庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2020年8月

20.たそがれダンサーズ 桂望実 中央公論新社
 60歳定年時に再雇用を希望しないと言ったら引き留められなかったことに屈辱感を持ち、子どもの頃に捨てられた実父が認知症となって役所から連絡が来て時折面会に行かなければならないことに不満を感じていた田中がかかりつけの医師から適度な運動が必要と言われてその娘から社交ダンスの世界では男性が足りなくて困っていると懇願されてその気になり、社内政治をうまく泳いで部長になったが社長が交代して同期の者が取締役となって自分の先行きが暗くなり不満に思う川端が長年モテたいという思いと計算で検討していた社交ダンス教室通いを始め、IT企業を3年で辞めて会社を手伝うと言い出した息子を受け容れたが理屈ばかりで使い物にならないと舌打ちし続けている町工場の社長大塚が映画「Shall we ダンス?」を見てやってみたくなり、といったことで社交ダンスを始めた中高年初心者男性16名が、ダンスパートナーの妻を亡くしたばかりで失意に暮れる米山の下で社交ダンスの初歩の特訓を受けることとなり、それで社交ダンスにはまり…という小説。
 ダンスそのものだけでなく、日常生活への不満から社交ダンスへと逃げたり気晴らしが必要となったおっさんたちが、ダンスやダンス教室での人間関係を通じて、不満を持っていた家族や会社関係者との関係をも見直し、そちらの方での問題も改善されていくという展開が、小説だからではありましょうけれども、読んでいて心地よく思えました。

19.ATMのトリセツ 日本ATM株式会社編著 一般社団法人金融財政事情研究会
 ATMについて基本的な事項、機器の特徴、メンテナンス・警備・現金装填等の管理、遠隔監視、顧客からの問い合わせへの対応等について、説明した本。
 入金された紙幣・硬貨を取り扱う部分には、入出金部(投入・受取口)、一時保留部(取引中止等の際の返却のため一時的に置いておく場所)、監査/鑑別部(紙幣・硬貨の真贋、金種、流通可能かの判断)、スタッカ(紙幣・硬貨の貯蔵場所)、リジェクト庫(流通不可と判断された紙幣等の格納場所)、取り忘れ回収庫(顧客が取り忘れて帰った紙幣等の格納場所)など様々なパーツが有り、まれに機内の搬送路などに紙幣が残留して正しい金額の紙幣枚数が手元に出ていないこともある(その場合は、一連の手続における詳細を説明した上、丁重にお詫びするように指示されています)ということです(166ページ)。ATMでトラブルがあって、入金や出金が中断したり、ましてや通帳やカードが機械に飲まれたままだと、その場で足止めされて長時間待たされることになります。私も一度だけですが、経験があります。運営会社側からすればどうしようもないのでしょうけれども、顧客側ではまったくの災難で、どうにかならないものかと思います。
 設置スペースとコストの問題などから、コンビニ型のATMでは通帳が利用できず硬貨も取り扱えないことが多く、顧客の要望では通帳利用を求める声が多いのですが、今後通帳や硬貨が利用できるATMが増加することは期待できそうにないようです。

18.みんなが知りたいシリーズ13 地下水・湧水の疑問50 公益社団法人日本地下水学会編 成山堂書店
 地下水・湧水の成り立ち、特徴、飲用・生活用水・農業用水・工業用水としての利用、歴史、地下水の汚染、地下水をめぐる法制度等をQ&A形式で解説した本。
 日本やイギリス(島国)では火成岩系の地質でミネラルが溶け出しにくく傾斜が急なために地下水の流速が速いことから軟水が多く、茶の成分をよく抽出するため緑茶・紅茶の文化が発達し、出汁が取りやすいのに対し、石灰岩質で地形が緩やかな大陸ヨーロッパでは硬水が多く硬水でも支障がないコーヒーが普及し、硬水を直接料理に使わずスープストックを使うなどの説明(154~157ページ)は興味深く読めました。
 地下水の権利については、伝統的に土地所有権に付随するもので土地所有者が地下水(井戸等)を自由に利用してよいというのが裁判所の立場です。この本では、その上で、1966年には地下水が共同資源であり、同一の帯水層中の地下水を利用する場合は、利益・損益の公平かつ妥当な配分の原則を示す判決が出されましたと紹介している(115ページ)のですが、どの裁判所の判決なのかも書かれておらず、注記されている参考文献は他の人の本(それも法律系の本でないことが一見明らか)です。調べてみると、ここでいわれている判決は、松山地裁宇和島支部の1966年6月22日判決で、この判決の後も、土地所有者が自由に利用できるという判決が多数出ていて、この判決が流れを変えたというわけでもないようです。ずいぶんとたくさんの人で分担して執筆しているのですから、法制関係は法律の専門家に執筆依頼した方がいいと思うのですが。

17.レフトハンド・ブラザーフッド 知念実希人 文藝春秋
 双子の兄海斗とともに幼なじみの七海に思いを寄せていたが兄がリードしていたことを知り(この設定と展開、「タッチ」か?)、兄に話があると言って兄をバイクの後ろに乗せて走行中に事故って、兄が死に、そのトラウマに悩むうちに兄が左腕に乗り移り兄と共存するようになったインターハイミドル級3位の高校生ボクサー岳士が、精神科医の治療により海斗が消滅することを嫌って家出中に、殺人事件の容疑をかけられて逃走し、真犯人を捕まえるために奔走するという、SFというよりはオカルト系でしょうね、ミステリー小説。
 設定の荒唐無稽さをどこまで我慢できるかと、読者サービス用に色気を盛った隣人桑島彩夏のキャラ設定と言動のいい加減さ(作りの粗さ)を我慢できるかが、評価の分岐点になると思います。謎解きや展開は、まぁ悪くないと思います。

16. 辻仁成 集英社文庫
 パリで小説を書きながら書家を生業としている72歳の父澤凪泰治が1年前から「一過性健忘症」の発作を繰り返し、今自分がどこにいるのかわからないというヘルプコールを受けて度々仕事をキャンセルしてパリの街を探し回る30歳の語学学校講師澤凪充路(ジュール)が、幼いときに母が駆け落ちして事故死した相手のフランス人男性リシャール・マルタンの娘リリーと交際を続ける様子、父の家政婦たちとの悶着等を描いた小説。
 自分の父が死亡した原因を作った女性の子を訪ね、父の死の真相を知りたいと調査と議論を続け、逃げようとするジュールを追いかけて話を続け、堂々巡りをしてけんかをすることもしばしばだったリリーが、その相手ジュールに好意を持ち、デートを重ね、ジュールも好意を持ち交際するようになるという設定に、そんなことがあるのかなぁという違和感があって(知り合ってから事実を知ったのではなくて、リリーはそれと知ってジュールを探して会いに行き、ジュールは最初にリリーに事実を告げられたというのに…)、なかなか2人が恋仲になり、結婚を決意し、という展開に入って行きにくい思いをしました。
 妻が男と駆け落ちして事故死していなくなり幼い息子を育てるために決意して実践してきた父の姿と、その父が老いて健忘症に悩まされる姿を通じて、父子関係を考え味わうメインテーマでの読み味はいいと思うのですが。

15.加害者家族を支援する 支援の網の目からこぼれる人々 阿部恭子 岩波ブックレット
 犯罪加害者家族を支援するNPO法人 World Open Heart 理事長の著者が、加害者家族が置かれている状況、支援の必要性等について解説した本。
 犯罪加害者の家族は、多くの場合、犯罪に関与もしておらず法的には何らの責任がなくても、マスコミの報道によりさらし者にされ、匿名のネット民や近隣住民等による嫌がらせを受けがちです。私も、25年ほど前に、犯罪被疑者(後日不起訴)の妻の勤務先をタイトルにした記事を書いた人権侵害常習犯の「週刊新潮」の記事のあまりの志の低さ、ルール無用の悪党ぶりに驚き、訴訟提起した経験があります(そのときの判決は、今でも犯罪事件の関係者についての報道が許される範囲についてのリーディングケースになっています…と思います)。
 この本は、その犯罪加害者家族に対する支援について、そういうわかりやすいケースのみならず、親が甘やかし続けたことで結果的に犯罪を助長したとか、親の虐待が犯罪性向を強めたとか、家族自身にも一定の責任があると考えられるようなケースも含めて、多様な加害者家族を支援すべきことを論じている点でユニークなものと言えます。
 著者は、情状証人としての証言等の際に家族のプライバシー保護や精神的負担軽減の配慮が足りない(26ページ)、情状鑑定に否定的でそもそも情状鑑定を理解していない弁護人が少なくない(33ページ)、家族を安易に情状証人にする(37ページ、39ページ)等、弁護士に対する批判を繰り返しています。活動の過程での経験に基づいた不満が多数あるのでしょうけれども、同時に弁護士の活動に対する期待の高さを示しているのかも知れません。私自身はもう15年あまり刑事事件はやっていませんので現実の業務には関わりませんが、一面では刑事弁護という観点からはそう言われてもというところもあり、他面では傾聴すべき点もあるのかなと思います。

14.泣きかたをわすれていた 落合恵子 河出書房新社
 子どもの本の専門店「ひろば」を経営する72歳の冬子が、10年前まで7年間にわたり認知症が進行する母親の介護と格闘しつつ母親との時間を愛おしく思う様子、「ひろば」の経営やスタッフへの思い、嫌がらせをする連中に対する思考の中での処理、かつて日々をともにした元全共闘と思われる塾講師で交通事故で死んだ男、女友達との付き合いなどを描いた小説。
 母親の介護については、著者自身がインタビューで自分の経験を書いたとしていますし、子どもの本専門店「クレヨンハウス」と年齢など、そのままの設定ですから、少なくとも読者に著者の実生活そのものと思われることを想定して書いているものとみられます。
 そうしてみたとき、著者が母親の介護をすることをフェミニズムへの裏切りと詰る友人との会話(30~36ページ)は、著者の主張、生き方をめぐり、著者自身歯がゆさを感じながらとも思いますが、読ませどころになっています。相手を原理主義・教条的と切り捨てずに、疲れながらも対話を続けようとするところに、著者の立ち位置が偲ばれます。終盤でもう一度、この友人の葛藤を描いてみせる(192~198ページ)ことが、理屈だけじゃないと、この友人に好感を持たせるか逆になるかは少し微妙ではありますが。
 子どもの頃に毎晩母親に絵本を読んでもらった「絵本の時間」を、著者は認知症の母親に絵本を読み「おかあさんと冬子の時間」として再現します。寝る間際に楽しみにしている子どもに絵本を読み聞かせることは、親にとって楽しみだと私は思いますが、認知症の人に読み聞かせるのはだいぶ違うと思います。そこには、「君に読む物語」のような、本人は楽しみだと位置づけているかも知れないけれど、端からは覚悟と悲壮感と敬意とよくやるよなという複雑な反応が待っていると思います。
 小説の構成としては、母親の介護に集中する前半に比べ、後半は様々なエピソードが時系列もテーマもまとめられない印象で綴られ、とりとめのない感じがします。しかし、この国の今を、シングルマザーの下で育てられ、子どもを持たない選択をし、政治的には反原発・反安保法制等のシンボルとなり、様々な点でマイノリティとして生きる著者の日常生活や思考のありように関心を持つ者には、興味深い作品です。おそらくはこのとりとめなさも、著者の思考と思いを感じ取らせるために敢えてそうしているのではないかとも思えます。

13.ラストライン3 迷路の始まり 堂場瞬一 文春文庫
 「ラストライン」から2年と少し経ち、52歳になった南大田署の刑事岩倉剛が、管内で通り魔殺人の被害者と見られていた島岡剛太が目黒中央署管内のマンションで殺害された経済評論家藤原美沙と男女関係にあったことを掴み、事件は意外な展開を見せ…という警察小説。
 主人公岩倉剛の最大の特徴として設定されていた驚異的な記憶力は、ほぼ影を潜め、申し訳程度に触れられているだけになります。もう一つの属性だった20歳年下の劇団女優の愛人を持つ点も、冒頭からその劇団女優がニューヨークにオーディションを受けにいって遠距離恋愛になってしまいます。こうなると、ただ妻と別居中で高校生の娘を持つ50代のオヤジ刑事の話というだけになってしまいます。
 そして、今回は、悪役をMETOなる謎の武器密輸組織にしてしまい、しかしながら登場する犯人はどこかチンケな中途半端な連中で、悪役としてキャラ立ちしていないし、またこういう寄せ集めで「謎の組織」ができるのか疑問に思えます。今回「迷路の始まり」というタイトルを選んだのも続編をこの謎の武器密輸組織との闘いとするつもりで、おそらくは岩倉剛の愛人をニューヨークに行かせたのも次作で「国際」組織との闘いの場がニューヨークになったりすることを予定してるのだろうと思いますが、悪役のキャラが作り込まれておらず、無意味に国際的な謎の組織なんていうのが相手になると、きっとつまらない作品になるだろうなとげんなりしてしまいます。

12.ミルク・アンド・ハニー 村山由佳 文藝春秋
 売れっ子脚本家の高遠奈津の2度の結婚と離婚、夫たちとのセックスレスと人より強い性的好奇心から満たされぬ体を他の男たちとのアバンチュールや買春で満たしあるいはなだめすかしていく姿を描いた官能小説。
 理解を示しているふりをしつつ奈津の稼ぎを当てにし、金に執着し離婚時にはさらに見苦しさを見せる夫たちの醜さ・浅ましさを描き出し、自ら稼ぎ夫が満たしてくれぬ体を持て余して不貞行為や買春をする女ばかりがなぜ糾弾されると抗議しつつ、そこは男性誌に連載されている小説ですから、主人公を結局は金銭管理ができず男に騙されるだらしない女で男の意向を先回りして忖度する女と位置づけ、最終的には強い絶倫男に屈服させ、中高年男性読者に媚びを売ることも忘れていません。
 若干の問題提起も見られますが、基本的には男性週刊誌用の娯楽性に重点を置いた官能小説(濡れ場の頻度かなり高い)です。

10.11.国宝 上下 吉田修一 朝日新聞出版
 長崎の極道の親分のひとり息子で新年会の余興のために稽古を付けられて類い稀な才能を見いだされた立花喜久雄が父親を殺されて長崎を追われて関西歌舞伎の役者花井半二郎に引き取られ、半二郎の息子俊介とともに歌舞伎の女形として才能を開かせるが、後継者の指名、実力者による圧力・排斥等に翻弄され、雌伏の時を経て歌舞伎界の頂点に立つまでを描いた小説。
 歌舞伎についてのうんちく、演目、演技等についてのこだわりに比べて、登場人物の人間関係や行動についての書きぶりは端折りや先細りが目に付きます。俊介が喜久雄の情婦だった春江と出奔した経緯、その後10年間の様子など、ストーリーからして読者がいつかは書かれるものと期待する点が、ずいぶんとあっさり終わっています。序盤の展開から、どこで落とし前が付けられるのかと読者が待つ喜久雄の父親殺しが弟分の辻村の裏切りによるものだったことを喜久雄が知る場面とその時の喜久雄の反応も、最後まで先送りされた末に、これだけもったいぶってこれだけ?と思わせられます。

09.ナショナルジオグラフィック プロの撮り方完全マスターベーシック ジョエル・サートレイ ヘザー・ペリー 日経ナショナルジオグラフィック社
 写真の撮影に際して検討すべきこと、例えば構図や光の使い方(露出等)、事前調査、学習、準備等について解説した本。
 シャッターチャンスを逃すなという方向よりは、むしろ、事前によく調査し、構図を考えてよく練り、時間をかけて撮っていくことの方に重点が置かれています。「画面に写るものは、作品を引き立てるか、足を引っ張るかのどちらかだ」(40ページ等)という言葉が厳しく撮影者に準備と覚悟を迫っています。一方で、いちばんいい場面はカメラを置いて楽しもうというアドバイスも、より有益に思えますが。
 原題の「PHOTO BASICS」と邦題の「プロの撮り方完全マスターベーシック」にはずいぶんと印象に差があります。アメリカの NATIONAL GEOGRAPHIC にとっては写真の基本であるものが、日本の日経ナショナルジオグラフィック社にとってはプロの撮り方完全マスターになるのでしょうか。出版社の販売姿勢というか、読者に対する見方が現れているのだと思いますが、とても違和感があります。

08.交通事故が労災だったときに知っておきたい保険の仕組みと対応 一般社団法人「ともに」 日本法令
 交通事故が労災にもあたるとき(通勤中の交通事故や業務中の交通事故の多くはそうなります)に、自賠責保険・任意保険による賠償だけでなく労災保険にも請求することのメリットを説き、社会保険労務士に相談しようと宣伝する本。
 治療に関しては、長期の治療継続が見込まれる場合に、自賠責保険・任意保険では保険会社側が打ち切りを言ってくるリスクがあるのに対して、労災保険では治療効果で判断される、労災保険は労働者の故意や重大な過失による場合に支給制限があるが過失相殺はない、事故による負傷後に退職しても休業補償は打ち切られないなどの点で労災保険を利用するメリットがあり、被害者側の過失が50%未満で損害額が120万円までの場合(自賠責で満額保障される)や死亡・後遺障害がある事案(労災保険では慰謝料がないため自賠責保険・任意保険の方が支給額が多くなる)では自賠責保険・任意保険請求を先行させ、その後に労災保険で追加の支給を検討するべきことを論じています。
 交通事故被害者の救済のために労災保険も請求しましょうという趣旨の本のはずなのに、後半3分の1を企業の立場からの自動車・自転車利用管理、言い換えれば企業が従業員の自動車・自転車利用で責任を負わされることをできるだけ回避するための規則規定類の整備に充てています。このあたり、社会保険労務士が企業ニーズを掘り起こしてそこから業務につなげたいという意識・姿勢がとてもよく表れています。
 消滅時効について「加害者に損害賠償を請求できる権利は、損害および加害者を知った時から3年間請求しないと、時効によって消滅します(民法第724条)。」と書かれています(66ページ)。今年(2020年)4月1日に施行された民法改正で人の生命または身体を害する不法行為の時効は5年に変更されています。民法改正施行のすぐ後に出版されたこの本でそのことに言及していないのは、専門家が書いた本としては致命的に思えるのですが。

07.土 地球最後のナゾ 藤井一至 光文社新書
 土の研究を続ける著者が、京都の吉田神社の裏山の未熟土を手始めに、世界各地の12種類の土(世界中の土は大きく分類すると12種類しかないんだそうです)を求め掘り出しに旅を続ける過程を紹介しながら、土の成り立ち、性質等を説明する本。
 岩が風化して砂等になるのはわかるんですが、これが保水力、栄養分を持つ「土」になるのには、植物が(微生物により)分解された「腐植」と粘土と水などが必要で、しかも土があれば肥沃(植物が良く育つ)とは限らず、世界中でも肥沃な土地は少ないのだそうです。日本の土は蒸し暑い夏には植物の根も微生物も土中で呼吸するので膨大な二酸化炭素が放出されて酸性度が高く(pH4とか3だって)、それが岩石を溶かして土に変えるのだとか(58~61ページ)。さらに日本では火山灰が多くその中にアロフェンという吸着力の強い粘土があって、これが腐植と結合して腐植の分解を防いで腐植が多く黒い日本特有の土を生み出しているのだそうです(130~135ページ)。
 著者の関心が、土の性質を活かした農業に向けられているので、アロフェンがリン酸を吸着して植物がリンを吸収しにくい日本の土壌で、根から有機酸(シュウ酸)を出してアルミニウムや鉄を溶かしリン酸を吸収できるソバが黒い土(黒ぼく土)地帯の特産物となった(195ページ)とか、オーストラリアの砂漠でスプリンクラー散水して牛を放牧したのが成功したのは牛の柔らかい糞を分解できるフンコロガシをアフリカやヨーロッパから導入したため(160~163ページ)とかの話も多く掲載されていて、むしろそちらが興味深く思えました。

06.青くて痛くて脆い 住野よる 株式会社KADOKAWA
 人に不用意に近づきすぎないこと、反対意見をできるだけ口に出さないことを心がける大学生田端楓が、懐に飛び込んできた理想を語る純真な秋好寿乃に引っ張られて「秘密結社」的なサークル「モアイ」を作るが、モアイが拡大していく過程でモアイが変質した、あのとき笑った秋好はもうこの世にいないと、現在のモアイを否定し、壊して元に戻すんだと主張して画策する青春独りよがり小説。
 自分自身が、思ってもいない言葉を駆使し演技して就活に奔走して内定を得ていながら、就活のためのパーティーや交流会等を開催する「モアイ」が就活サークルになってしまったと、非難する主人公の立ち位置、端的に言って自分にかまってくれていた秋好が遠くに行ってしまったということに拗ねて自分が抜けて行きながら、遠くからモアイを非難し続ける歪んだ執念深さ、人を不快にさせないようにするという最初に語る信条と現実にすることの乖離など、この主人公の言うことなすことにただ気持ち悪さを感じ、読んでいてずっと居心地の悪さを感じました。
 ネットの匿名性の陰に隠れて昏い悪意を持ち続ける人々には、こういう第三者からは独りよがりの歪んだ考えにしか見えないものが、相手が変質した、相手が悪い、自分が正しいんだと見えているのだろうなと、思わせてくれます。そしてラストには、そういう独りよがりのことをしていても悔い改めれば相手は許してくれるという本人のムシのよさと作者の温かさのハーモニーが待ち受けていて、どう受け止めていいのか悩ましい読後感でした。

05.検証 財界 中西経団連は日本型システムを変えられるか 読売新聞経済部 中央公論新社
 経団連や商工会議所等の経済団体、財閥の組織と現状等を紹介する読売新聞の連載(「解剖 財界」2018年10月~2020年1月)を単行本化した本。
 サブタイトルと「改革を加速する中西経団連」と題するプロローグに象徴されるように経団連の現執行部を「改革派」と位置づけて賛美し持ち上げています。その「改革」の中身は何かと言えば、就職活動の指針の廃止と官製春闘の拒否です。前者は採用等の時期の縛りをなくして企業に自由な、好き放題の採用活動をさせようということ、後者は政府からの賃上げ要請を批判し賃上げについても自由にさせろ(実質的には賃上げを抑え込みたい。日本の大企業は業績がよくても賃上げを抑え込み続けて巨額の内部留保を積み上げてきている)ということです。いずれも企業、特に強者である大企業が自分の都合だけを最優先して好きなようにやりたいというむき出しの欲望(わがままと言ってもよい)を示しているもので、労働者に対する保護(のための規制やこれまでの慣行)を撤廃してさらに労働者をいじめろということを意味しているのですが、読売新聞はそういう点には目を向けずに、大企業のやりたい放題を推進することを賛美しています。その方向性が明確な(露骨な)前半に比べて、後半では経済団体の活動が行き詰まってきている現状に特段の解決策も示さず(示せず)に閉塞感を持つ記述が続いていますが。
 大企業や権力者が自己を縛る「規制」をきらい、好き放題にやりたいから規制を緩和しろ(権力者の場合は憲法を改正しろとか)ということはありがちですが、その規制の多くは弱者を保護するため、あるいは社会を守るためでもあるわけです。それを無視して、大企業や権力者の希望(欲望)を無批判に支持し、反対者を批判することは、規制により守られていた弱者を切り捨てていいという判断を意味しています。この本では、大企業と利害が対立する労働者(従業員)や消費者(お客様)側の視点はまったくと言ってよいほど欠落しています。
 そして、取材対象の経済団体、大企業=財界を、批判的な目で検討していない記事を「解剖」(新聞連載時)とか「検証」と題して出版する神経には驚きます。

04.ほんとはかわいくないフィンランド 芹澤桂 幻冬舎文庫
 フィンランド人と結婚してヘルシンキに住む著者が、フィンランドでの食事や生活習慣、出産や子育てなどを綴ったエッセイ集。
 著者がフィンランドで2人の子どもを出産した経験から、出産関係の話が一番多く、日本よりゆったりと構えおおらかな様子が語られています。次いで、生食も含めて魚がうまいぞとかソーセージなどの食生活関係の話、長期のゆったりした休暇と旅行の話、サウナなどの生活習慣の話が続きます。
 タイトルからしてフィンランドに「かわいい」という印象があることが前提なんですが、日本人がフィンランドを「かわいい」と思うふつうに考えれば最大のファクターのムーミンネタが、ずーっと出てこず、おお敢えてこのネタを外すつもりかと思いますが、ラス前になって出てきます(著者は子どもの頃ムーミンが怖かった、特にリトルミィが怖かったと述べています:196~197ページ。そういう事情から触れたくなかったのかも)。
 フィンランドには「オーロラアラート」があってオーロラが見られそうなときに速報が来る、ヘルシンキでも立派なオーロラが見られるとか(168~173ページ)。日本では、「アラート」はろくでもない遭遇したくない災厄についてばかりですが、こういうアラートがあるといいですね。

03.君の××を消してあげるよ 悠木シュン 双葉社
 4年前の事件のトラウマを引きずる中学3年生の小笠原幸が、地元のテレビ局がバトン部に密着取材を申し込んできたのを機にバトン部を辞めると言い出し、そのことと幸と幼なじみの片桐との関係をめぐって、親友のバトン部長水沢志帆との間に微妙にすれ違い・軋轢を生じ、さらに捉えどころのないクラスメイトの海月が絡んで錯綜する青春小説。
 作中で、幸が聞いた日本語と英語が混じった曲で「♪ アイヒアヨーボーイス」のフレーズだけが思い出せる(102ページ)、英語と日本語の混じった歌詞「♪ I hear your voice ~」(186ページ)という紹介があり、これは Pay money To my Pain というロックバンドの Voice という曲なのだそうです(116ページ)。私は、そのバンドも曲も知らず、当然にこれは ZARD の Get U're Dream のことだと思って読んでいました。世代の違いを感じました。

02.恋愛禁止 長江俊和 角川書店
 高校のときのクラス担任教師と同棲しDVを受け逃げてもつきまとわれ脅された木村瑞帆が、夜間駐車場内でその相手を刺し殺してしまったが、なぜか殺人事件が報道されることも警察に呼ばれることもなく2年が経過して結婚し娘が生まれた後に、「全てを知っている」という者から連絡があり…というサスペンス小説。
 複数の教え子に手を出した挙げ句にDV・ストーカー行為を続けるどうしようもない男に追われた女たちの姿に涙し、救われない思いを持ちます。私には、読後感が悪い作品です。
 そういう女性たちの運命の理不尽さや瑞帆の前に立ち現れる人物の思考の異常さと徒労感も含め、アイディア・展開的には、「容疑者Xの献身」(東野圭吾)をイメージしてしまいました。

01.白馬山荘殺人事件 東野圭吾 光文社文庫
 信州の山奥にあるペンション「まざあ・ぐうす」の客室内でトリカブト毒により死亡した兄原公一が自殺として処理されたことに納得できない大学3年生の腹菜穂子が友人の沢村とともにそのペンションを訪れ、兄の死亡の謎に挑むミステリー小説。
 ペンションの各部屋がマザーグース由来の名前を持ち各部屋にマザーグースの歌を記した壁掛けがあり、それをヒントにした暗号解きと、密室ものを組み合わせたミステリーです。ミステリーとしての仕掛けやツボは押さえられていると思います。マザーグースの歌の暗号は、ちょっと読むのがしんどいかなと思いました。
 殺人事件の謎解きよりも、殺人事件以外を含めた過去のできごとをめぐる人間関係の機微や性を読ませる作品かなと思いました。

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