解雇を争うとき、とりあえず生活費を確保するため、賃金仮払い仮処分という手段がある。
東京地裁では、申立後3か月程度をめどに決定をする
東京地裁では、保全の必要性の判断が厳しく、給料全額ではなく必要生活費の限度で、1年間までというのがふつう
近年の東京地裁では生活費等に関する細かな資料の提出が求められ、それが勤務先に渡る
東京地裁では、地位保全仮処分は、まず出ないと考えた方がいい
解雇を争い復職を求める場合(不当解雇に対し本格的に闘う場合はそうなりますし、そういう気構えでなくても金銭解決では納得できなかったり、金銭解決では困る場合)、本裁判(ふつうの民事裁判)を起こすということが原則としては、第1選択となります。裁判の場合、多くの事件で1年あまりの期間がかかります。使用者側が裁判で負けたくないために、実際の解雇の動機とは別に後付けであれこれたくさんの解雇理由を付けてきたり、使用者側は裁判が長引いても痛くもかゆくもないことが多いことや使用者側の弁護士が多くの場合タイムチャージ(かけた時間1時間あたりいくら)で弁護士費用を取っていることが影響しているのか、裁判を引き延ばしたがる使用者が多いからです。
裁判の期間中、生活費をどうするかは、解雇された労働者にとって深刻で重要な問題です。復職を求める裁判中でも、労働者が他で働くことは、問題ありません。労働者が生活のために働くのは当然のことです。ただ、その結果、裁判で勝っても元の会社には戻りたくないという話になると、いったい何のために復職を求める裁判をしているかということになりますが。本人が勝てば元の会社に戻るという気持ちがある限り、勤務形態が「アルバイト」である必要はなく、正社員であってもかまいません。
そのように自分が働いて収入を得たり、家族が働いていてその収入があったり、また預貯金や雇用保険の受給で裁判中の生活費が確保できればいいのですが、それができない場合には、賃金仮払い仮処分という手段があります。
最近では労働審判という3回以内の期日で結論を出す手続がありますので、和解の可能性が相当程度ある場合には、労働審判を申し立てることが多くなっています(労働審判の話を見てください)。しかし、労働者側が、絶対現職復帰、金銭解決の余地はないと考えるときは労働審判には向いていないと裁判所は言い続けていますし、労働者側が労働審判を申し立てると、裁判官(労働審判委員会)も使用者側も労働者が口先では復職を言っていても本音は金銭解決だと踏んできますので、その場合は今でも本訴が第1選択となり、賃金仮払い仮処分が必要となる場面が出てきます。
裁判費用
仮処分の場合、裁判所に納める費用は、請求額に関係なく印紙は2000円です。予納郵券と合わせても1万円でおつりが来ます。そして賃金仮払い仮処分の場合は、仮処分ですが、保証金を求められることはまずないと考えていいです。費用的には庶民の味方ですね。(弁護士費用は必要ですが。解雇されている場合、よほど多額の貯金でもない限り、弁護士費用については司法支援センターの法律扶助を利用して立て替えてもらうことが可能です)
審理の進め方とペース
東京地裁の場合、労働専門部(現在は民事第11部、第19部、第33部、第36部の4箇部あります。11部と19部の間に保全(仮処分)と労働審判の受付があります)に申立をします。
東京地裁労働部の場合の審理の進め方について説明します。
申立後1週間から2週間くらいで第1回の審尋(しんじん)が入ります。使用者側の用意がよければ、第1回までに弁護士をつけて答弁書を出して解雇理由の主張と就業規則くらいは出してきます。その場合は、第2回は労働者側の反論となります。しかし、実際には、特に中小・零細企業の場合、用意が悪いというか引き延ばしを図るというか、初回はほとんどまともに答えてこない場合がままあります。その場合は、第2回以降に使用者側の主張待ちとなります。初回の段階で裁判所から和解の可能性を聞かれることも多いです。金銭解決を考えているのなら、条件次第と答えますが、現実には最初からすぐ和解の話が進行することはそんなにはありません。
第2回以降の審尋は、おおむね2週間に1度程度の間隔で入ります。お互いに相手の主張に反論しながらあわせて証拠書類を出していきます。仮処分では当事者尋問や証人尋問は、普通、しませんので、多くの場合、証拠としては陳述書を作ることになります。
何回か審尋をして大方主張がそろうと、裁判所から、和解のすすめがあることが多いです。この段階ではある程度先が見えていますから、金銭解決を考えるのなら、普通話し合いにはのります。労働者の勝ち筋の事件で、給料の6ヵ月分くらいの提案をされることが比較的多いように思います(1年分くらいの提案の時もありますけど)。
和解で解決できそうもないと、裁判所はおおむね申立から3か月あたりのところで決定を出します。
仮払いの必要性
東京地裁は、保全の必要性について、近年はかなり厳しい判断をしているように私には思えます。
解雇から申立までに何か月かたっていると、その間どうして申立をしなかったのかということをかなり聞かれます。何か月も申立をせずに済んだのだから仮払いをしなくても生活できるのではないかと考えられてしまいます。
仮払いを認める場合でも、従来の給料全額ではなく、実際の生活費を領収書や陳述書で出させて、その範囲の額に限定されています。
仮払いの期間もたいてい1年間です。本裁判がその間に終わらなかった場合は、再度、期間を延長するために申立をすることになります。
かつては(20世紀の頃は、というべきですが)、保全の必要性がそれほどはうるさくなく、提出資料も少なめで、また最初から出さなくてもよかったので、まずは被保全権利(ひほぜんけんり。実質的には解雇無効)の主張をやりとりし、それが通るめどがついて初めて保全の必要性に関する資料を出すというやり方も可能でした。しかし、近年は、まるで破産申立のように、預貯金の通帳全部はもちろん、生活費の費目ごとの支出額を書いた報告書(破産申立のときに提出する「家計全体の状況」の提出を要求されます)、生活費の支出に関する領収証等の提出が仮処分申請の最初の段階から厳しく要求されます。破産申立の場合、それらの資料を見るのは裁判官と破産管財人くらいですが、賃金仮払い仮処分の場合、相手方つまり会社にその資料を送ることになります。裁判の相手方、勤務先に、そういう私生活上の資料を事細かに提出するということ自体、かなり苦痛に思えることがあり、そのことが理由で賃金仮払い仮処分申立を断念することも少なからずあります。
近年の東京地裁の保全の必要性に関する厳しい運用は、賃金仮払い仮処分申立の大きな制約となっていて、私には、労働者への嫌がらせにさえ思えます。
地位保全の仮処分
なお、賃金仮払いの仮処分の他に、地位保全の仮処分という仮処分もあります。これは、復職を仮に認めるというものです。昔は地位保全の仮処分が認められることがありましたが、今では裁判所は(少なくとも東京地裁は)地位保全の仮処分については保全の必要性がないとして、まず認めません。私たち労働側の弁護士は、主張として、賃金仮払い仮処分とともに地位保全の仮処分も申し立てますが、解雇が違法な場合でも、賃金仮払いの仮処分のみ認められて地位保全は認めないというパターンになります。
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係争中の生活費の確保(解雇を争う間の生計の維持)
【労働事件の話をお読みいただく上での注意】
私の労働事件の経験は、大半が東京地裁労働部でのものですので、労働事件の話は特に断っている部分以外も東京地裁労働部での取扱を説明しているものです。他の裁判所では扱いが異なることもありますので、各地の裁判所のことは地元の裁判所や弁護士に問い合わせるなどしてください。また、裁判所の判断や具体的な審理の進め方は、事件によって変わってきますので、東京地裁労働部の場合でも、いつも同じとは限りません。
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