庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

たぶん週1エッセイ◆
映画「パリタクシー」
ここがポイント
 過去に激情に駆られた者も品良く老いることができる、追い込まれた者も他人の事情に理解を示し思い直せる、しみじみ・しっとりの作品
 現在生きている老人の青春時代でも女性の自由が厳しく制約されていたことを実感し、驚く
    
 追い込まれていた無愛想なタクシー運転手が老人施設に向かう92歳の女性客を乗せてその想い出の地をめぐるうちに打ち解けていく映画「パリタクシー」を見てきました。
 公開5週目コロナ自粛はもう終わったぞの風潮猛々しいGW最中の金曜日祝日、新宿ピカデリーシアター5(157席)午前10時20分の上映はほぼ満席。

 免停寸前(あと2点)のタクシー運転手シャルル(ダニー・ブーン)は、迎車のリクエストに応じてパリ東方郊外から92歳のマドレーヌ(リーヌ・ルノー)をパリ西方郊外にある老人施設まで送ることになった。無愛想なシャルルにマドレーヌはあれこれ話しかけ、昔住んでいた場所への寄り道を求め、これまでの想い出を語る。マドレーヌの意外な過去に、次第にシャルルも引き込まれ、マドレーヌから聞かれて自分のことも話すようになって、次第に打ち解けて行き…というお話。

 平凡に見える老人に意外な過去、激情に駆られた過去があり、言い換えれば若いときに流されたり過激な行動に出た者も品良く老いることができるという人生の綾、他方で追い込まれ絶望的になっている者も人間の情にほだされ他人に思いをめぐらせる余裕を得られれば落ち着き思い直せる…そういうことを考えさせる作品だと思います。
 そういう堅めの物言いをしなくても、誰もが他人からは思いも及ばぬ事情/人生/想い出を持ち、出会うはずではなかった人と言葉を交わすうちに他人の事情に理解を示し共感して人間の幅を拡げていくというドラマに、しっとりと感じ入りました。
 最後のサプライズは作品の収め方としていいところと思います(フランス映画ではあえて「落ち」をつけないものが多いように見受けられますが、日本の観客には受け入れやすいラストです)が、これがなかったとしてもしみじみ感を持って映画館を出ることができたでしょう。

 「自由・平等・博愛」のスローガンで有名なフランスで、現在生きている老人が青春期を過ごした1950年代において、女性が夫の許可なしでは銀行口座も持てずDV夫との離婚もできなかったということは、史実としては理解できていても、それを映像としてみせられると衝撃を受けます。そういう描き方(現在生きている老人が経験したこととして、したがって人間の人生の範囲の近い過去と実感させられる)ができるのは、もうほぼ最後の機会ということでしょうけれど。

 読書日記(2023年5月4日:blog)(このサイトではこちら)で書いているように、とても久しぶりにフランス語の学習本を読んだので、フランス語どこまで聞き取れるかなと意識して見たのですが、やはり、知っている単語と疑問形の言い回しくらいしかわからず、字幕頼りで見るしかありませんでした。
 でも、この映画、フランス映画なのに、歌はみんな英語なのはどうしたことでしょう。
 マドレーヌが92歳というのは、俳優の実年齢94歳にも合っていて違和感なかったのですが、シャルルが46歳だというのは、聞いたときからいや無理でしょ、それ、ヨーロッパの人は日本人より老けて見えるというけど…と不審を感じました。調べたら俳優の実年齢56歳ですし。

 原題は " Une belle course " で、素敵な(素晴らしい)ドライブ(走り)。たぶん、course に人生の意味を含ませて、この日のタクシーでのドライブとマドレーヌの人生をともに想起させようとしているのでしょう。邦題でそのニュアンスを出すのは、やはり難しいでしょうね。
※ belle は名詞の美人とか恋人じゃないかと思う方もひょっとしたらいるかも。→ Michelle, ma belle (ビートルズ 1965年)を想起!
 フランス語の形容詞は名詞の後だし、とか。
 でも、beau ( belle は beau の女性形)は数少ない名詞の前に付く形容詞なので、後に名詞(女性名詞)の course があることから、形容詞と理解することになります。フランス語の学習本を読んだ直後なので、自信を持って…
(2023.5.5記)

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