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  ◆活動報告:原発裁判(柏崎刈羽原発運転差し止め訴訟)◆

原告準備書面(32)

被告の津波対策懈怠について
 基本的に裁判所に提出した準備書面のままですが、証拠番号を入れずに証拠書類の名前を書き、実際の準備書面では証拠を引用するだけの部分にもできるだけ証拠書類自体の画像を貼り付けました

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第1 はじめに
 福島第一原発において被告の対策の範囲(小名浜港工事基準面=O.P.+5.6m)を超える津波が襲来した場合には海水ポンプの機能喪失により炉心溶融事故に至る可能性があり,敷地高(1〜4号機はO.P.+10m,5,6号機はO.P.+13m)を超える津波が襲来した場合には炉心溶融事故が避けられず,被告はそのことを十分に認識していたが,(6号機についてO.P.+5.7mの津波に耐えられるように海水ポンプモーター部のかさ上げをし,その後5号機及び6号機についてO.P.+6.1mの津波に耐えられるように海水ポンプモーターの「水封化」工事をした以外には)O.P.+5.6mを超える津波に耐えられるような対策は一切実施しなかった。
 その間,政府機関や研究者が度々より大きな津波が襲来する可能性を指摘したが,被告は政府機関等に働きかけて規制を見送らせたり,それに耳を貸さない態度をとり続けた。
 本準備書面は,福島原発事故が,被告が主張するような「想定外の津波」によるものではなく,十分に想定できた津波に対して被告が対策を怠ったことによる人災であることを指摘し,このような被告が口先では実施すると述べている本件原発の安全対策の実施が現実には望めないこと及び被告には原発を運転する資格がないことを主張するものである。
(なお,原告らは,福島原発1号機等の全交流電源喪失の直接の原因は津波によるものではないと主張しているが,その主張は,現実の福島原発事故では津波の敷地遡上前に全交流電源喪失が生じていたというものである。津波が敷地遡上してしまえば,後述するように,それ以外の要因による事故・故障の有無にかかわらず,全電源喪失,炉心溶融事故に至ることが明らかであるから,本準備書面の主張は原告らの主張と何ら矛盾しないことを念のために注記しておく)

第2 津波による炉心溶融事故の蓋然性
 1 総論

 原子力発電所において,通常運転時において炉心で発生した熱のうちタービンを回転させて発電をすることに用いられるのは約3分の1であり,その余の熱のほとんどは最終的に海に放熱される。事故により原子炉が停止した場合にもなお炉心で発生し続ける崩壊熱については,事故とともに発電が停止されるため,その熱は原則として全て最終的に海に放熱することが期待されている。
 つまり原子力発電所の最終的なヒートシンクは海であり,発生した蒸気や機器は海水によって冷却され,海水による冷却は海水系のポンプの運転によって維持されている。したがって,海水系のポンプが機能喪失した場合(電源が維持されても),原子力発電所の冷却は,短期間はしのげても長期間が経過すると破綻し,炉心溶融に至る危険がある。福島第一原発においては,この原発の冷却を維持するための海水ポンプが原子炉等よりも低いO.P.+4mの敷地の屋外にむき出しの状態で設置されている。海水ポンプのモーターが水に浸かるとショート等によりモーターが故障し,海水ポンプは短時間で(後述の被告の説明によれば1分程度で)機能喪失する。被告の津波対策は,もっぱら海水ポンプのモーターの高さを上げることにあり,その限界高さは,福島原発事故の時点で1〜4号機ではO.P.+5.6m,5,6号機ではO.P.+6.1mであった。したがって,O.P.+5.6mを超える津波が福島第一原発を襲えば,仮に電源喪失が発生しなくても,炉心溶融事故に至る可能性があった。
 福島第一原発においては,2〜5号機では高圧電源盤(M/C)が常用,非常用ともタービン建屋等の地下にあり,津波が敷地に遡上すれば電源盤の水没によって(地震による外部電源喪失がない場合でさえ)一気に常用,非常用電源がともに喪失することになる。なお,1号機では非常用ディーゼル発電機及び非常用パワーセンター(P/C),直流電源がタービン建屋等の地下にあり,高圧電源盤及び常用パワーセンターがタービン建屋1階にあるから,津波が敷地に遡上すれば非常用電源は喪失し,津波が敷地高+1mもあれば1階の電源関係機器も被水ないし水没するので常用電源も喪失すると考えられる。6号機では常用の高圧電源盤及びパワーセンターがタービン建屋地下にあり,非常用電源関係のうち2系統は機器自体は原子炉複合建屋で守られているものの非常用ディーゼル発電機が海水ポンプの停止に連動して停止・機能喪失するので,結局敷地に津波が遡上すれば常用電源は喪失し,非常用電源はやや高い場所にあるDG建屋内の空冷の1系統が生き残るに過ぎない。したがって,敷地高(1〜4号機はO.P.+10m,5,6号機はO.P.+13m)を超える津波が福島第一原発を襲えば,大半の号機で常用電源及び非常用電源が喪失(おそらくは福島原発事故時と同様6号機の非常用電源1系統以外は全て喪失)し,津波遡上時に運転中の原子炉はほぼ確実に炉心溶融事故に至ることになる(福島原発事故時は4〜6号機は定期検査中だったために炉心溶融事故を免れた)。
 設計水位を超える津波が襲来した場合,津波の浸水による海水ポンプの機能停止,電源喪失は,モーター部や電源盤等の浸水により確実に発生し,かつ津波が敷地を襲う場合敷地の一部だけが浸水するということはなく敷地全体に広範な浸水が生じるのが通常であるから,海水ポンプのモーター部が浸水する水位や敷地高をほんの少しでも超える津波が襲来すれば,海水ポンプの機能喪失や電源喪失が直ちに発生してしまうのである。つまり,津波については,海水ポンプのモーター部が浸水する水位や敷地高(それらの水位が設計水位となる)に関しては,それを超えても一定の範囲では大丈夫という意味での安全余裕は,全くないのである。

 2 被告の認識
 1で述べたことは,論理的に当然のことであるから,被告は福島第一原発の設置時点から(あるいは設置前から)十分に認識していたはずである。それをおいて,具体的な証拠により,被告の認識を確認しておこう。
 被告は,2006(平成18)年5月11日,原子力安全・保安院(NISA)と原子力安全基盤機構(JNES)と電力会社で秘密裏に開催していた「溢水勉強会」の第3回会合に提出した福島第一原発5号機での想定外津波が襲来したときの検討資料において,設計水位(O.P.+5.6m)を超えて敷地高未満であるO.P.+10mと敷地高+1mのO.P.+14mの2つのケースについて,次のような表により,主な機器への影響を説明している。


 このように,敷地高に達しない津波(この場合O.P.+10m)でも,設計水位(O.P.+5.6m)を超えた津波が襲えば,外部電源喪失が生じていなくても,残留熱除去系海水ポンプ(RHRSポンプ)が機能喪失するため残留熱除去系(RHRポンプ)が機能喪失するとともにやはり残留熱除去系海水ポンプにより冷却されている非常用炉心スプレイ系も機能喪失し,非常用ディーゼル発電機冷却系海水ポンプ(DGSWポンプ)が機能喪失するため非常用ディーゼル発電機(非常用D/G)も機能喪失する。つまり,敷地高に達しない津波でも,設計水位を超えた津波が襲来すれば,冷却系で生き残るのは隔離時冷却系(RCIC)(と高圧注水系:HPCI)のみである。そして,隔離時冷却系(高圧注水系も同様)も(復水貯蔵タンクの水が尽きた後の唯一の)水源となるサプレッションチェンバーの水温が上昇するにつれ信頼性が低下するから,電源が生き残った場合でも炉心溶融の可能性がある。
 そして,敷地高+1mの津波(上記の表ではO.P.+13mの敷地上の5号機で説明しているからO.P.+14mであるが,O.P.+10mの敷地上の1〜4号機でいえばO.P.+11mの津波)に襲われた場合,浸水による全電源喪失に至り,隔離時冷却系も含めた主な安全系(冷却系)の全てが直ちに機能喪失するか制御不能の末に最終的にはやはり機能喪失し,炉心溶融事故に至る。
 なお,被告は2006(平成18)年6月8日から9日にかけて行われた溢水勉強会の現地調査の際に,非常用海水ポンプは「仮に海水面が上昇し電動機レベルまで到達すれば,1分程度で電動機が機能を喪失(実験結果に基づく)する」と説明している(2007(平成19)年4月付「溢水勉強会の調査結果について」12ページ)。

 そして,被告は,海水に被水して機能喪失した海水ポンプが短期間には復旧できないことを身をもって知っていた。福島第一原発1号機において,1991(平成3)年10月30日,タービン建屋地下1階を通る補機冷却系海水配管に穴が開いて海水が漏えいし,非常用ディーゼル発電機等が海水をかぶり機能停止するという事故があった。吉田昌郎所長は,政府事故調のヒアリングに対し,その事故を福島原発事故を除けば「日本の事故の中で,一番大きい事故だと,私は思っている」と述べ,福島原発事故時に非常用ディーゼル発電機が水没して機能停止したのを復旧させようとしなかったのかということを聞かれて,「前にも実は同じような事象がありまして,平成3年に1号機でありまして,そのときも,もう水に浸かってしまうと,しばらく使えないというのはよくわかっていたんですね。あのときは海水ですか,それに浸かると,半年ぐらいかかっているんですよ。全部ばらして,乾燥して,部品も交換しないと使えないと。海水に浸かってしまったものは,早期復旧なんかできませんと。」と述べている(政府事故調吉田昌郎調書2011(平成23)年8月8日・9日聴取分第2分冊3〜4ページ)。したがって,被告は,敷地高より低い津波によって海水ポンプが機能喪失した場合,海水ポンプの復旧は数日レベルではできず,電源が生きていたとしても結局は炉心溶融事故に至る可能性が相当程度あることを十分に認識していたというべきである。

 また,原子力安全基盤機構(JNES)は,2008(平成20)年8月付の「地震に係る確率論的安全評価手法の改良−BWRの事故シーケンスの試解析」と題する報告書で「津波遡上時のシナリオ」として次のような図を作成し,海水ポンプの損傷/機能喪失が発生すれば炉心損傷に至る可能性があり,海水ポンプが機能喪失しなくても起動変圧器が損傷し非常用ディーゼル発電機燃料供給系が損傷/機能喪失すれば炉心損傷に至る可能性があることを示している(同報告書3−11ページ)。

(黄色・赤の枠は伊東加筆)

 このように,被告は,具体的な証拠がある段階に限定しても,遅くとも2006(平成18)年には,敷地高を超える津波が襲来した場合はもちろんのこと,敷地高に達しなくても設計水位(O.P.+5.6m)を超える津波が襲来した場合には,炉心溶融事故に至る危険性が相当程度あることを十分に認識していた。


第3 設計水位を超える津波の可能性の指摘と被告の対応
 1 はじめに

 被告は,1997(平成9)年の「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」,2002(平成14)年の「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」をはじめ,様々な場面で,科学的見地及び防災の見地から福島第一原発敷地において,被告の設計水位を超える津波が襲来する可能性を指摘され,これを津波対策上考慮すべきことを学者や行政から度々求められながら,あるときは電事連や被告自身から行政等に対して圧力をかけて見解を変更させ,そうしない場合もこれらの指摘には応じることなく,対策を取らないまま,2011(平成23)年3月11日を迎えた。
 その結果,考慮すべきことを指摘されていたような津波が現実に襲来して福島原発事故に至ったものであり,福島原発事故は,想定外の大津波によるものではなく,想定されていた津波に対して被告が対策を怠り拒否し続けたことによる人災というべきである。

 2 4省庁報告書・7省庁手引き
 1993(平成5)年の北海道南西沖地震津波,1995(平成7)年の阪神・淡路大震災を経て,1997(平成9)年3月,農林水産省構造改善局,水産庁,運輸省港湾局,建設省河川局の4省庁は,総合的な津波防災対策計画を進めるための手法を検討することを目的として,「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」をとりまとめ,これに基づいて,国土庁,農林水産省構造改善局,水産庁,運輸省,気象庁,建設省,消防庁の7省庁は「地域防災計画における津波対策強化の手引き」を策定して1998(平成10)年3月26日に公表した。
 この「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査報告書」に基づいて被告を含む電力会社の事業者団体である電気事業連合会(電事連)が各原発立地点での最大津波を検討したところ,「四省庁資料から読み取った津波高さは,福島第一,福島第二及び東海第二のそれぞれの発電所において,冷却水取水ポンプモーターのレベルを超える数値となっている」(1997(平成9)年7月25日付「『太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査』への対応について」1ページ)。電気事業連合会の検討結果によれば次の表の通り,福島第一原子力発電所では最大津波は,O.P.+8.4〜8.6mとなった(同電事連文書添付資料1,1ページ)。

この表のポイント部分となる敷地高と予想津波高を抜き出すと次のようになる

 この結果を見て,電機事業連合会は,報告書が指摘する最大津波に対応して対策を講じるのではなく,手引き策定前の段階での当時の津波防災計画策定指針案に対して,電力会社が対策をせずに済むように表現を改めるように要求するという姿勢を取った。例えば指針案が「対象津波については,過去に当該沿岸地域で発生し,痕跡高等の津波情報を比較的精度よく,しかも数多く得られている津波の中から既往最大の津波を選定し,それを対象とすることを基本とするが,近年の海底地震観測結果等により津波を伴う地震の発生の可能性が指摘されているような沿岸地域については,別途想定し得る最大規模の地震津波を検討し,既往最大津波との比較検討を行った上で,常に安全側の発想から対象津波を選定する。」としていたのに対して「常に安全側の発想から対象津波を選定する」を「対象津波を設定することが望ましい」に修正する,「信頼できる資料の数多く得られる既往最大津波とともに,現在の知見に基づいて想定される最大地震により引き起こされる津波をも取り上げ,両者を比較した上で常に安全側になるよう,沿岸津波水位のより大きい方を対象津波として設定するものとする」としていたのに対して「取り上げ,両者を比較した上で常に安全側になるよう,沿岸津波水位のより大きい方を対象津波として設定するものとする」を「取り上げることが望ましい」と修正するなどの詳細な修正案を送りつけた(同電事連文書添付資料4)。

 なお,福島原発事故時に福島第一原子力発電所の所長であった吉田昌郎氏は,この頃を含む1995(平成7)年から1999(平成11)年まで被告から出向して電気事業連合会の原子力部の事務局を務めていた(政府事故調吉田昌郎調書2011(平成23)年7月22日聴取分4〜5ページ)。
 4省庁の報告書及び7省庁の手引きは,原子力発電所向けではなく自治体が一般的な津波防災計画を策定する際の基準を示したものである。原子力発電所においては,一般の建築物よりも遥かに厳しい防災対策がなされるべきであるのに,電気事業連合会は一般の津波防災計画の適用さえ免れようとして行政に修正を求め,原子力発電所の安全審査基準では多用される通常の表現ともいうべき「常に安全側」という文言を削除するよう執念深く修正を要求している。
 そして,被告は,被告が構成員であり被告の職員が原子力部の事務局を務めていた電気事業連合会の見解でも,一般の自治体が津波防災計画を策定するときに想定すべき対象津波が,福島第一原発ではO.P.+8.4〜8.6mであると認識していた。それにもかかわらず,O.P.+5.6mを超える津波に対する対策を,この時点では一切取らずに放置した(その後福島原発事故までの13年余を考えても,5号機と6号機について対象津波をO.P.+6.1mとしただけで,1〜4号機については全く対策を取らなかった)。

 3 海水ポンプ保護の指導
 福島第一原発においては,海水ポンプを屋外にむき出しの形で設置しており,これが津波対策上大きな弱点であった。
 資源エネルギー庁,その後の原子力安全・保安院で統括安全審査官であった高島賢二氏は,海水ポンプの1つである原子炉補機冷却系(RCW)について,「福島第一のRCWは,柏崎刈羽や福島第二と同じく海水熱交建屋に入れて保護●●(引用者注:政府による公開時の伏せ字。以下同じ)と,文書などにはしていないし,正式に責任者に伝えたわけでもないが,言った。10年後にその答が半分だけ来て,地盤の弱いところの改良をしたとのことだったが,RCW●●については原子力●が反対して出来ないとのことだったので,肝心な部分だから粘り強く主張●●と言った。」と述べている(政府事故調高島賢二調書4ページ)

 このように被告は,福島第一原発では海水ポンプが建屋で保護されず屋外にむき出しで設置され津波に弱いことについて改善するように指摘されていたが,10年以上これを放置し,建屋によって保護することをしなかった。

 4 電事連「津波に関するプラント概略影響評価」
 電事連は,2000(平成12)年2月の総合部会で,各原発サイトごとの津波の数値解析結果と,その1.2倍,1.5倍,2倍の津波高さでの影響を報告した(国会事故調報告書参考資料41〜42ページ,「原発と大津波」30〜33ページ)。この概略影響評価では,各電力会社が数値解析した最大想定津波(4省庁報告書,7省庁手引きの最大津波とは全く別のもの)に対して,1.2倍の津波高さで影響が出るのは(水位上昇側では)福島第一原発と島根原発だけであった。

 このように,2000(平成12)年2月段階で,他の原子力発電所との比較において,福島第一原発が突出して津波に対する余裕がないことが明らかになったが,それでも被告は,この時点では一切対策を取らずに放置した。

 5 土木学会「原子力発電所の津波評価技術」
 土木学会原子力土木委員会津波評価部会は,2002(平成14)年2月,「原子力発電所の津波評価技術」をとりまとめた。
 土木学会の原子力土木委員会について,産業総合研究所の活断層・地震研究センター長の岡村行信氏は,「電力会社出身者だらけで驚いた」と述べている(政府事故調岡村行信調書1ページ)。津波評価部会について,主査を務めた首藤伸夫東北大学名誉教授は,「部会の実際の運営は電力側が行った」「(電力中央研究所の)松山氏や東電が事務局をやっていた」と述べている(政府事故調首藤伸夫調書2011(平成23)年7月7日付3ページ)。同教授は「電力会社は,一旦出来上がったものの改良を行うことを嫌う。設置許認可の変更は,目立つので敬遠される傾向がある。」とも述べている(同調書5ページ)。
 2000(平成12)年11月3日に開催された津波評価部会の第6回会合では,幹事団が数値解析の誤差を見込まない,安全率1倍とする基準を提案し,首藤伸夫主査が「補正係数の値としては議論はあるかと思うが,現段階ではとりあえず1.0としておき,将来的に見直す余地を残しておきたい」と引き取った(「原発と大津波」35ページ,国会事故調報告書参考資料42ページ)。
 部会の構成員であった今村文彦東北大学教授は「安全率は危機管理上重要。1以上が必要との意識はあったが,具体的に例えば1.5にするのか,従来の土木構造物並びで3まで上げるのか決められなかった。本当は議論しないといけなかったのだが,最後の時点での課題だったので,それぞれ持ち帰ったということだと思う」と述べている(政府事故調今村文彦調書2ページ)。
 このように,土木学会原子力土木委員会津波評価部会が,「津波評価技術」において対象津波を設定するに際して安全率を1.0とした背景には,津波想定に対して最も余裕がない被告の福島第一原発を救済する目的があったことは優に推認できる。
 この安全率1.0の土木学会原子力土木委員会津波評価部会の「津波評価技術」に基づく最大津波想定でさえ,福島第一原子力発電所では水位上昇が1号機と2号機でO.P.+5.4m,3号機と4号機でO.P.+5.5m,5号機でO.P.+5.6m,6号機ではO.P.+5.7mとなった(2005(平成17)年12月付被告原子力技術・品質安全部作成の「土木学会『原子力発電所の津波評価技術』に伴う既設プラントへの影響と対応について」)。

 ここで被告は福島第一原子力発電所設置以来初めて,6号機についてのみ設計水位をO.P.+5.7mに変更し,海水ポンプモーター高さを20cmだけかさ上げする工事を実施した。なお,水位下降(引き波)については,1〜6号機の全てで基準を満たさないこととなったが被告はハード面での対策は行わず,水位低下が予想されるときはポンプの運転を停止するということにした。

 6 地震調査研究推進本部の長期評価
 政府の地震調査研究推進本部は,2002(平成14)年7月31日,「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」を発表した。この長期評価では,「次の地震について」で,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)については「M8クラスのプレート間の大地震は,過去400年間に3回発生していることから,この領域全体では約133年に1回の割合でこのような大地震が発生すると推定される。」「今後30年以内の発生確率は20%程度,今後50年以内の発生確率は30%程度と推定される。」とし(「長期評価」5ページ),「震源域は,1896 年の「明治三陸地震」についてのモデル(Tanioka and Satake,1996;Aida,1978)を参考にし,同様の地震は三陸沖北部から房総沖の海溝寄りの領域内のどこでも発生する可能性があると考えた。」としている(同10ページ)。
 つまり,三陸沖北部から房総沖の海溝寄りでは,明治三陸地震(M8.2)クラスの「津波地震」(通常の地震よりも断層がゆっくりとずれるために揺れの割に大きな津波を引き起こす地震)が,三陸沖北部から房総沖の領域内の「どこでも」つまり福島沖でも発生する可能性があり,その領域全体での発生確率は30年以内で20%,50年以内で30%というかなり高い確率であることが発表された。
 被告が後日この長期予測に従って試算したところでは,1896年明治三陸沖地震(M8.2)の断層モデルを用いると1号機でO.P.+8.7m,2号機でO.P.+9.3m,3号機と4号機でO.P.+8.4m,5号機と6号機でO.P.+10.2m,敷地南側ではO.P.+15.7mという大津波となり,1677年房総沖地震(M8.0)の断層モデルを用いた場合が1号機でO.P.+6.8m,2号機と4号機でO.P.+7.3m,3号機でO.P.+7.2m,5号機でO.P.+8.7m,6号機でO.P.+9.0m,敷地南側でO.P.+13.6mとなった(2011(平成23)年3月7日付被告作成の「福島第一・第二原子力発電所の津波評価について」)。

 しかし,被告は,一切対策を取らなかった。
 この長期評価を無視したことについて,2007(平成19)年4月1日から2010(平成22)年6月28日まで被告の原子力設備管理部の初代部長であった吉田昌郎氏は「私の考えから言うと,勿論,原子力発電所の問題ではあるんですけれども,津波自体,国とか,地方自治体がどうするんですかという話も絡んでくるでしょう。東京電力だけがこれを対応してもしようがない。しようがないというか,発電所を守という意味では当然必要なんですけれども,オールジャパンで,太平洋側どこでも起きるというんだったら,今の対策ではまずい,ちゃんとそこを含めて,どういう方針が出るのか,どうなんだよというような話をした記憶があります。」(政府事故調吉田昌郎調書2011(平成23)年11月30日付5ページ)などと述べている。

 当時被告の地震・津波対応の責任者であった吉田昌郎氏は,ここで,一般建築物も対応するなら原発でもやってもいいというレベルの議論をしており,原子力発電所には一般建築物より遥かに厳しい規制基準が適用されるべきことについての認識を決定的に欠いている。このような人物が,被告の地震・津波対応の責任者であったことは,被告の原子力発電所の安全確保と津波対策に対する姿勢を象徴しているというべきである。

 7 溢水勉強会
 2005(平成17)年12月14日,原子力安全・保安院(NISA)は原子力安全基盤機構(JNES)と被告を呼んで「津波評価技術に関する打ち合わせ」を行った。その議事メモによれば,原子力安全・保安院審査課の小野班長は会合を持った経緯について「津波によって施設内のポンプ等が浸水した場合にどういう事態になるのか,何か対策をしておくべきなのかに関する説明ができないことに対して,NISA上層部は不安感があり,審査課に説明を求めてくる可能性がある。そこで,設計波高を超えた場合に施設がどうなるのかを早急に検討したいと考えている。」と述べ,「NISA幹部移動時期の観点から,18年6月までにNISA内部で進捗報告できるものをまとめて欲しい」と述べた(JNES解析評価部作成の「津波評価技術に関する打ち合わせ議事メモ」)。

 この席上,被告は,本準備書面第3の5で説明引用した2005(平成17)年12月付被告原子力技術・品質安全部作成の「土木学会『原子力発電所の津波評価技術』に伴う既設プラントへの影響と対応について」を提出し,土木学会の「原子力発電所の津波評価」に基づく評価結果で,福島第一原発は水位上昇側で1〜5号機が設計水位ギリギリで6号機は設計水位を超えたので海水ポンプモーターを20cmかさ上げしたこと及び水位下降側では全ての号機で設計水位を超えているので水位低下が予想されるときは運転を停止することを手順書に定めたことを報告している。
 この会合での合意により2006(平成18)年1月30日から,原子力安全・保安院審査課,JNES,電力会社の三者で非公開の「溢水勉強会」が開催されることとなったが,それに先立ち原子力安全・保安院審査課とJNESが2006(平成18)年1月18日に行った打ち合わせに提出された資料では,津波ハザードの高度化すなわち想定津波水位の引き上げが予定され,2010(平成22)年度中に想定外津波に対するAM(アクシデントマネージメント)対策の実施をすることとされていた(外部溢水勉強会=解析評価部の実施計画(案)=)

 このように溢水勉強会は,当初津波対策を対象とし,想定津波の引き上げを行いそれに対する対策を2010(平成22)年度中には実施することを想定して開始された。
 本準備書面第2の2で説明引用したとおり,2006(平成18)年5月11日,溢水勉強会の第3回会合に,被告が提出した福島第一原発5号機での想定外津波が襲来したときの検討資料(同日付「1F−5想定外津波検討状況について」)において,設計水位(O.P.+5.6m)を超えて敷地高未満であるO.P.+10mの津波で残留熱除去系ポンプ及び非常用ディーゼル発電機冷却系海水ポンプが機能喪失してその結果残留熱除去系,炉心スプレイポンプ(緊急炉心冷却系),非常用ディーゼル発電機が機能を失って,主な冷却設備では機能するのは隔離時冷却系のみとなること,敷地高+1mのO.P.+14mの津波ではそれに加えて全電源喪失に至り隔離時冷却系も機能を喪失することが記載されている。
 溢水勉強会の第5回会合(2006(平成18)年6月13日)の議事次第には「中間まとめ方について」が議題とされ,同月29日付の「内部溢水及び外部溢水の今後の検討方針(案)」には,「影響防止対策の検討」として,「電力は,想定外津波対策について津波PSAによる評価結果を待ちたいとのことであるが,津波PSA評価手法の確立には長期を要することから,当面,土木学会評価手法による津波高さの1.5倍程度(例えば,一律の設定ではなく,電力が地域特性を考慮して独自に設定する。)を想定し,必要な対策を検討し,順次措置を講じていくこととする(AM対策との位置づけ)。」と記載されている。

 ところが,溢水勉強会は,福島原発事故後に一部公開された資料で見る限り,第6回会合以降津波については一切触れず,もっぱら内部溢水について検討を続け,公式のとりまとめとされる2007(平成19)年4月付の「溢水勉強会の調査結果について」では「外部溢水に係る津波の対応は耐震バックチェックに委ねることとした」とするのみで,想定津波の選定についても津波対策の内容についてもその時期についても何一つ触れていない。

 前述したように,そもそも溢水勉強会は津波対策を目的として開始されたものであり,事務方である原子力安全・保安院審査課とJNESは当初は想定津波を引き上げて2010(平成22)年度中には津波対策を実施することを想定していたし,「今後の活動方針案」では電力が津波対策の先送りを図っているが長期間待てないから「当面」土木学会評価手法による津波高さの1.5倍程度を想定して対策を実施することを求めたのであるから,これが津波対策について何一つ明示することなく終わった理由は,被告をはじめとする電力会社の反対と圧力のためとしか考えられない。
 いずれにしても,被告は,溢水勉強会において,原子力安全・保安院側から想定津波の引き上げ(土木学会評価手法による津波高さの1.5倍程度)と早期の対策実施を求められたにもかかわらず,一切対策を取らなかった。

 8 貞観津波の再来想定について
 869(貞観11)年三陸津波(貞観津波)については,従来は日本三代実録の記述しか検討材料がなかったが,堆積物調査等により次第にその震源域が南側,つまり福島第一原発の近辺であった可能性が高まっていった。
 2001(平成13)年には,「日本被害津波総覧」で知られる歴史津波研究者渡邊偉夫氏が被害伝承が宮城県気仙沼市から茨城県鉾田市にまで分布していることを発表し,翌2002(平成14)年には貞観津波堆積物が福島県相馬市でも確認された。

 2008(平成20)年の佐竹健治氏らの論文では貞観津波の想定震源域は福島県沖に及んでおり,また渡邊偉夫説ではさらに南にまで及んでいることが明示されている。このように,2008(平成20)年頃までには,貞観津波の震源域は福島県沖の可能性があることが,学会では十分に認知されていた。
 さらに,2010(平成22)年4月10日に東北大学で行われた国際津波シンポジウムでは,福島第一原発の北側15km地点で貞観津波の堆積物が確認されたことも発表されている。
 被告が行った貞観津波の断層モデルを震源域を従前よりやや南にずらせた(上記佐竹氏らの論文のプレート間:Interplate に相当)試算によれば,1〜4号機ではO.P.+8.7m,5号機でO.P.+9.1m,6号機でO.P.+9.2mとなった(2011(平成23)年3月7日付被告作成の「福島第一・第二原子力発電所の津波評価について」)。
 この試算の時期について,被告の元会長らの業務上過失致死傷容疑の告訴に対する検察審査会の議決では,捜査資料に基づいて「平成20年11月,土木調査グループ担当者が,貞観津波の波源モデルを用いた津波水位が,福島第一原発について,O.P.+8.6〜+9.2mとなる旨の結果を受領した」と認定している(2014(平成26)年7月23日付東京第五検察審査会議決書7ページ)。従って,2008(平成20)年11月までには,被告は上記試算を行っていた。


 原子力安全・保安院の原子力発電安全審査課耐震安全審査室長であった小林勝氏は,2009(平成21)年9月に部下の名倉氏から報告を受けたところでは「東京電力が行った貞観津波についての試計算結果によると福島地点に敷地高を超える大きな津波が来るかも知れないということであった」(政府事故調小林勝調書2011(平成23)年9月30日付7ページ)。
 2010(平成22)年3月23日に小林勝氏が部下の名倉氏に送信した「RE:1F3津波」と題する電子メールでは「貞観の地震による津波は簡単な計算でも敷地高を超える結果になっている」と記載されている(政府事故調小林勝調書2011(平成23)年9月30日付6ページ,同添付資料5)。

 翌24日に原子力安全・保安院の森山審議官が小林氏らに宛てた電子メールには,「福島は,敷地があまり高くなく,もともと津波に対しては注意が必要な地点だが,貞観の地震は敷地高を大きく超えるおそれがある。」「東電は,役員クラスも貞観の地震による津波は認識している。」と記載されている(政府事故調小林勝調書2011(平成23)年9月30日付添付資料1)

 これらの電子メールの記載からして,被告は,2009(平成21)年頃までに,貞観津波の断層モデルによる解析を,上述の6号機でO.P.+9.2mとする解析以外にも実施し,さらに高い波高の解析結果を得ていたものと推認できる(そうでなければ原子力安全・保安院に「敷地高を超える」と報告するはずがない)。
 小林勝氏の供述によれば,「森山審議官が,平成22年3月頃の朝会の祭,吉田管理部長に,『貞観地震の検討をやらなければならないんじゃないか。』と言っていたように思う。また,貞観地震の知見が出始めた平成22年3月頃に開催した朝会の際にも,森山審議官から吉田管理部長に『貞観地震の津波は大きかった。繰り返し発生しているんじゃないか。』という内容の話があったと思う。」とされており(政府事故調小林勝調書2011(平成23)年8月18日付2ページ),2010(平成22)年3月には,原子力安全・保安院が被告の当時の地震・津波対策の責任者であった吉田昌郎原子力設備管理部長に対して,津波対策で貞観津波を考慮するよう繰り返し求めていた。
 小林氏は,「東電の下の担当者が,『貞観について検討したいが,上層部の理解が得られない。』と言っていたことを名倉安全審査官から聞いたことがある。」と述べている(政府事故調小林勝調書2011(平成23)年8月18日付4ページ)。
 これらの事情からすれば,貞観津波を考慮した解析からは福島第一原発に敷地高を超える津波が襲来することとなる解析結果を被告は2009(平成21)年までには得ており,原子力安全・保安院の担当者は被告の地震・津波対策の責任者であった吉田昌郎原子力設備管理部長をはじめとする担当者に繰り返し貞観津波を考慮した津波対策を取るよう求め,被告の津波対策の担当者は貞観津波を考慮した津波対策を取るべきことを進言していたが,上層部がこれを握りつぶし,結局被告は貞観津波を考慮した津波対策を一切取らなかったものと認められる。

 9 被告の津波試算
 貞観津波に関する試算の他に,被告は,前述したように,地震調査研究推進本部の長期評価に基づく津波試算も行っていた。この時期については,被告の元会長らの業務上過失致死傷の告訴に対する検察審査会の議決において,捜査資料に基づいて次のような認定がなされている。
 「東京電力では,推本の長期評価を踏まえ,明治三陸地震の波源モデルを福島県沖海溝沿いに設定するなどして津波水位を試算したところ,平成20年3月,福島第一原発の敷地南側においてO.P.+15.7mとなる旨の結果を得られた。」「平成20年8月,土木調査グループが,房総沖地震の波源モデルを福島県沖海溝在に設定した場合の津波水位を試算したところ,O.P.+13.6mとなる結果を受領した。」(2014(平成26)年7月23日付東京第五検察審査会議決書6〜7ページ)。
 この点については,政府事故調の吉田調書でも「今村先生から,これは20年の2月の末ですけれども,福島県沖の海溝沿いで大地震が発生することは否定できないから波源として考慮すべきだろうということで,推本の長期評価について,無視,捨ておくというのは考えものだというふうな御示唆をいただいたということで,それを基に,土木学会の波源を基に計算してみたら,O.P.13だとか10とか,10mオーダーを超えるような結果が出た,これは上層部に話を上げなければということで6月10日に頭出しがなされた(以下略)」という聴取者の質問に対して「そうだと思いますよ。」と答えていることからも裏付けられる(政府事故調吉田昌郎調書2011(平成23)年11月30日付調書4ページ)。
 このように被告は,2008(平成20)年中には,地震調査研究推進本部の長期評価に基づいて試算すれば福島第一原発に襲来する津波の規模が敷地高を超えることを認識しており,その情報は被告の上層部にも知らされていた。
 しかし,それにもかかわらず,被告はこのような津波に対する対策を一切取らなかった。

 10 長期評価(第2版)への反抗
 東北地方太平洋沖地震が発生したとき,地震調査研究推進本部は,「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」の第2版の公表を準備していた。
 被告は,2011(平成23)年3月3日,文部科学省で行われた非公式の「意見交換会」において「長期評価」の第2版に対して「@貞観地震の震源はまだ特定できていない,と読めるようにしていただきたい。A貞観地震が繰り返し発生しているかのようにも読めるので,表現を工夫していただきたい」と内容の変更を求めた(2011(平成23)年3月3日付被告作成の「文部科学省日本海溝長期評価情報交換会」と題する文書:政府事故調小林勝調書2011(平成23)年9月30日付添付資料11)。
 このように,被告は,学者や原子力安全・保安院から,繰り返し貞観津波を考慮した対策を取るべきことを求められていたのに,2011(平成23)年3月に至っても,貞観津波を考慮せずに済ませようとして,地震調査研究推進本部と文部科学省に圧力をかけていた。

 11 まとめ
 以上に述べたように,被告は,学者や原子力安全・保安院等から繰り返し津波想定を見直し,地震調査研究推進本部の長期評価や貞観津波を考慮した津波対策を行うように求められてきたのに,これに抵抗し,拒否し続けてきたものであり,福島原発事故は,想定されていた津波に対して被告が対策を拒否し怠り続けてきたことによるものというべきである。

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