私の読書日記 2023年4月
21.透明な螺旋 東野圭吾 文藝春秋
背中に射創のある男性の漂流遺体が発見され、遺体の主と同定された上辻亮太については同居している女性島内園香が行方不明者届けを出していたが、その島内園香もそのまま行方をくらましていた。草薙が内海とともに島内園香の行方を追ううちに、島内園香は絵本作家アサヒ・ナナこと松永奈江とともに逃走していることが判明した。松永奈江の担当編集者から松永奈江の書いた絵本を受け取った草薙は、末尾の参考文献に湯川学の名前を発見し…という展開のミステリー小説。
物理学者湯川:ガリレオシリーズの第10作(最新作)で、湯川の学生時代についての情報が修正され、家庭環境、生い立ちが新たに明らかにされています。それらの点で、湯川ファンには待望の作品と言えるかも知れません。しかし、この作品で湯川は大学の研究室にはおらずシリーズ名物の物理実験がないばかりか、そもそも物理学者としての知識で事件を解明するという役割は持たず、もっぱら事件との偶然的・個人的な関係で登場し関与しています。そういう意味では、物理学者として、あるいは「ガリレオ」と銘打って出てくる必然性もなく、おなじみの人々の話で、湯川の過去がわかり、内海がより成長している感があるという程度で、シリーズの力で既存のファンに読ませる、つなぎ的な位置づけの作品に見えます。展開力と、終盤にさらにどんでん返しというかより踏み込んだ事情を用意しているところなど、ちゃんと読ませる作品に仕上げられていることはさすがと思いますが。
20.裁判官が説く民事裁判実務の重要論点 債権総論編 加藤新太郎、吉川昌寛編集 第一法規
民法の債権総論部分について、2020年4月1日施行の民法改正(債権法改正)以前の判例で解釈が示されていたもの、まだ判断がなされていなかったものについて、整理解説し、それが民法改正によってどのような扱いとなったか(判例法理が採用されたか、逆に判例法理を変更する改正がなされたか、改正による手当が見送られて改正後もさらなる判例の蓄積に任されているか)を論じた本。
実際の事件の事案、実務上現実に問題となる論点について、最高裁判例を中心としたこれまでの実務の解釈とそれが民法改正で変わったかを、裁判官が書いた解説で読み込むことは、弁護士にとってとても勉強になります。もっとも、弁護士の立場から見ると、裁判官はそんなに学説の対立とか、最高裁判例がその学説のどれを採ったかということについて、そんなに気にしているとは思えず、学説について書いている部分(けっこう紙幅を割いています)が、裁判実務にどの程度効いてくるのかは疑問に思えます。
「はしがき」で、「実際の裁判の現場では、弁護士の作成する書面の法的構成に違和感がある(それどころか、的外れである)ものが目に付くばかりか、引用すべき判例があるのに気付いていない(それどころか、的外れなもの、不要なものを引用している)ことは、今や珍しい出来事ではない。」と、弁護士の勉強不足を叱咤しておられます。裁判官からそう断ぜられてしまうと、「はい、すみません、ごめんなさい」と言うしかないのかもしれませんが…
19.黒牢城 米澤穂信 株式会社KADOKAWA
天正6年(1578年)11月から9か月間、織田信長勢に囲まれて伊丹有岡城で籠城を続ける荒木摂津守村重が、籠城中に逢着した難題、織田に寝返った安部二右衛門の子自念を殺さずにいたのに何者かに矢で殺されたが矢が見つからない半密室殺人、夜討ちに出て敵の大将を仕留めたものの誰の手柄か判別できない、密使として書状と貴重な茶壺を託した僧が御前衆4名が警護する中で御前衆の手練れ1名とともに殺害されたというやはり半密室的殺人、村重がその犯人と名指した者を何者かが鉄砲で撃った(ただし外した)事件について、調査しても真相がわからず、困り果てた村重が地下牢に捕らえていた黒田官兵衛を訪れ知恵を借りて謎を解き対処して行くという体裁の時代物ミステリー連作小説。
町自体を囲う巨大な惣構えの大城塞の有岡城は天下の堅城として知られていたが、村重は、城が堅いのは堀が深く城塁が高いからではなくそこに籠もる将卒が城の不落を信じるから、将卒が大将の器量を疑う城はいかに掘り深くとも容易く落ちる、有岡城が真に堅城たり得るかはひとえに将卒の意気にかかっていると考え(7ページ、27ページ、85ページ)、大将への疑念・不信を招き結束を乱しかねないこれらの謎を解かねばならないというのが、この作品の肝となっています。
そこから、籠城中の荒木方の村重と家臣らの思惑と人間関係、特に信頼関係、忠誠心が重視され、それに関わる村重の読みと苦悩が書き込まれています。村重と家臣、城内に住む民らの士気、関係の変化、次第に荒木方が焦れ追い込まれていく様子の描写が、ミステリー部分よりも読みどころに思えました。
18.発信者情報開示命令の実務 大澤一雄 商事法務
2022年10月に施行されたプロバイダ責任制限法の2021年改正によって創設された発信者情報開示命令の手続について解説した本。
「発信者情報開示命令の実務」というタイトルではありますが、実質は、法改正に総務省の担当課で立案にあたった著者が法改正について説明した本と考えるべきものです。裁判管轄だけで36ページもの紙幅(74~109ページ)を費やしているというあたりにも、実務解説ではなく法律ないし立法者が解説したいことの解説だという性格がよく表れている気がします。法改正の経緯や立法の趣旨は詳細に書かれていますが、実務のノウハウとか、実際の手続運用に即した説明とか、より具体的な相手方に応じたポイントとかは書かれていません。開示命令の手続に用いる書式1つさえ掲載されていません。
法改正を担当した官僚や弁護士が書く解説書の常ではありますが、正確を期すことを最優先して法令の用語・言い回し(それも長いやつ)をそのまま使い、その結果繰り返しが多く、かつ文章としてかなりわかりにくく、読み通すことにはかなりの忍耐を要します。
新たな制度の勉強にはなりました。
17.インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル(第4版) 中澤佑一 中央経済社
インターネットの掲示板やSNS等で誹謗中傷されたときの削除要請や発信者情報開示を弁護士が行うために必要な知識を、手続の各段階ごとに、相手方ごとに詳しく解説した本。
ほとんど手取り足取りに思えるくらい親切で丁寧な説明に感心します。しかし…
法律の規定や、手続の一般論を知っているということと、現実にその手続を経験していること、さらにはそれに熟練し長けていることとはまったく違うということを改めて実感しました。外国法人を相手にすることになるというだけでもどれほどの面倒くささがあるか、その上で2チャンネルとかGoogleとかの傲慢さと闘うとなると、本当にたいへんだなぁと思う。発信者情報開示も相手により技術的な点でも細かい差異があり、相手ごとにさまざまなノウハウがある上、それも時の流れによりどんどん変わっていくことが、この本でも読み取れます。事情の変化に対応すべく初版発行から3年ごとに新たな版が出されているのですが、この第4版が出版されてまだ1年でも、その後に発信者情報開示命令という新たな手続が開始されたり、twitter社が消滅して運営会社は謎の会社(X Corp.というのだそうですが、2023年4月時点で詳細発表なし)に変わっているわで、例えば今 twitter での名誉毀損とかに対応しようとしたら自分でさらに調べないといけないことになります。こういう本を読んでしまうと、こういう事件を受ける羽目になったら詳しい実務書と首っ引きでないとやれないと思うし、そしてこの本でさえ現時点では対応できていないことがあるなどと知ってしまうと、たぶん、あぁそういう事件はもっと詳しい人にお願いしてと言ってしまうと思う。
法律知識、法律実務の知識の勉強になったと言うよりも、自分がこういう分野について知らないということ、知らないということは怖いことだなということを再確認したという思いです。
16.ぼくはなにいろ 黒田小暑 小学館
交通事故で父を失いそのときに自らも重傷を負って全身の傷跡と右手右脚に障害を残して以来自分は化け物だと考えて人目を避け孤独に生きてきて、今は中学時代の同級生でわがままな元ボクサーの崎田と組んで崎田にいじめられながら清掃の仕事をこなす20歳の祥司と、高1の時に憧れていた男が友人と自分の裸や胸を話題にした挙げ句あいつ確実に自分のこと好きだから告ればイチコロ明日にでも裸を見てきてやるなどと言っているのを聞いて衝撃を受けてそれから男と性的接触を持てなくなり今は東京の洋食店でデザート作りの仕事をしている20歳の美少女鈴村千尋、福岡でワーカホリックの父と2人暮らしで学校に行けなくなり地元の文房具店に通って一日ノートに絵を描き続ける太り気味を気にする中2の鈴村絵美と、絵美に一日の学校の様子を毎日手紙に書いて文房具店に届ける言葉が喋れない少年中谷清正が、思いを寄せ合う経緯と日常を描いた青春純愛小説。
障害を負い全身に傷を負って外見やスペックに自信が持てない祥司と、外見を見て言い寄る男たちに辟易しまた男と交われない触れ合えない千尋という設定に典型的に見られるように、外見で人を判断してはいけない、中身が大事だという主張を出しつつ、しかし、では自分は相手にそれを貫けているのか、自分は相手を幸せにできるか、自分は幸せになっていいのかと反問し煩悶する姿が悩ましくも美しい作品です。
重いテーマなのですが、イケメンでモテ男(被害者の会会員が8名いるとか)だが中身がない文房具店主の息子で店番の糸原孝志朗が舞台回し的に出てくるという設定もあってか、ジュンブンガク的な雰囲気ではないふつうの青春小説のタッチで展開し、読みやすい純愛小説になっていると思います。男に触れられそうになるだけで拒絶反応に至る千尋が、祥司とまぐわうシーン(169~176ページ)の奇跡的な美しさ(作者はむしろきれいにしたくなくて千尋の過去の悲惨な体験を入れ込んでいるのだと思うのですが、千尋がそれを思い出しながら乗り越えて行く様に私は美しさを感じました)に、思わず涙してしまいました。それは男の読み手の願望的なものもあってのことかもしれません(障害者が複数登場するのにそれがすべて男なのは何故か、女性の障害者には目を向けなくていいのかという疑問を提起することはでき、そこに限界があるのだとは思います)が、私にはこれまで読んだベッドシーンの中で1、2を争うものに思えました。
新人のデビュー2作目ですが、私的にはちょっといろいろな人に薦めてみたい小説です。
15.国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶 加谷珪一 幻冬舎新書
日本経済がバブル崩壊後30年余の間ほぼ0成長で賃金が下がる一方となった「失われた30年」の原因は、日本の企業の多くがグローバル化・IT化という世界の潮流を見誤り輸出競争力を大きく低下させた上、他の先進国のように輸出主導から消費主導へと転換することができなかったことにあり、日本で国内消費が拡大しない原因は日本社会の不寛容で抑圧的な風潮が個人消費を抑制していることにあるのではないかと論じた本。
第1章ではさまざまな国際比較を行い、日本社会での人々の意識の特殊性を論じています。つまみ食い感はあるもののまぁそうだろうなと思えますし、このあたりは軽快に読めます。今声高に叫ばれている「自己責任論」が、経済活動における本来の自己責任とは別物のただ弱者に対するバッシングを行うための道具にすぎず、こういった歪んだマインドはむしろ健全な市場メカニズムを阻害するなどのコメント(44ページ)は、タイトルに似つかわしいものです。ここで紹介されている中で16歳から24歳までの若者が職場や家庭でパソコンを使用する頻度がOECD加盟国で最低水準(50~52ページ。51ページの図はわかりやすく見せていますが、単位がなく、平均が2で標準偏差が1となるように調整した数値だということを説明しておいて欲しいところです)というのがショッキングでした。日本の若者はスマホしか使えずパソコンを持っていない…他の国もそうかと思っていたけれど他国ではスマホに加えてパソコンやタブレットを使っているというのに。この調査は2013年のものですでに10年前ですが、この格差は今はもっと拡がっているのでしょうね。
さて、タイトルと第1章は興味深いこの本ですが、第2章以降は、他人の足を引っ張る日本人の特徴的なマインドの原因は日本社会の前近代的な性格にあるとして、倫理・社会などでおなじみの「ゲマインシャフト」と「ゲゼルシャフト」などの議論を続け、過去の政策の失敗等の事例の説明が繰り返されます。そこが論証だよということかもしれませんが、提言も近代化ができていないことが原因ということから近代化(自由の保障・尊重)しようというものにとどまり、タイトルが刺激的なだけに、それだけ?と思ってしまいます。
日本人の消費拡大を阻害している原因を議論するのに、(租税・社会保険料が高負担なのに)社会保障が脆弱で老後や障害を負ったときなどの生活が保障されておらず、国民が安心できていないという問題について、生活保護受給者が白い目で見られる上申請者を追い返したり親族への扶養照会(先進諸国ではほとんど行われていないことは指摘されています)などで行政が生活保護を申請できないように仕向けていること(42~43ページ)以外には言及されていないことは、ちょっと不思議です。
14.向こうの果て 竹田新 幻冬舎文庫
両親に早く死なれ姉が隠れて売春をしながら学費を出してくれて検事になれたが、その姉が売春の過去を知った夫の暴力を受けて病院で植物状態になっているという負い目を持ち続ける津田口亮介が、同棲していたヒモの男君塚公平をナイフで刺して殺害し部屋に火を放ったという容疑で逮捕されて取調を受けているホステス池松律子を担当し、姉と声が似ている律子に翻弄されながら、律子の露悪的な虚勢と事件の真相に疑問を持ち、のめり込んでいくという展開のミステリー小説。
津田口検事や周囲の者の視点からの語りが入れ替わりで続き、最後まで律子の語りはなく、律子の本音や人柄、そして事件の真相はそこから推測して行くという形になります。ラストの語りも、事件の真相なのか視点者の主観・願望なのか(もっとも、視点者が知り得ないことも書かれているのですが)、読者の読み方によることになります。
幼くして負ったさまざまな不幸と、幼なじみの友情・愛情・嫉妬、律子をめぐる男たちの感情・心情と律子が見せるさまざまな側面が、切ない。
裁判ものとしては、姉の夫が心神喪失が認められ無罪(168ページ)というのは、それらしいディテールの描写もなく唐突感があって、底の浅さを感じ、残念な気がしました。
13.密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック 鴨崎暖炉 宝島社文庫
3年前に密室殺人事件が、犯行不可能故無罪となって以来、密室殺人事件が激増した日本で、その無罪となった密室殺人事件の元被告人と同級生でたった2人の文芸部でミステリーを書き合っていた高校2年生の葛白香澄が、10年前に著名なミステリー作家が客を招待して演じ、誰もその謎を解けない密室内でのフランス人形殺害事件の伝説の現場でミステリーファンの聖地となっている「雪白館」を訪れた際に、連続密室殺人事件が起こるというミステリー小説。
雪白館に集まった人々が、何故どのように集められたのか、とりわけ葛白香澄の同級生密村漆璃が何故雪白館を訪れたのか、殺害された者の殺害された理由、殺害の動機がほとんど説明されずぼやっとした説明も説得力がなく、基本的な設定が無理があるように感じられ、またいかにもラノベって感じの文体もリアリティを削ぐ印象ですが、こと密室殺人のトリックに関しては、よくこれだけ考えたねと感心します。作者も、とにかく密室殺人のトリックが書ければいいと思って書いているのでしょうから、そこを読むことに徹した方がいいのだろうと思います。
12.ロスト・ケア 葉真中顕 光文社文庫
要介護状態の老人を自然死に見えるように密かに殺害し続け、本人と家族を救ったという連続殺人犯を通じて、認知症の老人の介護に追われて心身ともに疲弊して行く家族、介護ビジネスへの参入を煽られ利益が出るようになると介護報酬を下げられ競争の下で疲弊する介護事業者、感情労働も含め過重労働を強いられながら低賃金で疲弊し辞めていく介護労働者ら、介護にまつわる人々の苦しみと、それを生み出している社会と制度の欠陥を問題提起する小説。
家族の側についても、その家族が疲れ果てながらも本人を思う心情にも、事業者の実情にも、そして介護労働者の側についても、心が痛みいろいろに思うところがあって考え込まされました。
日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作ということですが、少しクセやぎこちなさもないではないものの、こなれて落ちついた文章と展開は新人離れしている感じです。
11.テーマ別だから政治も文化もつかめる江戸時代 伊藤賀一監修、かみゆ歴史編集部編 朝日新聞出版
江戸時代について、将軍ごとの時代概説、幕藩体制・産業・交通・経済などのしくみ、江戸の地勢と風俗・行事、文化、町人たちの生活、学問、地方の様子などの切り口で、「7つのテーマごとに江戸時代のすべてを網羅」(表紙見返し)などといって見開き2ページ単位で半分以上図版の解説をする本。
江戸時代の生活は庶民も含めて我々が思っているよりも豊かだったというコンセプトで書かれている感じです。そうなのかもしれないという思いと本当か?という疑問が相半ばし、私には判断できませんが。記録に残らない庶民が実際にはどういう暮らしをしていたのか、私は興味と思い入れがあります。
「江戸時代の離婚率は、陸奥国の村を例にとると、平均で4.8%だった。世界一離婚率の高いロシアが約4.7%(2019)であることから、非常に高い離婚率といえる」(153ページ)なんていうのは驚きのトリビアなんでしょうけど、なぜ「陸奥国の村」なのか、それが江戸時代の日本を代表できるのか、その根拠は?と、考え込んでしまいました。
巻末に江戸時代の終わり時点の282藩の一覧表があり、大半は知らない藩ながら、こんな藩があったのか、大名たちがずいぶん遠くに移されたりしたんだなと感慨にふけりました。
10.森林に何が起きているのか 気候変動が招く崩壊の連鎖 吉川賢 中公新書
世界各地での森林火災の増加や永久凍土上の針葉樹林(タイガ)の危機など、地球温暖化の影響による森林の破壊、砂漠化や開発による森林の破壊、森林の効用と維持再生などについて説明し、二酸化炭素の削減目標を達成するために森林の管理活用と木材の利用を勧める本。
さまざまな地域と樹の種類により温度変化や乾燥への耐性、生育条件と破壊時の再生(他の樹種との競争)が異なり、森林の維持や変化が単純ではないことが、丁寧に説明されていて、勉強になる感じがしました。
著者のスタンスは、人が入らないようにして自然保護するよりも、近隣住民が生活のために長年利用してきたような丁寧な利用管理が、焼き畑であれ、牧畜であれ、里山であれ、薪炭利用であれ、持続的で大気中の二酸化炭素削減に資する森林の維持につながるというもので、林業を再生し、伐採して木材を利用してこそさらに植林できて二酸化炭素を樹の中に蓄積できるとしています。「そもそも、人が手を触れなければ自然は守れるというようなものではない。治山治水を放棄して自然に任せておくと、山は崩れるし、川はあふれて流路は変わる。森林は管理しなければ利用もできないし、楽しむこともできない」(182ページ)というのです。学者さんではあるけれども経歴で「環境省・農水省などの委員を歴任」ということだからこそのご意見かもしれませんが。
09.Q&A・事例解説 令和5年4月施行対応 民法等改正の実務ポイント 第一東京弁護士会家事法制委員会・司法制度調査委員会編集 新日本法規
所有者が不明あるいは所在不明の不動産について隣地所有者や自治体、再開発事業者等の対応の便宜を図ることを目的とした民法等の改正とそれに合わせて行われた隣地の利用関係、不動産登記、遺産分割関係の法改正について、改正点を各別に解説するとともに、典型的な事例でどのような対応が考えられるかを解説した本。第一東京弁護士会創立100周年記念書籍だそうです(「発刊に寄せて」)。
所有者が遠方にいて利用せず放置されて荒れ果てた不動産や、相続が繰り返されるなどの経緯でそもそも誰が所有者かも定かでない不動産、居住者がいるがごみ屋敷等で近隣に迷惑をかけている不動産などについて、迷惑している隣地所有者に解決の手段を与えるというものではありますが、隣地所有者だけではなく公共事業や再開発の便宜も狙っていることや、併せて改正された共有関係部分では少数持分共有者が居住しているときに多数持分共有者が立ち退きを要求することを妨げていた最高裁判決を覆す法改正がなされたこと、所在不明共有者の持分を他の共有者が取得したり売却する裁判が可能とされたこと、その場合の代金相当額は供託されるが10年経つと国庫に帰属することなど、少数者の権利保護の点で薄くなり、国に利益となる場面が増えることが、庶民の弁護士としては気になります。
不動産登記について、相続の登記やさらには氏名・住所変更の登記が義務づけられたり、遺産分割請求時に相続開始(被相続人死亡)から10年経つと寄与分や特別受益の主張ができなくなるなど、不在者等が関係しない場合まで一般市民の権利義務にけっこう大きく影響する改正もなされています。
不動産登記に関する改正で、登記簿の附属書類(登記申請書、委任状、印鑑証明の他、登記原因となる契約書や遺産分割協議書、判決など)の閲覧が「正当な理由」があるときとされて、従前より閲覧しやすくなることが期待されていること、相続人が被相続人の所有不動産記録証明書(所有不動産の一覧表)の交付申請をできるようになることは、一般的に歓迎すべきことでしょう。
これらの法改正はほとんどが2023年4月1日からすでに施行されています。相続登記の義務化は2024年4月1日から、氏名・住所変更登記の義務化や所有不動産記録証明書についてはまだ施行日が決まっていないようですが。
弁護士としては、仕事で必要になるかもと思って法律実務の本はできるだけ目を通すようにしてはいますが、多数の法改正や新法があまり知られないうちになされていることに、なかなかついて行けませんし、空恐ろしく思います。
08.武器になる雑談力 どんな人とも会話が弾む「おもしろい話」のつくり方 本間立平 きずな出版
初対面の人やクライアントに臆せずに気の利いた一言を投げかけ会話を盛り上げて自分の長所を相手に印象づけて関係を強化することを目的として、雑談のタイミングやネタ作りについて、著者の考えを披露する本。
人は基本的に自分のことしか興味がないということを弁え、自分の話(特に自慢話)をするのではなく、相手が興味を持つ話題で、相手が話したいときには相手に話させ、相手が受動的な(待ちモードの)ときに話しかけ、5秒のつかみで乗ってきたらその続き、乗ってこなかったら別の話題といった具合に、相手の関心と応答、状況に注意を払いましょうということが前段で語られています。
それは、どの程度実行できるかはさておいて、なるほどと思うのですが、会話を盛り上げるためのつかみの話題のテクニックとして、「断定する」「ナンバー1と絶賛」などを挙げ「お気づきになりましたか?雑談のためならウソをついてもいいのです」(129ページ)と言われると…まぁおちゃらけた軽いキャラで売れる類いのビジネスならいいのでしょうけれど。
07.糖尿病は炭水化物コントロールでよくなる! 團茂樹 合同フォレスト
糖尿病の予防と症状改善には食後血糖スパイクを抑制する必要があり、そのためには炭水化物の摂取量を減らすことが重要だがタンパク質や脂肪は減らす必要がなくむしろ炭水化物単独ではなくタンパク質を一緒に摂取することが食後血糖スパイクを抑制する効果があること、早食いを避け、特に炭水化物はゆっくりと食べるべきこと、食事の前に乳製品を摂ることが食後血糖スパイク抑制に効果的であることなどを解説した本。
炭水化物を食べるなとは言わない、適正な量をゆっくり食べるべきだ、果物や和菓子、炭酸飲料は要注意だが、タンパク質や脂肪は気にする必要がないということが繰り返し強調されています。1日の摂取量が(計算はいちいちしていられないと感じますが)ご飯や中華麺、カレーライス、ホットケーキ、レーズン、大福、炭酸飲料はふつうに食べる(大盛りとかしなくても)だけでオーバーしそうなのは辛い感じがしますが、肉や魚は気にせずに食べて大丈夫というのは力づけられます。ブドウ糖摂取量(糖尿病予防等)の観点では、ゆで蕎麦よりもカルボナーラスパゲティの方がいいとか、大福よりショートケーキやシュークリームの方がいいというのも意外感がありました。
06.SNSフェミニズム 現代アメリカの最前線 井口裕紀子 人文書院
ソーシャルメディアを使って活動する300のフェミニズム・グループの観察を中心として、第4派フェミニズムと言われる運動を分析した著者の博士論文をベースに、その後のコロナ禍の下での状況を付け加えて論じた本。
SNSでの個人の発信が身近な具体的な体験を知り共感する契機となること、短期間に拡散されて大きなムーブメントとなり得ることが、オンラインメディアを用いた運動の、良かれ悪しかれ特徴となります。大きな波となる期待と、様々な利害と意見の相違・対立と分断の芽を常に内包することをどう捉え、乗り切っていくか。この本でも、それぞれのグループ、運動の差異、それぞれの主張の尊重を前面において紹介する第4章と、違いを乗り越え(そこに目を向けず)大きな運動となった「ウィメンズ・マーチ」を紹介する第5章の肌合いというか論調の違いに、それが表れているように思えます。
少数派の主張と存在を無視せず抑え込まず、しかし行動すべき時にはあるいは対外的には非難ではなく連帯を、というのが穏当な回答でしょうけれども、SNSの世界ではそれもまた難しいのが実情で、悩ましくも哀しいところと感じます。
05.SNOOPYのパソコンBOOK エクセル&ワード&パワポ完全ガイド ワン・パブリッシング
初心者向けにエクセル、ワード、パワーポイントの使い方、文書等の作成方法等を解説した本。
PEANUTSのキャラクターのイラストが入っている以外には何故に「SNOOPYのパソコンBOOK」と題しているのかまるでわからない(キャラクターが話して解説するわけでも漫画のエピソードが出てくるわけでも解説の中身に漫画が関係するわけでもありません)単純なあやかり本です。
あくまでも入門的な本ですが、我流でやってきた人(私のような)には目を通しておいてもいいかもしれません。私にとっては、文章を書くだけの(ふだんは一太郎ユーザーなので他人と共有するために仕方なく使う)ソフトのワードが、画像のレタッチにはペイントより使えるかもと思ったのが収穫かという程度ですが。
エクセルを例示しながらの解説で「上書き保存したあとでも、操作の取り消しで、保存前の状態に戻すことができます」(25ページ)とあるのを見てビックリ。知らなかったぁと思って、上書き保存した後に取消をしてみましたが、当然「上書き保存」が取り消せるわけではなく、上書き保存する前の操作が順次遡って取り消せるだけでした。あれこれ多数の試行錯誤をした挙げ句に間違って上書き保存してしまったときに編集開始前の元ファイルを復元するのは至難の業です。もちろん、間違って上書き保存した後にファイルを閉じてしまうとその取消作業さえできなくなりますから、間違って上書き保存しても慌てるな、ファイルを閉じさえしなければまだ取消作業可能な範囲までは復元できるという意味はありますが、それはたいへんなので、やはり間違って上書き保存しないように、編集前の元ファイルを残すために「名前をつけて保存」しようと強調しておくべきだと、私は思います(この本では、その指示はなし)。
04.「ずっと元気」をかなえる歯科患者学 高橋英登、高見澤たか子 クインテッセンス出版
夫を看取った後の高齢女性である「私」が自分の経験や友人の悩みを話題にしながらかかりつけの歯科医「T先生」に相談し、口腔衛生や歯の健康がさまざまな場面で健康に大きく影響する(口の中を不衛生にしていたり歯周病を放置したりすると誤嚥性肺炎や各種の重大な疾患につながり命の危険もある)という話題を論じ、それに歯科医師と歯科衛生士のコメントをつける形で説明した本。
それは真理/真実なのでしょうけれども、歯科医と歯科衛生士から、歯だけではなく全身の健康のために、歯の治療をしましょう、定期的に歯科の診察を受け歯石を除去しましょう、入れ歯の調整をしましょうと言われると、営業的な匂いも感じてしまいます。医療費についての歯科医の愚痴(「保険診療で設定されている歯科医師に支払われる技術料が他の先進国に類を見ないほど低いのです。とくに前述のクラウンや保険の義歯などでは、製作費や材料費などを考慮すると、歯科医院にはほとんどお金が残りません。国民はなぜか歯科医師が高収入だと考えているようですが、一般的な歯科医院経営は苦しいのが実情です」:151ページ。あとがきの203ページでもさらに繰り返されています)を読むとたいへんなのだなと思います(私の経験でも、これまでに歯科医の自己破産を2件やりましたし)けれど。まぁ、支払・収入の件で愚痴を言いたいのはどの業種でもあることで、弁護士も国選弁護費用(刑事事件)とか法テラス事件の弁護士費用(民事事件)が低く抑えられていることに不満を持っているのがふつうですが。
「高齢者の中には夜中のトイレを気にして水分摂取を控える人がいます。これは虫歯や歯周病の進行を促してしまい、口腔内とそして全身にとって危険なことですので注意が必要です」(185ページ:唾液の分泌を減らさないためということです)には、ちょっとドキッとし、悩ましく思います。
03.彼女たちの犯罪 横関大 幻冬舎文庫
世田谷区の高級住宅街の豪邸に住む大学病院の外科部長のひとり息子で自身も整形外科医のイケメン男神野智明と結婚して専業主婦となり夫とはセックスレスだが義母には孫の誕生をせっつかれ、贅沢に暮らしながらも自分は体の良い使用人ではないかと悩み始めた元ナースの神野由香里、大学時代にはチアリーディング部で当時野球部キャプテンの神野智明に誘われたもののチアリーディング部の後輩が学祭の夜に神野智明にレイプされたことを知り神野智明を避けてきたが、アクシデントで神野智明の勤務する病院に搬送されて神野智明から後輩の件は逆に後輩が言い寄ってきたのだと言われて交際を求められてよろめく日村繭美ら、神野智明をめぐって因縁のある女たちがそれぞれの利害と思惑を持って繰り広げる事件を描くミステリー。
我が儘で幼稚な金持ちのボンボン神野智明に対して、勧善懲悪・自業自得的な展開が予想されつつ、単純にそうは行かないところ、人生の悲哀というか悲しさとしたたかさを感じさせる終盤が持ち味の作品だと思いました。
02.家族で「軽度の認知症」の進行を少しでも遅らせる本 内門大丈監修 大和出版
認知症の前段階からの回復や、認知症発症後の進行抑制のために、家族ができる関わり方について説明した本。
認知症になってもそれは本人の責任でもないしその人の人生はそれ以前と同じように続いていることを忘れずに、本人の不安を取り除き本人も家族もそれで不幸にならないように対応することを基本に置いています。相手がどう思っているのか、何を不安に思っているのか、何で困っているのかを考え、他方で自分が介護疲れしない(介護保険や他人を使って休む)、抱え込まないことの大切さが指摘されています。なかなか実践は難しいとは思いますが、心に留めておきたいことです。
医学雑誌「ランセット」の認知症予防・介入・ケアに関する国際委員会が発表した認知症の12の危険因子とそれを改善した場合の予防確率が書かれていて、視力低下が8%、中等教育を受けていないが7%、喫煙が5%…(52~53ページ)って。視力低下の方が喫煙より危険というのは衝撃的でした。
01.70歳すぎても歩ける体になる! 安保雅博、中山恭秀 だいわ文庫
健康寿命を延ばし、他人の手助けや介護を要せずに暮らし続けるための運動や食事、生活習慣などについて説明した本。
タイトルがショッキングで、70代くらいなら歩けて当然じゃないかという意識を砕きます。日本人の健康寿命が2016年で男性72.14歳、女性74.79歳(5ページ)と言われると、そのタイトルもあながち誇張ではないということに見えます(厚労省のサイトでは、2019年の健康寿命は男性72.68歳、女性75.38歳と少し延びているようですが)。
野菜や果物をたくさん食べようということで、それは私も心がけてはいるのですが、「ときどき、朝起きたら虫になっているかもしれないと思うほど大量に食べます」(216ページ)というのは、どれくらいなんでしょう。
室内でできる運動が多数紹介されていて、読んでいる間はやらなきゃなとか、これくらいならできるかもと思うのですが、読み終わるとそういう気持ちはどこかに消え去るのですね。この本でも、モチベーションが大事だと強調されているのですが。
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