私の読書日記 2024年12月
10.マテリアル・ガールズ フェミニズムにとって現実はなぜ必要か キャスリン・ストック 慶應義塾大学出版会
トランス活動家の主張や運動を敵視し攻撃的な批判をしている本。
トランス活動家が、医学的移行(性別適合手術やホルモン剤投与等)等なしにジェンダーアイデンティティのみでジェンダー女性(体は男性、心は女性)を女性と扱うべきとすることに対し、現実レベルでは主として更衣室、シェルター等の女性専用スペースへのジェンダー女性の侵入と女性アスリート扱いをすることの不当性を挙げて、哲学的・論理的な面からの批判を延々と展開しています。専用スペースやスポーツ選手の区分などの問題についてはそれぞれの問題に応じた対処・ルールを検討して解決すればいい、犯罪者は犯罪者として処遇すればいいと私は考えます。著者のようにそれを理由に、すべての基準を生物学的性別に戻すのではなく。
著者は繰り返し自分はトランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪者)ではない、トランスの人々が自由に生きられることを望んでいると述べていますが、トランスの人々が生きやすくするよう活動している活動家に対して激しい非難を続けることでトランスの人々の解放を妨げることになるでしょうし、多くの青少年が医学的移行を選択して取り返しのつかないことになりかねないという危惧を示しながら、トランス女性が女性スペースを利用したいなら医学的移行をしろと言わんばかりの論調がトランス女性の幸福を願っているという言葉に沿うのか疑問です。著者がトランスフォビアではないということは受け入れるとして、著者の主張は、トランスの人々の存在は認めるが、静かにしていろ、団結して権利を拡張するなどけしからんということに見えます。
著者の姿勢は、俗耳に入りやすい刺激的な例を論ってマイノリティを苦しめるもので、私には、不正受給例を採り上げて生活保護受給を厳しく制限すべきだと主張している人々と似ていると思えました。そして、著者は、そのように多数派のマイノリティに対するネガティブな感情に依拠しそれを利用してマイノリティを制約する主張をしておいて、自分が批判されると自分は迫害されているなどと被害者意識を丸出しにしています。そういう主張をするのは自由だと思いますが、率直に言って、見苦しい。
細かいことですが、273ページに「女性カメラマン」、274ページに「カメラマン」という表記があります。これは原書ではどのように表記されているのでしょうか(さすがに原書を取り寄せて確認しようとまで思いませんが)。フェミニストを自認する(著者が批判している人たちに用いている「称している」という言葉は使いませんが)著者が “ female cameraman "とか" cameraman "と表記しているのでしょうか。" photographer "でも" videographer "でも" camera operator "でもなく。言葉の使用にいろいろ神経を使っているように述べている著者が、男性・女性を通じた職業を " man "で代表し、その上で「女性」をつけているとすれば驚きです。そして、もし原書では" cameraman "ではなく中性的な用語だったものを、訳者あとがきで訳語に神経を使ったことを強調している(336~337ページ)肩書きに「専門は憲法、ジェンダー法学」と記している訳者が「カメラマン」と訳したとすればまた驚きです。著者、訳者ともに力んでいる本ですが、こういうことが出てくるように丁寧な気遣いには欠けるというか、フェミニズムの感覚に日頃から馴染んでいるわけではない人の本だと感じてしまいました。
09.ダーウィン 「進化論の父」の大いなる遺産 鈴木紀之 中公新書
ダーウィンがビーグル号の航海後、進化論、性淘汰の考察を深める一方で、フジツボ時代、ハト時代を経て、ランの研究、ミミズの研究などさまざまな分野で新たな発見をしていく様子を紹介した本。
ダーウィンが生物学者というよりは博物学者であり、組織に縛られず(そもそも組織に属せず)興味の赴くままに学問研究を進めていった様子、その人となりがよくわかります。その旺盛な好奇心と、組織の背景なくさまざまなものにアクセスし研究・実験を重ね実現していった実行力に驚嘆します。
ダーウィンの研究成果を紹介している本ですが、業績や知識よりもその人間力に魅せられました。
08.クリエイターのためのトラブル回避ガイド 志村潔著 近藤美智子、雪丸真吾監修 パイインターナショナル
広告作成に当たっての広告会社、制作会社、クリエイター(業務受託者:フリーランス)の関係、その中でクリエイターが身を守るために気をつけるべきことについて解説した本。
著作権等の問題について、制作過程のさまざまな面に触れられていて、問題点をイメージしやすくなっています。トラブル回避ガイドというタイトルに合わせて、法律でギリギリ詰めたらどうなるというところではなく、リスクの意識の方に重点が置かれている感じです。
著者でない「企画・編集協力」という記載の人が「編集後記」を書いて、そこで謝辞が述べられていて、著者のあとがきやご挨拶の類いはありません。この体裁だと、果たして著作者は誰なのか、「著者」のクレジットがある以上関係者間では合意があるのでしょうけれども、著作権をメインテーマの1つとする本でこういう疑問を感じさせるのはちょっとどうよと思いました。
07.ルース・ベイダー・ギンズバーグの「悪名高き」生涯 イリーン・カーモン、シャナ・クニズニク 光文社
1993年にクリントン大統領に女性として史上2人目のアメリカ合衆国連邦最高裁判事に任命され2020年に病死するまでその職にあり、弁護士時代から性差別撤廃のために闘い続けたルース・ベイダー・ギンズバーグ(RBG)の2015年までの半生を紹介した本。
2010年代前半、保守派が多数を占めた最高裁でリベラル派の最古参となって反対意見を書かざるを得なくなったギンズバーグがフェミニストや若者のアイコンとして人気を博していったことを背景に書かれた本なので、RBGのさまざまな面を読みやすく紹介することに力点が置かれています。
弁護士の目からは、最高裁でのRBGの活動などは、「RBGの反対意見まとめ」(226~232ページ)みたいなキャッチコピーやワンフレーズ斬りではなく、より事案・背景とRBGの意見の狙いや工夫もちゃんと紹介して欲しかったなと思います。この本が繰り返し、RBGが冷静に実務的に緻密に論を重ねていったこと、少しずつの着実な勝利を目指していたことを述べていることからしても、その着実さ緻密さがより読み込み実感できる方が説得力があったと思います。まぁ、そうすると業界外の人に読みにくくなるのでしょうけど。
06.検証 政治とカネ 上脇博之 岩波新書
政治資金規正法違反や自民党の裏金問題の告発を続けて来た政治資金オンブズマン代表で憲法学者の著者が、政治資金規正法のしくみと問題点、政治家の資金集めと報告書記載を逃れる手口、報告書の入手やチェック方法と政治資金規正法違反の見つけ方などを解説した本。
細川内閣の下での「政治改革」では、企業献金禁止を目指すことをいってその代わりに税金から数百億円もの政党助成金を交付することとし、小選挙区制を導入したのですが、政党への企業献金は禁止されず企業が政治家のパーティー券を買うことも禁止されず実質は企業献金がフリーパスのままである上に政党は多額の政党助成金を得られてまさに盗人に追銭だし、小選挙区制と多額の政党助成金が政党を通して議員(建前は「政党支部」)に配られることで自民党の総裁への権力集中が進んだと説明されています。まったくそのとおりだと思います。不祥事がある度に再発防止対策と称して実質的に規制が緩められて行く火事場の焼け太りは、原発でも繰り返されてきました。懲りない面々への監視と追及はとても重要で、続けている人には頭が下がります。
05.リスボンのブック・スパイ アラン・フラド 東京創元社
第2次世界大戦の最中、ニューヨーク公共図書館のマイクロフィルム部で働く27歳のマリア・アルヴェスが、後輩の男性が新たに組織された外国刊行物取得のための部局間委員会(IDC)に採用されて海外派遣されることを知り、自分も派遣されたいと積極的に売り込んでリスボンで敵国側の発行物を収集してマイクロフィルム化して送る任務に就きつつ、さらに有益な情報を求めて踏み込んでいくうち、リスボンで書店を営みつつナチスドイツ占領下の国々から逃亡してきたユダヤ人たちをポルトガルの秘密警察の目を避けて匿いアメリカに旅立たせるための活動を続ける28歳のティアゴ・ソアレスに惹かれて行くという小説。
マリアの強い意志と度胸、ティアゴの覚悟と信念に心を揺さぶられる作品です。この物語が感動的なのは、やはり迫害されるユダヤ人を助けるために献身的に活動するティアゴと周りの人々がいて、そこにマリアも引き寄せられて行く展開にあると思います。それを訳者あとがきで「マリアは強い愛国心と正義感を胸に」(439ページ)とまとめられてしまうと、ちょっと違和感を持ちます。マリアの動機心情はややもすれば軽くあるいは観念的情動的に見えますが、弱者を迫害する権力者・独裁者への敵対心・反発に、言い換えれば迫害される者を救いたいというところにこそ焦点が置かれ、それは「愛国」というのとは別のものではないかと思うのです。
実在の人物・事件を元にしたフィクションということですが、そういう人々の活動に希望と敬意を感じ、読み味のよい作品でした。
04.スクールカウンセラーのための主張と交渉のスキル 諸富祥彦監修 金子書房
スクールカウンセラーが、学級担任や生徒指導担当、養護教諭、管理職らとチームで仕事をうまく回すためにどのように主張し交渉していくかをテーマとして、いくつかの論点で論じた本。
学校内で少数者の(ふつうは1人しか配置されなかったり週1日勤務だったりで1人でできることは少ない)スクールカウンセラーが関係者をうまく説得するために、正論で対立するのではなく、心理職でもありうまく取り入れ、取り込めということなんですが、多くは非正規・非常勤で安くいいように使われているのが現状のスクールカウンセラーが正職員・多数派と対等にやっていくことは無理があるように感じます。非正規労働者どころか業務委託のフリーランスだと主張して労働者としての保護/使用者にとっては規制を免れようとする悪辣な使用者もいます(そういう事件を経験し、労働者と認める判決を取りました)。非正規の不安定性に言及する記述もありますが、もっと重点を置いて扱って欲しいと思います。
現場の人たちは、学者・研究者がとりまとめた実務にある意味で論理的な支えを提示するものを読みたいのでしょうか、それとも現場での経験を語り合うようなものを読みたいのでしょうか。私なら後者ですが、この本は、事例を挙げ、また学者の多くはスクールカウンセラーの経験があると紹介されていますが、前者のトーンが強いように感じました。
02.03.告発者 上下 ジョン・グリシャム 新潮文庫
裁判官の不正に関する告発を受けて調査するフロリダ州司法審査会の調査員レイシー・ストールツが、判事がカジノなどの利権を持つキャット・フィッシュ・マフィアと呼ばれるギャングと組み賄賂を受け取って便宜を図る裁定を続けているという告発を受理して調査を続けるが…という小説。
グリシャムらしいテイストの作品ですが、法廷シーンはなく法律家業界ものです。また、かつてはジェット・コースターのようなとか、「グリシャム・マジック」という紹介がされるのが定番だったグリシャムですが、むしろあまりひねらず安心感のある展開の作品に思えます。
大企業や権力者の悪行をテーマとするのではなく、マイノリティの先住民に敵意を煽るような設定が採用されているのが、私には今ひとつ読み味が悪く思えました。
「解説」で、この作品で初登場のレイシーを主人公にした続編が発表されるまで5年かかったことについて説明しています(下巻366ページ)が、それよりもこの作品自体の出版に関して、グリシャムの新作が邦訳までに8年もかかったのはなぜかの方を教えて欲しいと思いました。
01.ジャーナリズム・リテラシー 疑う力と創る力 岡田豊 彩流社
新聞・テレビへの不信が強くなり、発信メディアとしての独占も失われた中で、市民が情報の受け手としてのメディア・リテラシーに加え発信者としての情報を選別する力と自覚を高める必要性を説いた本。
著者はテレビ朝日の記者・編集者ということですが、この本を読んでいると、外部の、例えば大学の研究者が書いたのかという印象を持ちます。新聞・テレビの閉塞状況、記者が思うことを書けない状況を紹介するのに、学者や他のマスコミ関係者が書いた本、第三者委員会等の報告書の公式見解の引用ばかりで、記者としての自分の経験や見聞はほとんど見られません。著者の記者として経験した事実が明示されているのは、1995年の阪神大震災の時に大阪ガスが直ちにガスの供給を停止せずに6時間後になってようやく停止したこと(ガス漏れによる火災発生の危険より停止による復旧費用の増加を怖れた)のスクープ記事とそれに対する大阪ガスの抗議と闘った成功体験(104~106ページ、175~177ページ)のみ(あとは30余年前の山口で先輩記者が教員の自殺について警察と学校が捏造した発表の虚偽を暴いたことをその記者から聞いたこと:162~163ページ)です。これが著者の前職の共同通信記者時代のことで、20数年務めているテレビ朝日での取材経験がまったく出てこないのはどうしたことでしょうか。
テレビ朝日の現職の記者でありながら、テレビ・新聞に期待できない現状を書くこと、それ自体が勇気あることなのかも知れません。しかし、テレビ局の記者として書くのであれば、テレビ局として、あるいは自分が局を代表できないということならテレビ局の記者としてどうしていこうという話こそが読者の期待するもののはずなのにそれがなく、市民の自覚を促し期待するというどこか第三者的/他人事のような書き方はどうかなと思います。
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