庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「日本の悲劇」
 リストラされ妻子に去られた息子と2人暮らしの末期癌の父親が部屋にこもり飲食せずに死を図るという映画「日本の悲劇」を見てきました。
 封切り3週目日曜日、台風接近に伴い新宿区には大雨・洪水警報が出される中、新宿武蔵野館スクリーン2(84席)は2〜3割の入り。観客の大半は(天候の影響もあってか:デート日和とは言えませんから)一人客でした。

 肺癌で入院していたが余命3か月と宣告され手術を断って家に帰ってきた父親(仲代達矢)を迎えた息子義男(北村一輝)が布団を敷き、出前の寿司を用意したのに対し、父親は、もう寝ないからいいと言い、煙草をやめず焼酎を飲む義男にやめた方がいいと言い、見納めだからと顔を見つめた。翌朝、父親は部屋の戸を釘で打ち付け、ここから一歩も動かない、何も食べない、何も飲まないと宣言し、妻(大森暁美)の遺影を見つめながら、回想にふける。開けてくれと叫ぶ義男に対して、父親は、声をかけるのは毎朝1回安否確認だけにしてくれ、答えなくなっても開けずにその後半年か1年たって、おまえが働けるようになってから開けてくれと言い渡し…というお話。

 妻に先立たれ、リストラされ心を病んで長らく働かずにいて妻子にも去られた息子と2人の暮らしはどこかギスギスして気詰まり、そして自分は末期癌となれば、生き続けようという意欲も失われるというところ。男やもめ、父親と息子の2人暮らしって、そんなものなんでしょうね。
 長時間労働で妻からは家庭を顧みないと文句を言われていたのに、会社にリストラされ、それで心を病んで出奔・自殺未遂・精神科入院を経て退院してきたら妻(寺島しのぶ)は離婚届を父に託して子を連れて実家に帰っており、その日に母親が倒れて意識不明で4年間介護の後に死亡、母親が死んだら父親の体調が悪化し、そこへ東日本大震災に遭って実家に帰った妻子は行方不明、父親も肺癌とわかり入院という次々と義男を襲った不幸。いかにも現在の日本社会の状況をよく示していて、これだけ重なるかなぁとは思うものの、誰に起きても不思議はないリアリティがあります。こういう時代に社会保障給付を切り下げ、生活保護受給者を減らす方向の改革ばかり主張する人々が政権を取っていることで、この悲劇はこれからますます深刻に、日本の庶民にとってリアリティのあるものになっていくことでしょう。
 ただ、義男君、せめてリストラされたところで弁護士に相談して欲しかったなと、労働者側の弁護士としては、切にそう思います。よほど一方的に労働者側が悪いのでなければ、何らかの解決方法はあると思います。

 過去の幸せだった頃の回想のごく一部を除きモノクロで、シーンはすべて部屋のセット内で部屋のパターン3つ(台所、父親の部屋、台所方向から見通した廊下)、カメラの向きとの組み合わせでも5パターン(台所の奥からと廊下から、父親の部屋の父親の顔の正面と後方、台所方向から見た廊下)、登場人物は4人(+赤ちゃん)だけと、ものすごく倹約した撮影になっています。東日本大震災のシーンも、セットを揺らすこともなく音だけで表現し、揺れが収まったところから台所の映像が始まるという具合。テーマソングもバックグランドミュージックもなし。それはそれでできごと自体よりも感情・回想・内省に観客の注意を集中させる効果があるとは思いますが。

 「風立ちぬ」に引き続き、肺病を患う人の前で平気で煙草を吸うシーンが登場。ここのところ、「夏の終り」「タイピスト!」と立て続けに登場人物が次々と煙草を吸う映画を見続けて辟易しています。煙草会社から資金が出ているんじゃないかと疑いますが、それにしても、肺病病みの人の前で平気で煙草を吸うというデリカシーのかけらもない表現がこの時期に続くのはなぜかと思います。

 部屋にこもり、食事もせず水も飲まず寝ないで妻の遺影の前で正座して回想を続ける父親。義男の声かけが時間を追っている限りは(時間の逆転がない限りは)少なくとも丸3日間はそうしていたということになります。飲食はさておき、そんなに長時間寝ないで正座を続けられるものでしょうか。それと、部屋の中にトイレはないようですが、排泄はどうしたのでしょうか。

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