◆私のお薦め本◆
ハードワーク (原題:HARD WORK)
ポリー・トインビー 2003年 (日本語版は2005年、東洋経済新報社)
ロンドン在住の「ガーディアン」(イギリスのクォリティ・ペーパー)のコラムニストの筆者が法律上の最低賃金レベルの労働をしながらロンドンで生活できるかを実践しつつ低賃金労働の実態をレポートしたルポルタージュ。
筆者自身が認めているように、実際には筆者はその期間その収入だけで生活したわけではありません。また、いつでも戻れる高収入の職を持つ筆者の経験は、文字通りの底辺労働者の経験とは同視できません。
しかし、それでも筆者は、わざわざスラム化した公営住宅(それも取り壊し寸前の環境の悪い団地)に居住し、低賃金の労働を現実に経験して書いています。それ自体なかなかできることではありません。
そして、本当の底辺労働者がその生活を世間に問おうとしても、それをレポートする余裕も文章力も出版する出版社もないのが現実でしょう。そうすると低賃金労働の実情をレポートするためには、これが最も現実的な方法と評価できるでしょう。
筆者が従事した病院の運搬係、給食助手、託児所助手、テレフォンアポインター、清掃員、ケーキ工場箱詰め係、介護助手といった低賃金労働の実態は、もちろん、この本の中心テーマで、最も読み応えのあるところです。庶民の弁護士としては最も関心のあるところでもあります。私が仕事上相談を受ける人、特に多重債務・破産の相談や依頼を受ける人にはこういう低賃金の不安定雇用の労働者が多いですし、そういう人の割合が最近ずいぶん増えているように感じています。
それと同時にジャーナリストである筆者は、労働者をこのような状態におくことがサービスの低下につながっていることを指摘しています。とりわけ筆者が従事したいくつかの公的部門での低賃金労働に関する指摘は考えさせられます。サッチャー政権下の「小さな政府」「民営化」の名の下に行われた公的サービスの外注(アウトソーシング)が、結局は、公務員を不安定雇用で低賃金の派遣労働者で置き換え、その低い労働条件は外注先のことだから国は関与しないということになっただけ。そして多数の外注業者が区分された業務を担当しているので担当業務以外は手を出してはいけないと指示され(余計なことをして失敗すると会社の責任になる)役所以上の極端なセクショナリズム(縄張り意識)が横行して、業務が非効率になりサービスが低下している。というようなことが、筆者が現実に経験したことをもとに度々触れられています。
効率化・サービス向上のために民営化するという主張が、昔のイギリス、アメリカ、そして現在の日本では声高になされています。でも、実際には、賃金を切り下げられる労働者層とサービスを切り下げられる市民、要するに庶民が損をして、外注を受ける業者と「小さな政府」政策で減税を受ける金持ち層が得をすることなんですね。理屈としては、最初からわかってはいるのですが、そういうことを具体的で身近な事実で納得させてくれる本です。
主張部分で少し理屈っぽいところもありますが、ルポ部分は読みやすく面白いですよ。テーマとしても志向としても、また読み物としてみても、庶民の弁護士としてはお薦めです。
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