◆私のお薦め本◆
  リーガル・サスペンスを読む

ここがポイント
 入口はやはりグリシャム、面白さでは私はマルティニ、そしてコナリーがお薦め
 重い文章が苦でなければ「推定無罪」、そしてパタースン

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 エンターテインメントとして法廷や弁護士・司法分野を舞台とする作品が、リーガル・サスペンスとかリーガル・ミステリーと呼ばれています。法廷がドラマティックという点でアメリカのものがやはり面白いですね。弁護士にとっては、外国の(アメリカの)裁判制度の勉強になるという側面もありますが、そんなこと考えずに単純な読み物としても結構面白いですよ。ただ、大抵、思い切り分厚いので本の分厚さにめげないタイプでないと手をつけにくいですけど。
 この分野は、スコット・トゥローの「推定無罪」が先鞭をつけ、ジョン・グリシャムによって切り開かれたと評価されています。
 「推定無罪(原題:Presumed Innocent)」は、1987年の作品ですが、近年でもリーガル・サスペンスのベストセラーが出ると「推定無罪と並ぶ」が売り文句にされるほどの名作です。「推定無罪」を読んでから他の作品を読むと、どこか、トリックや真犯人の置き方に「推定無罪」の影響を見いだしてしまうことが少なくありません。それは「推定無罪」がリーガル・サスペンスのスタンダードを作ってしまい作家がその枠組みに縛られているという側面と、捜査機関が誤認することに真実味のあるトリックや真犯人の置き方は限界があり「推定無罪」が最初に使ってしまったからという側面があると思いますが。そういうことと、はっきり言って文章、作品全体の雰囲気が重いことから、これを最初に読むことは避けた方がいいと思います。
 リーガル・サスペンスをこれから読むという人には、やはりジョン・グリシャムから読み始めることをお勧めします。文章・展開からして、手をつけやすいので、グリシャムで慣れて、もっと読みたいという気持ちになってから他の作家の作品に広げるというのがいいと思います。
 グリシャム作品の中では、最初に読むとしたら、「法律事務所(原題:The Firm)」「ペリカン文書(原題:The Pelican Brief)」「依頼人(原題:The Client)」あたりが読みやすいと思います。グリシャムの2作目、3作目、4作目ですが、実は3作品ともテーマというか見せ場はマフィアとの追いかけっこですので、続けて読むとどこかで読んだような・・・という感じになりますので、どれか1つにした方がいいかと・・・。比較的最近(2009年、日本語訳は2010年)出た「アソシエイト(原題:The Associate)」も同じような読み味です。こちらはマフィアとの追いかけっこではありませんが、設定とストーリー展開が「法律事務所」を思い起こさせますので、やはり「法律事務所」との関係でどちらか1つにした方がいいかなと思います。
 リーガル・サスペンスの第一人者(少なくとも読者層を広げたという意味では)と評価されるグリシャムですが、実は法廷中心の作品は少ないです。第1作(最初は売れなかった)の「評決のとき(原題:A Time To Kill)」とあとは「原告側弁護人(原題:The Rainmaker)」「陪審評決(The Runaway Jury)」、最近(2015年、日本語訳は2019年)出た「危険な弁護士(原題:Rogue Lawyer」)くらいかなあ。ノンフィクションで「無実(原題:The Innocent Man)」が法廷ものですが、ノンフィクションなので「サスペンス」部分が少なく、展開もちょっとグリシャムっぽくはありません。
 弁護士業界へのシニカルな視点とともに巨大企業の悪辣さを描いて社会派と評価されてきたグリシャムですが、近年は「甘い薬害(原題:The King of Torts)」(2003年、日本語訳は2008年)「巨大訴訟(原題:The Litigators)」(2011年、日本語訳は2014年)など、巨大企業と闘う弁護士を批判的に描き巨大企業側はそれほど悪くないというタッチの作品が目に付いていました。もっとも、近年また、司法界の腐敗をかなりストレートに描いた「司法取引(原題:The Racketeer)」、石炭会社の悪行をかなりストレートに批判する「汚染訴訟(原題:Gray Mountain)」、検察、警察の悪辣な工作・犯罪を糾弾する「危険な弁護士(原題:Rogue Lawyer)」と、社会派のグリシャムに回帰しているようでもありますが。
 グリシャムを2冊で卒業するつもりなら、最初に挙げた4冊のうち1冊と「原告側弁護人(原題:The Rainmaker)」(一体何でこんな邦題をつけたんだろうね)か「汚染訴訟(原題:Gray Mountain)」または「危険な弁護士(原題:Rogue Lawyer)」をお薦めします。
 グリシャムを読み飽きたとき、次にどこへ行くかですが、エンターテインメント性というか面白さを優先するなら、やっぱりスティーヴ・マルティニです。主人公の弁護士が必ず銃撃されるか爆弾で狙われる、マフィアの親分がなぜか直接弁護士の前に現れるといったあたりの非現実性(荒唐無稽さ)が我慢できればですが、ストーリーの面白さは圧倒的です。私は、リーガル・サスペンスを読むという観点ではマルティニに浸っている時期がいちばん楽しいように思えますので、一通り読んでみることをお薦めします。もし「これ1冊」というなら「依頼なき弁護(原題:Undue Influence)」をお薦めします。お約束の最後のどんでん返しも凝っていてリーガル・サスペンスを読み慣れていても楽しめます。
 マルティニが気に入ったが読み尽くしてしまったら・・・快進撃を続けたマルティニが、法廷ものがなかなか書けなくなり産みの苦しみを語る作品が続いたことから、そういうファンも少なからずいるかと思います。ここのところで答えを見つけにくかったのですが、最近はマイクル・コナリーのリンカーン弁護士シリーズという選択もありそうです。主人公のマイクル・ハラーがあまりに敏腕の設定なので、法廷シーンでの逆転また逆転という展開にはなりにくいですが、豊富な法廷での駆け引き(作者が弁護士でないこともあり、アメリカでの裁判実務としてどこまでリアリティがあるのかは判然としませんが)、練られたプロット、意外な結末というマルティニファンの好むツボは押さえられています。3作目(邦題「判決破棄」)、4作目(邦題「証言拒否」)は、リンカーン後部座席で執務するちょいワル弁護士という当初のイメージから離れた感じがしますし、弁護士を主人公にしながら検察寄り体制寄りの視点になってきていますが、5作目(邦題「罪責の神々」)では初期の設定に復帰し、6作目(邦題「潔白の法則」)はマイクル・ハラー自身が被告人ということで設定の性質が読みにくいですが5作目の設定を踏襲している感じです。7作目(邦題「復活の歩み」)では冤罪を晴らし無実の受刑者が自由を取り戻す「復活の歩み」を見ることに達成感を感じる正義に目覚め、清々しく感動的ではありますが初期の設定からは変わってきています。第7作のラストからすると今後もその方向を目指すようですが。第7作まで続けて法廷中心の作品を書けること自体、めざましいことといえますし、リーガル・サスペンスとしての冴えは維持されています。第1作が2005年、第2作が2008年、第3作が2010年、第4作が2011年、第5作が2013年で、(マイクル・ハラーは、刑事が主人公のハリー・ボッシュシリーズの中で登場しているとのことではありますが)その後続刊が出ず次作が無事に出るかちょっと微妙な雰囲気になっていましたが、2020年に第6作、2023年に第7作が書かれ、まだシリーズは続きそうです。
 マルティニに加え、さらにマイクル・コナリーも読み飽きたらどうするか。重い文章が苦にならなければ、ここらで「推定無罪」を読んでみるのもいいかと思います。「推定無罪」を読んだら、最近(2010年、日本語訳は2012年)出た23年ぶりの続編「無罪」を続けて読むのもいいと思います。こちらはリーガル・サスペンスとしての切れは「推定無罪」ほどのものはありませんが、文章は明るめになり円熟味を感じさせます。そこからトゥローの他の作品に行くかどうかは、推定無罪の世界の雰囲気の重さ(ストーリーの面白さではありませんよ)が気に入ったらそういう選択もあります。ただ、はっきり言って、トゥローの他の作品は法廷シーンはほとんどありません。グリシャムと同様その周辺の弁護士ものです。「雰囲気・文体の重いグリシャム」が好みなら(そういう人はあまりいないと思うけど)というところです。
 少し重くても法廷ものを読み続けたいと思ったら、次はフィリップ・フリードマンでしょうか。「合理的な疑い」は読んで損はないと思います。その後は読んでも「採用できない証拠」まででしょうね。後はバッファ。これは好みが分かれるかも知れません。重い領域でお薦めはリチャード・ノース・パタースンです。最後にしたのは、実は、ここまで読み進めてしまうと後がないという感じになるからです。面白さでいうとグリシャム、マルティニ(それからマイクル・コナリー)、トゥローを読んでしまったらすぐリチャード・ノース・パタースンでもいいんですけどね。
 軽い方を追求したいなら、シェルビー・ヤストロウという選択もあります。家父長的な雰囲気が強くてフェミニストには耐えられないかも知れないけど。
 さて、そこまで読み尽くしても、まだリーガル・サスペンスが読みたい人は・・・
 ここまで来てまだ読みたい人は分厚さと重い展開にも慣れて(中毒になって)いることでしょう。そのときは、リーガル・サスペンスではありませんが、事実は小説より奇なりで行きましょう。ノンフィクション領域で「シビル・アクション」と「カレン・シルクウッドの死」をお薦めします。「シビル・アクション」は本当にノンフィクションなのかどうかは知りませんが、水道汚染の民事訴訟の過程を長々と追っています。ノンフィクションで先ほど紹介したグリシャムの「無実」も悪くはありません。「カレン・シルクウッドの死」はご存じ核燃料工場での不正を暴こうとした活動家の不自然な死の疑惑を追及するノンフィクションです。もちろん私は反原発の観点から選択して読んだのですが、はっきり言って下手なリーガル・サスペンスより面白いですよ。

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