◆刑事事件の話◆
【注:民事裁判についてはこちら】→控訴の話(民事裁判)
1審の判決に不服があれば、高等裁判所に控訴することができます。
民事事件の場合、1審が簡易裁判所の事件は地方裁判所に控訴しますが、刑事事件では、1審が地方裁判所でも簡易裁判所でも関係なく控訴審は高等裁判所が担当します。
控訴は、判決の言い渡しの日の翌日から数えて14日以内に控訴申立書を提出して行います。控訴申立書は、書類上は高等裁判所を宛先にした上で、1審の裁判所に提出します。控訴申立書には控訴の理由は書く必要がありませんし、普通は、書きません。
控訴の理由は、「控訴趣意書(こうそしゅいしょ)」に書いて提出します(民事事件の場合は「控訴理由書」です。呼び名が違います)。控訴趣意書の提出期限は、民事事件と違って、法律上は決められていません。控訴が行われると高等裁判所に事件記録が送られ、高等裁判所が事件記録を受け取ってから控訴趣意書の提出期限を定めることになっています。控訴趣意書の提出期限については、事実上交渉の余地があります。実際上、事件記録が分厚い事件とか、弁護人が交替したとかいうときにはそれ相応の期間が必要です。それに刑事事件の場合、民事事件と違って、判決の言い渡しの時に判決書ができているということが法律上要求されていません。それは、身柄拘束をしている事件で少しでも早く判決を言い渡すためです。で、多くの場合、控訴した時点では判決書がありません(弁護人に渡されていないどころか、裁判所にも、原稿やメモしかないのです)。大事件となれば、控訴した後正式の判決書ができるまでに時間がかかります。判決書がない段階では、当然、控訴趣意書の書きようがありませんから、控訴趣意書の提出期限は一律には決まらないわけです。
控訴の理由は、手続上の問題とか法律解釈の誤りとかもありますが、多くの場合、刑が重すぎるということ(量刑不当)か事実認定が間違っているということ(「事実誤認」。法律家の業界のマニアックな議論では、1審で提出された証拠で本来認めるべき事実と違うことを認定したという主張は「理由不備」、1審に提出されなかった証拠があってそれを加えれば正しい事実が認められるべきという主張が「事実誤認」で、実は多くの控訴は「理由不備」の方なんですけど)です。
控訴審では、1審判決前にあった証拠で1審に提出されていないものについては、取り調べ請求をしなかったことにやむを得ない事情がある場合しか、提出できないことになっています。
1審判決後に量刑に影響を与える事情が変わったということは、理屈としては控訴理由にはなりませんが、裁判所が必要と認めれば取り調べできますし、その結果、1審判決を破棄しなければ明らかに正義に反するときは1審判決を破棄することができます。
実際には、1審で被害者と示談できなくて実刑判決を受け、1審判決後に被害者と示談して刑を軽くしてもらうというパターンがよく見られます。もちろん、そういう場合、当然、簡単に示談ができるはずもなく、被告人サイドで被害者側の請求額を丸呑みするか、被害者側の請求があまりにも非常識なときは常識的な範囲の額を示談未成立でも渡すということになりがちです。こういうケースでは比較的1審判決破棄という結論を得やすいです。執行猶予にしてくれるとは限りませんけど。
事実誤認の主張の場合、新たな証拠を請求できて、裁判所にそれが意味があると説得できれば、その証拠の取り調べということになります。そうでなければ被告人質問をやって終結されてしまいます。
控訴するかどうかは、判決後14日間で判断しなければなりません。現実には判決書もない状態で判断するわけですから詰めた議論もできず、被告人が納得できなければ控訴するということになります。私は、判決直後に面会したときに被告人に意思確認し、数日たってから念のために最終確認して決めます。控訴審では、弁護人の選任は新たにやり直すことになりますので、弁護人の方で控訴審もやる意思があるか、被告人の方で同じ弁護士に依頼したいかどうかも話し合います。国選弁護人の場合でも、被告人と弁護人が同じ弁護士でいいと裁判所に伝えれば、同じ弁護人がそのまま選任されます。
成人の事件はそれでいいのですが、少年事件の場合、家庭裁判所の「審判(しんぱん)」で、決定扱いですので、大変です。決定に対する不服申立は「抗告(こうこく)」といいますが、この場合、抗告の理由も決定から2週間以内に書いて提出しなければなりません。しかも、抗告しても審判の効力に影響しませんから、1審の審判があるとすぐに少年院等に送られてしまいます。審判の日に面会して、その日はまだとまどっていて抗告するかどうか判断できない、もう少し考えたいという場合、2、3日たって少年鑑別所に面会に行くと「もう少年院に送致されました」と言われてしまいます。そうなると抗告の意思確認のために静岡とか長岡とか(どちらも私の経験です。他の場所の場合ももちろんあります)まで行くことになります。
日本の制度では、検察側も1審判決に不満があれば控訴することができます(アメリカなどでは違います。子ども向けですが「有罪と無罪の境界線」で説明しています)。検察側はどういうときに控訴するでしょうか。無罪判決の場合は、証拠を検討してひっくり返せるかの判断です(多分にメンツの問題もあると思いますけど)が、量刑不当の場合は、求刑の5割以下だと控訴するといわれています。私の国選弁護事件で求刑が懲役18年、罰金500万円の事件で、1審判決が懲役11年、罰金300万円(どちらも求刑の6割)になった事件がありました。後日たまたま裁判所でその事件の公判担当検事とすれ違ったとき「例の件は、控訴を検討しましたが、控訴しないことにしましたよ」と言われました。私は求刑の6割なんだから控訴なんてご冗談でしょと軽口を叩いて別れましたが、後日(控訴期間経過後)、私が担当した事件と類型的にはほとんど同じタイプの別の事件(もちろん、刑事事件は事件ごとに事情が違いますけど)で無期懲役になった判決の報道があり、改めて、控訴されなくてよかったなあと肝を冷やしました。
【刑事事件の話をお読みいただく上での注意】
私は2007年5月以降基本的には刑事事件を受けていません。その後のことについても若干のフォローをしている場合もありますが、基本的には2007年5月までの私の経験に基づいて当時の実務を書いたものです。現在の刑事裁判実務で重要な事件で行われている裁判員裁判や、そのための公判前整理手続、また被害者参加制度などは、私自身まったく経験していないのでまったく触れていません。
また、2007年5月以前の刑事裁判実務としても、地方によって実務の実情が異なることもありますし、もちろん、刑事事件や弁護のあり方は事件ごとに異なる事情に応じて変わりますし、私が担当した事件についても私の対応がベストであったとは限りません。
そういう限界のあるものとしてお読みください。
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