庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2024年6月

13.-196℃のゆりかご 藤ノ木優 小学館
 両親は交通事故で亡くなり義母明日見奈緒に引き取られて育てられたと18年間思ってきた高校3年生の明日見つむぎが、奈緒の緊急入院を機に、自分が奈緒の子で、体外受精による凍結胚移植で生まれたことを知り衝撃を受けるというヒューマンドラマもしくは不妊治療・凍結胚移植啓蒙小説。
 基本的に、不妊治療の技術とその必要性、必要としている人々の存在をアピールすることに主眼が置かれていて、つむぎの心情の振れ幅の大きさというか、当初の体外受精への否定・嫌悪感からそれを受け入れるや推進派のようになっていく速さが、ちょっと違和感があるというか、ご都合主義的に見えてしまいました。
 サブテーマになっている性暴力被害の深刻さ、奈緒のトラウマと揺れの方にむしろ思い入れを持ってしまい、どちらかといえばそちらの方によりシフトした方がよかったように思えました。

12.顔に取り憑かれた脳 中野珠実 講談社現代新書
 顔についての識別や自己認識について検討し解説した本。
 自分と近い者の顔はわずかな差異でも識別できるが、そうでないものは容易に見分けがつかないもの(外国人の顔ってみんな一緒に見えたりしますし、私など、若いタレントグループなんかもう誰が誰だか判別できません)ですが、生後6か月の赤ちゃんは人間の顔も、サルの顔も見分けられる、でも生後9か月くらいになると人間の顔は見分けられるがサルの顔は見分けられなくなるそうです(79ページ)。聴覚の方でも、日本人の生後6か月の赤ちゃんはLとRを聞き分けられるけど生後10か月くらいになると聞き分けられなくなるとか(79ページ)。日常生活でよく使うことの方に能力資源が振り分けられて行くということなのでしょうけれども、人体の神秘を感じます。
 鏡に映った自分の姿を自分だと認識できることが確認されているのは、人間以外に、チンパンジー、オランウータン、ボノボ、イルカ、ゾウ、カササギ、ホンソウワケベラ(魚)くらいなのだそうです(90ページ)。もちろん、そういう実験をやった動物がそれほど多くないのでしょうけれども、サルや犬は認識できない(同種の別個体だと思っている)というのも不思議に思えます。
 犬は切なそうな表情をする(猫やウサギはそういう表情はしない)ことがよく見られますが、犬には眉毛の内側を上に引き上げる表情筋があるのだそうです(204~206ページ)。犬がそのように「進化」したというよりは、そういう人間に好かれる特性を持った犬が増殖された結果そういう犬が満ち満ちているということでしょうけど。でも、そういう表情筋が発達しているとして、犬がその表情筋を使ったとき、犬の内心でそれに見合った(人間がそうだと評価する)感情が生じているのかは、より緻密な実験・検証が必要に思えるのですが。

11.事例からわかる相談担当者のための障害者差別解消ガイドブック 日本弁護士連合会人権擁護委員会編著 ぎょうせい
 日常生活のさまざまな場面で、障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)とそれに基づく内閣府の基本方針が示す「不当な差別的取扱い」に当たるか、差別が正当化される「正当な理由」があると言えるか、障害者が求めた「合理的配慮」を提供していると言えるか、合理的配慮をしなくてよい「過重な負担」があると言えるか、労働者に対しては障害者雇用促進法(障害者の雇用の促進等に関する法律)とそれに基づく指針が示す(労働者が意思表明をしなくても行うべき)「必要な措置」(合理的配慮)の範囲等について説明した本。
 ハラスメントについての研修と同様、読むことで、こういうことも差別になるのか、合理的配慮は義務者側で一方的に考えて決めるのではなく障害者の意向を聞いて「建設的対話」をしなければならないなどに気づくことを期待した本です。その性質上、えっ、ここまで、こんなこともという事例でも不当な差別的取扱いに当たる、合理的配慮提供の必要がある、過重な負担とは言えないという回答(説明)が並んでいます。
 相談担当者のためのとされていますが、法律相談担当者ということだとすれば、障害者差別解消法や障害者雇用促進法上の差別的取扱であったり、合理的配慮をすべき場合に当たるとしても、それを指摘して交渉することはできても、相手がそれに応じない場合にそれを法的に実現したり損害賠償請求が認められるということには直結しないので、法律相談としてどう回答すべきか、法的手続の依頼を受けたらどうできるかは難しいところだと思います。運動・啓蒙的な性質の本だなと思います。

10.実践!クリティカル・シンキング 丹治信春 ちくま新書
 論理的思考力について考える本。
 表紙に「ある文章の中で行われている推論が、よい推論なのか、それともよくない推論なのかを『評価する』というクリティカル・シンキングの目的…」ということが書かれていて、私たち弁護士が(あるいは裁判官が)仕事がら行う証拠から認定すべき事実に至る推論(推認)の評価に役立つかもと期待して読みました。しかし、哲学や論理学上の概念(証拠は結論の「認識根拠」の理由なのだとか)や誤解を排除するための言葉の使い方などの説明が多く、論証する推論の評価の話は終盤でようやく出てきた(237ページあたりから)上に、疑わしい暗黙の前提をおくとか考慮に入れるべきことを見落とすとかの誤りに注意するなど、まぁ気をつけるべきことではあるけれどそりゃそうでしょうというところで、新発見ということは残念ながらなかったかなと思いました。

09.なぜ、「これ」は健康にいいのか? 副交感神経が人生の質を決める 小林弘幸 サンマーク出版
 健康な人が病気になる原因は大きく分けて免疫系のトラブルと血管系のトラブルで、病気を防ぐためには自律神経のコントロールが重要だと論じた本。
 なるほど、とは思わせてくれるのですが、自律神経って自分の意思では左右できないからこそ自律神経じゃないの…
 著者は、交感神経と副交感神経は単純に交代するのではなく交感神経も副交感神経も上がっている状態が健康にいい、そのために副交感神経が下がらないように心がけることが大事だと説いています。副交感神経を高い状態に保つためには呼吸も動作もゆっくりを心がけ、気持ちに余裕を持つことが大切だというのです。朝は十分に睡眠を取って目覚めると副交感神経優位のところに交感神経も上がっていくので能力が高い状態にある。しかし「いったん安定さを欠いた自律神経というのは、やっかいなことになかなか戻りが利きません。不安定なままスタートしてしまうと、一日中不安定な状態が続いてしまいます」(109ページ)。脳がもっとも活性化する時間である朝をメールチェックに使ってしまうのはもったいない(171~172ページ)。なるほど、朝不愉快なことがあって機嫌が悪くなると、なんだかその日一日うまく行かない気がします。朝方にメールチェックしてわがままな人や横柄な人からのメールを見て気分を害して一日を台無しにするなんて馬鹿げてますよね。でも、大事なメールもあるかも知れないので、なかなか確認をせずにいられないのですが。
 著者は、朝一番と食事の前にコップ一杯の水を飲むことを勧めています(122ページ)。胃腸の蠕動運動を促して副交感神経を刺激するというのです。食事の前に水を飲んだら胃液が薄まると言われて、よくないことのように思っていたのですが…

08.罪を犯した人々を支える 刑事司法と福祉のはざまで 藤原正範 岩波新書
 元家庭裁判所調査官として長らく少年(刑事)事件に取り組み、その後学者、社会福祉士となっている著者の立場から、現在の日本の刑事司法について検討しあるべき姿に向けて提言する本。
 「今の裁判は、関係者が寄ってたかって被告人に恥をかかせ、人格を貶めているようにしか見えない」(10ページ)というあたりに著者のスタンスが見え、その視点に清々しさを感じます。
 第1章の岡山地裁での刑事裁判傍聴、第2章の統計による刑事裁判の流れというか犯罪者の処遇・振り分けは、初心者には読むに値すると思いますが、著者の言いたいことは、第3章後半の刑事手続下にある人の「福祉ニーズ」と第4章の刑事手続きと被告人の刑事裁判後の更生に向けた社会福祉士の取り組み・活動にあると思います。実践の拡大も、それを弁護士が担いあるいはそこに弁護士が関わっていくことも、大変なことだとは思いますが。

07.リカバリー・カバヒコ 青山美智子 光文社
 都心に近い新築マンション「アドヴァンス・ヒル」の住人たち、進学校に入学して成績がガタ落ちになり落ち込む1階に住む高校1年生の宮原奏人、子育てのために好きだった仕事を辞めたことを後悔しママ友たちとの関係に悩む2階に住む35歳の樋村紗羽、耳の不調に悩み耳管開放症と診断され入社3年26歳で休職している3階に住むウェディングプランナーの新沢ちはる、運動が嫌いで駅伝大会の選手に選ばれないように捻挫を装ったら本当に足に不調を来して困惑する4階に住む小学4年生の立原勇哉、老眼が気になるようになった5階に住む52歳の雑誌編集長溝端和彦らが、近くの「日の出公園」にあるカバのアニマルライドの自分が治したい場所と同じ場所を触ると回復するという話を聞き、思いをはせ癒やされ自分と周囲の人の関係を見つめ直していくというほのぼの系の短編連作。
 タイトルからは、「リカバリー・カバヒコ」と名付けられたカバのアニマルライドがキー・パースンのように見えますが、実質は公園近くの「サンライズ・クリーニング」店を夫の死後年中無休で続ける80歳の溝端ゆきえの存在とその語りがポイントになっています。また、それぞれの話の中で、話者(視点人物)と溝端ゆきえ以外に1人同年配の人物の意外な面に気づくというパターンが踏襲され、いい読み味につながっていると思いました。

06.腐敗する「法の番人」 警察、検察、法務省、裁判所の正義を問う 鮎川潤 平凡社新書
 警察の利権、警察の利害に乗せられたあるいは翼賛するマスコミ、検察の奢りと組織の論理、矯正の実情、最高裁の行政との癒着、お上の意に沿わぬ判決を書く裁判官に対する処遇差別等を論じた本。
 権力組織の問題点を弾劾・断罪する論調は、私のような権力者嫌いの者には心地よく読めます。もっとも、裁判所批判の中で書記官・事務官・調査官らの労働条件が恵まれ、産休・育休等が充実していることを、利用者のことを第一に考えていないなどと批判しているくだり(187~192ページ)は、労働者の権利をやっかみ引きずり下ろそうとする、著者自身が使用者側に味方しているようなもので不快に思えました。
 学者さんが書いたものにしてはなのか、学者さんが書いたものだからなのか、書かれていることの多くが他人が書いたものからの引用で、業界人にとっては既にどこかで聞いたようなことが大半で、まぁ取りまとめてはいますがあまり新味は感じません。
 またどうしてだか報道で有名な固有名詞があえてイニシャルにしてあって、それが貫かれているならまだそういうポリシーかと思いますが、実名記載のものもありその基準もテキトーな気がして、ちょっと残念です(村木局長:なぜかこの本では村木局長は一貫して匿名、が逮捕・起訴された冤罪事件で証拠のフロッピーの作成日付を改ざんして実刑判決を受けた主任検事について、118ページでは「元主任検事は刑務所を出所後、社会で発生している事件の解説をインターネットで行い、閲覧者の関心を集めている」と匿名で書きながら、213ページにはその実名が書かれてるとか、著者の考えは私には理解できません)。

05.お嬢様と犬 契約婚のはじめかた 水守糸子 角川文庫
 旧華族にして大富豪の鹿名田家の長女だが小学1年生のときに誘拐されたのを機に壊れてしまい一族と疎遠になって祖父がかつて愛人のために建てた邸宅に住まい籠もって絵を描き続ける画家つぐみが、美大でヌードデッサンのバイトをしていたイケメン男久瀬葉に本家から渡された3000万円を払って結婚するという設定の恋愛小説。
 結婚から始まる純愛/プラトニックラブ❤
 テーマはやはり呪いの言葉と王子様でしょうか。
 きょうだいでつぐみとひばりという設定、どこがであったような…えぇと、よしもとばななじゃないよなと思ったら「ストップ!!ひばりくん!」でした。
 Web小説だからか、最初の方は比較的短く切られ、話者(視点人物)が交代する(葉とつぐみ)こともあり、説明が繰り返される感があります。次第に気にならなくはなりますが。

02.~04.JK Ⅰ~Ⅲ 松岡圭祐 角川文庫
 不良勢力・暴力団が牛耳る川崎市川崎区南町にある懸野高校1年生の有坂紗奈と両親の焼死体が逗子の山中で発見されたと公表されたが警察の動きは鈍く犯人と目される不良たちがむしろ我が物顔でのさばる中、ダンス系のユーチューバー江崎瑛里華と名乗る女性が現れ、犯人たちが次々と死体となって行くという復讐劇。2巻ではさらに犯人たちの背後の暴力団衡田組、3巻ではさらにその上部の暴力団哭啾会へと戦いがエスカレートしていきます。
 1巻の最初はいったいどうしたらこんなに残虐な事件を書けるのかと思うほどむごたらしい展開です。不快なおぞましいものは目にしたくないという感性の人は読まない方がいいと思います。私もかなり後悔しました。ただ、これを読んでしまうと、あとはこんな奴らは許せない、一刻も早くこいつらが地獄の制裁を受けるのを目にしないと気持ちが治まらないという気になります(そうなってしまう自分を見たくないという点でも、止めときゃよかったと思うのです)。作者は、その点、迅速に読者の期待に応え、テンポよく復讐を遂げていきます。そういうところ、さすがベストセラー作家だなと、その手腕にも唸らせられます。
 作者としては、このようなキャラクターを生んでしまうと、続巻を書きたくなるのでしょうし、行くとことまで行かせたくなるのはわかります。ただ、私としては1巻で話は一応完結している(ただし、DNA問題の謎は1巻では解かれておらず2巻に持ち越されるのですが)のでこれで終わらせる方が後味がいいように思えます。思慮と忍耐の足りない女性への作者の容赦のなさが、1巻冒頭だけではなく3巻冒頭でも発揮されていて、胸が痛むものですから。

01.ないものねだりの君に光の花束を 汐見夏衛 角川文庫
 ふつうであることにコンプレックスを持ち続け、極めつけの特別な存在といえる本格的な歌とダンスが売りの人気アイドルグループのセンターを務める高校2年生の鈴木真昼がクラスで隣の席になっても彼我の雲泥の差に嫌気がさして目を背け素っ気なく振る舞い続ける染矢影子が、鈴木真昼と図書委員で一緒になったことを契機に鈴木真昼が知られざる過去故にふつうの存在、ふつうの家族に憧れていることを知り、さまざまなことを捉え返して行く青春小説。
 いろいろとバタバタしながらも、ごく身の回りの範囲で話が治まり、深刻に思える展開があっても微笑ましく読めていく感じがします。
 私としては、自分の年代から来る贔屓目なのでしょうけれども、パパサンタに好感します。

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