庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
判決漬けの日々
ここがポイント
 35日間更新せず、ご心配をおかけしましたが、労働事件のガイドブック原稿チェックのための判決読みに明け暮れていました
 判決文全文に直接当たることは、弁護士の実務にはとても有益です。ふだんなかなかそういう機会がないので、とても勉強になりました。頭の中の引き出しに労働事件の判例が満載になりました

Tweet

 2014年11月16日から今日まで35日間、このサイトの更新をしなかったところ、各方面からご心配いただき/不審の目を向けられました。更新履歴等で振り返ってみると、サイト開設以来の最長不更新記録ですね (^^;)
 プロフィールにあるように、私は、現在、第二東京弁護士会の労働問題検討委員会の委員長をしていますが、この委員会で作成した「新・労働事件法律相談ガイドブック」(今度は名称変える予定ですが)の全面改訂をしていて、その原稿のチェック作業に没頭していました(今日の午前3時30分、最終的に初校原稿のうち最後に残っていたハラスメントと労災の部分の訂正原稿ファイルを印刷会社に送信して、ようやく私の手を離れました)。
 今回の全面改訂では、分野の面で労働事件のほぼ全域をカバーする(従前の版では解雇以外の懲戒、使用者から労働者に対する損害賠償請求、集団的労使関係と公務員については触れていませんでしたが、それについても書く)、現実の相談事例で問題となる点(弁護士会の労働相談の相談カードのチェックで出てくる質問)にほぼ対応する、裁判例の紹介を充実するというかなり欲張った方針で臨んでいます。
 それで、原稿に書かれている裁判例の紹介が適切か、さらには実務(裁判や法律相談)に役立つ裁判例が他にないかをチェックし続けていました。この種の作業は、少しでも良くしようと考えると本当に切りがない作業です(裁判で裁判所に出す準備書面とかの作成でも、同じことではありますが)。判決もその気になって探すと、教科書類や他の実務書で紹介されていない全然知らなかったものが出てきますし、判決文に直接あたりきちんと読むと教科書類や他の実務書で紹介されているのが実務的に見ると不適切であったり、違う使い途があったりします。ふだんは、裁判例を探す時も今やっている事件で特定の主張をしたい(あるいは相手方の特定の主張を潰したい)という目的で探しますので、基本的には1つの問題の観点で探し、その目的で読みます。今回は、約1か月間、労働事件のあらゆる問題との関係で判決文を探して読み続けてみて、さまざまな論点のつながりに気がついたり、思わぬところで使えそうな判決を発掘したりして、ものすごく勉強になりました(まぁ、その分、時間的には、さまざまなものを犠牲にしたわけですが)。

 教科書類の紹介をそのまま鵜呑みにするのではなく、判決文に直接当たると、その判決の意味が違ってくることが多々あります。
 例えば、業務外の犯罪に対する懲戒解雇に関するJR東日本事件・東京地裁1988年12月9日決定(判例時報1298号148ページ)。たいていは、「下着窃盗目的での住居侵入の事案で、犯行態様が破廉恥・悪質であり、会社の社会的評価を毀損させるとして懲戒解雇を有効とした」くらいの紹介がなされていて、業務外犯罪を理由とする懲戒解雇を争う裁判で使用者側から、破廉恥犯なら懲戒解雇していいという裁判例として主張されます。
 一般の方やマスコミでは業務外の犯罪を犯した従業員についても解雇するのが当然であるかのような論調がよく見られますが、使用者の懲戒は本来企業秩序の維持のためのもので業務外の行為は本来的には懲戒理由になりません(このあたりは「業務外の犯罪と懲戒解雇」で説明しています)。その犯罪が報道され会社の名誉・信用が傷ついたということが懲戒理由となり、それが解雇まで許されるかという形で裁判で問題となるわけです。この事件では、決定(本訴ではなく、地位保全・賃金仮払い仮処分の事件なので「判決」ではなく「決定」です。また仮処分なので、当事者の表記は原告・被告ではなく、債権者・債務者です。賃金仮払い仮処分についてはこちらで説明しています)を読む限りでは、従業員の犯罪は報道されましたが会社名の報道はなかったようです。そこで、少し目端の利く使用者側の弁護士は、社名報道がされなくても犯罪の態様が悪質なら(破廉恥犯なら)懲戒解雇しても良いとした裁判例だとして引用するわけです。
 しかし、決定文自体を読むと、確かに住居侵入の態様が悪質である(実は、この決定は、「下着泥棒目的」とは認定していません。被害者、家人、周囲の者が下着泥棒目的と受け止めたのも無理からぬところというレベルの認定に止まっています。その意味でもよくなされる紹介は不正確です)ということは書かれていますが、同時に他の2つの点を挙げていて、懲戒解雇を正当化する理由は3本柱になっています。1つは「債務者の発足して五か月足らずの時期になされたものであって、債務者としても、新たな企業理念等を掲げ、従業員にも意識の変革を求めるなどして、健全なる企業経営を目指しており、それにふさわしい社会からの新たな評価を獲得することを必要としていた時期であり、また、社会も職員の行状をも含めその動向に注目していた時期であることは容易に推認できる」ということで、これを後で「会社がおかれていた状況等」とまとめています。もう1つは、「それに加えて、債権者は六日間の欠勤という企業秩序に反する結果も生じさせている」ということです。6日間の欠勤ということはそれほどの意味がないように、弁護士には受け取られがちですが、「業務外の犯罪と懲戒解雇」を読んでいただくとわかるように、ここでの論点は、企業秩序への影響の有無なのです。裁判官が、このことを採りあげて懲戒解雇を正当化する理由の3本柱の1つに据えていることは、破廉恥犯を犯したということだけ(そのもの)では、企業秩序への影響はほとんどなくそれで懲戒解雇を正当化することには無理があると考えている、そこで業務自体、会社秩序自体に直接影響した6日間の欠勤を採りあげ、それをわざわざ「企業秩序に反する結果」と表現したと読めるわけです。つまり、この決定は、単に犯した犯罪の態様が悪質だということだけで懲戒解雇を正当化したものではないのです。この決定について、ここまできちんと紹介しているものを、私は今のところ見たことがありません。東京弁護士会労働法制特別委員会の「新労働事件実務マニュアル[第3版]」(ぎょうせい、2014年、6912円もする本です)が、JR東日本発足直後の特別な時期であることを強調していると紹介しているのが目に付く(それでも6日間の欠勤が企業秩序に反することを強調していることは触れていません)ぐらいです。こういうことを考えて、二弁の新しいガイドブック(2015年2月6日発売予定、今のところ販売価格2500円の予定)では「下着泥棒目的で侵入したと見られる事例で、行為の悪質性及びJR東日本の発足後5か月足らずの時期であったこと並びに有休で処理しきれなかった6日間の欠勤が企業秩序に反する結果となっていることを理由に懲戒解雇を有効とした裁判例もある(JR東日本事件・東京地決昭63.12.9判時1298-148、労経速1345-23)。」と紹介することにしました。

 また、判決文を隅々まで読むと、教科書類での紹介ではもちろん、判例雑誌での判決要旨の紹介、さらには判決文のアンダーライン部分だけでは気づかない使い途が発見できることもあります。
 例えばエム・シー・アンド・ピー事件という京都地裁の2014年2月27日判決(労働判例1092号6ページ)があります。この判決は、執拗な退職勧奨が違法であるとして慰謝料の支払を命じたという点と労働者のうつ病の悪化がその退職勧奨によるものとして因果関係(業務起因性)が認められたという点で注目されている(といっても、二弁の委員会でも私が言って回っている感じで、弁護士の間で一般的にそれほど注目されているわけでもないかも知れませんが)判決で、掲載した判例雑誌(労働判例)の要旨でもそれだけが書かれています。
 私も今回判決全文を読んだのはガイドブックの労災の原稿のチェックで業務起因性に関する部分での紹介の確認のためですが、判決文のアンダーラインも引いていない末尾付近で面白い判断を見つけました。
 労働者が遅刻をした日に使用者がその時間分の賃金カットをせずに給料を支払済みの場合に、後日労働者がその日の残業代を請求した時に使用者は遅刻時間分の賃金カットの主張ができるかということです。このあたりは、労働側の有力な弁護士が書いた本でも、遅刻した日は遅刻した時間分残業するまでは未払賃金は請求できないという書き方がなされているのがふつうです。でも、所定賃金(基本給等)は所定終業時刻までの労働に対するものなので、理論的には遅刻した日でも所定終業時刻以後の労働は所定賃金に含まれないはずで、請求の余地があるはずだと、私はガイドブックの原稿をチェックしながら思い、迷いを感じました(大きな金額にはなりませんから、大勢には影響ないですけど)。それで二弁の新しいガイドブックでは、所定始業時刻9時、所定終業時刻17時(12時から13時まで昼休み)の会社で2時間遅刻して11時に出勤(22時まで残業)した場合に、17時から19時までの2時間が法内残業として賃金請求できるかについて「使用者が遅刻した2時間分を賃金カットしている場合は、17時から19時の賃金は未払であり、法内残業として当然請求できる。しかし月給制の場合、遅刻しても賃金カットされないことも多い。その場合でも所定終業時刻以降は理屈の上では法内残業といいうるが、少し座りが悪い気もする。法内残業として請求するかは代理人のセンスの問題と思われる。請求した場合、使用者側からノーワーク・ノーペイの原則に基づく賃金カットの主張が出されることが予想されるが、使用者側も遅刻しても賃金カットしないこと(運用)が労働契約の内容となっていないかが問われることになる。」としました(こんなことまで書いている文献、他にないと思いますよ)。そのとき、この点について判断した裁判例がないかと一応探しましたが、見つけることができませんでした。
 で、その原稿をリリースした後、労災の原稿をチェックしている段階で、エム・シー・アンド・ピー事件の京都地裁判決全文を読んだ時に「また、被告は、賃金控除の対象となる遅刻・早退の時間があると主張するが、被告は、遅刻・早退があった際にもこれを賃金から控除せずに支払っており、これは遅刻・早退について賃金から控除しない趣旨で支払ったものといえ、時間外手当の計算の際にこれを控除することは認められない」というのを見つけました。判例雑誌でアンダーラインも引いていない判示ですから、これを見つけようという目的で探してもまず見つけることはできません。現に私はその目的で探した時は見つけることができませんでした。残業代請求部分の原稿をリリースした後に見つけたので、ガイドブックに反映することはできませんでしたが、こういう裁判例が頭の中の引き出しに蓄積されることで、相談や裁判での対応にはずいぶんと違ってきます。
(2014.12.21記)

**_**区切り線**_**

 たぶん週1エッセイに戻るたぶん週1エッセイへ

トップページに戻るトップページへ  サイトマップサイトマップへ