反対尋問とは、相手方が申請した証人に対する尋問
反対尋問は、本来、うまく行かないもの:特に日本の民事裁判制度では
反対尋問に期待をかけるという状勢はほぼ負け戦
うまく行った反対尋問は、どこで収めるかが思案のしどころ
現在の日本の民事裁判では、勝訴の見込みが高いのは、裁判前に作られた証拠書類だけで自分の主張が立証できる事件です。つまり、証人尋問の申請が要らないというのが最も勝訴の可能性が高いタイプです。
その次は、証拠書類プラス自分が申請する証人だけで自分の主張が立証できる事件です。といっても当事者が候補にあげる証人が、「この人は自分が誠実な人物だと証言してくれる」という証人ばかりの場合、勝訴は絶望的です。裁判所は、事件の争点となっている事実を直接証言する証人しか採用しませんから、そういう場合は証人が全くいないのと同じです。そして自分が誠実な人間だという立証をしたいときというのは自分の供述以外に証拠がないときですしね。
そして、相手方側の証人から自分に有利な事実を積極的に引き出さなければ勝てないというケースは最も絶望的です。
つまり、反対尋問(はんたいじんもん)に賭けるというシチュエーションは、勝訴が絶望的であることを意味しています。
もちろん、相手方が出してきた証人が嘘をついているとき、有効な反対尋問ができなければ、本来勝つべき事件にも負けてしまうリスクが出てきます。本来的には、弁護士の反対尋問の技術はそういうときに期待されるものです。
反対尋問は、相手方が申請した証人に対して行うものですので、主尋問と違って、事前に打ち合わせすることができません。昔は重要な証人については反対尋問は主尋問と別の期日にすることができましたから、主尋問での証人の証言を十分に検討してから反対尋問ができました。しかし、最近は、よほど重大な裁判の重要な証人でない限り、裁判所は主尋問と同じ期日にすぐ続けて尋問させますので、十分な準備はできません。その場合、その証人の証言を予測する手がかりは、その証人の陳述書(ちんじゅつしょ)になります。しかし、陳述書は相手方サイドで作成しますから、こちらが知りたいことが書いてあるとは限りません。そうすると、結局、ぶっつけ本番で相手がどう答えるかわからないことも聞かざるを得ないことになります。これは、本来、大変リスキーなことです。
尋問技術の教科書的な本は、ほぼ口をそろえて、答を予測できない質問はしないのが反対尋問の鉄則だと述べています。守りを考えればその通りです。しかし、そんなことをいっていたら重要なことはほとんど聞けなくなりかねません。
アメリカでは、陪審裁判ですから、当然証人尋問は連続して行われ、反対尋問も主尋問に引き続いて行われます。しかし、アメリカでは、法廷が開始される前の準備期間(数か月とか時には数年かけてやります)に事前にすべての証人について、双方の弁護士が裁判所の速記官が記録する場所で尋問をすることができます。しかもこれは証拠開示手続ですからこの時の尋問は証拠になりません。こういう制度の下では、弁護士は、裁判官がいない場所で相手方の証人にあらかじめ反対尋問のリハーサルをしたり先に確認しておきたいことを聞けるわけです。しかも証人が本番では違うことを証言したら、裁判所の速記官がとった記録がありますから、それは法廷で指摘できるわけです。弁護士は証人の答の多くを予測して尋問できますし、リハーサルでしくじったことは尋問から外せますし、他方証人は事前の答に拘束されるのです。弁護士にとっては大変反対尋問をやりやすい条件になります。
こういう手続(ディスカバリーといいます)があるからアメリカでは迅速に尋問ができるのですし、「答を予測できない尋問はしないのが反対尋問の鉄則」などといっていられるのです。最近の日本は、アメリカで迅速な法廷(法廷開始前の準備期間には相当時間がかかりますから全体として「迅速な裁判」とは、私は言いません)を支えている制度は導入しないで(端的に言うと、大企業等の社会的に有利な条件にある者の優位性を崩す制度は導入しないで)、裁判の迅速化ばかりを進める傾向にあります。
反対尋問の準備は、ただひたすら記録を丹念に検討することです。相手方が作成したその証人の陳述書と他の証拠をつきあわせ、矛盾することはないかを調べます。矛盾が見つかったら、それを相手方がどう説明しようとするかについての可能性を検討し、その説明をするなら何が条件となるかを検討して逃げ道をふさぐための質問(布石)を検討します。実際には完全に予測通りには行きません。相手方の証人というのは予想外の答をするものです。私の経験上は、考えられる一番うまいすり抜け方を考えてそれを潰すために完璧な尋問ストーリーを用意していても、大抵の証人はそれほどうまくない言い訳の方をします。だから実際にはそれほどうまくない言い訳をしたときの潰し方を考えた方が効率がいいのですが、もし万一最上の逃げ方をされると悔しいのでそちらにも手を抜けません。どちらにしてもすべてを予測することは無理ですから、あとは現場で対応できるようにとにかく関連する証拠の内容を直前に頭にたたき込みます。そういう作業は集中力の勝負です。重要な反対尋問の前は、はっきり言って、電話には出たくないです。
本番は、まさに集中力にかかっています。あらかじめ書いたシナリオの通りということは全く期待できませんので、頭の中で常にシナリオを書き直し、証人が言い出したことについて関連する証拠はどうだったか考えて新たな矛盾を探します。
反対尋問で証人の証言が一部崩れた場合、どこまで深追いするかは、悩ましいところです。もちろん、一部崩れた勢いでどんどん崩れてくれればそれだけ有利になります。しかし、反対尋問をする証人は、多くの場合、敵方で、相手方の弁護士と十分に打ち合わせをして証言に臨んでいるわけです。相手方の主張と矛盾する事実を証言する羽目になっても、動かぬ証拠があって仕方なく認めている場合でなければ、相手方の主張と矛盾することに気づいていないことが多いのです。その時とどめと思って、そうすると相手方のこの主張は嘘ですねとか聞いたら、ハッと気づいて立て直しに入ることが予想されます。依頼者や傍聴席からは「先ほどの証言は嘘でした」とか「相手方の主張は嘘です」なんていわせて欲しいと期待されますが、敵性証人がそんなことを言うことはおよそ期待できないものです。深追いして言いつくろわれるよりは、矛盾のまま残しておく方が得なのです。どのあたりまでこの証人が認めるのかを見つつ、引き時を考えるのが実情です。現在の日本の裁判では、最終的には、裁判官は、証言調書を読み、双方の最終準備書面を読んで判断します。ですから、最終準備書面で矛盾が指摘しやすい調書を残すことが、大事です。
いずれの場面でも、素早い判断と集中力が要求されますから、弁護士にとって反対尋問は重労働です。重要な証人の反対尋問を終えると、私は、時間に関係なくおなかがぺこぺこです。
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