◆私のお薦め本◆
  M・L・キング説教・講演集
 

私には夢がある M・L・キング説教・講演集 2003年 新教出版社
 原書 A CALL TO CONSCIENCE : The Landmark Speeches of Dr.Martin Luther King,Jr 2001年
真夜中に戸をたたく キング牧師説教集 2007年 日本キリスト教団出版局
 原書 A Knock at Midnight 1998年
 どちらもアメリカの公民権運動(黒人差別撤廃運動)の指導者だったマーティン・ルーサー・キングJr牧師の演説集です。
 「私には夢がある」の方は原書のタイトルにもあるように、運動の重要な節目となる段階での演説をまとめたもの。モンゴメリーで黒人が白人に席を譲らなかったために逮捕された事件を機に開始されたバスボイコット運動を呼びかける1955年12月5日の集会でのいわばキング牧師の公民権運動のデビューを飾った演説からキング牧師が暗殺される前夜の1968年4月3日の演説まで11の演説が収録されています。
 「真夜中に戸をたたく」の方は、運動関係の演説よりもキリスト者としての生き方や信仰告白的な説教が多くなっています。
 非暴力抵抗運動を指導し、暴力をふるう白人に対しても怨んではいけない、暴力で報復しようとしてはいけない、敵を愛せよと語ることは、そしてそれを聴衆に納得させることは、理念的にはともかく現実には厳しい。それを現実に行い、10年以上も続けたキング牧師の力量には感嘆します。
 現実の辛さに耐えることだけを説いても聴衆は納得できません。日本語タイトルにある、「私には夢がある」で有名なリンカーン記念堂での1963年8月28日の演説でキング牧師は、すべての人は平等につくられというアメリカ独立宣言が真の意味で実現する社会を、黒人と白人が仲良く共存できる社会を、子どもたちが肌の色ではなく人格で評価される未来を、私にはそういう夢があると語っています(私には夢がある103〜105頁)。厳しい現実の中で、正しく闘えば勝ち取れる信念を持って夢を語れることが、キング牧師の指導者としてのすばらしさだったのだと納得します。

 そして、非暴力抵抗運動が必ず迎える危機、非道な暴力により仲間が死傷した際、いきり立つ聴衆の前で語るキング牧師の姿には、その胸中を察すれば胸が痛み、また状況と結果を見ればその巧さに舌を巻きます。
 クー・クラックス・クランにより礼拝中の教会が爆破されて4人の少女が殺害されたその告別式での演説では、少女たちを殉教者とし、流された無垢の血がこの暗闇に満ちた街に新しい光をもたらす贖いの力となり、またそうしなければならないことを語り、死は人生のピリオドではなく人生をさらに高次の意義あるものに高めるためのコンマであるとしています(私には夢がある113〜117頁)。言っていることは、この死を無駄にするな、屍を乗り越えて闘えということなのですが、こういう場面は牧師であり聴衆にも宗教的な背景があるからこその説得力なのだと思います。この場面ですら暴力をもって報復したいという願いを抱いてはならない、私たちは白人の兄弟に対する信頼を失ってはならない、判断を誤った白人たちもいつかきっとあらゆる人間が持つ尊厳や価値を知ることができるようになるという確信を持つべきだ(私には夢がある115頁)と語り、それで聴衆の反感を買わないということの偉大さは特筆すべきことに思えます。
 投票権運動のデモ隊がセルマで警官隊に虐殺された血の日曜日事件(1965年3月7日)を受けて、全国の宗教指導者をセルマに集めセルマからモンゴメリーまで1万人以上の人々のデモ(セルマの大行進)を組織し、モンゴメリーの集会議事堂前で行った演説では、モンゴメリーのバスボイコット運動以来の公民権運動の進展の歴史を思い起こさせ大いなる歩みを語り、ひるまず前進し続けようと語っています。夢の実現を、その日はいつ来るのかと皆さんが問うているのはよくわかると語り、もうすぐだと繰り返し、聴衆と唱和して終わっています(私には夢がある149〜151頁)。これは、その場の感動を呼びますが、その後が怖い手法でもありますが・・・

 非暴力抵抗運動が紹介されるとき、「非暴力」の方に力点が置かれがちですが、決して言論だけということでも力を行使しないわけでもありません。黒人に対する雇用差別をする企業に対しては、積極的に不買運動で圧力をかけて、黒人の雇用や黒人の経営する金融機関への預金、黒人の新聞への広告掲載等を勝ち取り、黒人社会の経済力の拡大を図っています。それをキング牧師は「愛なき力は向こう見ずで乱用を招き、力なき愛はセンチメンタルで貧血症的である」(私には夢がある206頁)と語っています。弱い者が団結によって強い者と対等に交渉することを嫌う古典的自由主義(結局は強い者が自由に弱肉強食をすることを許す)の強いアメリカでこのような運動は大変だったと思います。しかし、観念的理念的な非暴力主義ではなく、政治的現実的な力関係を踏まえた非暴力主義だからこそ現実を変える力となり得たわけですし、私はそこにこそキング牧師の、またガンジーの偉大さを感じるのです。
 「真夜中に戸をたたく」では、「あなたの敵を愛せよ」と「アメリカの夢」は、運動的にも優れた説教だと感じます。
 「あなたの敵を愛せよ」で、敵をも愛すべき理由としてキング牧師が語ったのは、憎しみには憎しみをという考えは憎悪の連鎖・憎悪の悲劇を招く、破滅を避けるためには憎悪の連鎖を断ちきる強さが必要である、憎悪は憎悪の心を持つ人の人格を歪める、そして愛こそが/愛だけが人を/敵を変える力を持つこと(真夜中に戸をたたく82〜87頁)。この苦しくも美しい論理とともに、被抑圧者が抑圧に対処する方法としては、憎悪ではなく愛を持ってしかし譲歩せずに非暴力抵抗運動を行うことこそが唯一の方法でありまた現実的であるという認識が、このキング牧師の説教を裏打ちしていることは見逃せません。
 「アメリカの夢」では非暴力抵抗運動と愛を語った上で、キング牧師が1963年に行った「私には夢がある」の説教の後、その黒人と白人の共存の夢が度々悪夢に変わり粉砕されたことを告白しながら、しかし、なお「私には今朝、まだ夢がある」と聴衆に語りかけるキング牧師の言葉(真夜中に戸をたたく135〜137頁)の悲痛さ、せつなさとたくましさに感じ入りました。
 どちらも、翻訳に少しこなれないところがある感じがあり、いつか原文で読んでみたいなとも感じますし、私のような無宗教者には、宗教的な香りが強すぎるのですが、それでも何度か読み返してみたい気持ちになる感動の1冊です。

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