庶民の弁護士 伊東良徳のサイト

  ◆活動報告:原発裁判(柏崎刈羽原発運転差し止め訴訟)◆

原告準備書面(80)
 
福島原発事故における電源喪失原因と配管損傷
ここがポイント
 福島原発事故について、原告らは、この裁判の初期から@福島第一原発1号機A系の非常用交流電源喪失の原因は津波ではない、AIC(非常用復水器)配管等の重要配管が地震により損傷した可能性があるということを主張し、東京電力はこれを否定する主張をしてきました。新潟県技術委員会は、8年余の検討を経て2020年10月26日に発表した報告書で、いずれの点についても、原告らの主張が正しい可能性を否定できないと結論づけました。
 これらの点で原告らの主張が正しければ、福島原発事故をすべて想定外の津波に帰そうとする東電や原子力規制委員会の姿勢は誤りで、現在東電が行い原子力規制委員会が安易に認めた重大事故対策が拙速であり福島原発事故の再発を防ぐために十分とは言えないことになって、現状での再稼働は許せません。
    
 基本的に裁判所に提出した準備書面のままですが、一部解説を差し込んだり、表現を変えた部分もあります。 
第1 はじめに
 新潟県原子力発電所の安全管理に関する技術委員会(以下「新潟県技術委員会」という)は、8年余にわたって被告に対するヒアリングを継続しながら福島原発事故の検証を行ってきたが、2020年10月26日、「福島第一原子力発電所事故の検証−福島第一原子力発電所事故を踏まえた課題・教訓−」と題する報告書(福島第一原子力発電所事故の検証報告書)を発表した。
 この報告書は、多数の検証結果を含んでおり(報道で取り上げられたように総数133の教訓・課題が列挙されている)、本訴にかかわる重要な論点を多数含んでいるところ、本準備書面では、@福島第一原発1号機の非常用電源が「津波以外の要因で電源喪失した可能性を否定することはできない。」とされた点(福島第一原子力発電所事故の検証報告書13ページ、14ページ等)、A福島第一原発1号機のIC等の地震による「損傷の可能性について、完全には否定することはできない。」とされた点(福島第一原子力発電所事故の検証報告書6ページ、8ページ等)に着目して論じる。
第2 福島第一原発1号機の非常用交流電源喪失の原因について
 1 本訴におけるこれまでの議論
 福島第一原発1号機の非常用交流電源のA系の電源喪失時刻が2011年3月11日15時36分以前(15時37分になる前)であることは異論がないところ、この日福島第一原発を襲った津波についての客観的資料である沖合(被告は従前沖合1.5kmの位置と公表していたが、2019年8月になって沖合1.3kmの誤りであったと言い出している)の波高計の観測値と4号機南側の建屋から撮影した連続写真に基づいて、1号機敷地への津波の遡上は15時37分以降である(38分台と考えられる)から、少なくとも1号機A系非常用交流電源の喪失原因は津波によるものではあり得ないことを、原告らは原告ら準備書面(1)で指摘した。
 これに対して、被告が被告準備書面(4)で反論し、原告らが原告ら準備書面(26)で反論し、被告が被告準備書面(5)で反論し、原告らが原告ら準備書面(33)で反論し、その後被告から反論がなされないままである(より細かくいえば、被告は被告準備書面(8)の「第1 はじめに」で原告らの主張の具体的な内容への反論は行わずに、ただ原子力規制委員会が被告と同じ結論の報告書(中間報告書)をとりまとめたことのみを指摘し、原告らが同日付である原告ら準備書面(33)で原子力規制委員会の報告書は2014年になって行った現地調査時点で電源盤が2011年3月11日15時36分時点のままの状態であることを何ら検証もせずに前提とするもので前提を欠くことを指摘しており、その後被告から何らの反論もない)。
 2 原子力規制委員会報告書の誤り
 まず、被告が本訴における最後の主張でよりどころとしている原子力規制委員会の報告書の誤りについて簡単に指摘する。
 原子力規制委員会の報告書は、津波の敷地遡上時刻とは別に(津波の敷地遡上時刻については、被告の報告書を援用してそれに若干の独自の評価を加えているのみである)、被告の手順書と1号機電源盤の現地調査時のスイッチ、リレー、継電器の状態(スイッチのオン・オフ、リレーの開放等)によって、地震による損傷の場合にありそうなパターンを消去法で否定していくことで、津波による浸水が原因と結論づけている(中間報告書23〜29ページ)。
 この原子力規制委員会の手法については、あり得るパターンが本当にすべて潰されていると言えるか、逆に津波による浸水の場合に本当に電源盤の状態に見合う電源喪失が起こりうるか、再現実験等もまったく行わずにそう言えるかなどの問題点もあるが、なによりも、2014年になって行った現地調査時の電源盤のスイッチ等の状態が、電源喪失時(2011年3月11日15時36分頃)のままであることを前提とするものであるにもかかわらず、そのことが何ら検証されていないという根本的な問題を抱えている。
 原子力規制委員会の報告書(中間報告書)は、現地調査の際の電源盤の状態と電源喪失時の電源盤の状態の同一性について、1行たりとも検討さえしていない。
 この問題について、新潟県技術委員会では、田中三彦委員から被告に質問がなされ、被告は「事故から原子力委員会の調査までの期間において非常用電源盤を開放・操作していないと考えています。なお、客観的な根拠はありません。」と回答している(「田中委員の質問への回答」質問2(1)参照)。
 福島原発事故は電源喪失事故であり、事故の進展中、発電所関係者は電源復旧のために必死になって努力を続けていたものである上、この事故の際は電源喪失によってPHS等の連絡手段が使用できず、免震重要棟と本店その他の間では連絡ができても免震重要棟や中央操作室と電源盤のあるタービン建屋の間、またそこに向かう作業員の間ではリアルタイムの連絡が取れない状態であった。そのような状態で各作業員(被告の従業員のみならず協力企業の作業員も含む)が電源復旧に向けて具体的に何を行ったのか、1号機の非常用電源盤に誰がどういう操作を試みたのかを被告が把握しているか自体に強い疑問がある。
 新潟県技術委員会での田中三彦委員の質問には、「東京電力は、1号機の事故の進展の過程において、1号機の非常用電源盤等の原子力規制委員会の上記調査の対象となった機器について、協力企業の従業員を含めたすべての者が行った操作等をすべて把握していると考えているか。」という質問があるのに、被告はそれに正面から答えていない(「田中委員の質問への回答」質問2(3)参照)。
 以上のとおり、福島原発事故が電源喪失事故であり、事故の進展中において電源復旧が至上命題であったこと、他方において免震重要棟や中央操作室から現場の作業員の状況を把握できず連絡もできない状態が続いていたことからすれば、電源喪失後事故の進展中に非常用電源盤に何らかの操作が試みられたと考える合理的な根拠があり被告がそれを把握できていない合理的な可能性があるのに、これを検討さえしないままに非常用電源盤の状態が電源喪失時のままであることを前提として議論する原子力規制委員会の報告書は大前提を欠くものであり、その結論は事実的・科学的根拠を欠くものである。

 3 被告の解析
 被告は、新潟県技術委員会に、2019年になって、新たな津波シミュレーション(インバージョン解析)を提出し、自らの主張を正当化しようとした。
 しかしながら、被告の新たな解析は、通常の手法による波源モデルの設定では波高計での観測波形がどうしても再現できないため、解析による波形と観測波形の差分を沖合の水深50m地点で生じたことにする「仮想津波記録」を追加入力して波高計の観測波形に合わせ、そこからそれに見合う波源モデルを逆算するという手法によるものであった。このやり方をすれば、必ず波高計地点での観測波形だけは再現できるようになるもので、波高計の観測波形を再現できてもそのことによって波高計で観測されていない波形(波高計の観測は15時34分50秒頃で途切れている)等の再現性は何ら保証されていない。
 そして、被告の新解析は、津波の進行速度が、一般に認められている津波の進行速度式により得られる進行速度よりも相当程度速く、また波高計の位置を通過した後の津波の解析上の位置が津波の連続写真に写る沖合の津波位置よりも相当程度敷地に近接しているもので、いずれの点からも津波の進行速度を速くする(したがって敷地遡上時刻が早くなる)ような作為がなされているものと見受けられ、信用性に欠けるものであった。

 4 新潟県技術委員会の結論
 新潟県技術委員会は、被告が主張を尽くすのを十分に聞いた上で、福島第一原発1号機敷地への津波の遡上時刻に関しては「津波が発電所敷地や1号機タービン建屋に到達した正確な時刻を断定することは困難である。推定時刻ではあるが、1号機タービン建屋大物搬入口に津波が到達した時刻を、鈴木元衛委員は15時37分台、東京電力HDは、15時36分台としている。また、場所を特定していないが、同建屋に津波が到達した時刻を伊東良徳氏は15時38分台としている。タービン建屋に津波が到達したとしても、建屋内にある電源盤(M/C)に津波が到達し、母船電圧がゼロになるまでにはさらに時間を要することから、タービン建屋大物搬入口に最も早く到達する東電の津波シミュレーション結果を用いても、1号機A系の非常用交流電圧が15時36分台に喪失する原因となった事象は、津波が建屋内の電源盤(M/C)に到達する以前に生じた可能性がある。」(福島第一原子力発電所事故の検証報告書15ページ)とし、「津波の遡上・浸水以外の要因による非常用電源設備の機能喪失に関して、物的証拠となるようなものは確認できていない。一方で、津波以外の要因で電源喪失した可能性を否定することはできない。」(福島第一原子力発電所事故の検証報告書13ページ、14ページ)と結論づけた。

第3 地震によるIC等の損傷の可能性について
 1 本訴におけるこれまでの経緯

 原告らは、原告ら準備書面(4)及び原告ら準備書面(17)において、福島第一原発1号機では原子炉建屋4階で(も)水素爆発が発生していることや逃がし安全弁が作動しなかったことなどからIC(非常用復水器)配管が損傷した可能性が高いことを論じ、これに対し被告が被告準備書面(8)で反論し、原告らが原告ら準備書面(34)で反論し、その後被告から特に反論がなされないままである。

 2 新潟県技術委員会での被告の応答
 原告ら準備書面(17)で詳細に論じたように、福島第一原発1号機の原子炉建屋4階で(も)水素爆発が発生したことは原子炉圧力容器内で発生した水素が原子炉建屋4階に漏洩する経路は現実的にはIC配管以外には考えにくいことからそれ自体がIC配管の損傷の証拠となるところ、原告ら準備書面(34)でも指摘したとおり、被告の担当者は2015年4月28日に行われた新潟県技術委員会の課題別ディスカッション(地震動による重要機器の影響)の席上で、5階で爆発してその影響を受けた可能性が高いという主張は維持しつつ、「しかし、完全にですね、4階で爆発があったことを否定できるのかということに、そういう形で聞かれますとですね、それを否定するだけのですね、材料を充分持ち合わせていない」と述べている。
 また、原子炉が停止した後も崩壊熱により原子炉圧力容器内の冷却水が加熱され、非常用炉心冷却系統による冷却が十分でない場合には原子炉圧力が上昇してその圧力によって逃がし安全弁が開放されるが、福島第一原発1号機では当初はIC(非常用復水器)により冷却されていたが運転員がICを切り、その後電源喪失で非常用冷却系等が働かない状態にあったが、逃がし安全弁の開放音を聞いた者が一人もおらず、逃がし安全弁が開放されていないという疑惑があった(原告ら準備書面(4)で指摘)。このような状態で逃がし安全弁が開放されなかったことは、原子炉圧力が著しく上昇はしなかったことを意味しており、それは圧力容器に連なる配管等に損傷が生じてそこから蒸気等が漏洩したことを意味している。被告は、それを否認するために、逃がし安全弁は開放されたが運転員に聞こえなかったとか記憶していないだけだなどと主張してきたが、2020年8月12日の課題別ディスカッションで、逃がし安全弁が作動したことを直接的に示す証拠がないので逃がし安全弁が作動しなかった可能性を否定しないとの態度を取るに至っている。

 3 新潟県技術委員会の結論
 新潟県技術委員会は、被告が主張を尽くすのを十分に聞いた上で、「地震動によりIC等の設備が損傷した客観的証拠は確認していないが、損傷はなかったとする決定的な根拠がなく、損傷の可能性について完全に否定することはできない。」(福島第一原子力発電所事故の検証報告書6ページ、8ページ)とし、「特に重要配管については基準地震動に対する耐震性について十分に確認する必要がある。」(福島第一原子力発電所事故の検証報告書6ページ)とした。
第4 本件原発の安全対策について
 福島第一原発1号機の非常用電源喪失の原因が津波以外の要因による可能性を否定できないとされたことは、津波対策の拡充のみでは福島事故の再発の危険性を否定できないことを意味しており、被告において福島事故後10年が経過しようとしているのに未だになされていない福島第一原発1号機の非常用電源系統の調査点検を実施して電源喪失の真の原因を解明してその上で本当の再発防止対策を計画・実施する必要性があることを意味している。
 また、地震による重要配管の損傷の可能性が完全には否定できないとされたことは、基準地震動の設定をはじめとする耐震設計のあり方や信頼性を再検討し、真に安全を確保できるような耐震設計を計画・実施する必要があることを意味している。
 新潟県技術委員会が8年余にわたり被告の主張をも十分に聞いた上で、なお福島原発事故の原因が十分に解明されておらず、被告や原子力規制委員会に見られるすべてを津波に帰そうとする姿勢が誤りであることを指摘したことは、現在被告が行い、原子力規制委員会が安易に認めた重大事故対策が、拙速であり福島原発事故の再発を防ぐために十分とは言えないことを示しており、現段階で被告が実施または計画している重大事故対策による本件原発の再稼働は許されないというべきである。
    
(2021.1.25記)

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