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活動報告:原発裁判
JCO臨界事故住民健康被害訴訟1審判決を読んで

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 2008年2月27日午前10時、水戸地裁302号法廷で、JCO臨界事故住民健康被害訴訟の1審判決が言い渡されました。
 判決は、住民側の主張を全面的に退ける、私の予想を遥かに超えた酷いものでした。
 原告の大泉さん夫婦は、1999年9月30日のJCO臨界事故の際、JCOから道路1本隔てて向かいの自ら経営する工場で何も知らずに作業をしていて被曝しました。大泉恵子さんは事故直後激しい下痢や胃潰瘍を生じ、その後PTSD(心的外傷後ストレス障害)ないしはうつ症状となり長く寝込み、自殺未遂で入院することにもなりました。大泉昭一さんは、臨界事故前から紅皮症という皮膚病に罹患していましたが事故前には回復していた皮膚症状が事故後悪化し、その後悪化した状態が続きました。これらの症状は臨界事故によるショックやストレス、被曝の影響によるとして損害賠償請求をしたのがこの裁判です。
 裁判の過程で、大泉恵子さんについては主治医がPTSDであることを証言し、他に恵子さんを診察してPTSDと診断した高橋紳吾医師の診断書(高橋医師は残念ながら裁判中になくなられたので証言をいただけませんでした)があり、大泉昭一さんについては主治医が臨界事故後顕著に悪化しており臨界事故によるストレスが原因と思われると証言し、紅皮症の専門家証人が診察した上で臨界事故以前と以後の病状の推移を分析して臨界事故による被曝が原因と思われると証言していました。これに対してJCO側の反証は、一般的な文献の類の他には一度として大泉さん夫婦を診察もしていない医師による意見書だけで、それらの医師は裁判所で証言さえしていない(反対尋問を回避している)という有様でした。このような証拠の状況から見て、私は、少なくとも普通の証拠評価をすれば、普通の裁判所でも(例えば原発訴訟で住民側勝訴を書けるような勇気ある裁判所でなくても)、少なくとも大泉恵子さんのPTSD(まあうつ病でもいいですが)が臨界事故のショックによるものであり大泉昭一さんの皮膚症状の悪化が臨界事故によるストレスによるものという線の判決は出すだろうと予想していました。いくら何でもそれさえ否定されるとは思っても見ませんでした。

 私は、これまで、原発関係の裁判で、何度も住民側の全面敗訴判決を受けてきました。でも、その多くは、裁判官が住民側の勝訴判決を書く勇気を持てなかったもので、その背景にはまだ被害者が出ていないことがあるものと思ってきました。現に私が経験したものでも中部電力の原発を中心に多くの原発での労働の後白血病になって死んだ労働者の労災申請では労災の認定が出ましたし、私自身はやっていませんが原爆症の裁判では行政が認定しなかった原告たちに勝訴判決が相次いでいます。現実に被害者がいる訴訟で、しかもPTSDやストレスによる悪化という「被曝」そのものを理由にしなくても原告勝訴が書けるという道まである訴訟で、被害者を完全に切り捨てる冷酷な判決を目にするは思いませんでした。

 この判決は、大泉恵子さんのPTSD自体を否定しています。現実に診察してPTSDと診断した2人の医師の診断を、証言に立ちもせず1度として恵子さんを診察することもなくJCOの要請により意見書を書いた飛鳥井望医師の意見書を根拠に否定しているのです。そしてこの判決は自殺未遂についても「原告恵子の被曝線量は健康影響を問題とされるようなものではなく、自身も本件事故直後の同11年10月2日に健康診断を受けた際に、健康上の問題はない旨伝えられ、その後、旧科学技術庁からも被曝線量の推定値が確率的影響を発生させる可能性が極めて小さい旨伝えられていたのであるから、このような独自の考え方に基づく行動についてまで、本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものということはできない。」としています。
 このような判示は、事故から長くたって事故直後の人々の恐怖がイメージできない裁判官の机上の空論ですし、官僚の作文だと感じます。大泉恵子さんは、道路1本隔てたところで起こった臨界事故で被曝したのです。当時は、茨城県産だというだけで農産物が売れなくなるほど日本中の人々が恐怖を感じた中で、近距離で被曝した人がどれだけの恐怖を感じたか。それをこの判決は旧科学技術庁が安全だといえばそれを全面的に信じなさい、恐怖を感じてはいけませんというのです。

 この判決は大泉昭一さんについては、ストレスによる皮膚症状の悪化も、「このストレスの原因は原告恵子が健康を害したことのほか、原告昭一が、毎日のようにマスコミからの本件事故に関する取材への対応に追われ、また、本件事故後に就任した被害者の会の会長として全国的に講演を行うなどの活動に従事したことに起因して過労に陥ったことが大きく影響しているものと認められるところ、これらの対応・活動は、原告昭一が自主的な意思により行ったものであり、本件事故ないし事故による被曝に起因して通常行われるものとは想定できないものであるから、これらに起因する疲労・ストレスについてまで本件事故ないし事故による被曝により招来されたものと認めることはできない。」と判示しています。大泉さんに取材が集中した背景には被曝した住民のほとんどが親類縁者に原子力関係者を抱えていて発言できないという事情もありましたが、一番大きな原因は事故が臨界事故という極めて稀な重大事故(世界史上でも3番目の規模の臨界事故)であり大泉さんがJCOの直近で被曝したことにあります。事故の性格と規模、位置関係を考えれば、このような事故が起これば大泉さんにマスコミが繰り返し取材攻勢をかけることは、むしろ通常予想されるところです。この裁判所にかかれば、大規模な臨界事故を起こしても、マスコミが騒ぐのはマスコミの方が悪くて、その取材に応じる方が悪い、それは普通の行動ではない、被害者が被害者の会を結成して立ち上がるのも普通の行動ではない、立ち上がる方が悪いとされてしまうようです。これらは全てJCOが臨界事故というとんでもない事故を起こしたためですし、このような事故があればむしろ普通の行動だと、私は思います。

 この裁判で最も熾烈に争われた論点の1つである大泉さんの皮膚症状についても、裁判の争点が、一般に国際放射線防護委員会(ICRP)などが出している線量のしきい値は健康な人に皮膚傷害等を生じさせる線量で、大泉昭一さんのようにすでに皮膚病(紅皮症)となっている人の皮膚を悪化させる機序と線量はわかっておらず、ずっと低いと考えられるということにありました。ところが、この判決は、すでに皮膚病である人を悪化させる線量についてはわかっていないという論点を無視して、健康な人に皮膚障害を生じさせる線量としていわれている数値に達していないことを理由に事故による被曝を原因とする悪化とは認められないとしています。しかもその際に「本件事故以前からのそもそもの病態と放射線との関連が何ら明らかになっていない。」などとさえ述べています。事故前の症状が放射線によるなどという主張は誰もしていませんし、放射線によるものでないことは明らかです。まるでこの判決は事故前から放射線によって皮膚障害が生じておりそこにさらに臨界事故で被曝したから悪化したという主張で裁判が行われていると考えているようです。裁判官が、事件の内容をよく理解しないままにこの判決を書いたのではないかと疑わざるを得ません。このレベルで判断されているかと思うと、あまりに情けない。5年もかけてやってきたのは何だったんだろうと思ってしまいます。

 この判決を読んでいると、書いた裁判官の人間性にさえ疑問を感じます。不当判決にもほどがあるといいたくなります。

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