◆たぶん週1エッセイ◆
映画「MERCY / マーシー AI裁判」
AIへの過信に警告する映画であるとともに、被告人側に情報へのアクセス権を保証しない現在の刑事裁判がこれでいいのかという問題提起でもあると思う
治安維持のために凶悪犯罪をAI裁判官が迅速に裁くことになった近未来を描く映画「MERCY / マーシー AI裁判」を見てきました。
公開3日目日曜日、新宿ピカデリーシアター1(563席)午前10時50分の上映は3割程度の入り。
凶悪犯罪の増加に対応するためAI裁判官が凶悪犯を迅速に裁くマーシー裁判所が設立され、18人がAI裁判官により死刑を宣告された近未来のロサンジェルスで、凶悪犯をマーシー裁判所に送り込んできたロス市警の刑事クリス・レイブン(クリス・プラット)が目覚めると身体を拘束されており、今から妻ニコール(アナベル・ウォーリス)殺害の容疑で19件目のマーシー裁判を始めると宣告された。AI裁判官マドックス(レベッカ・ファーガソン)は、クリスに対し、現在の有罪率は97.5%、90分以内に有罪率を92%にまで下げないと処刑されると宣告した。自分は無実だと叫ぶクリスに、マドックスは次々と証拠映像を示し、事件当日クリスが自宅に戻って妻の拒否を押して自宅に入り出てくる映像、続いて娘ブリット(カイリー・ロジャース)が帰宅しすぐに叫び声を上げて警察を呼ぶ映像、ニコールの刺殺死体、ニコールの携帯に残されたクリスとニコールの口論の映像、ニコールが離婚を求めていたこと、バーで飲酒しているところに警察官から声をかけられて抵抗するクリスの映像などが流された…というお話。
何の準備もない状態で裁判が始まり、そこから90分で反証しろというのはまったく無茶な話ですが、その点を別にすると、被告人が要求すれば、その要求が合理的なものである限りどんなデータでも見せてくれるAI裁判官は、訴追側(検察・警察)が被告人に有利な証拠は収集せずに無視したり持っていても見せない(隠し持つ・握りつぶす)現在の刑事裁判よりも公平なしくみに思えます。
「己の無実を証明せよ!」というキャッチコピーは、立証責任を被告人に転換しているかのように見えますが、有罪率92%で無罪・釈放となるのなら、訴追側に92%超までの立証責任があるということですから、たぶん現在の日本の刑事裁判よりも被告人に有利な基準ではないかと思います。実質は訴追側の立証を終えたところから裁判が開始され、訴追側の立証結果で97.5%という心証なのを被告人側が反証していくのはある意味ではふつうの刑事裁判と観念的には同じとも考えられます。
もっとも、現状の裁判の実務・技術との比較でいうと、訴追(検察)側証人の証言が目の前でなされず反対尋問の機会がないのでは、弁護側が有効に闘うことは困難/絶望的なのですが。ただその点も、被告人が求めれば誰にでも話させる(証言させる)ことができるしくみなので、時間をかけられるのなら対応する余地がありそうです。
そういう点から、私には、AIへの過信に警告する映画であるとともに、被告弁護側に捜査権限・捜査能力がなく必要な情報にアクセスできない(訴追側だけが捜査権限と情報へのアクセス権を持っている)現在の刑事裁判がこれでいいのかという問題提起をもしているように見えました。
なお、犯行時刻に知人と通話中であったというアリバイを主張する被告人が、警察官に携帯電話の存在を握りつぶされたというだけで無罪を立証できないという設定は、要求すればどんなデータも見せてくれるAI裁判官の下では無理があると思います。アリバイをいう被告人が、携帯電話の存在を握りつぶされても、自分は通話中だった、自分の携帯の電話番号はこの番号だ、通話記録を見せろ、この通話の相手は知人だ、その知人と話をさせろくらいことを、どんな素人でも90分あっていわないということはちょっと考えられません。もう少し設定を練ってもらわないと、と思いました。
個人的には、その昔、まだ私が刑事事件をやっていた時期に、犯行時刻の通話によるアリバイをいう被疑者の話を受け、携帯電話会社に通話記録を請求して拒否されてブチ切れ、刑事の証拠保全というほとんど使われていない手続をしたことを思い出しました。それを大学時代のゼミ(刑事訴訟法ゼミ)の総会で話したら、出席者から私の申立てを受けた裁判所側の混乱ぶりを紹介されて、世間は狭いなぁと思ったことも…(その話は、「証拠集め(刑事事件)」のページで紹介しています)
(2026.1.25記)
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