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活動報告:原発裁判
JCO臨界事故住民健康被害訴訟2審判決を読んで

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 2009年5月14日午後2時、東京高裁822号法廷で、JCO臨界事故住民健康被害訴訟の控訴審判決が言い渡されました。
 審理を担当した裁判官が、控訴人側(被曝した住民側)が控訴理由書を提出していない時点で行われた進行協議の場で、証人尋問が必要とは考えていないとか早期結審の方針を示唆し、控訴審での主張を全く聞かない段階ですでに方向を決めている様子で、法廷での審理でも、JCOが2か月の期間をかけて出してきた専門家の意見書に対して反論するのに控訴人側が時間をくれと言ったら3週間しか与えず、控訴人側が2人に絞った証人請求もすべて却下するというありさまで、控訴人側が裁判官の忌避申立まで行ったという経緯ですから、判決内容は予測できていました。
 結果は、審理の経過から予想できたとおり、控訴人側の全面敗訴でした。
 控訴人の大泉さん夫婦は、1999年9月30日のJCO臨界事故の際、JCOから道路1本隔てて向かいの自ら経営する工場で何も知らずに作業をしていて被曝しました。大泉恵子さんは事故直後激しい下痢や胃潰瘍を生じ、その後PTSD(心的外傷後ストレス障害)ないしはうつ症状となり長く寝込み、自殺未遂で入院することにもなりました。大泉昭一さんは、臨界事故前から紅皮症という皮膚病に罹患していましたが事故前には回復していた皮膚症状が事故後悪化し、その後悪化した状態が続きました。これらの症状は臨界事故によるショックやストレス、被曝の影響によるとして損害賠償請求をしたのがこの裁判です。
 JCO臨界事故住民健康被害訴訟控訴審判決は、被曝と健康被害の因果関係の立証について、「高度の蓋然性」を証明する必要があり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とする、その立証責任は原告側にあるとしています。
 放射線被曝と健康被害との因果関係の立証は、性質上極めて困難で、立証責任のハードルを上げれば、被害者側の勝訴は極めて困難となります。ですから、原爆症裁判で裁判所は、言い回しとしては同じような言葉を使いながら、実際の認定では、大泉さん夫婦と同じ程度の被曝線量の被爆者についても、放射線被曝と健康被害の因果関係を認めてきました。
 松谷訴訟の最高裁判決は、大泉さん夫婦の被曝線量とほぼ同水準の被爆者について放射線と健康被害の因果関係を認めていますし、その判断の中で「例えば、放射線による急性症状の一つの典型である脱毛について、DS86としきい値理論を機械的に適用する限りでは発生するはずのない地域で発生した脱毛の大半を栄養状態又は心因的なもの等放射線以外の原因によるものと断ずることには、ちゅうちょを覚えざるを得ない。」として低線量でも急性症状が生じうるという考えを示しています。
 また、原爆症裁判での東京地裁2007年3月22日判決や広島地裁2006年8月4日判決では、大泉さん夫婦と同レベルかそれ以下の被曝線量の被爆者について、皮膚症状や下痢などの大泉さん夫婦に生じたのと類似の症状について放射線によるものと判断しています。
 ところが、JCO臨界事故住民健康被害訴訟控訴審判決は、この最高裁判決を、最高裁は法律審だから最高裁が具体的な事案について因果関係を認定したものではないと述べ、東京地裁・広島地裁の判決を「控訴人らの指摘する裁判例は、単に低線量被曝により皮膚症状、下痢、歯茎出血等が生じることを肯定したというのではなく、個々の事例において生じたそれらの症状を含め、被爆前後に生じた具体的事情の著しい変化等に照らして、放射線被曝が原因でがん等を発症したことを是認しうる高度の蓋然性が認められる者についてのみ、相当因果関係の立証があったとしたものであり、これが認められない者は、症状の存在が認められても、相当因果関係は否定せざるを得ないとしたものと理解される。」(判決文29〜30ページ)としています。
 しかし、松谷訴訟最高裁判決は、低線量であるから急性症状が生じ得ないとすることを明確に戒めていますし、東京地裁・広島地裁判決の読み方は異常です。原爆症裁判では、がん等の現在の病気についての放射線被曝との因果関係が裁判での争点です。被爆後すぐに生じた急性症状と放射線被曝の因果関係が最終的な争点ではありません。現在のがん等の症状が放射線によるものと先に認定できるなら、そもそも被爆後すぐの急性症状が放射線によるものかどうかを認定する必要もありません。東京地裁判決も広島地裁判決も、被爆後すぐに生じた皮膚症状や下痢等の急性症状が放射線によるものと認められることを根拠の1つとして現在のがん等の症状が放射線によるものと認定しているのです。つまり、被爆後すぐの急性症状が放射線によるものという判断が現在のがん等が放射線によるという判断とは別に先にあるわけです。JCO臨界事故住民健康被害訴訟控訴審判決は、東京地裁・広島地裁判決の判断の論理的な枠組みを逆立ちさせて歪曲したものです。
 そして、がん等が発生したら遡って被曝後すぐの急性症状の因果関係も認める、がん等が発生していなければ認めないというのでは、被害者は何十年もしなければ救われないということになりますし、早く訴訟を起こした者は損をするということになります。がん等は被曝後かなりの年数が経って発症するのが普通ですし、がん等は「確率的影響」と言われるように大量被曝しても必ず発症するわけではなく急性症状が生じた者でも発症しないこともあります。がん等が発症する前に裁判を起こして因果関係が認められずに敗訴した後でがん等を発症したら、裁判所はどうするのでしょう。判決後にがん等が発症しても民事訴訟法で定められた再審の理由にはならないはずですが。がん等が発症してから裁判をしろというのでは被害者は裁判中に死んでしまう可能性も高くなり、JCOら加害者側からは時効の主張も出てくるでしょう。こういった裁判制度の枠組みから見ても、後からがん等を発症した場合には遡って急性症状の被曝との因果関係を認めるという考え方は法律論として明らかな誤りというほかありません。
 JCO臨界事故住民健康被害訴訟控訴審判決は、原爆症裁判での他の裁判の判断をことさらに被害者側に不利に解釈して、被害者側の立証責任のハードルをことさらに高くして、控訴人側の立証をことごとく、それでは足りないと言い続けて退けています。一体どこまで立証すれば因果関係が認められるのか、見当が付きません。何か、結論先にありきの立証責任論に見えてきます。

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