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短くわかる民事裁判◆
航空機飛行差し止めの原告適格:厚木基地第4次訴訟
 空港騒音の被害を受ける周辺住民が人格権に基づく夜間飛行差し止めを請求した民事訴訟に対して、最高裁は大阪空港訴訟での最高裁1981年12月16日大法廷判決、厚木基地第1次訴訟での最高裁1993年2月25日第一小法廷判決で民事訴訟による差し止めを否定しました。2004年改正前の行政事件訴訟法には行政訴訟での差し止め等の訴訟類型は定められておらず、定期便航空免許取消という形で提訴した新潟空港訴訟では最高裁1989年2月17日第二小法廷判決は、周辺住民の原告適格は認めたものの、免許許可の基準に関する住民らの主張が騒音被害という住民の利益に関するものでないとして住民の上告を棄却しました。
 その後、2004年の行政事件訴訟法改正で、義務づけ訴訟、差止めの訴えという新たな訴訟類型が規定され、要件は厳しくなるものの行政訴訟により飛行差し止めを請求することが可能であることが明確になりました。

 2007年に厚木基地周辺のWECPNL値(うるささ指数)75以上の地域(航空機騒音に関する法令上政策措置を講ずべき地域の基準となっている)に居住する住民が、午後8時から翌日午前8時までの一切の飛行等の差し止めを求める行政訴訟を提起しました。
※WECPNL値は Weighted Equivalent Continuous Perceived Noise Level :加重等価継続感覚騒音レベルの略
 第1審の横浜地裁2014年5月21日判決は、死亡したり転居してWECPNL値75以上の地域外に居住している原告以外のすべての原告に原告適格を認め、2004年改正で設けられた差止めの訴えではなく行政事件訴訟法上明文規定のない「無名抗告訴訟(むめいこうこくそしょう)」によるべきとした上で、自衛隊機の飛行差し止めに関しては「防衛大臣は、厚木飛行場において、毎日午後10時から翌日午前6時まで、やむを得ないと認める場合を除き、自衛隊の使用する航空機を運航させてはならない。」としました。
 第1審判決に対して双方が控訴し、控訴審の東京高裁2015年7月30日判決は、行政事件訴訟法が規定する差止めの訴えとして適法として、原告適格、重大な損害を生ずるおそれ、他に適当な方法がないことを認め、2017年以降米軍が岩国飛行場に移駐する見通しであることからそれ以降は騒音の状況が今とは大きく変化する可能性があるとして、自衛隊機の飛行差し止めに関しては「防衛大臣は、平成28年12月31日までの間、やむを得ない事由に基づく場合を除き、厚木飛行場において、毎日午後10時から翌日午前6時まで、自衛隊の使用する航空機を運航させてはならない。」としました。
※控訴審判決は裁判所Webで見つけることができませんでした。全文は判例時報2277号(15ページ~)に掲載されています(行政訴訟の第1審判決は38ページから、控訴審判決は15ページからです。この判例時報には、損害賠償請求の方の同日付の判決も掲載されていて、そちらは第1審判決が123ページから、控訴審判決が84ページからです。目次にも出ていなくてとても紛らわしいので注意してください)。

 最高裁2016年12月8日第一小法廷判決は、原告適格については争点として取り上げられず、重大な損害を生ずるおそれについては、「第1審原告らは、本件飛行場に係る第一種区域内に居住しており、本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音により、睡眠妨害、聴取妨害及び精神的作業の妨害や、不快感、健康被害への不安等を始めとする精神的苦痛を反復継続的に受けており、その程度は軽視し難いものというべきであるところ、このような被害の発生に自衛隊機の運航が一定程度寄与していることは否定し難い。また、上記騒音は、本件飛行場において内外の情勢等に応じて配備され運航される航空機の離着陸が行われる度に発生するものであり、上記被害もそれに応じてその都度発生し、これを反復継続的に受けることにより蓄積していくおそれのあるものであるから、このような被害は、事後的にその違法性を争う取消訴訟等による救済になじまない性質のものということができる。」と判示して認めました(国側の上告受理申立て理由を退けました)。これらの判示から、空港騒音訴訟に関しては、WECPNL値75以上の地域に居住する住民には原告適格が認められ、重大な損害を生ずるおそれ及び他に適当な方法がないことは認められ、行政事件訴訟法上の差止めの訴えの適法要件はすべて認められることと考えてよいと思われます。
 最高裁は、飛行差止については、「本件飛行場における自衛隊機の運航は、我が国の平和と安全、国民の生命、身体、財産等の保護の観点から極めて重要な役割を果たしているものというべきであるから、このような自衛隊機の運航には、高度の公共性、公益性がある」、「他方で、本件飛行場における航空機騒音により第1審原告らに生ずる被害は軽視することができないものの、周辺住民に生ずる被害を軽減するため、自衛隊機の運航に係る自主規制や周辺対策事業の実施など相応の対策措置が講じられているのであって、これらの事情を総合考慮すれば、本件飛行場において、将来にわたり上記の自衛隊機の運航が行われることが、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であるといわざるを得ない。」として、夜間飛行の差し止めを認めた原判決を破棄して、住民の請求を棄却しました。
※行政事件訴訟法上の差止めの訴えは「その処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令から明らかであると認められ」または「その処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」が勝訴の要件とされています(行政事件訴訟法第37条の4第5項)。

 行政裁判については、「行政裁判の話」でも説明しています。
  

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