庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

    ◆活動報告
    「見舞金」ではオウム犯罪被害者の救済にならない

はじめに
 私たち(松本サリン事件と地下鉄サリン事件の被害者・弁護団)は、わが国における未曾有のテロ犯罪であったオウム真理教による一連の犯罪の被害者が事件から十数年を経て様々な努力を重ねてきたにもかかわらず被害の大部分についてなお救済を受けられずに苦しみ続けている現状を解決するため、被害救済のための特別立法を求めています。
 この特別立法のあり方について自由民主党では「司法制度調査会」・「犯罪被害者保護・救済特別委員会」合同会議「犯罪被害者等基本計画」の着実な推進を図るプロジェクトチーム(早川忠孝座長。早川PT)が「オウム真理教による犯罪被害の救済に関する考え方」暫定A案及び暫定B案を、民主党では「オウム真理教による犯罪被害者等の救済に関する法律案(仮称)要綱骨子」を発表しています。自由民主党の暫定A案と民主党の要綱骨子は破産手続における人身被害の未配当額(総額25億円程度)を支給するという内容でした。自由民主党の暫定B案は支給額を類型別定額としつつ金額は全く示されていませんでした。なお、国が被害者に支給した金額についてオウム真理教の残党に支払い請求するかという点について、自由民主党の案は請求しない、民主党の要綱骨子は厳格に回収するとしていました。
 ところが、2008年1月12日の朝日新聞朝刊の報道によれば、自由民主党早川PTの法案の最終版では、被害者への給付金を見舞金として災害弔慰金を基準に死亡者について500万円程度、全体の支給総額も数億円程度にとどめるという方向で、大幅に後退した内容となっています。
 私たちは、事件から十数年も被害者への賠償が遅々として進んでいないこと及びオウム真理教の残党が被害者への賠償もほとんどせずに今なお活発に経済活動をしていることを、長年にわたって国が放置してきたことは適切ではないと考え、被害者の賠償問題を最終的に決着するとともに、オウム真理教の残党に責任を果たさせ資金力拡大を抑制する役割を被害者でなく国が行うことで被害者をオウム真理教の残党との対峙からも解放することを求めていたものです。そのために私たちは、国が被害者に未配当の被害額を立替払いして、それを国がオウム真理教の残党から回収するという特別立法を提案してきたのです(それについてはこちら)。
 報じられた自由民主党の「最終版」は、賠償の面でも最終決着にはほど遠く、オウム真理教の残党からの回収も形式的で結局被害者をオウム真理教の残党との対峙状態から解放できないものです。これでは、被害者の置かれた状況は、ほとんど変わらず、ただ賠償金が破産手続では被害額の三十数%程度に終わることがほぼ確実であるのを、遺族については5%程度、全体で10%前後上積みして、被害回復を30%台から40%台にするというだけです。被害者が国の手による最終決着を希望したのに、言ってみれば国は「見舞金は出すから今後もそのまま頑張ってね」と回答するということです。

   被害者救済立法の必要性とその趣旨

 オウム真理教による一連の犯罪の特徴は、国家転覆を目的とした自らの身勝手な活動のために、障害となる相手や無辜の市民を大量に殺害し、人身被害者に対して重大な被害を与えてその被害がほとんど弁償されていないことに加えて、このような団体は摘発を受ければ消滅するのが通常であるのに事件後もオウム真理教がアーレフ等と名前だけを変えて存続して公然と活動を続けていることにあります。
 このためオウム真理教による一連の犯罪の被害者は、損害の賠償を望むとともに、アーレフ等のオウム真理教の残党の集団としての活動の廃止を強く望んでいるのです。
 アーレフ等のオウム真理教の残党に対しては、犯罪行為に対しては刑事事件として立件され、団体規制法の監視が行われていますが、その経済活動に対しては何ら制約がありません。現在は公然とした資金集めが発覚すると破産管財人に対して支払を約束しているオウム真理教の犯罪の賠償金の支払を履行せざるを得ないという点がアーレフ等の資金力拡大の歯止めとなっているに過ぎません。アーレフ等を賠償債務から解放することは、公然たる資金集め活動の歯止めをなくし、資金力拡大を促進することになりかねないのです。そのような事態はオウム犯罪の被害者にとっては耐え難いことです。そして大量殺人行為を行ったオウム真理教の残党であるアーレフ等が資金集め活動を公然と行い資金力を拡大することを阻止・抑制することは、オウム真理教による犯罪の被害者のみならず各地のアーレフ等の施設周辺住民の切なる願いでもあります。
 他方、1996年3月28日の破産宣告以来12年という異例の長期間にわたる破産手続も、破産管財人による回収が限界に達しこれ以上の回収が見込めないことから2008年3月26日の債権者集会をもって終結することとなりました。破産手続による配当はこれから行われる最終配当を加えても被害額の3分の1程度に終わる(破産手続による配当以外の寄付金等による分配を加えてもギリギリ40%くらい)見込みです。
 2007年10月10日、衆議院第2議員会館で開かれたオウム真理教の無差別テロ事件の被害者への補償を国が行う特別立法を求める集会の席上、地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人の高橋シズヱさん(地下鉄サリン事件で霞ヶ関駅助役だった夫を殺害されました)は、「12年にわたって事件の風化をさせないように奔走してきて結局夫の死に自分は向き合えていないのではと最近感じる、事件の被害者が12年も被害の救済を求めてあちこちに頭を下げて回らないといけないようなことが今後ないようにしてもらいたい」と発言しました。私たちはこの発言を聞いて涙しました。国は十数年の長きにわたり、オウム真理教による一連のテロ事件の被害者が被害の多くについて賠償が受けられないままに放置するとともにアーレフ等の活動資金集めの抑制を被害者とその立場を代行する破産管財人任せにしてきたのです。このような事態を解消し、被害者にとっての賠償問題を最終的に解決するとともにアーレフ等の活動資金集めの抑制を被害者任せにすることなく国が行うことこそが、私たちがオウム真理教による一連のテロ事件の被害者を救済する特別立法を求める趣旨なのです。その意味で破産手続において債権届出をした被害者に未配当残額満額を支給することと国が支給した金額をアーレフ等に請求することは、私たちの要求の中核をなすものです。
報じられた自由民主党早川PT「最終版」の評価
 今回朝日新聞が報じた「最終版」は従来の「暫定B案」の延長上にあるものです。
 破産手続における被害認定額の未配当額ではなく、被害類型別に定額の見舞金を支給するという「暫定B案」が2007年12月6日に示されたとき、私たちは、被害者への支給を切り下げ、役所の建前のために届出済被害者に対し無用で過酷な手続負担を課するものではないかという疑念を抱き、それを指摘してきました。これまでは「暫定B案」のいう被害者の類型分け及び定額の支給額は、全く示されてきませんでした。それでも、見舞金で定額という枠組みであれば、財務省との協議の過程で支給水準が低額になっていくことが容易に予想されるところであると私たちは考えていたのです。
 今回の朝日新聞の報じたところからすれば、残念ながら私たちが懸念したとおりと言わざるを得ません。自由民主党が、せっかく被害者救済のための特別立法を決断しながら、役所の抵抗と説得に負けて被害者を失望させるような法案に後退していく姿は、別の件でも見ましたが、大変残念なことです。
 今回の朝日新聞の報道によれば「最終版」は支給した金額について「可能な限り回収に努める」として国によるアーレフ等への請求を予定しているようですが、全く形式だけというしかありません。なぜならば、国が被害者に被害額の(未配当の)満額を支給しない以上、被害者のアーレフ等への請求権が残っています。国はすでに「オウム真理教に係る破産手続における国の債権に関する特例に関する法律」という特別立法をして国の請求権より人身被害者の請求権が優先することを定めていますから、被害者の請求権が残っている以上、国が先にアーレフに請求することはこの法律の趣旨に反することになります。ですから、被害者の賠償問題を決着せずに「見舞金」にとどめるこの「最終版」では、国がアーレフ等からの回収に努めると言ってもそれは口先だけ形だけの言い訳以上のものにはなりません。
 ですから、この案の枠組みでは、被害者の被害の全額賠償は見込めず、被害者にとって賠償問題の最終解決は図られません。しかも国が現実には回収しないことからアーレフ等の資金集め活動の抑制は被害者がアーレフ等に請求しなければ全く図られないこととなり、被害者はなお問題を引きずり続け、自らアーレフ等と対峙し続けなければならないことになるのです。
支給水準について
 オウム真理教の犯罪被害者で破産手続において債権届出を行った被害者については、破産管財人が裁判所と協議して決定した認定基準に従ってすべての届出済被害者について個別具体的に被害額の認定がすでに行われています。この被害認定額は、松本サリン事件、地下鉄サリン事件の主要な遺族・被害者が松本智津夫らに対して提起した民事訴訟で破産債権の認定額と全く同じかほぼ同じ額が認容されています。つまり裁判所の正式の裁判手続でもその妥当性が認められていると評価することができるものです。
 「暫定B案」や報じられた「最終版」のような類型別定額支給という考え方は、認定事務の繁雑を避けて迅速に簡易な手続で解決を図ることとの見合いで合理性を有するものと考えられるものです。個別の被害認定がきちんとできるのであればそれによる方が被害者にとってもまた支給する側にとっても合理的なはずです。
 オウム真理教による犯罪の被害者の場合、破産手続における届出済被害者については破産手続で個別具体的で妥当な被害額の認定が既に終了していることからすれば、これと異なる額を、これから新たに被害者に負担をかけ、また行政事務コストをかけて認定することは全く不合理です。
国からアーレフ等への請求(国の求償権)について
 オウム真理教の集団的違法活動を抑制するためにその経済的基盤を奪うことが重要であることは最初に述べたとおりです。国もその重要性を強く認識したからこそ、異例のことですが、国も私たち被害者とともに申立人となってオウム真理教の破産申立を行ったのです。今、アーレフ等が集団として公然と活動を継続し、資金集め活動を行っている中、国が求償権を保持しないとか、保持することができないなどと公然と論ずることは、国(法務省)が破産申立をしてオウム真理教の経済的基盤を奪うことを決断したことを反故にしてアーレフ等を利する愚行と言うほかありません。
 現行法上、犯罪被害者等給付金の支給に関する法律第8条第2項が給付金を支給した際の国の求償権を定めていますし、労働者災害補償保険法第12条の4、健康保険法第57条、国民健康保険法第64条のように、国が事故・災害について補償を際にその事故・災害が第三者の行為による場合には国が求償権を得る規定があります。これは国が被害者の持つ当該加害者等に対する不法行為による損害賠償請求権を譲り受けるものです。そして、アーレフについては団体規制法により「当該団体の役職員または構成員が当該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った」として観察処分を受け、しかもアーレフの提訴により裁判所の判決でもその要件該当性が認定されているのです。そうするとオウム真理教による無差別大量殺人事件の被害者がアーレフに対しても直接にまたは使用者責任により不法行為による損害賠償請求権を有することが明らかです。以上の事実からすると、オウム真理教による犯罪の被害者に対して国が金銭を支払った場合、犯罪被害者給付金支給の際や第三者行為災害の場合の国の求償権とほぼ同じ事実的な背景があることになります。ですから、立法上の手当によって、国が団体規制法の観察処分を受ける団体に対する求償権を取得しても、特に不当とは言えないはずです。
まとめ
 オウム真理教による犯罪被害者を、賠償問題や、オウム真理教の残党に責任を果たさせて資金力拡大を抑制するためにオウム真理教の残党と対峙するという負担から最終的に解放するためには、これまでに述べてきたように、、被害額残額の国による立替払いと国がオウム真理教の残党にそれを請求することの2点が必要です。
 民主党の要綱骨子はその2点を満たすものですし、自由民主党の「暫定A案」は支給額の要件は満たし、オウム真理教への請求は満たしていなかったものの含みを残していました。これに対し、今回報じられた「最終版」は、いずれも満たさない被害者を失望させるものです。
 自由民主党が、被害者の願いを理解し、また国がオウム真理教の破産申立を行った原点に立ち戻って国が果たすべき役割に思いをいたし、再考することを強く望みます。
追伸
 2008年1月16日、自由民主党早川PTの「基本的考え方」が明らかにされました。
 それについてはこちら

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