◆活動報告:原発裁判◆
2005年11月22日午後3時、東京高裁101号法廷で、柏崎刈羽原発訴訟の控訴審判決が言い渡されました。
判決は、住民側の主張を全面的に退けるものでした。
この裁判では結審の2年前の2003年に、それまで係属していた東京高裁第3民事部が知的財産権専門部になるという理由で、突然、新たに設けられた第24民事部に移されました。担当裁判官が一度に3人全員入れ替わったのです。これは全く異例のことです。しかも、その第24民事部の裁判長(大喜多啓光裁判長)は、過去に法務省との人事交流で行政訴訟での国側の代理人となる訟務検事を経験して裁判所に戻ってきた人物でした。ここまで露骨な扱いを受けましたから、はっきり言って、判決には全く期待していませんでしたが、判決の内容は予想以上にひどいものでした。
判決の法律論は、大半はこれまでの最高裁判決の引き写しですが、1箇所、新たな判断がありました。もちろん、これまでになくひどい判断です。
原子力発電所は、設置許可の後も度々部分的な設計の変更がなされ、その都度「設置変更許可」がなされます。裁判継続中も次々と設計が変更されていくわけです。さて、その場合、設置許可の取消訴訟での審理の対象となる設計はどの設計になるでしょうか。この問題は東海第二原発訴訟の控訴審で初めて問題提起され、東海第二原発訴訟の控訴審判決は変更後の設計全体(結局常に現在の設計)が対象となると判断しました。
それに対して柏崎刈羽原発訴訟の控訴審判決は、設置変更許可は設置許可とは別の処分であるから変更後の設計は訴訟の審理の対象にはならないとしつつ、現在の科学技術水準による判断に必要なときには変更後の設計も考慮しうるという判断を示しました(判決文368頁〜369頁)。この判決は、住民側が変更後の現在の設計にも危険性があると指摘した点については、変更後の設計は審理の対象外として無視し、住民側が当初の設計は現在の科学技術水準からは不合理だと指摘した点については変更後の設計が合理的なら違法でないとしているのです。つまり、現在の設計が危険な部分は考慮しない、現在の設計が安全なら考慮していいというのです。
東海第二原発訴訟の控訴審判決のように、常に現在の設計を対象とするというのは1つの立場です。また変更許可があっても常に当初の設計が対象とするのも1つの立場です。その場合、柏崎刈羽原発とか東海第二原発とかの古い原発の当初の設計は現在の安全審査指針を満たしているとは言えませんから設置許可は違法になるはずですけど。
それに引き替え、柏崎刈羽原発訴訟の控訴審判決は、国や電力会社が常に有利なように審理対象となる設計を変えてしまうのです。ここまで不公平な理屈は常人には到底考えられません。元訟務検事に行政訴訟を取り扱わせることの問題はこれまで度々指摘されてはいますが、この判決は、その問題点が極めて明確に表れた典型例といえるでしょう。
次に、原発の危険性についての判断を簡単に見てみましょう。
これまでの原発訴訟の判決では、原子炉の危険性については「もんじゅ」訴訟の控訴審判決以外はすべて住民側の敗訴ですが、敗訴判決の中にも、担当した裁判官の良心というか、迷い、悩みが読み取れました。しかし、柏崎刈羽原発訴訟の控訴審判決には、そのような要素は全く見受けられません。さすが元訟務検事だと思います。
私が主に担当した原発そのものの危険性の問題では、裁判の最終段階では3つの論点が中心でした。
まず応力腐食割れ問題について。原子炉の中枢部の配管にはステンレス鋼が使用されていますが、原発、特に沸騰水型原発(東京電力、東北電力、中部電力、北陸電力、中国電力等の原発のタイプ)の冷却水が高温で酸素の量が多い条件では、ステンレス鋼にも応力腐食割れという特殊な割れが発生しやすいのです。この割れは、まず1970年代後半に多発しました。その時にはステンレス鋼の中の炭素の割合が多いことが原因と判断されて低炭素ステンレス鋼が採用され、これで応力腐食割れの対策はできたと考えられました。柏崎刈羽原発の安全審査では応力腐食割れ対策は全く検討されませんでした。1992年の福島第二原発訴訟の最高裁判決では、「応力腐食割れ対策の細目等」は基本設計に属するものではなく安全審査の対象外と判断しました。この判決は、その時点では応力腐食割れの対策はできており応力腐食割れは過去の問題と認識されていた時期のものです。それでも「応力腐食割れ対策の基本的部分」は安全審査の対象と読めるものでした。
ところが、その後2002年になり東京電力のひび割れ隠し問題が発覚し、東京電力をはじめ、ほとんどの沸騰水型原発で炉心シュラウドや再循環系配管という原子炉の中枢部に多数の応力腐食割れが発生し、進展していたことが明らかになりました。低炭素ステンレス鋼を採用しても応力腐食割れは全く防げなかったのです。つまり、応力腐食割れの対策ができたという認識は誤りだったことが明らかになったのです。
柏崎刈羽原発訴訟の控訴審では、応力腐食割れの対策が確立されておらず、低炭素ステンレス鋼の応力腐食割れのメカニズムがまだ解明されておらず、国の対策は全く不十分であることを立証しました。
それに対して控訴審判決は、応力腐食割れ対策は安全審査の対象外と切り捨てました。
次に圧力容器の脆性破壊問題について。原子炉の中心部の圧力容器がもし割れてしまったら破局的な大事故になります。金属は低温では脆くなり、比較的小さな力でバリッと割れてしまいます。そうなる温度を脆性遷移温度と呼んでいます。原子炉の運転を続けると圧力容器は大量の中性子を浴びて次第に変質し脆くなっていきます。脆性遷移温度が次第に上昇していく、つまりだんだんと室温やさらには原子炉の運転温度のような高温でもバリッと割れてしまいやすくなっていくのです。
安全審査では、原子炉の寿命期間中の中性子照射量と圧力容器の脆性遷移温度の上昇を予測して、寿命末期でも脆性遷移温度が運転温度よりも少なくとも33℃は低いことを確認しています。この脆性遷移温度の上昇を予測する式は材料試験炉で短時間に大量の中性子を照射した実験データから作っていますが、最近になって、中性子を短時間に集中的に照射するよりも実際の原発のようにゆっくりと照射した方が脆化が進むことが明らかになりました。つまり、安全審査で用いた式は誤りで過小評価だったのです。
柏崎刈羽原発訴訟の控訴審では、このことも立証しました。
これに対して控訴審判決は、脆性遷移温度の予測は基本設計に属さず安全審査の対象外と切り捨てました。寿命末期の圧力容器の脆性遷移温度を運転温度より33℃低く保つことは安全審査の指針にも明記されていました。安全審査指針に明記されていることが安全審査の対象外だといわれたら、一体何が安全審査の対象なのでしょうか。
暴走事故の危険性について、柏崎刈羽原発訴訟の控訴審では、当初の設計について3パターン、変更後の現在の設計について1パターンの暴走事故の危険性を指摘しました。それはいずれも、安全審査での過渡変化(運転中の異常事態)解析の条件に0.5秒〜2秒のスクラム(緊急停止)遅れを追加すると暴走する(原子炉出力の急上昇による発熱で水蒸気爆発、圧力容器破壊に至る)というものでした。
国側は、当初は住民側の解析方法にいくつかのケチをつけていましたが、住民側で解析を緻密化して行くうちに内容についての反論はなくなり、最終段階では「0.5秒もの」スクラム遅れを考慮する必要はないというのみでした。
しかし、柏崎刈羽原発では、1997年1月24日に行われた異議申立口頭審理後の質疑応答の席上、私が「1秒程度のスクラム遅れを考慮しないでよい根拠となる実験結果や文献はあるのか」と聞いたのに対して答弁に立った通産省の技官(技術系官僚)は「ない」と明言していました。柏崎刈羽原発訴訟の控訴審では、そのことは繰り返し指摘しました。それに対し国側は一度もその点について反論しませんでした。
ですから、住民側の主張する事態に至れば暴走事故に至ること、住民側が想定する1秒程度のスクラム遅れを考慮しなくてもよいと考える根拠となる実験も文献もないことは、国側も否定できない事実でした。
それにもかかわらず控訴審判決は、何一つ証拠を引用することもなく(そういう証拠はないのですから当然ですが)、「スクラム遅れ時間の長さは(中略)安全保護系を構成する回路は電気信号等を伝達するものであるから、安全保護系の回路全体の伝達に要する時間は、長くとも100分の1秒程度の単位の時間であることが認められる。そうすると、控訴人らの主張する時間は、スクラム遅れ時間の性質に照らすと現実的ではなく、これを設計上見込む必要性はない」(判決文514頁)と判示しました。
このほかにも、国の地震調査委員会が一体として活動する危険がありその場合マグニチュード8の地震が起こりうるとした長岡平野西縁断層について、個別の断層ごとに検討しているからよいと言ってみたり、信じがたい非科学的な判断が散見されます。
法律論でも異常なまでに国に有利な理屈を作り上げ、国側が負けそうな論点はすべて安全審査の対象外と切り捨て、国側が何も反論できない点も何一つ証拠がなくても国側に有利な認定をし・・・確信犯的に行政寄りの裁判官が担当すればここまでやれるという見本の判決だと私は考えてしまいます。
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