庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  私の読書日記  2024年10月

22.一度読んだら絶対に忘れない文章術の教科書 辻孝宗 SBクリエイティブ
 「自分で問いをつくって、その問いに答える」というフォーマットを使うと、相手に伝わる、論理的な文章が誰でもすぐに書けるようになる(4ページ)というコンセプト・方法論による文章術の本。
 文章の目的の設定・決定と、相手(想定読者)の関心の把握・想定を、大きな問いを作るという形で執り行い、その問いを分解・具体化してそれに答えることで相手の関心に答えつつ文章が展開できるというふうに考えれば、合理的な手法と言えるでしょう。
 そこに乗せるために「すべての文章には必ず問いがある」(29ページ)、新聞も「最近、世の中でどんな出来事が起きているか?そして、それはなぜ起こってしまったのか?」という問いに対して答えているだけ(27ページ)とかいうのは、ちょっと無理してるかなという気がしますが。

21.ペッパーズ・ゴースト 伊坂幸太郎 朝日新聞出版
 唾液や飛沫を受けるとその人が翌日に見る光景が脳裏に浮かぶ「先行上映」を見ることがあるという不思議な能力を持つ中学の国語教師檀千郷が、受け持ちの生徒の「先行上映」や態度から気にかけて行くうちにトラブルに巻き込まれていく様子と、5年前にSNS上で猫の虐待の実況をしたアカウント「猫ゴロシ」の支援者たちをその際に被害を受けた猫の飼い主から宝くじ当選金10億円の提供を受けて襲撃して回っている「ロシアンブル」「アメショー」の2人組の様子を絡ませながら展開した小説。
 ややシニカルにではありますが人の善意や素朴な正義感を信じた暖かさを感じさせます。しかし、檀の超能力が前提とされていることやロシアンブルらと布藤鞠子の小説の関係がうまく説明されないことなどから、いまひとつしっくりこないところがあります。

20.精神障害の労災認定 しくみと判断事例 中野公義 日本法令
 精神障害(うつ、適応障害等)の労災認定について認定基準の考え方と裁決例等を説明し、判断をするにあたっての感覚(相場感)をつかむ(2ページ)ことを推奨する本。
 第1編の設例を用いた説明はわかりやすく、第2編の多数の裁決例の紹介が売りの本だと思います。ただし弁護士の関心からいうと、第2編の裁決例の事実認定とそこからの判断のロジックはもう少し深掘りして欲しいと思います。
 特に労災の原因と主張される具体的できごとが単体では心理的負荷が「強」と評価できないときに複数の「中」を全体的に評価して「強」と認定する場合の考え方は、81~82ページで説明されていますが、そのような評価がなされた裁決例(124~125ページ、180~181ページ、201~202ページ)でそう評価した具体的な根拠やロジックの説明がないのが残念です。207~211ページの2つの裁決例で説明を加えようとしていますが「統一的な判断基準を読み取ることはなかなか難しい」(211ページ)と書いているように、説明が難しいのでしょうけれども。ただ、元労働基準監督官で現在弁護士の著者が説明困難だとすると、ふつうの弁護士にはとてもわからないということになってしまいます。

19.カスハラ、悪意クレームなど ハードクレームから従業員・組織を守る本 津田卓也 あさ出版
 会社・役所やその従業員へのカスハラ(カスタマーハラスメント)、ハードクレームに対する対応を解説した本。
 クレームを言ってきた者への初期対応としての部分謝罪のフレーズ(80~85ページ、246ページ)、切り返しフレーズ(2~5ページ、106~146ページ)等、悪質なクレーマーなどへの現場対応に役立つ情報が書かれていてたいへん参考になります。
 他方、この本の主なテーマである、従業員を孤立させない、組織で守るという点に関して、現場が迷わない、表現をあいまいにしないマニュアルを作成し周知徹底させることの必要性が繰り返し書かれて強調されているのですが、マニュアル対応の入り口となる「ハードクレームの定義」についてさえ、どう定義すれば従業員が迷わないあいまいでない表現かの記載例の紹介がありません(カスハラについては、厚労省の定義をベースにした定義例が紹介されていますが:206~209ページ)。業種や組織のポリシーでさまざまになるのは当然ですが、これくらい具体的にという水準や定義をする際のテクニックを見るためにも例示は必要だろうと思います。そこは、商売として有料でアドバイスしますということなんでしょうか。

18.これだけは知っておきたい 糖質制限食のエビデンス 辻本哲郎 中外医学社
 糖質制限食のメリットとデメリットを比較的大規模な研究や各種研究のメタ解析の結果に基づいて解説した本。
 糖質制限食(炭水化物摂取量の制限)は体重減少(ダイエット)の点では、3か月とか6か月で相当な(劇的な)効果があるが、その後リバウンドが大きく12か月では効果が失われたり、長期間にわたり継続できる人が少ないこと、糖質制限食で便秘、頭痛、口臭、筋痙攣などが有意に増えること、過度な糖質制限は長期的には癌や心血管疾患のリスクを高め死亡リスクを上昇させることが指摘されています。
 糖質制限で死亡リスクが上昇する原因については、わかっていませんが、著者は、糖質制限食で穀物や果物の摂取を減らすことで食物繊維の摂取量が減ること、肉は好きに食べてよいということで動物性たんぱくや脂質の摂取量が増えてコレステロールや飽和脂肪酸が増加することのリスクを指摘しています(68~69ページ)。
 糖質制限には長期的にはリスクがあることを認識した上で、現状より糖質を控えるという程度の緩やかな対応で、加糖飲料(ソフトドリンク)はやめ食物繊維の多い食事を心がけ、タンパク質・脂質の質の改善(赤身肉から白身肉・魚へ、加工肉も止める、動物性から植物性へ)、野菜を積極的に食べるという生活を著者は推奨しています。う~ん、それくらいならなんとかできるかも…

16.17.復活の歩み リンカーン弁護士 上下 マイクル・コナリー 講談社文庫
 冤罪で仮釈放のない終身刑を受け14年間収監されていたホルヘ・オチョアの無実を証明して釈放させた敏腕弁護士マイクル・ハラーのもとに刑務所から依頼を希望する手紙が殺到していたところ、ロス市警を退職しハラーを手伝っていたハリー・ボッシュが、保安官の元夫を銃殺したとして起訴され不抗争の答弁をして11年の刑に服しているルシンダ・サンズからの手紙を目にとめ、ハラーがルシンダの弁護をして人身保護請求を申し立てるというリーガル・サスペンス。「リンカーン弁護士」シリーズ第7作。
 高級スーツを身にまとい、着手金2万5000ドルだとかを要求するハラーの姿は、私のような庶民の弁護士とは違う世界の住人とも見えますが、本作でハラーが受刑者の無罪を勝ち取りその「復活の歩み」を見ることに達成感・生きがいを見出し(上巻10ページ、185~186ページ、下巻315ページ等)、人生観を変えて行く(下巻322ページ)展開は感動的です。だからといって、自分が再び刑事弁護の世界に戻りたいとは思いませんが。
 警察官・検察官の不正・醜さに対する作者の強い憤りが随所に感じられます。ここまでの設定をしていいのかという感じもしますが、折しも日本でも袴田事件の再審を機に証拠の捏造までした警察による冤罪とあくまでそれを隠蔽しようとした検察の醜さが広く知られ、こういう作品を読むのにタイムリーと感じます。
 もともとハラーが敏腕弁護士という設定なので、逆転また逆転でハラハラするというタイプの作品ではありませんが、判事もまたリベラルな設定だと、正義が実現されることを確信して安心して読めるのはいいけれども、リーガル・サスペンスがそれでいいのかという思いも持ちます。

15.アメリカ連邦最高裁判所 リンダ・グリーンハウス 勁草書房
 30年近くニューヨーク・タイムズで連邦最高裁担当の記者だった著者によるアメリカ連邦最高裁判所の概説書。
 最初に「本書は、連邦最高裁判所の歴史を語ることを第一の目的とはしていない。読者に連邦最高裁判所が今日どのように機能しているのかを理解してもらうことが、本書の目的である」(3ページ)と述べているのですが、歴史的な話が多く、長らく独立した庁舎もなく、最高裁判事から別のキャリアへと転身した者も多かったなど、連邦最高裁がその権威を確立する前の話がむしろ興味深く読めました。
 就任後に大幅に見解を変更した裁判官についての研究で、連邦の行政機関に勤務していた者は立場を変えず、行政機関での勤務経験のない判事だけがリベラル化した(47ページ)というのは示唆的です。やはり、役人は変わらない、ですね。

14.古建築を受け継ぐ メンテナンスからみる日本建築史 海野聡 岩波書店
 文化財や寺社建築、宮廷・内裏、さらには民間建築も含め、木造建築物の修理、改築、移築などの歴史を解説した本。
 私としては、木造建築物の修理・保存の技術・技法の発展と現状みたいなものを期待して読んだのですが、建築における修理・メンテナンス・長寿命化をめぐる思想の変遷・発展史を語る本でした。
 Ⅱ部とⅢ部の関係が、Ⅱ部は建築メンテナンスに関わる考え・思想の歴史的な検討、Ⅲ部はメンテナンスのテーマ別の検討ということなのだとは思いますが、どちらも受け継いだ事例、受け継がない事例を挙げて似たようなことを論じているように見えました。多数の事例を紹介していることは勉強になりますが、読み物としてはもっとメリハリをつけて欲しいなと思いました。
 また建築関係の専門用語が多く、巻末に用語集と解説図があるのはありがたいのですが、それに出ていない用語が多く部外者は挫折しやすいと思います。
 著者の主張は、古い木造建築を維持するに当たっては建築時を復元することを至上とするのではなく、事情に応じて寛容な対応がなされるべきであり、現にこれまでの修理等はそのようになされてきたというところにあります。今流行のSDGsのうさん臭さを指摘し「ある種のファシズムとさえいえる」(307ページ)とまでいう頑固さは、筆の走りなのか著者の本質なのか…

13.多頭獣の話 上田岳弘 講談社
 企業向けのソフトやシステムの導入・保守を業とする会社でシステムエンジニアを束ねる管理職の家久来(かくらい)が、かつて自分の部下だったシステムエンジニアである日退職してYouTuberロボットを名乗るYouTuberとなり、登録者数2500万人、コラボするグループ全体では登録者数4000万人という世界でも有数のインフルエンサーとなったが5年前にグループごと一斉に活動を停止し姿を消した桜井(さくらい)を思い起こしていたところ、桜井から家久来宛に動画が送られてきて、さらにはYouTuberロボットのグループメンバーや桜井自身が家久来の周囲に現れ…という展開の小説。
 難しい言葉はほとんど使われず硬い文章でもないのですが、観念的に思える禅問答的な語りと感じられる叙述が多い印象です。
 そういった語りの動画が多数の人に支持され人気を集めるという設定は、ジュンブンガク系作家(あるいは哲学者?)の夢でしょうか。
 観念的なというかよくわからない展開が続いた後、最後になって唐突に卑近な形で幕引きがなされ、ここまで読まされてきたのは何だったのかと思いました。

12.アキレウスの背中 長浦京 文春文庫
 日本政府が認可した最初の公営ギャンブル対象のマラソンレース「東京ワールド・チャンピオンズ・クラシック・レース:東京WCCR」に参加する日本のトップランナー嶺川蒼に対し参加取りやめを要求する脅迫メールが届いた件で、警察庁が組織している特殊部隊MIT(ミッション・インテグレイテッド・チーム)に招集された29歳の警部補下水流悠宇が急造混成チームでその捜査と東京WCCRの妨害行為阻止に向けて奮闘する警察小説。
 国際的な陰謀だとか、中国(政府)の関与を示唆しつつ、犯人像や犯行の動機・計画の部分がはっきりしないというか、私には読んで今ひとつ納得感がありません。そこは、わからない方がリアリティがあるということかもしれませんが、中国が絡んでいると言ってそうするのは、ネトウヨ読者の嫌中意識に乗っかって詰めの甘さをごまかしているような気持ち悪さを、私には感じさせます。
 警察小説、サスペンス小説としてよりも、主人公の成長を読む青春小説として読んだ方が読後感がいいかもしれません。 

11.離職防止の教科書 いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版 藤田耕司 東洋経済新報社
 部下が離職することを避けるために経営者や管理職が心がけるべきことを指南する本。
 部下に残業や休日出勤をさせずに自らが深夜までの残業や休日出勤を続け辛そうにしている上司の姿を見て、自分も数年後にはああなるのかと絶望して離職するという話(48~49ページ)は、少し目からウロコです。労働者側の弁護士をやっていると、そんな良心的な管理職の存在を聞くことは稀ですが。
 仕事ができず生意気な(態度の悪い)部下について、上司として成長する機会を与えてくれる「先生」と思い、生意気な態度を取られたときは「なるほど、先生、今日の課題はこれですか。ありがとうございます」と心の中で唱える(83~85ページ)。う~ん、そこまでして?顧客等に対しても活用できるというのですが…私には無理だな。話を聞くときに相手の話をさえぎると、まともに話を聞いてくれないと不満を持ち、共感してくれないと感じる(93~96ページ)というのも、よく聞きます。それもわかっているのですが、仕事がら、止めないといつまでも延々と自分の訴えたいことをそれも弁護士の目には事件のポイントから外れた話を、仕事を中断して電話に出ている相手の迷惑など考えずに言い続ける人を日常的に見ている者としては、やはり無理だなと思ってしまいます。部下の離職防止とは関係ない、依頼者・相談者等に応用できるかの面での弁護士の愚痴ですが。

10.腎臓の名医が教える 腎機能 自力で強まる体操と食事 上月正博 徳間書店
 慢性腎臓病の治療と予防のために運動を勧める本。
 1995年に著者が研究を始めるまで、また20世紀は、慢性腎臓病患者は運動すると尿たんぱくが増えるので安静が第一とされ、体を動かすことなどもってのほかだったのだそうです。それが2016年に糖尿病腎症に対する運動療法の保険適用が認可され、2022年には人工透析患者に対する運動療法の保険適用も認可され(18ページ)、今では軽い運動を継続することで腎機能が向上することがあることもわかり、むしろ安静は禁物だというのです(3~4ページ)。門外漢には、運動できない(骨折等)ときは別として、(軽い:やり過ぎない)運動が健康に悪いという考え方自体理解できないのですが。
 推奨されている運動はウォーキング(大股で歩くことが重要とか)と室内での比較的軽めの体操で、こちらはやれそう(もっとも、この種の本で勧められた運動を、私は結局やったためしがないのですが)なんですが、食事の方は、厳しい食事制限はしないと言いつつ、タンパク質摂取制限(体重1kgあたり1日1gかそれ以下)、塩分摂取制限(1日6g未満)や甘い物・加工肉・市販の惣菜を避けるとかも厳しそう。

09.三度目の恋 川上弘美 中公文庫
 2歳の時からの幼なじみのひとまわり年上のイケメンで多情な男ナーちゃんこと原田生矢と結婚し専業主婦となった梨子が、34歳の時に、小学校時代時々話していた用務員の高岡と再会し、自転車で全国を回っているという高岡と話すうちに、夢の中で江戸時代に吉原に売られた禿・花魁となり、そこで高岡らしい客の高田に出会い、また夢の中で伊勢物語中の在原業平の妻に仕える女房となり、そこで高岡らしい僧侶と出会うなどする幻想恋愛小説。
 夫の不貞に耐え悩んでいた梨子が、幾人もと関係を持つことに寛大になりまたふてぶてしくなって行く心情の変化を読む小説で、女の強さを感じさせる一面がありますが、他方で不貞男に都合よい面もあるかと思います。
 また平安時代のエロス、女性の心情・生き様を読む小説でもありますが、平安時代とそこでの女性はそのようなものだったのか、それを「学ぶ」作品ではないので史実と合っているかはまぁいいとは言え、気になりました。

08.戦後フランス思想 サルトル、カミュからバタイユまで 伊藤直 中公新書
 サルトル、ボーヴォワール、カミュ、メルロ=ポンティ、バタイユの5名のフランスの哲学者の思想と作品、その間での論争を紹介した本。
 私が学生の頃、リアルタイムで流行していた「フランス現代思想」=構造主義・ポスト構造主義以前のプレ構造主義ともいうべきこれらの人々は、ある意味で既に過去の人となっていて、断片的にごく一部の作品を読んだだけでいたので、主著や思想のエッセンスを改めて読んで勉強になりました。
 サルトルが実存主義の主張を固めたのがドイツ占領下のフランス(サルトルも徴兵されドイツ軍の捕虜となった)であったことを知ると、人間とは何か等の「本質」以前に人間は実存しており、なるべき自分を自由に選択し未来に向けて自分を投げ出せる(投企)しそうしなければならないという、ある種楽観的で前向きなテーゼが生まれ人々の支持を受けたことをなるほどと思えました。
 1歳の時に父親を亡くすという不幸はあったものの裕福な祖父母の元で育ったサルトルが共産主義に親和的な姿勢を取り、労働者階級のつましい家庭で育ったカミュが共産主義を全体主義として否定的な態度を取ったというのも、ありがちではありますが、興味深いところです。

07.70歳までに脳とからだを健康にする科学 石浦章一 ちくま新書
 認知症/アルツハイマー病やダイエットなどを取り上げて生命科学の立場から解説した本。
 健康になるためにどうすればいいかを述べる本ではなく、人間の体のしくみやなぜそうなるのかの説明をする本です。
 他人の腸内細菌を移植する(便を濾過して肛門から注射するかカプセル化して飲む)ことで、潰瘍性大腸炎が治ったとか癌が治った、自閉症やうつにも効くとかいう報告がある(136~138ページ)と書かれていてビックリです。
 「脳科学の専門家または自称“脳科学者”、脳科学の第一人者などとしてマスコミに出ている人は、そうでない人が多い」(170ページ)、「市販のサプリメントはほぼ効かず、生命科学関係のベンチャーなどはほぼすべて役に立たないかそれに近いものを扱っているにもかかわらず、それが一般の皆さんには素晴らしいもののように思われている」(242~243ページ)などのはっきりした記述が目を引き、参考になります。

06.イスラエル、ウクライナ、アフガン戦地ルポ 憲法9条の国から平和と和解への道 西谷文和 かもがわ出版
 ハマスからの攻撃への報復ないし自衛を主張してヨルダン川西岸とガザ地区で、イスラエル人被害者よりも遙に多数のパレスチナ人を虐殺し続けるイスラエル軍/政府の攻撃とパレスチナ人への虐待が続くエルサレムとヨルダン川西岸地区、ロシア軍の民家や多数の民衆が集まる場所への攻撃とウクライナ軍の反撃が続いているウクライナ、中村哲の用水路事業とその後10年を経たジャララバードを訪問して現地の様子を報じたルポ。
 イスラエル訪問が2024年3月、ウクライナは2023年5月と10月、アフガンは2022年8月までなので、その後事情が変わっているところはありますが、それでも近年のそこで生活する人々の様子が書かれているのに興味を惹かれます。
 イスラエル兵の蛮行とともに「虐殺をやめろ」というプラカードを持つユダヤ人の姿を紹介し(表紙の写真にも使用)、中村哲の事業と姿に焦点を当てる著者のスタンスは、紛争当事国と軍事同盟になく(NATO加盟国でない)平和憲法を持ち他国と戦争をしないことを国是とする日本の政府が紛争解決に取り組めばいいのにというものです。ラストワードの「これからは岸田文雄(あるいは新しい総裁)ではなく、中村哲の時代だ」が印象的です。

05.報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと 富川悠太 PHP研究所
 元「報道ステーション」のメインキャスターで、今はテレビ朝日を退社してトヨタ自動車に入社し「トヨタイムズニュース」のキャスターを務める著者が、相手への伝え方について論じた本。
 取材/話を聞くときには相手の視点を理解して、話すときは話す内容(ニュース:できごと)の当事者の視点に立ちそれが「自分ごと」と感じ意識できるように(もちろん、話す内容をきちんと理解して)、そして聞いている人(世間一般)の感覚/目線を意識するというようなことが、取材やキャスターとしての経験を交えて説明されていて、なるほどと思えます。
 しかし、この本で度々豊田章男の会話・スピーチ術、人心掌握術に感心するという話題があり、グループ企業の不祥事があった際たった1人で責任を背負う発言をしたこと(50~51ページ)、アメリカでのリコール問題で米議会の公聴会で謝罪と説明をしたこと(68ページ、191ページ)は触れているのに、今年(2024年)5月に発覚したトヨタ自動車自身の日本での認証不正(意図的な試験車両の加工、虚偽記載、データ改ざん等)問題には一言も触れていません。巻末の豊田章男会長との特別対談がいつ行われたのかは記載されていませんが、あとがきは2024年7月と記されており、少なくとも著者は執筆中には認証不正問題を認識していたはずです。「報道ステーション」のフィールドレポーターとして12年ほど、メインキャスターとして6年報道に携わった著者でさえ、トヨタ自動車の社員となればくさい物に蓋なのか、そもそもネガティブなことを隠す/隠蔽するのではなくいかに誠実な対応をしそれを伝えるかは企業広報としても今や必須ではないか、「伝え方」の本でそれをしないとはどういうことでしょうか。この本の「はじめに」で、トヨタ専属ジャーナリストになる際、豊田章男から報道でやっていたようにストレートに疑問をぶつけ、現場を取材して伝えるやり方で関わって欲しいと言われたことを紹介している(7ページ)のは何なのか。報道ステーションのキャスターでさえ、社畜になってしまう、そういうことなのかということがとても衝撃的な本でした。

04.記憶の深層 〈ひらめき〉はどこから来るのか 高橋雅延 岩波新書
 記憶のメカニズムとよりよく記憶するための方法等を心理学の手法と立場から解説した本。
 タイトルからは、脳科学系の本かと思いましたが、記憶にまつわるさまざまなことを心理学の実験をこまめに紹介しながら説明しているところが特徴となっています。実験を説明されると、その実験からそこまで言っていいのかとか、その程度の標本数でどれくらい普遍的に評価できるのかとか、次々と疑問は湧きますが、根拠を説明しようとする姿勢には好感が持てます。
 記憶の定着に関しては、イメージとの結びつきや繰り返し、特に覚え込む(インプット)ことよりもアウトプットを繰り返すのが有効ということですが、それはよく聞く話です。
 サブタイトルのひらめきについては、「はじめに」でも個人の記憶の蓄積=個性が創造性の基礎となると述べていることもあって、そちらの話を期待しながら読みましたが、最後の10ページ程度で言及しているだけで、それも、ひらめきは問題から一時的に離れて休んでいる間に無意識的な活動が行われ続けることによって得られる、ただし、このような無意識的な活動の前には徹底的に集中して考え抜くことが重要(167ページ)というようなよく聞く話にとどまっています。
 著者は、それに一人ひとりの記憶や知識や人生経験の違いに根ざした無意識の働きである連想の独自性はAIには真似のできないもので人間は誰もがみな創造性に溢れた存在という主張(175~176ページ等)を追加していて、それはいいとは思いますが、それまで積み重ねてきた話との関連性が、私には今ひとつ感じられず、ちょっと浮いた感じがしました。

03.Q&A現代型問題管理職対策の手引 高井・岡芹法律事務所編 民事法研究会
 使用者側の弁護士が、管理職の取扱をテーマにした使用者(会社)からの質問に回答する本。
 特に問題ないと思える管理職やどう見ても会社側の要求が身勝手だろと思う質問も見られますが、使用者側から見るとあれもこれも「問題管理職」ということなのか、単に管理職を切り口にしているだけでタイトルは人目を引くためだけなのか…
 基本的に使用者目線での解説で、執筆者によりスタンスに若干のでこぼこはありますが、裁判例は踏まえられています。プロジェクトリーダーの管理職が自分の都合でミーティング日時を頻繁に変えているとか勝手に欠席しているというケースで「解雇を有効に行うことができる可能性が高いと考えます」(169ページ)というのは、私にはずいぶんと強気に思えますし、他方で定年前に譴責処分を受けている労働者に対して定年再雇用拒否をしたいという質問に「再雇用の拒否は無効と判断されるリスクが高いものと思われます」(261ページ)というのは、私の目には使用者側の先生でもこう言ってくれる良心的な人がいるのだなとホッとします。

02.老化は予防できる、治療できる テロメアをムダ使いしない生き方 根来秀行 ワニ・プラス
 染色体の末端にあり細胞分裂の度に減少して細胞分裂できる回数を規定しているテロメアの研究の現状を紹介し、老化と老化を遅らせる試みについて解説した本。
 細胞分裂の度に減少し短くなるテロメアを再生することができれば細胞分裂が可能な回数が増えて若返りなり老化を遅らせるなりの可能性が出てくる、そしてテロメアを修復するテロメラーゼという酵素が発見されたというのですが、テロメアとテロメラーゼの関係はまだまだわからないことが多いとか、そもそもテロメアを長くしたら不老不死と言うより癌細胞になるリスクがあるのではなど、「予防できる、治療できる」というタイトルは、あまりに希望を持たせすぎに思えます。せいぜい「将来は予防できるようになるかも」くらいじゃないでしょうか。

01.名医・専門家に聞く すごい健康法 週刊新潮編 新潮新書
 「週刊新潮」に掲載された健康関係の記事を13本集めて出版した本。
 いびきは慢性的な疲労の原因になっている(121ページ)、「いびきは、毎晩、眠っている間に細いストローで4000個の風船をふくらませているようなもの」(122ページ)って。いびきをかくというだけでそんなに体力を消耗するんだ。「寝床に入ってあっという間に眠ってしまうのであれば、かなりの睡眠負債を抱えている状態にあると思います。睡眠が足りている人は、照明を消してから脳波上の眠りに入るのに15分程度はかかるのが通常なのです」(155ページ)。ドラえもんののび太は3秒で眠れるというのですが、子どもながらにそんなに疲れていたのですね。
 体に適した温度と脳に適した温度は違い、脳には22℃~24℃が最適(124ページ)だとか。以前からかなり涼し目が快適に思えていたのですが、そうだったのか。
 さまざまな人がいろいろ書いているので、若干混乱もしますが、いろいろ勉強になりました。

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