◆女の子が楽しく読める読書ガイド◆
獣の奏者
上橋菜穂子作
T 闘蛇編 U 王獣編 2006年
V 探求編 W 完結編 2009年
闘蛇編・王獣編では、物語の舞台は、龍のような巨大な「闘蛇」を兵器として武力を誇る大公と闘蛇の天敵の翼のある巨大な獣「王獣」に守られる伝説のある真王が力と権威を分け合う国で、真王と大公とその周囲の人物の思惑・陰謀とかつて闘蛇と王獣を人間が兵器として用いて破局的な戦いが起きたことからこれらの獣を操る術を禁止してその存在を隠し続け放浪を続ける霧の民のせめぎ合いが続いていました。
主人公の少女エリンは、霧の民の掟を破って闘蛇衆の男と結ばれてその技量から最強の闘蛇の世話係をしていた母が飼育中の闘蛇が死滅したことの責めを負わされて処刑されたことから大公領を去り蜂飼いに拾われて養蜂をして暮らすうちに出会った野生の王獣の魅力に惹かれ、蜂飼いに勧められて真王領の王獣保護場に住み込みます。闘蛇も王獣も人には馴れず飼育者・戦士は音無笛で硬直させてそのすきに近づくこととされていますが、エリンは王獣が音無笛で硬直させられることを嫌うことに気づき、野生の王獣が出していた音を頼りに意思疎通を試み、ついには竪琴や言葉で王獣と会話ができるようになります。保護場の教導師長エサルはエリンが王獣と意思疎通できるようになったことを外部に知らせないようにしてエリンを守ろうとしましたが、真王が保護場を視察に来た帰りに目の前で真王の船が闘蛇部隊に襲撃されるのを見て飼育中の王獣を駆って空から闘蛇を攻撃して壊滅させ、エリンが王獣を操ることができることが知れ渡ってしまい、エリンは政争に巻き込まれることになります。
探求編・完結編は、エリンが王獣で闘蛇を壊滅させた「降臨の野の奇跡」から11年後、新たな真王が新たな大公と結婚し、それにより真王が穢されたと不満を持つ真王派の貴族と真王が大公への信任を明示しないことに不満を持つ大公派の軍人の対立、飢饉が続くことへの民衆の不満、東の隣国の軍事的脅威に揺れる国が舞台となります。
真王の護衛士だったイアルと結婚して息子ジェシを生んだエリンは、カザルム王獣保護場の教導師として、王獣の世話をし、王獣を自由に操ることができますが、王獣の兵器化に反対しています。そのエリンに母が責めを負わされたのと同じ闘蛇の大量死の原因究明が指示され、母の無念を思うエリンの調査の結果、実は真王の祖先が定めた闘蛇の育成のための規則が大量死の原因であるばかりか兵器となった闘蛇の繁殖を妨げていたこと、王獣についても同じことが当てはまることを知ります。祖先はなぜこのような規則を定めたのか、その原因と思われるかつて兵器となった闘蛇と王獣の戦いで生じたという伝説の大惨劇の真相は何か、エリンはその謎の解明にとりつかれていきます。他方で、政治的事情や隣国ラーザの軍事的脅威から王獣の兵器化を望む真王の圧力に、一旦は逃走したエリンもジェシを連れて逃走できないことや謎の解明を求める気持ちから王獣の繁殖と調教に取り組み王獣の兵器化を可能にしていきます。掟を破り王獣を兵器化してラーザの闘蛇軍に王獣をぶつけた結果は・・・
闘蛇編・王獣編のエリンは、母の非業の死もあって無口ですが明るく、知識欲があり飲み込みもよく音感がとても優れた少女で、自立心があります。蜂飼いをしていた元王都の高等学舎の教導師長が蜂飼いをやめて王都に戻ることになる際も、蜂飼いとして暮らしてゆけないのであれば「一人で生きていきたいです。・・・王都のおじさんのお屋敷で、養い子として暮らし、嫁がされるのは・・・いやです。」(闘蛇編228頁)と答えます。傷ついて引きこもり餌を全く食べなくなり衰弱した王獣の子リランの世話をすることになり、王獣が音無笛を嫌うと確信すると自分が音無笛を吹かないだけでなく教導師にもリランの前では吹かせないというように、大人にも決まりにもひるまずに信念を貫く強さを見せます。
ただ読んでいて、まるで動物園の飼育係奮闘記のような前半は明るく楽しく読めますが、エリンを王都に連行しようとした男たちに逆上したリランが男の1人を襲いそれをかばったエリンの左手をも噛み砕いた(王獣編280頁)後は、エリンにも迷いが生じ音無笛を吹かざるを得なくなりエリンが政争に巻き込まれていくこともあって暗い雰囲気になってちょっと読むのがつらくなります。それに加えて、エリンが母の死と霧の民の掟を探っていくうちに王獣を操る術が知れ渡れば破局的な戦争に導かれると知って、それは自分だけができることとしていざとなれば自分が死ねばいいという思いを持ち続けていることも、エリンの生き方に影を落としていて楽しい気持ちで読めません。
探求編・完結編のエリンは、ある意味で大量殺戮兵器の恐るべき秘密を抱える科学者はその秘密を限られた権力者や「賢者」にとどめるべきか広く知らしめて人類の智恵とすべきかというようことがテーマとなる関係で、勤勉な学者肌という感じの、禁欲的で知的好奇心に溢れた人物と描かれています。その科学者的な考えと、むしろ真王らとのやりとりで見せる支配者側の視点と、母としてまた王獣と心を通わせる者としての情の間でときおり揺れ動く姿が描かれます。探求編・完結編では知的好奇心に抗えず突っ走る側の方が比重が高くなっていますが。思想・生き様の点では、最後は自分が死ねばいいという思いを持ち続けていることは、闘蛇編・王獣編から一貫しています。
この物語では、女は家事育児をして男に尽くし女が学ぶ場は妻としての教養を身につけるためという世間を前提に(例えば闘蛇編225〜227頁等)していますが、他方において真王家は女性のみが王位につける女系で、王獣保護場の教導師長も女性、最強の闘蛇の飼育係はエリンの母と、身分と能力によっては女性の活躍の場もある設定となっています。このあたりの設定の評価は微妙なところで、王家は女系、実力者にも女性が配置されているのに、女は嫁に行くものという書き方をするから有力者たちの設定が減殺されているともいえますし、性差別の強い世でも能力次第では希望を持てるともいえます。私は、元気な女の子に読ませるには、女は男に尽くすものなんて書き方は敢えて書く必要もないしやめておけばなあと思いますけど。出てくる女性キャラはいずれもなかなか魅力的なんですけどねえ。
物語のもう1人の主役といえる真王の護衛士「堅き楯」のイアル(探求編・完結編ではエリンの夫)、大公の長子シュナン(探求編・完結編では大公)の力強さや若き新真王セィミヤの後ろ盾のダミヤのずるがしこさ(闘蛇編・王獣編)、かつて最高位の闘蛇乗りだったアマスル伯ヨハル(探求編・完結編)など男性陣の存在感も大きく、エリンは絶対的な主人公ではありますが王獣編終盤以降の破滅的・投げやり的とも見える志向の暗さもあり、読んだ感じとしては女性の主体性がそれほどには印象に残らないように思えます。
キャラや設定はけっこう魅力的なんだけどなあと思いつつ、上橋ファンからは辛すぎるといわれるかも知れないけど、「少しお薦め」にとどめておきます。
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