私の読書日記 2023年5月
31.マスカレード・ゲーム 東野圭吾 集英社
人が死んだにもかかわらず加害者の刑が軽く、遺族が納得できない思いを持っている事件の加害者がナイフで刺されて殺害され、しかし遺族には確かなアリバイがあるという事件が3件立て続けに発生し、警視庁捜査1課の係長となっていた新田らは交換殺人を疑う。3遺族の行動確認を続ける中で、3遺族がそろってクリスマス・イブにホテル・コルテシア東京に宿泊予約をしていることを知った警察は、4件目の殺人事件の発生を阻止するため、新田を中心にホテル・コルテシア東京に潜入捜査を開始するが…というサスペンス小説。
「マスカレード・ホテル」シリーズの第4作または長編第3作。
警察の利害とホテル側の利害、多数の客等がゆきかう中での警察の焦り、その中で次第に惹かれ合う新田と山岸、終盤に待つ意外な展開…といったこのシリーズのお約束が手堅く書き込まれ、大きな驚きはないものの静かな満足感を与えるできになっていると思います。
人が死んでいるのに刑が軽すぎるというマスコミが大好きな問題提起も、糾弾一方というところからは少し外したところもあり(もちろん、反対には行きませんが)落ちついた印象を持ちます。「弁護士も無力だと痛感した」(327ページ)は、同感するところと外野席からそんなこと言われたくないという思いが半ばしますが、続けて「結局のところ裁判なんて、罪の重さを賭けた検察と弁護側のゲームに過ぎないと思った」(327~328ページ)などと言われるのは心外です。世間からはそう見られているのであれば、業界として反省すべきことはあるのでしょうけど。
30.そういふものにわたしはなりたい 櫻いいよ スターツ出版文庫
2年C組の学級委員長の睦月澄香が川で溺れて意識不明となり入院中というシチュエーションで、睦月の強さに憧れる同級生の浅田佳織、浅田にちょっかいかけていじめ続ける学園の人気者の小森真也、派手な化粧をし小森とつるんでかつては睦月と仲が良かったが今では嫌っているB組の安藤知里、安藤と中学からの付き合いで安藤から告白されてお断りし放課後を図書室で過ごし続ける高田純平、そして当の睦月澄香(ただし意識不明になる前)、高田と中学時代からの塾友で睦月と付き合っていた楠山友が過ごす学園生活を、「雨ニモマケズ」のフレーズを冠して綴った短編連作。
高校2年生の、ありたい自分と自己認識のギャップ、周囲の者への憧憬と反発等が、甘酸っぱいノスタルジーを感じさせます。
それぞれの人物の章の隙間に「・・・・・・・・・・猫」の段を配して猫から見た説明を入れるのは、「犬がいた季節」(伊吹有喜)にも見られますが、話の展開・つなぎに便利なテクニックに思えます。猫だけじゃ足りなくて「・・・・・・・・・・友」まで使っていますけど。
奇数ページの左下が黒猫が走るパラパラ漫画になっているのも和みます。
29.医事法入門[第6版] 手嶋豊 有斐閣アルマ
医療に関する法律と法律問題について、医事法総論、医療関係者の資格と業務、医療提供体制、診療情報の保護、感染症対策および保健法規、人の出生に関わる諸問題、医学研究と医薬品をめぐる問題、医療事故をめぐる問題、脳死問題と臓器移植、終末期医療、特別な配慮を必要とする患者(未成年者、高齢者、精神疾患を有する患者等)、グローバリゼーションと医事法(医療ツーリズム等)の12章に分けて解説した本。
医療に関する幅広い領域の法律問題をコンパクトに頭に入れられる便利な本だと思いますが、特に前半ではさまざまな法律、指針等について、用語等の定義と規定している項目を羅列しているところが少なくなく、それはそれでその法律が何について規定しているかを把握できるとは言えますが、無味乾燥な記述が続き読んでいて眠くなり読破するのは辛いところです。
弁護士の立場からは、私は医療事件は基本的にやっていません(同僚が医療過誤事件の専門家なので、相談が来たら横流ししてお任せしているので…)が、医療事故(医療過誤)、脳死・臓器移植、延命措置と安楽死・尊厳死問題などが続く後半が興味深く読めました。
28.ゴッホの犬と耳とひまわり 長野まゆみ 講談社
大学時代に薫陶を受けた文化人類学者の河島から、パリのデパートが販促用に作成して配布した1888年版のダイアリーと広告ページからなる Vincent van Gogh という署名のある家計簿にぎっしりと手書きでなされた書き込みの翻訳を依頼された小椋弥也が、河島から送られてくる大部の「送り状」の解説を読みつつ、その家計簿の出自を調査し、真相を追うというミステリー仕立ての小説。
当初は、なされている書き込みを翻訳しながら時代の背景や書き込み者の状況を推理判断していくものと思いながら読みましたが、いつまで経ってもそちらには行かず、その点が予想外でした。
長々しく続く河島の語りでゴッホに関する蘊蓄、当時の時代背景、美術や製本等に関する技術が語られ、そこが楽しめるかが、この作品をどう評価するかの大きなポイントになると思います。
登場する関係者が、出てくる端から実は小椋や河島の親族・知人とわかっていくという展開が、とても異様というか都合良すぎという印象を持ちます。最終的にはそれもある種の必然かと思えるようになりますけれど。
27.大人の教養 博識雑学2000 雑学総研 株式会社KADOKAWA
雑学のネタ2000個(たぶん。数えていません)をライフ編、ことば編、文化・習慣編、生き物編、地球・宇宙編、地理編、人体編、スポーツ編、歴史編、ワールド編、食べ物編、モノ・企業編、芸術・娯楽編の13テーマに分けて書き並べた本。
宝くじで1等が当たる確率は(2021年の年末ジャンボで)2000万分の1、隕石で死ぬ確率160万分の1より小さい(9~10ページ)のだとか。そう言われてみると哀しいですね。その例えを聞くと、昔、まだスリーマイル島(TMI)原発事故が起こる前に、アメリカの原発100基で炉心溶融事故が起こる確率はヤンキースタジアムに隕石が落ちる確率と同程度などと宣伝されていた(ラスムッセン報告)ことを思い出し、そういう物言い、計算がどの程度信用性があるのかには疑問を感じますけれども。
人間もチンパンジーもゾウも、体重が3キロ以上ある哺乳類なら排尿にかかる時間は同じ約21秒だって(279ページ)。本当か?年をとって排尿にやたら時間がかかる自分を省みて(改めて測ってみたら、60秒前後かかってる)、そうするともう哺乳類の枠に入らないのかと考え込んでしまいます。
匿名のどういう人たちなのかわからない著者グループの執筆で、地震の説明に際して「マグニチュードが1増えるとエネルギーは1.6倍」(345~346ページ)なんて書いている(マグニチュードが1増えると地震のエネルギーは32倍というのは、もう常識だと思うんですが)のをみると、自分が知らない話をどこまで信じていいのか、不安になるのですが…
26.魂の痕 梁石日 河出書房新社
日本支配下の済州島で日本軍と朝鮮総督府にすり寄って私腹を肥やそうとする地主の家に嫁いだ李春玉が、姑にこき使われ、10歳の夫と姑に疎まれ、婚家を出て大阪に渡り、踏みつけられながら生き抜いて行く姿を描いた小説。
日本人たちに土地を奪われ、生きる術を奪われて、それでありながら生活のために日本に渡らざるを得なかった済州島の人々の姿を描くことは、在日韓国・朝鮮人2世である作者のルーツを示すものと考えられます。抑圧と屈従、暴力と被虐の描写が続くこの作品を読み続けるのは、正直、辛く憂鬱でしたが、作者のこの問題にかける気持ちを思うと投げ出せないというところで読み切れたという感じです。
非道な日本人にも増して、同胞を裏切った韓国人たち、そして韓国人の中での男性の女性に対する差別と暴力への告発が中心的なテーマになっているように思えます。
巻末に、「本書は『本の時間』(毎日新聞社)2010年7月号から2013年3月号に掲載された『魂の流れゆく果て』(未完)を全面改稿のうえ、加筆したものです。」と記載されています。1990年代から2000年代にかけて多数の作品を生み出した作者は、2012年以降この作品を除いて出版がなく、この作品の後、今のところ出版がないようです。この作品がいったん未完のままに打ち切られた事情、その後7年を経て改稿して出版された事情は、私にはわかりませんが、作者の苦しみとこの作品の重みを示しているのだろうと思います。
25.いつか君が運命の人 宇山佳佑 集英社
横須賀の高校に通う高2の安藤花耶が恋人になった膝を痛めたバスケットボール選手市村征一から16歳の誕生日プレゼントにもらったイミテーションダイヤの指輪が、「運命の人」を結ぶ赤い糸が見える指輪になり、横須賀の海辺の公園で高校生加藤雅に拾われ、小田原の定食屋「くま屋」の経営者熊谷繁子を経て、両親の離婚に伴い小田原から仙台に引っ越した中3の佐伯かんなの手に渡り、どういうわけだか飯田橋駅付近の予備校の教室で29歳の事務職員中谷由希子に拾われ、どういう事情でか東京の井原山食品の営業社員湯川肇の手に渡って湯川の転勤先の神戸で知り合った柳未音に渡され、柳未音の母柳未来世の入所していた茨城の介護施設で入所者の孫の高校生楽野李花に拾われて、第2志望の横須賀の福祉大学に入学した楽野李花が横須賀に…という経緯で、その指輪を手にした者たちの「運命の人」との出会いを綴った短編連作。
最初の話からさまざまな地域と性格の人を経て最後に横須賀に戻して帳尻を合わせていますが、指輪で全体を結ぶというコンセプトにしては、途中で指輪の引継の設定がいい加減になっているのが雑な印象を与えます(仙台から東京に移動した経緯がなくて、湯川が入手した事情はまったく触れられもしていませんし)。
もし指輪の力で小指を結ぶ赤い糸が見えたとして、それが運命の人だと考えて結ばれよう、一緒になろうと思うものでしょうか。それじゃあまるで統一教会の合同結婚式みたいなものじゃないか、と思ってしまう私はひねくれ者でしょうか。
「ずんだシェイクの味に感動した」「ここの味を知れただけでも仙台に引っ越して来た甲斐がある」(113ページ)という作者の猛烈なお薦めに、今度仙台に行ったら飲んでみようと決意してしまいました。ヨレヨレスーツの国語教師も一度飲んだらハマっちゃった(118ページ)のだそうですし。
24.「まさかのときに備える」 知っておきたい遺族年金 脇美由紀 ビジネス教育出版社
国民年金や厚生年金加入者が死亡した場合に遺族が受ける遺族年金の受給条件と受給額の基準等について解説した本。
年金等に関する法律はとてもわかりにくくできていて読む気になれないのですが、ケーズごとに区分けしてわかりやすく説明されても、スッキリとは頭に入らず、全体像をきちんと整理して頭に残すことはできそうにありません。実際に問題になる際に該当部分を読み直さないと、正しくはわからないんだろうなと、改めて思いました。
全体的な印象は、毎月相当な額を支払わされても、それで自分が死んだときに遺族が遺族年金をもらえる場合は決して多くはなく、また生活に十分な額がもらえることはほとんど期待できないなぁ(やっぱり国ってけちくさいよな)というところです。医療保険(国民健康保険、健康保険)よりはましなんでしょうけど…
わかりにくいとはいえ、受給条件とか受給額の基準はさまざまなケースで共通部分が多く(でも一部違っていたりするのが落とし穴になり得るわけですが)、ケース分けしての記載はどうしても同じ説明の繰り返しが多くなり、通し読みはけっこう辛いものがあります。実質的には、自分が当てはまるケース部分を拾い読みする本ということになりそうです。
23.心をととのえるスヌーピー 悩みが消えていく禅の言葉 枡野俊明監修 光文社
PEANUTS(チャールズ・M・シュルツ作、谷川俊太郎訳)の漫画に禅語と解説をつけた本。
PEANUTSを素材に禅宗の考え方を学ぶ(としても、体系的な解説ではなく、エッセイ風に)本というべきなのか、禅宗風のコメントをつけたPEANUTSを読む本というべきか、迷います。つけられている解説は、漫画とフィットしているものもあり、こじつけっぽく感じられるものもあります。
PEANUTS自体がもともと哲学的な漫画なのですが、ピタリと合っていなくてもそれらしい説明に合わせて読むと、単独で読むよりも「深い」と考えさせられます。その意味で、PEANUTSをより楽しめる本と受け止めた方がいいかなと思います。
私は、どちらかといえばライナス派だったのですが、今回これを読んでいるとペパーミント・パティとマーシーの関係が微笑ましく感じられました。マーシーが女性のペパーミント・パティを1970年頃すでに「SIR」と呼んでいる(125ページ)のも、それを「先輩」と訳しているのも、ちょっとうなりました。
22.実戦民事訴訟の実務(第6版) 升田純 民事法研究会
裁判官経験20年、弁護士経験25年余の著者による民事裁判の実務についての解説書。
民事裁判の制度と実情、実務の運用に関する事実認識と説明はほぼ私の認識するところと同じ(その事実をどう評価するか、それで自分はどう行動するかの部分は必ずしも意見が一致しないところがありますが)で、民事裁判の実務を知るために非常に有益な本だと思います。私が自分のサイトを開設・運営しているのも、民事裁判の実務を一般の人によく理解してもらいたいと考えたから(もちろん、自己PRの目的もありますけど)ですが、この本もそういう趣旨で書かれ、その目的に沿うものと考えられます。
弁護士が書いたものとしては、かみ砕いて書いてあり、比較的読みやすいと思うのですが、最大の難点は600ページを超える「大著」のため、この本を読んでもらいたい一般人や新人弁護士が読み通せるか、にあります。意を尽くしたいという気持ちからでしょうけれども、同じことを言葉を変えて続けて繰り返しているところが多くあり、大事なことだからだと思いますが、同じことが別のところで何度も繰り返されていて、最初のうちはスルスル読めたのですが、次第に「くどい」という印象を持ってしまいます。
タイトルが「実践」ではなくて、「実戦」というのも、著者の戦闘意識を示しているのでしょう。訴訟の目的が真実の発見とか適正な裁判の実現というのはきれいごとで、多くの人(依頼者)にとっては自分に有利な真実の発見、自分に有利な裁判の取得が目的ということが繰り返し述べられている(3ページ等)あたりにも著者の思いというか、決意が感じられます。こういうのを読んで、そうだそうだと思ってやってくる依頼者を相手にする(事件を引き受ける)のは、なかなかたいへんだろうなと…
法廷での裁判官の言動に不満・失望を抱くことが少なくないという説明で「当事者双方の主張・立証活動を真摯に検討していない者、当事者の一方に偏見を抱いているとしか考えられない者、自由心証主義を振りかざす者、極めて非常識な訴訟活動を放任し、法廷をサーカス場にしている者、法廷をジャングルにしている者、居丈高な言動を繰り返す者、怒鳴る者、関係法律を理解していない者、社会常識、社会通念を無視する者、自分の経歴を明言し、振りかざし、当事者の主張を制限しようとする者、科学・技術が密接に関係する訴訟でこれらの知見を無視し、あるいは無知な者、判決は書き方次第でどちらでも書けるなどと広言する者、根拠のない和解を強いる者、法廷のとっさの出来事に適切に対応できず、戸惑うだけの者などの諸相がみられるのである」と書いています(25ページ:ふつうは、問題例を論うとしてもせいぜい3例とか5例くらいまでだと思うのですが、これだけ書かないと気が済まないというのがこの本の特徴で、こういう説明で分厚くなっているという面があります)。裁判官経験者が、ここまで裁判官を詰り、読者に裁判官への不信感を煽るというのは、私には驚きでした。裁判官だけでなく、夏以外でもジャケット、ネクタイを着用しないと「だらしない服装で入廷する実務家」と非難される(226ページ)ので、私も反省しないといけないかなと思いますが…
21.これだけはおさえておきたい!令和の新ビジネスマナー 西出ひろ子 秀和システム
ビジネスマナーについて解説した本。
「令和の新ビジネスマナー」と銘打っていることから、ビジネスマナーの変化を強調し、グローバルスタンダードへの移行(15ページ)などということも書かれています。近年は時間をかけることは相手の時間を奪うことと捉える人が多くなったのでコミュニケーションは最小限にする、苦情に対して手土産を持ってお詫びに行くと訪問されるのは迷惑だと言われかねないなどの指摘がなされています(12ページ)が、そうは言っても皆が皆そう考えるわけでもなく、実際どうすべきかは簡単ではないように思えます。ビジネスマナーの正解は1つだけではない、「型」どおりに行うのがマナーではない、相手を思いやることが最も大切だとしつつも、とはいえ多くの人は「型」を見てジャッジしているから、型を知り実践できることも大切だ、基本の「型」を身につけてこそくずすことができると述べ(16~17ページ)、まずは「型」を身につけろと言うのです。
近年の変化に応じて、結局はどうすればいいのか、思い悩んでしまいます。基本の型を身につけずにそういうことを言うのは10年早いということかもしれませんが。
20.これ以上、目をわるくしたくない人の視力防衛生活 綾木雅彦 サンマーク出版
視力にいい生活習慣について説明した本。
涙で目の表面を十分潤して整えるためには、上まぶたをしっかり下ろして下まぶたとしっかりくっつける(著者は「完全まばたき」と呼んでいます)必要があるが、まばたきがきちんとできていない(きちんと閉じない、速すぎる)人が多く、角膜表面の滑らかさが失われてでこぼこになる、不完全なまたたきの割合が多いと涙の油分をつくるマイボーム腺の機能が低下して涙の質が低下する、それを防ぐために意識してきちんとまばたきをしようというのが、著者の主張の基本です。
コロナ禍でマスクをしていると、マスクの隙間から息が目に直風となって当たり目が乾きやすい(41~42ページ)とか、スマホやパソコンの画面から出ているブルーライトが明るさを感知して眠るタイミングや覚醒時間を調節する「内因性光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)」を刺激するため寝付きが悪くなる(49~50ページ)とかも、気をつけておきたいところです。
目をつぶっていれば目は涙で覆われていると思っていたら、睡眠中は涙の分泌が減り、まばたきもしないため涙液交換はおこなわれませんって(75ページ)。それで、著者は、起床直後に意識的に完全まばたきをしましょうと勧めてます(75ページ)。睡眠中、唾液の分泌が減って口の中の雑菌が増える(それで歯医者さんは寝る前によく歯を磨いておこうと言います)というのと同じなんですね。
今急速に普及しているLEDは、目には優しくない(95~96ページ)、水で目を洗うのは目の表面の保護機能を破壊するのでよくない(100~101ページ:子どもの頃、プールの後に水道水を目に当てて洗うよう指導されましたが、痛くてイヤでした。その直感の方が正しかったのですね)とか、いろいろ「目からウロコ」の本でした。
19.図解いちばんやさしく丁寧に書いた貿易実務の本 片山立志 成美堂出版
輸出や輸入を行う際に、取引相手、銀行や行政、海運貨物取扱業者(海貨業者:通関業者)、船会社・航空会社、保険会社等との間でどのような手続が必要か、そのためにどのような書類を作成し、どのタイミングで何をする必要があるかといった、貿易の手続について、説明した本。
細かく項目を分けて見開き2ページ、イラスト入りで説明され、タイトルどおりにわかりやすく説明されていると思います。説明自体は簡単にするということもあって抽象的なためにわかりにくいというところもありますが、後半に実際に使う書式が掲載されて説明されていますので、そちらでわかるという部分もあります(書式の方は、取っ付きにくく、一見して読む気が失せるという人も多いとは思いますが)。
輸出入対象商品ごとの規制や問題点、注意事項といったものは、書いていると切りがないということだと思われるので、それは望めないとしても、通関手続に時間を取られてビジネスチャンスを逃がしてしまうことも考えられるということを言って関税の納期限の延長制度の利用を勧め、そのために担保を提出すると説明されています(112~113ページ)が、そういうふうに言われると、税関の通関にどれくらいの時間・期間がかかるのか、そこで提出する担保は何が可能か/ふつうなのかというようなことが気になります。それ以外でも、担保が必要なケースが多数出てくるのですが、どういう担保を出すのか、船荷証券が届く前に貨物が着いてしまったときに船荷証券なしで輸入業者が船会社から貨物を受け取るための「保証状」についてだけ約束手形を銀行に差し入れなければならないと書かれています(230ページ)が、それ以外の担保も約束手形でいいのかなどが気になってしまいました。
18.知識ゼロからわかる物流センターの基本 刈屋大輔 ソシム
物流センターの機能や設置運営の条件、設備、機器、入荷・検品・格納業務、在庫管理、ピッキング(取り出し)、流通加工、包装・梱包・仕分け・出荷業務、倉庫管理システム、センターの賃借、外注化、自動化等について、項目分けして見開き2ページで簡単に解説した本。
基本的に、物流センターを自社で持つか借りて運営する会社からの視点で書かれています。私は、そちら側の弁護士ではないので、物流センターの管理運営やそのコスト判断には関心はありませんが、物流センターで働く労働者の労働事件はわりとあるので、物流センター内の設備やそこでの業務(労働)内容には関心があり、勉強になりました。
大規模な物流センターでは、自動化・機械化することが、この本でも推奨されていますが、会社側からはミスが減り効率化されると評価されても、労働者は機械に使われ、作業を急かされることにもつながり、単調な労働が強化されるということになりかねません。現時点では、産業用ロボットの性能はそれほどではなくて「PR動画は実際のロボットの動きよりも少しだけ早回しした状態で編集してあります」(162ページ)というのはご愛敬ですが(いや、それ、詐欺だろ)。
17.自然科学ハンドブック 恐竜・古生物図鑑 グレゴリー・F・ファンストン監修、ヘイゼル・リチャードソン著 創元社
中生代以降の絶滅した恐竜その他の生物について図解し解説した本。
それぞれの生物の呼称、分類、生息年代、生息環境、体長、体重、食性と解説を、大半は外見のイラスト(人の大きさとの比較付き)、一部は骨格標本をつけて掲載しています。化石等からどうしてそこまでわかるのか、不思議に思います。科学の進歩なのか、想像力と蛮勇なのかはわかりませんが。ティラノサウルスの背中に毛が生えているイラスト(112~113ページ)は、ちょっと衝撃的でした。
また、さらっと「かつて恐竜は動きの遅い外温性(変温性)の動物だと考えられていたが、今では多くの恐竜が内温性(恒温性)だったといわれている」と書かれている(11ページ)のも、学問の進歩・知見の変化を感じました。
ずっと見ていくと、遙か昔からさまざまな動物が誕生しては絶滅していったことに感慨を抱きます。子どもの頃から、人類は二足歩行をすることで手が移動から自由になり道具の製作・使用ができるようになったという説明を聞かされてきたのですが、早くも中生代最初の三畳紀に二足歩行で前肢に4本の指があり「手を握る動作ができた」というグナトボラクス(48ページ)、イラストではかなり体を起こした二足歩行をして「手の親指がほかの指と向き合っていたので、手で食物をつかむことができた」というプラテオサウルス(51ページ)がいたというのを見ると、二足歩行で手が自由になるということの意味についてもいろいろに考えるべきことがあるように思えます。クジラが、陸生のブタの仲間が海洋に移動して適用したという話(160ページ)なども含めて、生物の「進化」のありよう、一直線の進化があるわけではないことに思いをはせました。
16.東日本大震災後の放射性物質と魚 東京電力福島第一原子力発電所事故から10年の回復プロセス 国立研究開発法人水産研究・教育機構編著 成山堂書店
福島原発事故後の海洋と内水面(河川・湖沼)の放射性物質(主としてセシウム137)の移動と水生生物からの検出状況について説明し、福島県産の水産物にはもはや危険はないと主張する本。
編著者である国立研究開発法人水産研究・教育機構は、水産業の活性化等を目的とする法人であるということからか、震災から復興した漁港では新たに導入されたシステムでより高鮮度な商品の出荷が可能(10ページ)などと放射能汚染問題とは全然関係ないところで安心・安全を印象づけようとし、年月が経過しても放射能汚染が提言しない湖沼等でキャッチアンドリリースによる遊漁解禁(釣った魚が食べられる水準でなくても釣り客を呼び込もう)を提言する(93ページ)など、漁業振興に前のめりの記述も見られます。
2012年8月に原発から20km圏内で採取されたアイナメから16,000Bq/kg(出荷制限基準の160倍)ものセシウム137が検出されたことについて、水産機構では原発港外に生息するアイナメにおいてそのような個体が存在する確率は1000万分の1程度で、この放射線量は原発港湾内にいたアイナメのセシウム137分布範囲内であるからこの個体は原発港内から逃げ出したものと結論づけたと書かれています(49~50ページ:他方で58ページではアイナメは岩礁域に生息する定着性の強い底魚だとも書いていますが)。消費者の立場からすれば、原発港湾内の汚染度の高い魚が現在では操業が再開されている海域まで逃げていたとしたら、それ自体に危険を感じるわけです。汚染水が原発港内でコントロールされているなどということがあり得ないのと同じように、汚染魚もまた原発港内や操業自粛海域(10km圏内)にとどまってはいないということですから。例外的だからいいではないか、そんなことで不安をいうのは風評被害だという姿勢には、どうも違和感を持ちます。
この本でも、現在もなお福島原発から海洋へのセシウム137の直接漏洩は続いていること、陸域に堆積した放射性物質が河川からなお供給されていることなどの記述もあります(30~35ページ)。海底堆積物について汚染物質が拡散して濃度は低くなったと言うばかりではなく、それが汚染地域が拡大していることであり、海洋での測定はごくわずかな地点・サンプルについてしか行えず、生体濃縮等の機構についても十分解明できていないことなどの限界性を踏まえて、もっと慎重な姿勢で書いてもらえたらと、私は感じました。
15.デッサ・ローズ シャーリー・アン・ウィリアムズ 作品社
奴隷市場へ連行される道中で反乱を起こして逃亡して捕まり妊娠中であったために出産まで生かされ、白人男性の作家ネヘミアの聞き取りを受けていた黒人女性デッサ・ローズが、仲間の手により奪還されて逃走し、農場主の夫が帰ってこない妻の白人女性ルースの下で仲間たちと過ごしつつ、ルースを忌み嫌い侮蔑しながら、奴隷制のない地への旅立ちに向けて白人たちから金を騙し取る計画を実行して行くという小説。
黒人奴隷の受ける虐待を描くとともに、白人からは十把一絡げに扱われる黒人たちのそれぞれの個性、人柄、感情、欲望を描き出して、一人ひとりにステレオタイプやきれいごとに収まらない人生と意志、希望があることをアピールしています。
そういった感情のある現実の人間を描いているということなのでしょうけれども、仲間に奪還されて自由の身になったデッサが、例えば「地下鉄道」のように自分が別の黒人奴隷を解放しようと活動したりそのような意志を持つわけでもなく(後に白人から金を騙し取るために仲間を奴隷として売ったフリをする場面でも、その仲間が逃げ損ねても自分が助けに行くことはないと考え)、自分が滞在する農場の白人女性ルースを、ルースから何か酷い仕打ちを受けたということはなく食物も部屋も与えられ産んだばかりの自分の子に授乳までしてもらいながら、憎み、嫉妬し、侮辱し続ける、自分は黒人だというだけで見下されることに反発しながら相手が白人女性だということで毛嫌いするという姿勢には、どうしても共感できませんでした。白人に感謝したら " Uncle Tom's Cabin " になってしまうという意識があるのかも知れませんが、それはあまりに硬直した姿勢に思えます。おまえは虐げられた者の苦しみを理解できていない、といわれればそれまでですけど。
この設定とストーリー展開からは読んでいて知りたくなる奴隷隊での反乱の詳細やデッサの奪還の詳細は結局語られないことも、デッサの感情と姿勢に共感できないことと並んで、不満に思えました。
13.14.大名倒産(上・下) 浅田次郎 文藝春秋
文久2年(1862年)、越後丹生山3万石松平家は、25万両の借金を抱え、利息だけでも年間3万両、近年の歳入は年間せいぜい1万両という絶望的な状況にあったが、代々の当主はこれを隠し、というよりも知らないままに借金を増やしてきており、第12代当主はこの実情を目の当たりにして返済を先送りにして追加の借入金を隠して溜め込み計画倒産を画策、松平家故にお取り潰し(改易)でも家族はどこかの裕福な大名にお預けと踏んで、家来には隠し溜めた資産で一時金を配ればよいと考え、かつて村娘に産ませた4男坊小四郎を第13代当主に仕立て上げ、詰め腹を切らせることにして自らは隠居して悠々自適の生活を送っていた。家督相続後、江戸城でのお目見え後に老中に居残りを命じられて献上品が目録のみで支払をしていないことが3度も続いていると知らされたことを機に勘定役らを問い詰めて実情を知った小四郎は…というお話。
映画(2023年6月23日公開:映画を見ての感想はこちら→映画「大名倒産」)の予告編を見てから読んだので、小四郎が倹約・特産品奨励等を進めて、もちろんあの手この手の奇手や禁じ手に相当な幸運もあって問題を解決するという展開を予想しました。しかし、小四郎らの奮闘は描かれてはいるもののときどき断片的に出てくるという程度で、小四郎主役というのではなく、群像劇的な構成・展開ですし、神々が相当数・相当な頻度で登場して小四郎の努力よりも神の力に左右されるところが大きいという印象です。コメディ仕立てですし、そもそもどこをどう頑張っても破産(倒産)しかないでしょという設定にしてしまった以上、人間の努力で解決することはできず、人間の努力で解決したと描いたらあまりにも空々しい(漫画っぽい)ということでそうしているのでしょうけれども、私は、神様抜きでやって欲しかったなと思います。大黒屋幸兵衛や仙藤利右衛門、鴻池善右衛門などの大物を引っ張り出すのなら、どうやって協力させたか、協力する気になったのか、その協力で具体的にどうなったのかをきちんと描かないと説得力がないと思うのですが、そこが「神の手」を使っているからでしょう、詰めが甘い感じがします。
作者の位置づけでは「バカップル」の新次郎を慕うお初がいじらしくも可愛い。間垣作兵衛となつとか、正心坊とか、微笑ましい脇キャラにも恵まれています。
12.瞬時に「言語化できる人」が、うまくいく。 荒木俊哉 SBクリエイティブ
ビジネスシーンで意見を求められたり質問されたときに速やかに自分の意見を言葉にできるようトレーニングすることを勧め、その方法を提案する本。
課題を設定し(巻末にその例が500挙げられています)、それについて思いついた答えを1つ書き、続いてその答えについてそれってどういうこと(より具体的にはどういうこととか、言い換えればどういうことという趣旨かと思います)と考えて書き出していき、その後そう考えた理由を1つ書き、やはりその後それってどういうことと書き出していく、それを1つの課題につきA4紙1枚に2分間で書く、それを1日3回行うということを推奨しています。
紙に書き出すことは、私の場合、準備書面(裁判所に提出する、主張を書いた書面)作成や、尋問準備ではよく行っていて、それで頭が整理され、主張の論理立てや尋問の流れができていくということを経験しています。その場合は、それまでにさまざまな材料集めをし、その都度目を通し、考えていたのを寝かせた上で、最終段階でやりますし、きちんと組み立てます。そういうときに、紙に(私の場合手書きで)書き出して行くことが有効なことは体感しています。この本で求めているのはそういうことではなく、より軽い段階で速やかに言葉にするための訓練なので、短時間で繰り返すことが大事で、著者は「深掘り」と言ってはいますが、よくいわれる「なぜ」を5段階6段階繰り返すというようなことではなくて、言い換えるうちに具体化され思いにフィットする言葉が出てくるという実践です。
この本では、自分が考えている(感じている)けれども言葉にならないモヤモヤした状態のものを言語化することをテーマにしているのですが、老化のために言葉が思い出しにくくなっていることへの対策にもなるものでしょうか。
11.反戦と西洋美術 岡田温司 ちくま新書
戦争の惨禍を描き反戦を訴える美術(主に絵画)作品の歴史を紹介した本。
さまざまな絵画に込められた反戦のメッセージとそのように見るべき/見られる作品が紹介され、多くの新たな発見がありました。有名な画家では、生前にすでに成功し大きな工房で大量の絵画を生産していたルーベンスの絵画の反戦メッセージを冒頭で紹介していて(17~22ページ)、ルーベンスに対する認識を改めました。無名どころはもちろん、知らなかった画家が多く、今後気にしておきたいと思いました。
それぞれの作品や画家に対する著者の評価については、議論の余地がありそうです。著者自身が、「残虐で苦痛なイメージによって戦争を告発することと、戦争をいわば一種の見世物にすることとのあいだには、必ずしも明確な境界線が引けるわけではない。両者の違いは紙一重である」(30ページ)とし、「許しがたいものをとらえたイメージは、そのイメージ自体を許しがたいものへと一転させるかもしれない」(188ページ)としていることに注目しておきたいところです。
埋もれた作品と画家への認識のみならず、戦争のプロパガンダと反戦メッセージの評価や議論に関しても刺激を受ける本でした。
10.調査官の「質問」の意図を読む 税務調査リハーサル完全ガイド(第3版) あいわ税理士法人編、尾崎真司 中央経済社
会社が税務調査を受けた際に調査官の調査に備えてどのような準備をしておくか、それ以前にどのような会計処理をしておくべきかについて解説した本。
「本書の特徴としては、一般的によくある税務調査の解説本と異なり、第Ⅱ部、第Ⅲ部において税務調査での調査官からの質問を具体的に示し、その質問から税務調査の対応と対策を解説していることです」(初版の「はじめに」)とされ、確かに調査官の質問例が記載され、その際に調査官が知りたいことが箇条書きに挙げられているのですが、その後に書かれているのは結局、勘定科目ごとの税務調査の狙い・ポイントとそれに備えて会計処理と申告でどのようにしておくべきかということです。端的にいえば、調査官にこう聞かれたらこう対応すべきという本ではなくて、調査官からこういう質問をされないように予めこう対処しておこうねという本です。読者の期待としては、このタイトルだともっと税務調査の実情、事例を書き込み、調査の場面でのより具体的なやりとり、対応に踏み込んだ記述が欲しいところです。コラムとして「ブイエス(VS)調査官」という記事が5つだけあって、そこでは具体的なケースでの具体的なやりとりが書かれていて、ここは読み応えがあります。全体について、そこまで具体的なやりとりにしなくても、うまくいかなかったケースも含めて、調査官のより具体的な要求とそれに対する対応、それがうまくいった場合にせようまくいかなかった場合にせよ、少しその原因・理由を考察してもらえると、より読みがいのある本になると思うのですが。
法人の会計にタッチしていない者としては、法人税、会社の会計処理というのが、実に細々としたところで面倒なものであり、しかも会計原則と税務署の要請のズレとか、とても不合理でムダな事務処理に信じがたいほどの労力が注ぎ込まれているのだなというのが一番の読後感でした。
2014年から3年間国税審判官として国税不服審判所に勤務していたという執筆者が、「調査官も一定の勉強はしていますが、裁決、裁判例にまで目を通している調査官は決して多くありません」といっている(217ページ)のは、そういうものかと少し驚きました。
09.金融法務入門[第2版] 藤池智則、髙木いづみ 経済法令研究会
銀行等の金融機関の新入職員向けに、金融機関で取り扱う預金、融資、債権回収等に関する法令の基本的な知識を説明した本。
銀行取引等に関する基本的な説明なので、さほど目新しいことはなく、大方穏当な内容ですが、「Ⅴ 電子記録債権」というのは、私は知りませんでした。この本では、電子記録債権として電子債権記録機関の記録原簿に記載された場合の効果が説明されているだけで、現実にはどのような場合に用いられているのか等の説明がまったくなかったのですが、調べてみると2008年12月に始まった制度で現在のところ、2026年までに廃止される予定の約束手形の代わりに主として企業間取引で用いられているようです。電子記録債権とされると債権譲渡に債務者への通知が不要(債務者が知らないうちに譲渡されうる)の上に、債務者は原則として譲受人には元債権者に対して主張できる事由が主張できない(人的抗弁の切断)という制度で、一般消費者が当事者でも利用の制限は特に定められていないようです。もし一般消費者が、よくわからないままに業者に求められて申請して登録されると、突然知らない業者から自分が債権者だとして請求を受け、元々の債権者に対して主張できた支払拒否事由(購入した物が不良品だったなど)も主張できなくなって予想外の困った事態に追い込まれるという危険があるように思えます。いつのまにか、経済界の都合でこういう制度が作られ運営されていて、大丈夫なのかと思いました。そういうところ、この本の趣旨目的とは違うでしょうけど、勉強になりました。
あと、銀行取引約定書って、公正取引委員会から銀行の横並びを助長するおそれがあると指摘されて2000年4月に「ひな型」が廃止されて、以後各銀行が個別に作成している(73ページ)んですね。弁護士報酬基準(やはり公正取引委員会から競争制限だと言われて廃止)と同じなんだ。銀行によってちょっと言い回しが違うところがあるとか、妙に癖のある規定があったりするのはそういうことだったのかと、納得しました。そして、その結果、民法の定型約款にはあたらない(5ページ)ということです。裁判所は銀行に不利な判断はなかなかしてくれませんが、銀行の横暴が目に余る事案では臆せず闘う気持ちのささやかな支えにしておきましょう。
08.司書さんもビックリ!図書館にまいこんだこどもの大質問 こどもの大質問編集部 青春出版社
図書館のレファレンスサービスの事例から編集部がこどもが求めた質問への対応事例をピックアップして紹介した本。
レファレンス共同データベースでネット上公開されているレファレンス事例を見て感心した制作者がそれを紹介したいということで企画したということが「はじめに」で書かれています。それは一つのアイディア、切り口ではあるものの、そして「書籍化にあたって補足や一部変更を加え、再編集した」(10ページ)とはいうものの、すでに各種のデータベースで公開されている事例を、著作権者の許可を取って並べただけというのは、あまりに安直に思えます。
タイトルから想定される、ある種意味奇想天外な質問とか、本質を突いた答えにくい質問とかは、多くはなく、司書側が調べるのに工夫がいったということの紹介が多数を占めます(司書がレファレンス事例として紹介しているものですから、当然そういう観点で選ばれるわけです)。むしろ、この図書館で読んだ本だという前提で「ブタがいっぱいでてきて、最後にブタが入院する話の絵本」というリクエストに「わからずじまい」(74~77ページ)というのに驚きました。本を探すという作業が意外に難しいのだなと思いました。
レファレンスサービスでは「司書は自分の体験談や知識だけで、答えを出してはいけない」とされている(太字で書かれている:222ページ)のに驚きました。えぇっ、じゃあ聞いた瞬間にわかった場合もそのまま即答しちゃいけないの?
制作者の関心や狙ったところよりも、レファレンスサービスのしごとがなかなかたいへんだなぁということを感じた本でした。
07.ルポ特殊詐欺 田崎基 ちくま新書
オレオレ詐欺、振り込め詐欺、預貯金詐欺(警察官を名乗りあなたのキャッシュカードが不正利用されているなどとしてキャッシュカードと暗証番号を封筒に入れさせて封印して自分で保管して置いてくれといって封印のための印鑑を取りに行く隙に用意してきた別の封筒とすり替えてキャッシュカードと暗証番号を手に入れて預金を引き出す手口)等の実情について、神奈川新聞に掲載した記事を元に出版した本。
折しも今日(2023年5月7日)、今年の1月から3月の特殊詐欺被害が前年同期に比べて、発生件数でも被害額でも3割近く増加していると警察庁が注意を呼びかけているとNHKが報じています(→いつまでリンクが残るかは不明ですがこちら)。「世に盗人の種は尽きまじ」とはいえ、被害が今また増えているということは、改めて心に留めておくべきことでしょう。
かけ子(被害者:カモに電話をかけて騙す役)やその上の幹部が摘発されないように、記録も残らないアプリ(テレグラムなど)で、受け子(被害者と接触して現金やキャッシュカード等を受け取る役)や出し子(騙し取ったキャッシュカードでATMから現金を引き出す役)に指示を出し、正体を示さず接触しないで犯罪を遂行する様子、そのため現金やキャッシュカードを持つ受け子や出し子に持ち逃げ(飛び)されるリスクがあり、それを防ぐため受け子や出し子から事前に顔写真や身分証明書、家族の情報を取り、裏切ったり失敗した際にそれを用いて脅迫したりさらなる犯行へと引き込む様子、かけ子の下に横取りのために偽の受け子や出し子を潜入させるグループの存在など、犯罪者側の矛盾と弱み、悪辣さがいろいろ書かれているのが、参考になりました。
金に困って twitter 等で「闇バイト」とか「グレーバイト」とかを自ら探して犯罪に手を染め止めたくなっても脅されて抜けられなくなるというケースがたくさん紹介されています。そういうのを厳罰や啓発で入り口で止められるのか、若者が生活苦に陥る、生活苦に陥ったときにセーフティネットがない(自己責任と声高にいいたがる)社会をなんとかしないといけないのではないかとも思いますが、弁護士の立場からは、少なくとも、借金を抱えてるからと「グレー」やましてや「闇」と知りつつ手を染めるくらいなら、破産した方がいいよといっておきます。
06.銀河鉄道の父 門井慶喜 講談社
花巻の質屋に生まれ経済的に恵まれ小学校では文句なしの成績であったが中学では振るわず、家業は継がないといい、といってまともに仕事もせず親を困らせ金の無心ばかりする宮澤賢治を、幼少から子煩悩で病気の介抱を嬉々として行い、しかし表だってそれを表すわけにはいかない父宮澤政次郎の側から描いた小説。
若気の至りとは言え、学業も成就できないのに家業を継ぐことは拒否して妄想のような計画を立てて大金の支出を親に求め、父親が浄土真宗の寺の檀家総代なのに日蓮宗の団体に入って布教活動し妹の葬儀で声高に法華経を詠み続けるという、とっても困ったちゃんの賢治に対して、表だって受け入れはしないものの叱り飛ばすことなく、周囲の目から見ればあまりにも子どもを甘やかすものとも、時代を考えれば相当に進歩的とも言える、柔軟で温かな姿勢の父の姿に打たれます。そして、その父の情が報われず、親の心子知らずなのが、世の常とは言え、哀しい。
映画化されたのを機に読んだのですが、意地もあり素直でなく複層的な心情と関係が、映画ではずいぶんとシンプルなわかりやすいものになっていて驚きました。映画評は→こちら
05.行動経済学の処方箋 大竹文雄 中公新書
世間の人が考えている経済学、特に合理的意思決定を想定し前提とする伝統的経済学に対し、それとは異なる意思決定をしてしまう現実的な人間像を取り入れた「行動経済学」が日常の困りごとや社会問題の解決に役立つということをアピールする本。
人々に問題行動を是正させようとするとき、問題行動をしている人を公表して是正を求めることは逆効果で、そうすると問題行動をとっている人が他にも悪いことをしている人がいるのだと認識してしまう、それよりもほとんどの人は規則を守っていることを示すメッセージの方が効果的だ(10~12ページ)というのは、そのとおりだと思います。もっとも、その著者が推奨する方法は、特に同調圧力の極めて強い日本社会では有効性が高いのですが、今ではそういうやり方をすることに批判の目が向けられてきているとも思うのですが。
新型コロナ感染拡大防止対策でも、自分の命を守ることができるという利己的メッセージよりもまわりの人の命を守ることができるという利他的メッセージの方が有効、その理由には多くの人はある程度の利他性を持ち他人の命が助かるなら喜んでそうしたいと思っているということのみならず、利他的メッセージを周知することで周囲の人がこういう行動をとらない人を社会規範から外れているとみなすことを本人が予想すればその損失を考慮して社会規範に従うようになるということがある(53~54ページ)というのも、同調圧力の利用で、専門家会議で行動経済学の立場から発言してきた著者はそういう手法に長け、愛用しているということかなと思います。
列に並ぶべき場所を指示するのに、「この場所に並んでください」という掲示をしても誰も読まないだろう、矢印や足跡を描くのが有効(37ページ)、喫煙所以外での喫煙は条例違反だという看板を多く設置してもまったく効果がなかったが地面に喫煙所までの矢印を描いたら喫煙所で喫煙する人の比率が顕著に上がった(83ページ)というあたりに行動経済学者の人間に対する見方がよく表れています。それが事実だと言われれば、情けない思いを持ちますが、そういう感傷はきっと「無知」だと評価されるのでしょうね。
オンライン会議では全員が共通の画面に集中するので、アイディアの創出に関わるようなさまざまな刺激が不足しブレーンストーミングには不向きだが、出てきたアイディアから優れたものを選択するというような集中力が必要な会議では優れている(126~130ページ)というのですが、オンライン会議の参加者が画面に集中しているという認識自体、私にはとても疑問です。
04.フランス語をはじめたい!一番わかりやすいフランス語入門 清岡智比古 SB新書
フランス語の入門書。
「フランスのさまざまな文化や芸術(映画、小説)、あるいはフランス人たちの『生態』などに触れながら、気づいたらフランス語が身近になっていた、という具合になることを目指しています」(はじめに:4ページ)というのですが、まぁ仕方がないとはいえ、名詞の男性名詞・女性名詞とその複数形、それに応じた冠詞とか形容詞の変化、動詞の活用形といった文法の話が続き、文体は軽く、例文の多くは「最強の二人:Intouchables」と「星の王子さま:Le
Petit Prince」から採られているものの、軽やかにスラスラ頭に入るというわけにはいかない感じです。大学での第二外国語履修(そのときの話は、私のサイトで書いています→思い遙かのフランス語)以来のフランス語に、読み方のルールとかでは懐かしい思いを持ちながら読み進みましたが、やはり男性名詞・女性名詞あたりから、そうだった、フランス語は不可解で面倒なものだったと思い出しました。複雑な時制については説明を回避しているのは正解なのでしょうけれども、たぶんたいていの人はそこに至らずとも頭を抱えると思います。
所有形容詞が名詞の男性・女性で変わることを「愛しい人」の表現で男性は mon chéri (モンシェリ)、女性は ma chérie (マシェリ)と説明するのに、資生堂(某化粧品メーカーとか)のシャンプーを挙げています(136ページ)。ここは、私の世代では「モンシェリCoCo」(大和和紀:1972年テレビアニメ)と「シェリーに口づけ:Tout, tout pour ma chérie 」(ミッシェル・ポルナレフ:1971年)だろう!と思うところです。やっぱり世代の違いかな、そんな古いものは若い人は知らないんだろうと思ったら、225ページでは札幌オリンピック(1972年)に言及し、そのテーマソングを歌ったトワ・エ・モワの例まで引いている上、この著者、私より年上の1958年生まれって…
03.この世の喜びよ 井戸川射子 講談社
夫は単身赴任し2人の娘が大きくなり寂しく思いつつスーパーの2階の衣料品フロア中の喪服売り場に勤める穂賀が、年上の同僚加納、隣のゲームセンター店員23歳男の多田、メダルゲームの常連のおじいさんらと少し距離を置きつつ語らう中で、スーパー内をさまよいフードコートの常連となっている幼い弟の世話に疲れた中3の少女と交流する中編の表題作に、ハウスメーカーのモデルハウスに1人で宿泊した妊婦芝川が、担当者とやりとりしながら自己の境遇を憂う短編「マイホーム」、友人同士のおじさんたちのキャンプに連れてこられた子どもたちが交歓する短編「キャンプ」を合わせて出版した作品集。
穂賀の視点で語られているはずだけど、そして穂賀の名前を記述してまわりからは「穂賀さん」と呼ばせている(名前を隠しているわけでもない)のに、穂賀を「あなた」と言い続け、穂賀の発言は地の文にする文体は、斬新というのか少し不思議感があります。
娘が大きくなった後にひとまわりくらい若い少女に関心と愛着を持ち、娘との経験から少女を理解し、同時に理解できない扱いにくさも感じ、その間合いの取り方に戸惑いと喜びを感じる、そういった穂賀の感情の動きが読みどころかなと思いました。
02.徳川家康の決断 本多隆成 中公新書
徳川家康の生涯について著者の研究成果等に基づいて解説した本。
2023年のNHKの大河ドラマが「どうする家康」となったことに合わせて、家康の人生の10のターニングポイントを取り上げて解説するという趣向で書かれた(それは著者がすでに家康の人生についての著書を刊行しており、「その二番煎じは許されず」(はじめに)別の切り口が必要だということでもある)ということなのですが、10の章を設けてそのタイトルは確かに家康の人生のターニングポイントとなったできごとだと思うものの、その中身はそのできごとについての説明はわずかでそこに至る経緯の話が多く、要するに家康の生涯を書き続けたものにそういうタイトルをつけた章立てをしたという読後感を持ちました。
徳川家康に関わるできごと、事件についても、現在もなお学者の間でさまざまな新説の提唱とそれに対する反駁の議論が行われているのだと、再認識しました。多くはずいぶんとマニアックな話題についてですが。
家康の生涯の3大危機の1つとして、1585年に家康が人質を出すことを拒んだために秀吉が家康を成敗することを決めたがその直後に畿内で大地震(天正大地震)が起こり秀吉がそれどころではなくなって融和策に切り換えて助かったということが挙げられています。天災が人の未来、国の歴史を変えていくことに、改めて残酷さと無常を感じました。
01.判例行政法入門[第7版] 芝池義一、大田直史、山下竜一、北村和生編 有斐閣
行政法の分野の判例・裁判例を、講学上の行政法の項目に沿って分類し紹介する本。
各項目で行政法学の基本的な説明を簡単に行った上で、代表的と思える判例・裁判例を事案を説明し、判決文を引用して紹介しています。判決については紹介に徹し、論評は、他の判決との関係がどうなるか等にとどめ、抑制しています。
弁護士の立場からは、紹介に徹しているところが読みやすく、裁判所の立場を学習するのには適切に思えるのですが、同時に、学者である著者らが言いたいことを言わないでいることに物足りなさも感じます。
1995年の初版以来第5版までは概ね3年ごとに新たな版が出版され、第6版は7年余、第7版は5年弱での出版となっています。第7版で紹介されている第6版出版(2017年12月20日)後の最高裁判例は8つにとどまり(巻末の判例索引)、しかも重要判例として番号を振り事案付きで紹介されたものは皆無です。時間が経ったから出さなきゃと思ったのでしょうけれども、第7版を出す意味があったのか疑問があります。15人の裁判官が全員安倍・菅政権下で選任された者ばかりの最高裁が行政法分野で学者が紹介する気になる判決を書いていないことの表れなのでしょうけれども。
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