◆活動報告:原発裁判(柏崎刈羽原発運転差し止め訴訟)◆
第1 国会事故調調査妨害事件
1 事件に至る経緯
東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)は、事故の直接的原因の調査を担当する第1ワーキンググループ(WG1)において、2012年2月中旬までに、地震発生当時1号機原子炉建屋4階で作業を行っていた者から聞き取り調査を行い、地震直後に1号機原子炉建屋4階で出水があったことを目撃したとの情報を得ていた。福島原発事故の際、1号機では2011年3月12日午前2時台において原子炉圧力が異常に低い値で格納容器圧力とバランスしており早期に圧力バウンダリが損傷していることから配管等の損傷が疑われ、非常用復水器(IC)の操作や作動状況に疑義があることなどから、WG1としてはIC配管の損傷の疑いを持っており、ICのタンク及び配管の主要部分が原子炉建屋4階にあることから、原子炉建屋4階に強い関心を持っていた。
そこで、2012年3月6日に予定されていた福島第一原発の現地調査について、WG1では、1号機原子炉建屋4階を調査することを強く希望して被告に申し入れていた。これに対して被告は、5号機または6号機を現地調査の対象として推奨していた。
このような状態で、現地調査の実施を1週間後に控えた2012年2月28日午後7時から、被告からWG1の現地調査出席予定者に対する説明を行いたいということで会合が行われた。なお、事件発覚後被告が設置した「国会事故調への東京電力株式会社の対応に関する第三者検証委員会」という名称の組織(到底第三者とはいえないが、以下括弧付きで「第三者検証委員会」と略する)の報告書では、この会合は現地調査に参加予定の「協力調査員」のみを対象とした説明会で田中三彦委員の主席は予定されていなかったなどとされているが、まったくのでたらめであり、田中三彦委員の出席が最初から予定されており、現に出席した。現地調査が1週間先に迫りなお調査対象が決定しておらずそのことをめぐる説明会があるというときに、現地調査の実質的責任者である田中三彦委員の出席が予定されていないなどということはおよそ考えられない(責任者の田中三彦委員にだけ説明したいというのであればまだしも)。こういった点でも「第三者検証委員会」に対して被告の関係者が密室で行った説明のでたらめさとそれをそのまま報告書にする「第三者検証委員会」の能力または節操のなさが見て取れる。
2 被告担当者の虚偽説明
上記2012年2月28日の説明に、被告を代表して説明に当たった人物は、玉井俊光企画部部長である。この者は、2010年7月から2011年11月まで柏崎刈羽原発(本件原発)技術総括部長を務めていた者であり、国会事故調発足後は、国会事故調との窓口として国会事故調からの質問や資料請求に対して被告の担当者に照会をして回答をすることを日常業務としていた者である。
玉井俊光企画部部長は、上記説明に際して、1号機原子炉建屋4階に被告従業員が立ち入った際のビデオを上映しながら、ビデオについての形式的説明をした後、説明冒頭において以下の通りの虚偽説明を行った。
玉井:「まず、この昨年10月に入ったときは、えーと、建屋のカバーがついておりませんでしたので、えーと、これ見ていただくとですね、4階まで行くと、あの、上からですね、明かりが差してます。で、外が、どうも晴れてた様子です。なんですが、今は、建屋カバーがかかっていて、えー、照明がついておりませんので、えーと、原子炉建屋、電源復旧していませんから、建屋としてはですね、あのー、真っ暗だということをご了解いただきたいと思います。はい。」
伊東:「真っ暗」
玉井:「はい」
田中:「あれ、透明じゃないんですか。少しは。光を通さないんですか。」
玉井:「ええ、あの、真っ暗だそうです。それで、あ、すいません。私はですね、あの、今日ご説明させていただきますが、あ、当時入った人間と、それから福島第一の方からですね、少しあの今日ご説明できるだけの話は伺って来て参っているつもりでございまして、まあ、あの、ご質問等に答えられないところもあるかもしれませんが、まあちょっとそこはあの進めさせて、持ち帰らせていただくか、そういうことでご容赦いただきたい」
実際には、1号機原子炉建屋に設置された建屋カバーは透光性の素材であり太陽光を相当程度透すため昼間は原子炉建屋内は一定程度の明るさがあり、さらには建屋カバー内には照明装置が設けられていて2011年10月28日以降は照明の使用も可能であった。そして、玉井企画部部長はこの説明会で上映した2011年10月18日のビデオについて、このときは建屋カバー設置前だから明かりが差しているがその後建屋カバーが設置されたために今は真っ暗と説明したが、このビデオ自体が建屋カバー設置後に撮影されたもので、本来は「今もこの明るさ」と説明すべきものであった。
従って、少なくとも、1号機原子炉建屋4階が昼間でも「今は真っ暗」という説明も、照明がないという説明も虚偽のものであった。事件発覚後は、被告も、この玉井企画部部長の説明が事実に反するものであることは認めている。
玉井企画部部長は、説明の冒頭で、上記の通り1号機原子炉建屋4階が昼間でも今は真っ暗であるとの虚偽説明を行った上、それに加えて、被告は無駄な被ばくをさせたくないので案内者は出さない、初めて入る人が迷うととんでもない高線量地域に出くわす、パニックになる、帰って来れないかもしれない、床に大物搬入口などの開口部がありそこから落下すると21m落下するなどの危険を強調した説明を加え、さらには、それでもなお協力調査員に現地調査をあきらめない様子の者がいるのを見て取ると、一方では国会事故調が行くというなら止めることはできないといいながら、もし事故があった場合批判されるのは東京電力だ、そんな無茶なことはおやめいただきたいと強硬に1号機原子炉建屋の現地調査の断念を促した。
これらの説明を受け、田中三彦委員は、せめて照明があればと悔やむ様子を最後まで見せつつ、真っ暗な中に案内者もなく行くのは危険すぎるということを理由に1号機原子炉建屋4階の調査を断念した。
その結果、2012年3月6日の福島第一原発現地調査は、1号機・2号機の中央操作室と5号機のみを対象として実施された。
3 虚偽説明の発覚
国会事故調が2012年7月5日に報告書を衆参両院議長に提出して解散した後の2012年8月8日、被告は、1号機原子炉建屋を縦に貫通する「大物搬入口」(玉井企画部部長がそこから落下すると21mと強調した開口部である)からカメラ付きバルーンを上げて1号機原子炉建屋4階を撮影した写真を公開した。
この写真を見れば、建屋カバー設置後においても1号機原子炉建屋に明かりが差し込んでいること、すなわち玉井俊光企画部部長の国会事故調への説明が虚偽であることは明らかである。
被告が、国会事故調が解散した後になって初めてこのような写真を公開したのは、やはり「何らかの意図を持って」ではない、というのであろうか。
現実には、国会事故調関係者がこの事実に気づいたのは、2012年10月24日、被告が8月8日には元々原子炉建屋4階ではなく5階の撮影を目的としていたが失敗したので再度5階の撮影をして公開したのを、翌10月25日に協力調査員であった原告ら訴訟代理人伊東が発見し、関係者と慎重に検討し対応を協議していたところ、2013年2月7日、朝日新聞がその事実を報道して世間に知られることとなった。
4 被告の対応
被告は、朝日新聞の報道で虚偽説明の事実が発覚するや、即日、玉井俊光企画部部長の説明が誤りであったことは認めたものの「何らかの意図を持って虚偽の報告をしたわけではない」と釈明をした。その中で被告は、「その中で、現場の明るさについてご質問があり、『建屋カバー設置後の映像』を『建屋カバー設置前の映像』と誤認してご説明したことは事実」などと、まるで玉井企画部部長が国会事故調側から質問されてそれに対して初めて建屋の中が暗いと説明したかのような虚偽の記載をしていた。
これについて、朝日新聞の2013年2月10日付朝刊で、その釈明も虚偽と報道され、翌2月11日、「 (お詫び)平成25年2月7日に掲載した当社の見解の中で、『その中で、現場の明るさについてご質問があり』としておりましたが、その後、事実関係を確認した結果、当社側からご説明している事がわかりましたので、訂正させていただきました。大変申し訳ございませんでした。(平成25年2月11日)」とのお詫び・訂正を行うに至った。
被告の当初の釈明の根拠は何だったのか、それを訂正するに当たって何をどのように確認したのかは、いまだに全く公表されていないが、この経緯も、被告の公表する文書がいかにいい加減なものかをよく示しているといえよう。
その後、被告は、被告が人選した法律家3名に被告が依頼して報酬を支払い被告が事務局を務める「第三者検証委員会」にこの問題を検証させ(このような者を「第三者検証委員会」などと呼称するセンス自体も、被告の詐欺的体質を表しているというべきである)、「第三者検証委員会」は被告の従業員のみから事情を聴取し、その事情聴取の内容を一切明らかにせずに、玉井企画部部長は建屋カバーの外見を見て遮光性のものと誤認して思い込み、その点に関して誰にも全く確認せず、上司にも全く相談しないで国会事故調に誤った説明をしたという内容の報告書をとりまとめた。
5 事件の評価
前述したように、玉井俊光企画部部長は技術畑のエリートであり、当時国会事故調からの質問や資料請求に対して社内の担当者に照会して回答することを日常業務としていた人物である。このような人物が、国会事故調に対して説明をするにあたり、誰にも全く照会・確認をしないということ自体、およそ考えられない。
「第三者検証委員会」の報告書は、被告の組織的・意図的行為でないという被告にとって都合のいい、被告が弁明するにはそれ以外にはあり得ないストーリーであるとともに、「第三者検証委員会」設置前に広瀬社長が国会で答弁したストーリーである。そして「第三者検証委員会」の報告書には、玉井俊光企画部部長に対する聴取内容は抽象的にまとめた1ページ足らずのみで、具体的な聴取内容は示されていない。上述した、国会事故調からの質問等について社内の担当者に照会して回答することを日常業務としていた玉井俊光企画部部長がなぜ誰にも照会・確認せずに国会事故調に説明したのかという疑問への回答は全く示されていない。「第三者検証委員会」の報告書の結論は、およそ信用できない。
玉井俊光企画部部長は、虚偽説明をしてまで、なぜ、その当時、国会事故調の現地調査を回避したかったのであろうか。原告らが準備書面(4)などで指摘したように、少なくとも1号機については地震によって配管が損傷したのではないかという強い疑いがあり、そのことが現地調査を回避したいという動機につながったと考えるのがもっとも合理的な解釈である。そしてまた、被告は、自己にとってまずいことを隠すためには平気で虚偽説明をする体質があるものであり、本訴における被告の主張も、被告に不利な点については虚偽説明をしている可能性が十分にあるというべきである。
なお、上述のとおり、「第三者検証委員会」の報告書は、およそ信用できない代物であるが、仮にこれに従った場合、玉井俊光企画部部長は技術畑のエリートであるが、重要な設備の性質について一見しただけで誤認して思い込み、それを誰にも確認しないままに公式の場で説明するという、技術者としても一般社会人としても能力・資質に根本的に欠ける人物であるということになる。そうであるとすれば、そのような人物を柏崎刈羽原発技術総括部長や国会事故調への対応窓口という要職に充ててきた被告は、相当な人材難というべきであり、また玉井俊光企画部部長の能力・資質を見抜けないままにそのような要職に充ててきたのであれば、現在及び今後被告の要職に就く人物もそのような人物である可能性が十分にあるといわねばならない。そのような観点からも、被告には原発の運転を継続する能力・資質がないというべきである。
第2 本件原発の津波対策は信用できるのか
被告は、本件原発について、各種の津波対策を実施しあるいは計画していることを,本訴において縷々主張している。
被告は、その各種の津波対策を、新潟県技術委員会においても、説明してきた。福島原発事故後、新潟県技術委員会の会合が2011年5月19日、同年6月21日、同年10月22日と開催されている。これらの会合の議事録を見れば明らかなように、本件原発の津波対策についての説明は、すべて当時の柏崎刈羽原発技術総括部長であった玉井俊光が行っている。すなわち、福島原発事故後、本件原発の津波対策、被告が本訴で主張している津波対策を担当していたのは玉井俊光である。
被告の主張する津波対策は極めて抽象的概念的なもので、対策としての有効性の検証がまともにできないレベルのことしか主張されていないが、対策としての有効性を検討する以前に、内容も実施計画が本当にあるのかさえも信用できないというべきである。
原告らの考えでは玉井俊光は鉄面皮の嘘つきであり、被告の「第三者検証委員会」の報告書を仮に信用するとすれば設備の性質を確認する能力がなくそれにもかかわらず他人に照会・確認さえせずにことに及ぶというおよそ何らかのプロジェクトを任せるに足りない信用できない人物である。いずれの立場からでも、玉井俊光という人物が担当していたことだけからしても、あるいは玉井俊光という人物を要職に充てていた被告の人事体制からしても、被告が本訴で主張している津波対策については、その内容も実施も信用できないというべきである。
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