むことで、さまざまな生活、結婚観・人生観があることを知り、夫婦はかくあるべしという硬直した考えを見直す/捨てるという点に、この本の一番の意味があるのだと思います。
 深刻な話はあまり採りあげられていませんが、そういう話はそもそも書きにくい(書いたら夫婦生活に亀裂/危機を呼ぶことでしょう)し、読者のニーズとしても、少ないだろうと思います。巻末ゲストトークで「幸せな話っていうのは絶対必要なんです。でも幸せなときにしか幸せな話は書けない。ていうか、幸せな人がそれを書くのと、不幸な人が書くのとではエネルギーが別物だと思うんですよ」(253ページ)とされているのは、至言だと思う。
 夫婦関係について、あぁこういう夫婦がいるんだ、こういうふうでもいいんだと、ふっと力を抜けるところが心地よい本だと思います。

02.脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体 中野信子 幻冬舎新書
 脳が快楽を感じている時に分泌され、各種の依存症ともかかわるドーパミン等の脳内麻薬について説明した本。
 「はじめに」で、何かを成し遂げ、社会的に評価されて喜びを感じるとき、友人や家族や恋人から感謝やお祝いの言葉を聞いて幸福感に包まれるときには、食事やセックス、そのほかの生物的な快楽を脳が感じているときに分泌されている物質と同じ「ドーパミン」が分泌されている、人間は目の前の餌を食べたいという生理的欲求とぶつかり合う遠い将来を見据えた行動や一見役に立つのかどうかわからない科学や芸術に向けた知能的行動を行うときに快楽物質を分泌し、頑張っている自分へのご褒美のしくみを築き上げ、進化してきたのではないかという問題提起をしています(4〜5ページ)。
 セックスの快感もドーパミンを分泌する報酬系の働きが関係している(100〜101ページ)とされ、オスが浮気をするかどうかについて相手のメスに愛着を形成するホルモンであるバソプレシンの受容体が腹側淡蒼球に多いと浮気が少なく、腹側淡蒼球にはドーパミンを放出する神経が伸びている側坐核から神経が伸びており、この神経がバソプレシン分泌にかかわっていると考えられる(151〜153ページ)とされています。「はじめに」の問題提起からすると、特定の相手(恋人、配偶者)からの感謝・賞賛、よい関係を継続する幸福感といった「社会的報酬」についても検討されてよさそうですが、この問題では言及されていません。
 また、社会的報酬によるドーパミン分泌そのものについては、19名に対する機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)による実験(画像スキャン)(129〜131ページ)が示されているだけです。まだわからないところが多いということなのでしょう。最後の言葉が「実験デザインを構築するのが難しいため、まだそこまでは、脳科学的なエビデンスが得られていないのが現状です。若い科学者のみなさんにぜひ、こうした課題に取り組み、ヒトの快楽や幸福、認知の構造をさらに解明していってもらえたら、こんなに素晴らしいことはないと思っています」(169ページ)ですから。でも、2004年修士課程修了の著者は、もう「若い科学者」じゃないの?

01.命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業 イチロー・カワチ 小学館新書
 生活習慣病の予防、パブリックヘルス(みんなが健康でいられる社会をつくる:22ページ)の観点から、先進国で平均寿命が最低クラスのアメリカで研究を進める著者が、平均寿命がトップクラスの日本を見て、絆社会が日本人の長寿に貢献していることを指摘しつつ、近年の日本での格差の拡大が人々の絆を弱め平均寿命を今後押し下げるのではないかとの危惧を示した本。
 研究の結果、「人々の絆」や「隔たりのない社会」といったものが日本人の長寿に貢献してきたことがわかりました(5ページ)とされ、2011年の平均寿命調査で日本が男女ともに順位を下げたことについて「非正規労働者の増加などによる格差の広がりとともに、人と人との絆が薄くなり、日本の持つ素晴らしい側面が失われつつあると感じています。生活習慣病など、病気の改善を個人の努力だけに追い求めてしまう社会は格差をより大きくしてしまうのです。このような変化は、日本人の健康に確実に影響を及ぼします」(5〜6ページ)という指摘は、大切なことだと思います。
 また、著者は、「周りの人たちと楽しみながら交流できる場合は健康によい影響を与えます。一方で(略)つながることが負担になってしまう場合、例えば、個人がつながることで責任を重く感じたり、そこでの人間関係がうまくいかない場合などは、逆に健康に悪い影響を与えてしまうのです」(150ページ)、「パブリックヘルスの取り組みとして人とのつながりを人工的につくり、健康状態をよくしようとしても、あまり期待するような結果が出ないことが続きました」(151ページ)とも指摘しています。
 他方、人々の絆が健康に与える影響についての調査としては、2003年に愛知県で65歳以上の男女1万3000人に行った近所の人たちを信頼するか否かの聞き取り調査とその4年後の対象者の要介護状態の有無の相関と、内容は必ずしも書かれていない日本全国206の地域を対象に行った調査が挙げられ(15ページ)、所得格差が大きい地域は死亡率が高いことの実証としてはアメリカの各州の所得格差(ジニ係数)と死亡率の相関が挙げられています(57ページ)。いずれも日本国内、アメリカ国内の地域比較で、絆と平均寿命、格差社会と平均寿命の関係が「わかった」とするにはなお弱いように思えます。「アメリカにおける自殺・他殺・事故で亡くなる可能性を見てみると、人とのつながりが薄い人−つまり、結婚していなかったり、親族がいなかったり、教会に通っていなかったりすると、死亡リスクが2倍以上になることがわかっています。また、心臓疾患になる可能性も、社会とのつながりが弱くなればなるほど高まることが明らかになっています」ともされています(131ページ)が、これも親族の有無と社会の絆を同視する前提で、そう結論づけてよいのか気になります。理論的な検討や、個別的事例の解釈説明もなされていますが、実証部分がもやっとしているので、読後感としてもぼやけてしまいます。大切な指摘ですので、さらに研究が進むといいのですが。

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